赤ちゃん竜のお世話係に任命されました

草野瀬津璃

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第三部 命花の呪い 編

 02

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 着替えが済むと、結衣は近衛騎士の案内で王城へ向かった。城にある自分の部屋に行くつもりで歩いていると、煌びやかな服装に身を包んだ人々が出歩いているのを見かけた。

「宮廷舞踏会って今日からなんですか?」
「いえ、二日後の昼からになります。遠い領地の方もいますので、早めに入城されているんですよ。しばらく人の出入りが増えますので、導き手様はくれぐれもお一人で出歩かないようにして下さい」
「分かりました」

 結衣は素直に頷いた。
 リヴィドール国いる時は、専属護衛のディランが傍にいるので、いつものことだ。結衣は正面玄関に向かう途中、見知った人を見つけて声を上げた。

「あっ、アメリアさん、ディランさん!」

 馬車の前で誰かと話していたアメリアとディランがこちらを振り返って、驚いた顔になる。

「まあ、ユイ様! こちらにお越しになっていたのですね」

 青い目を丸くしているのは、アメリア・クロスだ。結衣の専属侍女である。焦げ茶色の豊かな髪を二房の三つ編みにしており、赤色の飾り紐でとめている。円筒形の帽子を被り、制服である緑色のワンピースには、白いエプロンをつけていた。

「神殿に待機しておらず、申し訳ありません」

 隣で頭を下げた青年は、ディラン・クロスだ。背が高く、鋭い目は青い。焦げ茶色の短い髪を、後ろで緑の飾り紐で縛っている。緑色の帽子と騎士の制服が決まっており、腰には長剣を提げていた。初対面だとちょっと怖く感じるタイプだ。
 アメリアとディランは双子の兄妹で、クロス伯爵家の出なせいか、どこか品があった。

「いえ、いいですよ。気にしないで下さい。急に来ちゃった私も悪いんですし」

 バツが悪そうなディランに、結衣が慌ててそう言った時、興味深そうにこちらを見る青年と目が合った。
 ディランが青年を紹介する。

「あ、紹介します。私どもの兄で、クロス伯爵家の現当主です」
「お兄さん?」

 双子に兄がいたとは初耳だ。結衣は、青年をまじまじと見た。
 二十代後半くらいだろうか、背が高く、茶色い髪と水色の目を持つ彼は、知的な雰囲気がある。だが弱弱しい感じはしない。
 ディランは、今度は青年に、結衣を紹介しようと声をかける。

「兄上、こちらは……」

 青年はやんわりと右手を挙げて制止すると、結衣にお辞儀した。

「あなたがドラゴンの導き手のユイ・キクチ様ですね。初めまして、レオン・クロスと申します。お噂は我が領地まで届いておりますよ。聖竜様をお育て頂きましたこと、魔族から国を守る立場として、そしてこの地に生きる人間として、大変感謝しております」

 レオンは結衣の右手を取ると、甲に軽くキスをした。結衣がぎょっと固まると、手を離したレオンは不思議そうにした。アメリアが小声で結衣に教える。

「あの、ユイ様。貴族では、男性が女性にする挨拶ですわ」

 そしてレオンにも注意する。

「お兄様、ユイ様はこちらの文化に慣れていらっしゃらないので、驚かれておいでです。とりあえず離れて下さいませ」

 アメリアがさっと結衣とレオンの間に入って、距離を取らせた。結衣はほっと息をついたが、内心大騒ぎである。

(うわああ、映画みたいなことされちゃった。まさか私がこんな挨拶をされる日が来るなんて!)

 恥ずかしいので、その辺を走り回ってきたいところだが、そんなことをするとアメリアに不作法だと叱られそうだから、ぐっとこらえた。

「これは大変失礼しました。未来の王妃様に丁重にご挨拶をと思っただけなんですが」

 レオンは謝って、肩をすくめた。

「王妃……!? ええと、まだ結婚はその、考えていなくて」
「お兄様!」

 しどろもどろで目を泳がせる結衣の横で、アメリアがまなじりを吊り上げる。妹ににらまれたレオンは苦笑する。

「失敬、良い話題だと思ったんですが……。導き手様は陛下の飾り紐を身に着けておいでですし、そろそろなのかと。しかしお早めにご決断頂きたいものですね。直系の王家の方は陛下お一人ですから、お世継ぎの問題が……」
「お兄様!」
「兄上!」

