43 / 89
第三部 命花の呪い 編
03
しおりを挟むアメリアがはりきったお陰か、その日の夕方には商人がやって来た。
結衣の部屋の向かいには談話室があり、商人はそのテーブルにいくつもの糸と金属製の飾りや宝石のビーズを並べて、結衣を出迎えた。
「お初にお目にかかります、私はランドルフと申します。導き手様がお呼びと聞いて、いてもたってもいられず駆けつけてしまいました。どうぞよしなに」
ランドルフは帽子を脱いでお辞儀をした。渋い緑色の上着と白いズボンという動きやすそうな服装だ。はつらつとした雰囲気の中年の男である。
「初めまして、ユイ・キクチです。今日は来て頂いてありがとうございます。たくさんあって迷っちゃいますね」
結衣も挨拶を返してから、さっそく品を物色する。
赤といっても、渋い赤に鮮やかな赤と色々ある。糸の太さや、手触りも違うようだ。
「おすすめはこちらの絹糸ですな。一本が細いので、飾り紐用に、束にして太くしてあります。極上の一品ですよ」
「色がちょっと明るすぎるんですよねえ。もう少し落ち着いた色合いがいいです」
結衣が希望を口にすると、一緒に見ていたアメリアが端の紐を指差す。
「こちらはいかがですか? ワインレッドです」
「色は良いけど、細すぎるなあ。これくらいの太さで、この色の糸が良いです。編んだらちょうどいい感じ」
商人はなるほどと頷いて、糸を見回す。そして、一つの束を取り上げた。
「こちらはいかがでしょうか?」
「あ、いいですね。肌触りも良いし、太さも色もちょうどいい」
「良かった。編むのでしたら、こちらのパーツや、ビーズを入れても綺麗ですよ」
結衣は想像して、うんうんと頷いた。確かに綺麗だ。それにアレクに似合いそうである。
「ねえアメリアさん、魔法を込められるのってこの中だとどれになるの? アレクは金属製の飾りに魔法を込めていたみたいだけど、他のものでも出来るのかな?」
「陛下がお持ちになるなら、魔法を込められる方が、お守りにもなってよろしいですね。ユイ様ったらお優しいですわ」
微笑ましそうに笑い、アメリアはパーツを手で示す。
「陛下のような強い魔法の使い手でしたら、銀製のものか、宝石がよろしいですわ」
「へえ、種類で変わるのね」
魔法に詳しくない結衣には、なんとも不思議な決まり事だ。
「国王陛下へのプレゼントでしたか……! 私の店の品で、導き手様が飾り紐を編まれて、それを陛下に差し上げるなんて、このランドルフ、感動の極みです!」
ランドルフは感激して涙ぐむ。アメリアが釘を刺す。
「まだ結婚は決まりではありませんので、ご内密にお願いしますわ」
「はっ、畏まりました。もし日取りが決まりましたらお知らせください。お二人の結婚式に相応しい、最高の品をご用意致しますので」
それに結衣はあいまいに笑うしかない。
(どうしてこんなに急に、結婚を連呼されるのよ)
実は皆で示し合わせて、せっついているのだろうかと勘繰る程だ。
空気を察したアメリアがごほんと咳払いをする。
「ユイ様、お気になさらず。どちらになさいます?」
「ええと……これかな」
小さな緑の宝石が、銀の台座に埋まっている。
「陛下の目と同じ色ですね。うふふ、きっと喜んで下さいますわ」
「だといいな」
アレクが喜ぶ顔を想像して、結衣も頬を緩める。
「ランドルフさん、この糸を三束と、この石を下さい」
「はい、畏まりました!」
「あ……お金」
結衣はここに来て、はたと気付いた。
「プレゼントなのに、お城のお金を使っていいのかな。私、どこかでアルバイト」
「いけません!」
最後まで言い切る前に、アメリアがぴしゃりと言った。
「よろしいですか、ユイ様。ドラゴンの導き手様を働かせたとあっては、わたくしの首が飛びます。絶対におやめくださいませ」
「首が飛ぶの!?」
アメリアは重々しく頷いた。
「ユイ様は聖竜様にお招きされた大事なお客様ですよ? それに、陛下の大切な方をないがしろになど出来ません!」
「はいっ」
「それでも気になるのでしたら、聖竜様を無事に育てられたご褒美だとお考えください。他のドラゴンをお助けになっていますし、充分なご活躍です」
「わ、分かった。そういうことにしておくわ」
流石にアメリアに迷惑はかけられない。
結衣とアメリアのやりとりを聞いていたランドルフは、何故か泣き始めた。
「おおお、なんと奥ゆかしいお気遣い! このランドルフ、感激いたしました」
「ええっ、何!? どうして急に泣き始めるの!?」
驚く結衣に、アメリアは苦笑する。
「ユイ様は我が儘放題を言っても許される立場なんですよ? 加えて陛下のご寵愛もおありとなれば、その辺の貴族の子女ならば、ふんぞり返ると思いますわ。そうですわ、良い機会です。ユイ様、何か欲しいものはありませんか? ご用意しますわよ」
「えっ、欲しい物? ……衛兵の服をもう一着とか?」
なんとかひねりだした結果、結衣は動きやすい服が欲しいと思った。だがアメリアに即座に却下される。
「駄目です。衛兵の服はあの一着で十分です。でないと、洗濯中だからという理由で、ワンピースを着てもらえなくなるではありませんか」
「えっ、一着しかないのって、そんな理由だったの!?」
結衣はぎょっとした。
どうしてそんなに結衣にドレスやワンピースを着て欲しいのか、まったくもって謎である。
「他にはないのですか、アクセサリーが欲しいとか、服が欲しいとか」
「服は充分だし、アクセサリーなんて付けてたら、動きにくいよ。あ、でも防寒着一式なら欲しい! ドラゴンに乗る時に便利だよね」
いつも借りていたからと、結衣は弾んだ声で言った。涙を拭ったランドルフは、今度は呆れた様子で首を振る。
「ははあ、ドラゴンの導き手様は変わってらっしゃいますなあ。その辺の婦女子とは望むものがまったく違ってらっしゃいます」
「他にはないんですか?」
何故かアメリアがむきになったように迫ってくる。
「いや、思いつかないけど……」
「こら、アメリア。ユイ様が困ってらっしゃるだろ」
同席していたディランが、アメリアをたしなめる。
「申し訳ありません。そうですか、残念ですわ。ユイ様のための予算がかなり余っているんですよね、何かに使えれば良かったんですけど」
「それなら竜舎の飼育員さんの棟の修理に使ってあげてよ。隙間風が辛いって前に言ってたんだよね」
「そちらはそちらできちんと枠を取っているので大丈夫ですが、上に伝えておきますね」
これはもう何を言っても無駄だなという目をして、アメリアは苦笑いをする。
その一方、ランドルフが「優しい!」と再び泣き始めて、結衣を困惑させた。
3
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ねえ、今どんな気持ち?
かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた
彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。
でも、あなたは真実を知らないみたいね
ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。