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第三部 命花の呪い 編

 03

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 アメリアがはりきったお陰か、その日の夕方には商人がやって来た。
 結衣の部屋の向かいには談話室があり、商人はそのテーブルにいくつもの糸と金属製の飾りや宝石のビーズを並べて、結衣を出迎えた。

「お初にお目にかかります、私はランドルフと申します。導き手様がお呼びと聞いて、いてもたってもいられず駆けつけてしまいました。どうぞよしなに」

 ランドルフは帽子を脱いでお辞儀をした。渋い緑色の上着と白いズボンという動きやすそうな服装だ。はつらつとした雰囲気の中年の男である。

「初めまして、ユイ・キクチです。今日は来て頂いてありがとうございます。たくさんあって迷っちゃいますね」

 結衣も挨拶を返してから、さっそく品を物色する。
 赤といっても、渋い赤に鮮やかな赤と色々ある。糸の太さや、手触りも違うようだ。

「おすすめはこちらの絹糸ですな。一本が細いので、飾り紐用に、束にして太くしてあります。極上の一品ですよ」
「色がちょっと明るすぎるんですよねえ。もう少し落ち着いた色合いがいいです」

 結衣が希望を口にすると、一緒に見ていたアメリアが端の紐を指差す。

「こちらはいかがですか? ワインレッドです」
「色は良いけど、細すぎるなあ。これくらいの太さで、この色の糸が良いです。編んだらちょうどいい感じ」

 商人はなるほどと頷いて、糸を見回す。そして、一つの束を取り上げた。

「こちらはいかがでしょうか?」
「あ、いいですね。肌触りも良いし、太さも色もちょうどいい」
「良かった。編むのでしたら、こちらのパーツや、ビーズを入れても綺麗ですよ」

 結衣は想像して、うんうんと頷いた。確かに綺麗だ。それにアレクに似合いそうである。

「ねえアメリアさん、魔法を込められるのってこの中だとどれになるの? アレクは金属製の飾りに魔法を込めていたみたいだけど、他のものでも出来るのかな?」
「陛下がお持ちになるなら、魔法を込められる方が、お守りにもなってよろしいですね。ユイ様ったらお優しいですわ」

 微笑ましそうに笑い、アメリアはパーツを手で示す。

「陛下のような強い魔法の使い手でしたら、銀製のものか、宝石がよろしいですわ」
「へえ、種類で変わるのね」

 魔法に詳しくない結衣には、なんとも不思議な決まり事だ。

「国王陛下へのプレゼントでしたか……! 私の店の品で、導き手様が飾り紐を編まれて、それを陛下に差し上げるなんて、このランドルフ、感動の極みです!」

 ランドルフは感激して涙ぐむ。アメリアが釘を刺す。

「まだ結婚は決まりではありませんので、ご内密にお願いしますわ」
「はっ、畏まりました。もし日取りが決まりましたらお知らせください。お二人の結婚式に相応しい、最高の品をご用意致しますので」

 それに結衣はあいまいに笑うしかない。

(どうしてこんなに急に、結婚を連呼されるのよ)

 実は皆で示し合わせて、せっついているのだろうかと勘繰る程だ。
 空気を察したアメリアがごほんと咳払いをする。

「ユイ様、お気になさらず。どちらになさいます?」
「ええと……これかな」

 小さな緑の宝石が、銀の台座に埋まっている。

「陛下の目と同じ色ですね。うふふ、きっと喜んで下さいますわ」
「だといいな」

 アレクが喜ぶ顔を想像して、結衣も頬を緩める。

「ランドルフさん、この糸を三束と、この石を下さい」
「はい、畏まりました!」
「あ……お金」

 結衣はここに来て、はたと気付いた。

「プレゼントなのに、お城のお金を使っていいのかな。私、どこかでアルバイト」
「いけません!」

 最後まで言い切る前に、アメリアがぴしゃりと言った。

「よろしいですか、ユイ様。ドラゴンの導き手様を働かせたとあっては、わたくしの首が飛びます。絶対におやめくださいませ」
「首が飛ぶの!?」

 アメリアは重々しく頷いた。

「ユイ様は聖竜様にお招きされた大事なお客様ですよ? それに、陛下の大切な方をないがしろになど出来ません!」
「はいっ」
「それでも気になるのでしたら、聖竜様を無事に育てられたご褒美だとお考えください。他のドラゴンをお助けになっていますし、充分なご活躍です」
「わ、分かった。そういうことにしておくわ」

 流石にアメリアに迷惑はかけられない。
 結衣とアメリアのやりとりを聞いていたランドルフは、何故か泣き始めた。

「おおお、なんと奥ゆかしいお気遣い! このランドルフ、感激いたしました」
「ええっ、何!? どうして急に泣き始めるの!?」

 驚く結衣に、アメリアは苦笑する。

「ユイ様は我が儘放題を言っても許される立場なんですよ? 加えて陛下のご寵愛もおありとなれば、その辺の貴族の子女ならば、ふんぞり返ると思いますわ。そうですわ、良い機会です。ユイ様、何か欲しいものはありませんか? ご用意しますわよ」
「えっ、欲しい物? ……衛兵の服をもう一着とか?」

 なんとかひねりだした結果、結衣は動きやすい服が欲しいと思った。だがアメリアに即座に却下される。

「駄目です。衛兵の服はあの一着で十分です。でないと、洗濯中だからという理由で、ワンピースを着てもらえなくなるではありませんか」
「えっ、一着しかないのって、そんな理由だったの!?」

 結衣はぎょっとした。
 どうしてそんなに結衣にドレスやワンピースを着て欲しいのか、まったくもって謎である。

「他にはないのですか、アクセサリーが欲しいとか、服が欲しいとか」
「服は充分だし、アクセサリーなんて付けてたら、動きにくいよ。あ、でも防寒着一式なら欲しい! ドラゴンに乗る時に便利だよね」

 いつも借りていたからと、結衣は弾んだ声で言った。涙を拭ったランドルフは、今度は呆れた様子で首を振る。

「ははあ、ドラゴンの導き手様は変わってらっしゃいますなあ。その辺の婦女子とは望むものがまったく違ってらっしゃいます」
「他にはないんですか?」

 何故かアメリアがむきになったように迫ってくる。

「いや、思いつかないけど……」
「こら、アメリア。ユイ様が困ってらっしゃるだろ」

 同席していたディランが、アメリアをたしなめる。

「申し訳ありません。そうですか、残念ですわ。ユイ様のための予算がかなり余っているんですよね、何かに使えれば良かったんですけど」
「それなら竜舎の飼育員さんの棟の修理に使ってあげてよ。隙間風が辛いって前に言ってたんだよね」
「そちらはそちらできちんと枠を取っているので大丈夫ですが、上に伝えておきますね」

 これはもう何を言っても無駄だなという目をして、アメリアは苦笑いをする。
 その一方、ランドルフが「優しい!」と再び泣き始めて、結衣を困惑させた。
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