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連載 / 第四部 世界の終末と結婚式 編
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しおりを挟む「ふふふ~、るるる~」
その晩。持ち歩くには高価すぎる婚約指輪を眺め、結衣は自室で分かりやすく浮かれていた。
左の薬指にはめてもらった指輪を天井にかかげ、ネグリジェ姿でベッドをごろごろしている。
試着で、薬指に指輪を通してくれたことや、ちょうど里親を探していた犬を、結衣に飼わないかとすすめてくれたこと。アレクの上着を着る結衣を見て、にこにこしていたアレクの姿など。
順に思い出しては、頬をゆるめてしまう。
「……好き」
つぶやいてみて、一人でにやにやしていると、寝室の扉がノックされた。
「は、はいっ」
急いで起き上って、頬を押さえてまともな顔を作ると、アメリアが顔を出す。
「そろそろお休みくださいませ、ユイ様。明日も特訓をなさるんでしょう?」
「あ、そうだった。お休みなさい!」
指輪を宝石箱に丁寧に入れてから、結衣はベッドに舞い戻って、ランプ型の魔法照明器具の明かりを消した。
そして布団に入ったものの、やっぱりうれしすぎて眠れない。
指輪は大事だ。でもそれ以上に、結衣がこの世界でも過ごしやすいようにと、アレクが考えてくれるところが好きだった。
飾り紐にかけられた守護の魔法みたいに、ドラゴンでも追い払えるレベルの攻撃魔法を仕込むような過保護さは、ちょっと考えものだが。結衣を想ってくれているからだと思えば、ありがたいことだと思う。
「お父さん、お母さん、隆人、モモ。私、ここでがんばっていくね! 応援してて」
よしっと気合を入れ、結衣は目を閉じる。
興奮していたわりに、昼間の特訓で疲れていたのか、あっさりと穏やかな眠りに落ちていった。
特訓と勉強に明け暮れ、結婚式まであと一週間に迫った。
最終調整のため、準備に追われる人々で、城の中が少しピリピリし始め、結衣もその嵐のまっただ中で途方に暮れている。
「いいえ、ユイ様にはぜーったいにこちらのおリボンが似合います!」
「そんなの地味すぎますわ。こちらの星のような花をあしらったレースのほうがふさわしくてらっしゃるわよ!」
ウェディングドレスの最終調整のはずが、首を飾るリボンの柄で、お針子がもめている。
「「ユイ様、こちらがよろしいですよね!?」」
二人の女性に詰め寄られ、結衣は顔を引きつらせた。
「ええと……どちらも素晴らしくて、私にはもったいないんじゃないかなーって」
正直、レースの柄はどっちでもいい。おそらくヴェールのせいで、首元まで見えないはずだ。結衣の返事にぶち切れたのは、二人ではなくアメリアだった。
「まあああ、そんなことありませんわ、ユイ様! ユイ様の魅力で、ドレスのほうがかすんでしまうほどです!」
「いやあ、それはさすがにひいき目がすぎるんじゃない? アメリアさん」
なんだ、この状況。
花嫁は結衣のはずなのに、周りのほうがヒートアップしている。
それよりも試着しているドレスの重さに、結衣は自信を失いかけていた。
(く……っ。あんなに体力をつけるためにがんばったのに! なんて重さなのよ。ロイヤルウェディングってこんなに大変なのね)
裾の長いドレスは、ふんわりしている。スカートの中にパニエを着て、ふくらませているのだ。そして、あちこちに飾り付けられた宝石飾りだ。真珠や水晶、ダイヤモンドをあしらっている。一つ一つは小さいのに、あわさるとなかなかの重量だったりする。そしてアクセサリーと、髪飾りだ。
「何これ、拷問? 笑顔が引きつるんですけど!」
思わず弱音を吐くと、アメリアとお針子達は苦笑いを浮かべる。
「ユイ様、普段が軽やかな服装すぎますからね」
「衛兵の服も凛々しくてお似合いですけど、普段からドレスでならさないときついですわよ」
「式の後に寝込む花嫁もいらっしゃるんですよ」
