41 / 87
第三部 命花の呪い 編
03
しおりを挟むアメリアがはりきったお陰か、その日の夕方には商人がやって来た。
結衣の部屋の向かいには談話室があり、商人はそのテーブルにいくつもの糸と金属製の飾りや宝石のビーズを並べて、結衣を出迎えた。
「お初にお目にかかります、私はランドルフと申します。導き手様がお呼びと聞いて、いてもたってもいられず駆けつけてしまいました。どうぞよしなに」
ランドルフは帽子を脱いでお辞儀をした。渋い緑色の上着と白いズボンという動きやすそうな服装だ。はつらつとした雰囲気の中年の男である。
「初めまして、ユイ・キクチです。今日は来て頂いてありがとうございます。たくさんあって迷っちゃいますね」
結衣も挨拶を返してから、さっそく品を物色する。
赤といっても、渋い赤に鮮やかな赤と色々ある。糸の太さや、手触りも違うようだ。
「おすすめはこちらの絹糸ですな。一本が細いので、飾り紐用に、束にして太くしてあります。極上の一品ですよ」
「色がちょっと明るすぎるんですよねえ。もう少し落ち着いた色合いがいいです」
結衣が希望を口にすると、一緒に見ていたアメリアが端の紐を指差す。
「こちらはいかがですか? ワインレッドです」
「色は良いけど、細すぎるなあ。これくらいの太さで、この色の糸が良いです。編んだらちょうどいい感じ」
商人はなるほどと頷いて、糸を見回す。そして、一つの束を取り上げた。
「こちらはいかがでしょうか?」
「あ、いいですね。肌触りも良いし、太さも色もちょうどいい」
「良かった。編むのでしたら、こちらのパーツや、ビーズを入れても綺麗ですよ」
結衣は想像して、うんうんと頷いた。確かに綺麗だ。それにアレクに似合いそうである。
「ねえアメリアさん、魔法を込められるのってこの中だとどれになるの? アレクは金属製の飾りに魔法を込めていたみたいだけど、他のものでも出来るのかな?」
「陛下がお持ちになるなら、魔法を込められる方が、お守りにもなってよろしいですね。ユイ様ったらお優しいですわ」
微笑ましそうに笑い、アメリアはパーツを手で示す。
「陛下のような強い魔法の使い手でしたら、銀製のものか、宝石がよろしいですわ」
「へえ、種類で変わるのね」
魔法に詳しくない結衣には、なんとも不思議な決まり事だ。
「国王陛下へのプレゼントでしたか……! 私の店の品で、導き手様が飾り紐を編まれて、それを陛下に差し上げるなんて、このランドルフ、感動の極みです!」
ランドルフは感激して涙ぐむ。アメリアが釘を刺す。
「まだ結婚は決まりではありませんので、ご内密にお願いしますわ」
「はっ、畏まりました。もし日取りが決まりましたらお知らせください。お二人の結婚式に相応しい、最高の品をご用意致しますので」
それに結衣はあいまいに笑うしかない。
(どうしてこんなに急に、結婚を連呼されるのよ)
実は皆で示し合わせて、せっついているのだろうかと勘繰る程だ。
空気を察したアメリアがごほんと咳払いをする。
「ユイ様、お気になさらず。どちらになさいます?」
「ええと……これかな」
小さな緑の宝石が、銀の台座に埋まっている。
「陛下の目と同じ色ですね。うふふ、きっと喜んで下さいますわ」
「だといいな」
アレクが喜ぶ顔を想像して、結衣も頬を緩める。
「ランドルフさん、この糸を三束と、この石を下さい」
「はい、畏まりました!」
「あ……お金」
結衣はここに来て、はたと気付いた。
「プレゼントなのに、お城のお金を使っていいのかな。私、どこかでアルバイト」
「いけません!」
最後まで言い切る前に、アメリアがぴしゃりと言った。
「よろしいですか、ユイ様。ドラゴンの導き手様を働かせたとあっては、わたくしの首が飛びます。絶対におやめくださいませ」
「首が飛ぶの!?」
アメリアは重々しく頷いた。
「ユイ様は聖竜様にお招きされた大事なお客様ですよ? それに、陛下の大切な方をないがしろになど出来ません!」
「はいっ」
「それでも気になるのでしたら、聖竜様を無事に育てられたご褒美だとお考えください。他のドラゴンをお助けになっていますし、充分なご活躍です」
「わ、分かった。そういうことにしておくわ」
流石にアメリアに迷惑はかけられない。
結衣とアメリアのやりとりを聞いていたランドルフは、何故か泣き始めた。
「おおお、なんと奥ゆかしいお気遣い! このランドルフ、感激いたしました」
「ええっ、何!? どうして急に泣き始めるの!?」
驚く結衣に、アメリアは苦笑する。
「ユイ様は我が儘放題を言っても許される立場なんですよ? 加えて陛下のご寵愛もおありとなれば、その辺の貴族の子女ならば、ふんぞり返ると思いますわ。そうですわ、良い機会です。ユイ様、何か欲しいものはありませんか? ご用意しますわよ」
「えっ、欲しい物? ……衛兵の服をもう一着とか?」
なんとかひねりだした結果、結衣は動きやすい服が欲しいと思った。だがアメリアに即座に却下される。
「駄目です。衛兵の服はあの一着で十分です。でないと、洗濯中だからという理由で、ワンピースを着てもらえなくなるではありませんか」
「えっ、一着しかないのって、そんな理由だったの!?」
結衣はぎょっとした。
どうしてそんなに結衣にドレスやワンピースを着て欲しいのか、まったくもって謎である。
「他にはないのですか、アクセサリーが欲しいとか、服が欲しいとか」
「服は充分だし、アクセサリーなんて付けてたら、動きにくいよ。あ、でも防寒着一式なら欲しい! ドラゴンに乗る時に便利だよね」
いつも借りていたからと、結衣は弾んだ声で言った。涙を拭ったランドルフは、今度は呆れた様子で首を振る。
「ははあ、ドラゴンの導き手様は変わってらっしゃいますなあ。その辺の婦女子とは望むものがまったく違ってらっしゃいます」
「他にはないんですか?」
何故かアメリアがむきになったように迫ってくる。
「いや、思いつかないけど……」
「こら、アメリア。ユイ様が困ってらっしゃるだろ」
同席していたディランが、アメリアをたしなめる。
「申し訳ありません。そうですか、残念ですわ。ユイ様のための予算がかなり余っているんですよね、何かに使えれば良かったんですけど」
「それなら竜舎の飼育員さんの棟の修理に使ってあげてよ。隙間風が辛いって前に言ってたんだよね」
「そちらはそちらできちんと枠を取っているので大丈夫ですが、上に伝えておきますね」
これはもう何を言っても無駄だなという目をして、アメリアは苦笑いをする。
その一方、ランドルフが「優しい!」と再び泣き始めて、結衣を困惑させた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,128
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。