76 / 89
連載 / 第四部 世界の終末と結婚式 編
一章 結婚式の準備 01
しおりを挟むリヴィドール国の王城の一画に、聖竜教会の神殿がある。ここには聖竜の寝床があり、裏には聖なる泉があった。結衣はこの泉から、地球と異世界を行き来している。例にもれず、今回もそうだ。足元の地面が消えたと思えば、水へと落っこちた。慣れていてもびっくりするが、身構えていたのでパニックにならずに済んだ。泉の中から階段を上って、荷物を石床に置くと、結衣はふうと息を吐いた。
『ユイ、随分早かったな』
月を背にした巨大なドラゴンが、上から結衣に話しかける。銀色の鱗に、翼の皮膜は青い色。親しみを込めた双眸も、宝石みたいな青い目だ。聖竜ソラといい、結衣が大人まで育てた聖竜で、大きくなった今でも結衣にとっては可愛い存在だ。
「うん……クシュッ」
『これはいけない。誰かおらぬか、ユイが風邪を引く』
ソラが中に呼びかけると、すぐに女性神官が現われた。白い帽子とローブを着た彼女達は、明かりとタオルを手にして駆け寄ってくる。
「まあ、ドラゴンの導き手様。こんなにお早いお戻りと思わず……、このお荷物はお部屋にお運びしてよろしいですか?」
「お願いします」
バスタオルを被ると、寒さがやわらいだ。リヴィドールは春まっただ中だが、夜は冷える。泉はもっと冷たい。
「さ、あなた様はどうぞこちらへ。お風呂に入って、お召し替えください」
「ありがとうございます」
それから聖竜教会でお風呂に入り、若草色のワンピースに着替えると、客間に通された。暖炉に火が灯り、魔法の明かりが灯った燭台が煌々と輝いている。長椅子にいた金髪の青年がさっと立ち上がる。アレクシス・ウィル・リヴィドール三世。この国の若き王だ。
豪奢な金の髪は短く、結衣があげたダークレッドの飾り紐が結ばれている。白い肌は大理石みたいで、優しそうな緑色の目と通った鼻筋や、やんわりとした口元が、まるで天使の彫像みたいだ。部屋着なのか、ラフな雰囲気の深緑色のシャツとズボン姿をしている。
「ユイ、もうお戻りだと聞いて、急ぎ駆けつけました。こんなに早いなんて、大丈夫なんですか?」
アレクは心配そうに、結衣の顔を覗き込む。
結衣がアレクと結婚すると決めて、最後に一度と家族のもとに戻ったことを言っているのだ。リヴィドール国を出た時はまだ夕方だった。アレクにしてみれば、半日も経たずに、結衣が家族と別れてきたことになる。
「うん。どっちにしろ、明日には職場の寮に戻らないといけなかったから。そうなると、次の休みまで時間がかかるでしょ。最後に皆で食事をしてきたわ。あいさつはしてないの、異世界に嫁ぐって言ったら心配されるから」
「しかし」
「いいの。約束を破る気はなかったけど、長くいたら迷いそうだから。寂しくても、アレクが一緒にいてくれるでしょ?」
「ユイ……」
アレクは言葉を詰まらせて、結衣の手を取る。そっと引き寄せられて、温かく抱きしめられた。
「大事にします。絶対に」
「う、うん」
「こんな言葉でしか誓えないなんて。きっとユイは不安でしょうに」
「ここには何度か来たし、大丈夫よ。皆、良い人ばかりだって知ってるから」
結衣はそう言ったものの、お客様扱いと王妃ではまったく違うだろうことは分かっている。
「私、あんまり頭は良くないのよね。いじめられないかな」
「そんな真似を許すわけがないでしょう? 私は公務があるので、ずっと共にいることはできませんから、アメリアとディランに充分に言っておきます。それにオスカーがいるので、心強いですよ」
「確かにオスカーさんを敵に回すと、すっごく怖そうね」
宰相オスカーを思い浮かべて、結衣は苦笑した。アレクは自信たっぷりに返す。
「ええ。兄達にも恐れられていましたから、怖さは保証します」
「あの噂のお兄さん達よりも上なの? 本物だわ」
アレクには二人の兄王子がいたが、どちらも流行り病で亡くなったと聞いている。聖竜の盟友に選ばれた末弟を恨んで、アレクに様々な嫌がらせをしていたようだ。アレクが王子にもかかわらず、婚約者がいなかったのも、兄王子達の仕業らしい。おかげで結衣は特に問題もなく婚約できたが、彼の苦労を思うと、兄王子達にはあんまり良い気持ちはしない。
「ユイ、なんでも相談してくださいね」
「アレクもよ。弱音でも愚痴でも、私は聞くから」
「ありがとうございます。ユイも話してください」
「ねえ、結婚後のルールを決めません? 例えば、喧嘩しても食事はできるだけ一緒にとる、とか、同じベッドで眠る、とか」
「いいですね。うーん、では、お互いに三つずつ出しあって、後でまとめるのはどうでしょうか」
「いいわね」
結衣は頬をほころばせて、アレクに一層強く抱き着く。
「アレク、大好き。アレクを守れるように、私もがんばるね」
「傍にいてくれるだけで充分ですよ」
アレクは結衣の額に軽くキスを落とすと、名残惜しげに離れる。
「二ヶ月後には結婚式を挙げましょう」
「そんなに急ぐの?」
「私には、これでも遅いくらいですよ。早くあなたを私だけのものにしたい……」
熱のこもった言葉に、結衣の顔が赤くなる。しかもじっと見つめてくるので、目元を手で覆った。
「う……。照れるからやめて」
「私の部屋の隣が、王妃の部屋なんですよ。ユイの好みで整えましょう。することがたくさんで楽しみですね」
にこにこと話しかけてくるアレクに、結衣はこくこくと頷いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。