オスカーも似たようなことを言っていたが、それは緊張の反動ではなかっただろうか。
「パレードと式だけですわ。披露宴は他のドレスですから」
そちらは明日、一度に最終調整を行う予定だ。
「それより、今はこの飾りのことで!」
再び針子の声に熱が入り始めたタイミングで、結衣の部屋の扉がノックされた。
「ユイ、アレクです。扉を開けても構いませんか?」
「いいわよ」
結衣が返事をすると、針子がすすっと壁際に引いて、頭を下げた。白と灰色のタキシードに身を包んだアレクが扉を開け、結衣の姿に目をみはる。
「綺麗です、ユイ」
まぶしそうに目を細め、アレクはキラキラしい笑みを浮かべる。
「う、うん。それはこちらの台詞っていうか……。どこのモデルが来たかと思って、焦ったわ」
アレクは向かいの談話室で試着していたところだ。
(前髪、上げてる! うわぁぁ、かっこいいぃぃぃっ)
心の中で、結衣は大騒ぎしている。普段は前髪を下ろしているので、ギャップがたまらない。美形は何をしても美形だ。素晴らしい。
眼福すぎて拝みそうになるのを我慢していると、アレクは戸口に立ったまま、結衣に伺いを立てる。
「女性の私室に入るのは良くないのですが、二人で並んだバランスを見たいと言うので……。中に入っても?」
「もちろん! ごめんね、私がそっちに行ければ良かったんだけど、思ってた以上に重くて……! 鍛えかたが足りなかったみたい。今日から筋トレを追加ね!」
結衣がこぶしを握って宣言すると、針子が悲鳴を上げた。
「駄目です、ユイ様! こちらのドレスは体に沿う作りなので、筋肉なんて付けて体型が変わると、見栄えも変わってしまいます!」
「当日、数時間の我慢ですわ。やめてください!」
そんな二人の横で、アメリアがこくこくと激しく頷いている。
アレクはくすくすと笑い、ふと結衣の首に目をとめる。
「だそうですよ、ユイ。おや、首元がさびしいですね」
「陛下、どちらがよろしいですか?」
ここぞとばかりに、針子がレースのリボンを差し出した。アレクは首を傾げ、違うことを提案する。
「真珠か、ダイヤモンドのネックレスがいいのでは?」
「この中でしたら、どちらがよろしいでしょうか」
「ああ、それなら、この三連のダイヤモンドがいいですよ」
すかさずアメリアが宝石箱を見せ、アレクは迷わず選びとった。アメリアが結衣にネックレスをつけると、アレクは満足げに頷く。
「やっぱり。よく似合ってますよ」
「そうかなあ。ありがとう」
はにかみ笑いを浮かべ、結衣はアレクに礼を言う。
(ふう。おかげで、お針子さんの戦いも終わったわ)
結衣は違う方面でもほっとした。
先ほどまで舌戦を繰り広げていた二人は、「さすがは陛下ですわ」「素晴らしい見立てでございます」と褒めてにこにこしている。
結衣の隣にアレクが立つと、衣装監督の女官が、鋭い目で見比べ、帳面に何かを書きつけていく。
「ええ、こちらで参りましょう。着替えていただいて構いませんわ」
衣装監督のおすみつきが出た。
やっと着替えられると結衣はため息をついたが、アレクは名残惜しげにこちらを眺めている。
「どうしたの?」
「式の当日は、ばたばたしているでしょうから、今のうちにじっくり見ておこうかと」
「えっ、そうなの!? それなら、私もアレクを見ておかなきゃ!」
お互いに真面目な顔をして観察しあっている二人の様子に、アメリア達はくすくすと笑いをこぼす。
「本当に仲が良くていらっしゃいますわね」
「微笑ましいです」
部屋の空気はなごやかになった。アメリア達は示し合わせて、部屋を出て行こうと扉に向かう。
その時、廊下が騒がしくなった。バタバタと慌ただしく駆けてくる足音がして、結衣の部屋を守る護衛騎士がすいかする。
「何用だ!」
「陛下に急ぎお伝えしなければならないことがございます! 取り次いでいただきたい!」
その声に、アレクが動いた。
「構わない、ディラン、扉を開けていい。――アメリア」
「はいっ」
アメリアが返事をして、すかさず結衣の傍にやって来る。衣装監督と針子の二人も、結衣の傍に移動した。
