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第三部 命花の呪い 編
序章 01
しおりを挟む三月半ば。
夕暮れ時、菊池結衣はパンツスーツの上に薄手のコートを羽織った格好で、実家までの帰路を歩いていた。
小柄さとどんぐりみたいな大きな黒い目のお陰で、二十四歳という年齢よりも若く見える彼女は、黒のショートヘアを右手の指先でいじりながら、首を傾げる。
「どうかなあ。手ごたえはあったような気がするんだけどなあ」
転職の試験を受ける為に、結衣は一時的に実家に帰っていた。筆記と面接試験を受けてきたばかりだ。
結衣はドッグトレーナーの仕事をしているのだが、勤めている職場の給料はお小遣い程度のものだ。だから独立に向けて資金を貯めるべく、もっと条件の良い仕事を探しているところである。
給料だけで見ると、ホームセンターなどに付属しているペットショップの店員が、条件が良い方だ。正社員であるのに加え、ドッグトレーナーの資格も生かせる。たまに店で開く犬のしつけのイベントがあったり、しつけの出張サービスも取り扱っているところがあるのだ。
結衣はドッグトレーナーの仕事が生かせるものを探して、地道に転職活動を続けていた。
今日受けた試験の結果は、来週末に発表だ。
そろそろ本当に決まって欲しいと切に願って、思わず空に向けて神頼みをし始めたところ、急に声をかけられた。
「あら、結衣ちゃん。久しぶりねえ」
そちらを見ると、実家の門扉の所で、結衣の母と話していた中年女性が笑って手を振った。
「城山さん、こんにちは」
町内会ではちょっとした名物扱いの女性に、結衣は明るく挨拶する。結衣とそっくりな小柄な母が、何故か苦笑しているのが気になったが、そちらへ小走りに駆け寄った。
「ちょうど良かったわあ、結衣ちゃんに話があったのよ。どう? お見合い、してみない?」
「へ!?」
城山が紙袋をずいと押しつけてきたので、結衣は反射的に受け取ってしまった。
(お、重いっ)
中を覗くと、アルバムのようなものがぎっしり詰まっている。
「結衣ちゃん、結婚に良い年頃でしょう? 全然浮いた話も聞かないし、どうかと思って、結婚したい男の人を集めてみたの。見るだけ見てみて、良い人がいたら連絡ちょうだい」
「え? あの、でも、私……」
付き合っている人がいるので、と断ろうとした結衣だが、その彼氏について質問されると困るので、言い淀んでしまう。
(外国ならまだしも、異世界にいますなんて言えない……!)
断るために必死にひねりだした下手な言い訳にしかならない。
「じゃあね、よろしくね! それじゃあ、用事も済んだし、私は帰るわ。またね」
「は、はい……」
結衣は引きつった顔で、城山を見送った。
ようやく母が苦笑していた理由が分かった。城山が町内会で名物扱いされているのは、結婚を取り持つ仲人をするのが大好きなせいだ。
「あんたも災難だったわね。嫌ならお母さんが適当に断っておいてあげるから、ひとまず見てみたら? 好みの人がいるかもよ」
母はそう言って、門扉を押し開ける。
「いや、でも私……」
結衣はもごもごと口ごもる。やはり言い出せなくて困ってしまう。
「それよりどうだったの? 面接」
「手ごたえあった気がするけど、まだ分かんないよ」
「そう。頑張ってるのは分かるんだけどね、隆人の大学の学費もあるから、そろそろ仕送りやめたいのよね。決まるといいわね」
「そ、そうだね……」
母の言葉が胸に突き刺さり、結衣は目を泳がせる。母の愚痴はあっさり終わり、楽しそうに食材の入ったビニール袋を掲げて見せる。
「夕飯を食べてから帰るでしょ? 今日はすきやきよ~。良いお肉を買っちゃったの。たくさん食べていきなさいね」
「やった。ありがとう、お母さん」
結衣も嬉しくなり、目を輝かせて礼を言った。
二階の自室に入ると、結衣は溜息を吐いた。
「どうしよう、これ……」
転職活動用の黒いビジネスバッグよりも重たい紙袋を前に、結衣はひるんでしまう。
「お見合いとか、本当にあるのね。これが釣書ってやつ?」
ドラマの中だけの話かと思っていた。まさか結衣が当事者になる日が来るとは。
こんなものを渡されるなんて、そんなに結婚に縁がなく見えるのだろうかと世知辛い気分になった。
(ああ、アレクに、それからソラにも会いたいなあ……)
交際中の青年の顔を思い浮かべたら、結衣が「ドラゴンの導き手」として卵から育てた聖竜のソラのことも続いて思い出した。
前回リヴィドールに行ってから、そろそろ三ヶ月になる。仕事と転職活動にかまけていたからとはいえ、いい加減、会いたくなってきた。
(こちらの時間は止まるんだし……別に会いに行ってもいいんだけど)
なんとなく、いつも首から提げているお守り袋に意識を向けた。そこには地球と異世界とを行き来する為の鍵である、聖竜の鱗が入っている。
「とりあえず着替え……わあ!?」
その時、突然、下へと落ち、結衣は悲鳴を上げた。
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