 アメリアとディランが声を揃えて制止すると、双子の剣幕にさしもの兄もたじろいだようだった。

「そこまで怒らなくてもいいだろう、二人とも。皆、口には出さないがそう思っているという話をしただけで……」
「もうっ、お兄様は引っ込んでいて下さいませ! ユイ様、お気になさることはありませんからね」
「そうですよ、急いだって良いことはありません」

 とりなすアメリアとディランに、結衣は頷いた。

「う、うん……」

 なんだか居心地が悪くなったので、結衣はこの場を離れることにした。

「ええと、私達は行きますね」
「わたくしも参ります」

 アメリアがさっと結衣の傍に寄った。

「え、いいの? せっかくお兄さんと会えたのに」
「挨拶は済ませましたので、大丈夫です」

 きっぱりと答えるアメリアの様子に、レオンは苦笑したが何も言わなかった。

「申し訳ありませんが、私は兄を案内してから戻ります。先輩、よろしくお願いします」

 ディランは近衛騎士に小さく頭を下げた。近衛騎士は頷いて返す。それを見て、レオンが再びお辞儀をした。

「では導き手様、宮廷舞踏会にてまたお会い致しましょう。楽しみにしております」
「はい、こちらこそ。……ではまた」

 結衣も挨拶を返して、その場を離れる。
 レオン達に聞こえない距離まで来ると、先導していたアメリアが足を止めて振り返った。

「まったく、お兄様ときたら。ディランと同じで、ときどき無神経なんですから。ユイ様、お兄様のおっしゃることなんて無視して構いませんからね」
「はいっ」

 さっきの発言にまだ怒っていたらしい。
 怖い顔をしているアメリアに、結衣は背筋を伸ばして答えた。



(結婚……。結婚かあ)

 自分の部屋に辿り着くなり、結衣はぐったりと長椅子に腰掛けた。
 ここに来るまでに会う貴族達に、挨拶のついでみたいに「結婚の予定はいつか?」と聞かれて、笑顔でかわすのにとても疲れた。

(でも確かに、最初から言われてたことだよね)

 アレクに結婚してくれと言われて、交際からならと返したのは結衣だ。

(アレクのことは好きだけど、でも結婚となると……。違う世界だし、ドッグトレーナーの夢もあるし)

 結衣は犬が大好きで、ドッグトレーナーとして独立するのを夢見て生きてきた。仕事ばかりを追いかけてきたので、結婚や家庭は眼中に無かったのだ。

(犬がいれば幸せだからなあ)

 結婚願望が低い理由はそこにある。

「ユイ様、お茶をどうぞ」

 うなっている結衣に、アメリアが気をきかせてお茶を淹れてくれた。クッキーが添えてある。

「ありがとう、アメリアさん。おいしそう」

 結衣はお茶を飲みながら、神官との話を思い出した。

「ねえアメリアさん、飾り紐ってどうやって手に入れるの?」
「そうですねえ、貴族でしたら、宮廷舞踏会でのデビューに合わせて、親が屋敷に商人を呼んで、好きなものを選ぶように言いますわ。平民でしたら、店で買うか、自分で編むとか」

 なるほどと結衣は頷いた。

「編むというと、ミサンガみたいなものかな」

 小学生の時、刺繍糸でミサンガを編むのが流行ったよねと思い出した結衣は、懐かしさに顔をほころばせる。それなら結衣にも出来そうだ。

「私は魔法を込めるなんて出来ないから、編んでみようかなあ」
「もしかして、ユイ様。陛下にお返しするんですか?」

 胸の前で手を組んで、アメリアは目をキラキラさせた。

「うん、アレクにはもらってばっかりだからお返ししたいなあって。喜んでくれるかな?」
「もちろんですわ! 絶対、ものすごく、大喜びなさいます!」

 ぐっと拳を握りこみ、アメリアは強く言い切った。結衣はアメリアの勢いに身をのけぞらせながら頷く。

「そ、そっか。それなら良いの、うん。じゃあ、まずは糸を買いに行かないとだね」
「赤、オレンジ、黄色の中では何色がよろしいですか?」
「アレクの髪は金色だから、赤が映えそうだよね。赤にする」
「分かりました、あとはアメリアにお任せ下さいませ! 質の良い糸を売る商人を呼んで参ります!」

 何故か結衣よりも浮かれているアメリアは、どこの商人がいいかと真剣に考え始めた。

「町に買いに行こうかと思ったんだけど」
「今の時期は人の出入りが多いので、町に下りるのは危ないです。お控えになった方がよろしいですわ」

 さっきも近衛騎士に同じことを注意されたのを思い出し、結衣はそれなら仕方ないかと頷いた。

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