扉が開くと、伝令の騎士が廊下でひざまずいていた。アレクが戸口に立って問う。
「伝令を聞こう」
「ご報告申し上げます! アクアレイト国より急報です。およそ一週間前、アクアレイト国に魔族が攻め入り、夜闇の神の封印を解いたとのことです!」
この報告を聞いていた者達の間に、緊張が走る。
この世界には、三柱の神がいる。
双子の女神である、太陽の女神シャリアと月の女神セレナリア。そして、男神である、夜闇の神ナトクだ。
はるか昔、セレナリアに恋をしたナトクは、セレナリアをさらったことがある。それに怒ったシャリアが、ナトクを地底に封じたのだ。
アクアレイト国にある聖火を守る神殿、その地底にナトクが封印されている。百年に一度、ゆるみかけた封印をかけなおすため、女神達は地上に降臨する。そのため、少し前にその降臨祭が行われたばかりだ。
「……夜闇の神ナトク?」
アレクは眉をひそめた。
「いったいどうやって? 封印を解くには、聖なるものの一部が必要なはず……」
「それは……」
伝令が言いよどんだ時、玲瓏とした女性の声が割り込んだ。
「わたくしからご説明いたします、アレクシス陛下。それから、竜の導き手様、このようななりでの突然の訪問、ご無礼をおわびいたしますわ。救援要請にまいりました、アクアレイト国が第一王女、リディア・アクアレイトでございます」
薄汚れた旅装で慇懃にお辞儀をしたのは、降臨祭で知り合った姫だった。明るい金髪は今はくすんで見えるが、青紫の目ですっと見通すような、凛とした美しさは健在だ。
しかし、そこまでが限界だったらしい。リディアがふらふらと床にへたりこんだので、結衣はドレスを着ていることも忘れて前に飛び出す。
「リディア姫!」
そして思い切り裾を踏みつけて、前へと転ぶ。しかし倒れる前に、アレクが結衣の腹に腕を回して抱きとめた。
「ユイ、危ないですよ。気を付けて」
「ごめんなさい、ありがとう。ドレスってことを忘れてた」
結衣の代わりに、アメリアがリディアに駆け寄って、その肩を支える。
「大丈夫ですか、姫君」
「ええ、申し訳ありません。不慣れな竜に乗って、ここまで来たもので……。どうかお願いいたします、陛下。アクアレイト国を――いえ、この世界を救ってくださいませ。あの化け物から!」
切れ長の目に涙を浮かべ、それでもリディアは泣くまいと唇を引き結んでいる。
「化け物……?」
「いったいどういうことなの?」
アレクだけでなく、結衣も戸惑っている。
「お話を伺いますが……お互い、準備が必要です。客室に案内させますので、後で聖竜教会の応接室にいらしてください」
「……あ。そ、そうですわね、わたくしったら。おめでたい準備の席に、なんて真似を」
ようやく事態をはあくしたリディアは青ざめ、恐縮しきりで謝ってから、アメリアに支えられて客室のほうへ移動していった。
ただごとではない空気に、結婚式前で浮かれていた結衣の気持ちが急速に落ち込んでいく。どうしようもない不安が湧いてきた。
結衣が無意識にアレクの腕をつかんだまま離さないでいるので、アレクが落ち着いた声で話しかけてくる。
「ユイ、大丈夫ですよ。ひとまず着替えて、姫の話を聞きましょう」
「そ、そうね。うん」
動揺しながらも、結衣は頷く。その右手を、アレクは両手でぎゅっと握った。彼の手の温かさと力強さに、結衣はようやく安心できた。
「ありがとう」
「落ち着いたようですね。それでは、また」
去り際に結衣の額にキスを落としてから、アレクは部屋を出て行った。怖いという気持ちは薄れたが、違う意味でドキドキは残った。
「急いで着替えちゃいましょ! よろしくお願いします!」
「あ、はい!」
「お任せください!」
針子達も我に返り、てきぱきと仕事に取り掛かる。
(魔族ってば、今度は何をやったのよ!)
何度も迷惑をこうむっている結衣は、王太子イシュドーラを思い浮かべ、眉間にしわを寄せた。
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