上 下
43 / 87
第三部 命花の呪い 編

 05

しおりを挟む


「ユイ様、陛下から贈り物が届きました」

 夕方、アメリアが包装された箱を持ってきた。あまりの用意の速さに結衣は驚いた。

「え!? もう用意してくれたの?」
「あら、何かおねだりなさったんですか? 陛下のことですから、きっと素敵なドレスに違いありませんわ」

 そう言って、箱を開けたアメリアは、中身を見て目を丸くした。結衣はひょいと横から箱を覗きこむ。

「防寒着のセットを頼んだの。わあ、竜騎士の人達のと同じだ。私のサイズとぴったり!」
「どうしてそんな色気の無いものを頼まれるんですか」

 試着して喜ぶ結衣に、アメリアは頭を抱えている。

「仕方ないでしょ。昨日の商人のことを訊かれたから、とっさに違うものを挙げたの。飾り紐をあげるのは内緒だから」
「それは存じていますが、だからって、他にあるでしょう! ドレスとかアクセサリーとか靴とか!」
「それはもう充分あるって言ったじゃない。あ、帽子もちょうどいいわ。借りた時のサイズで合わせてくれたのかな、嬉しいなあ」

 耳覆い付の帽子を被り、結衣は鏡の前でにっこり笑う。

「これで今度、アレクの飛行訓練にお邪魔する約束したの。オニキスに乗る時も付き合ってくれるんだって」

 結衣の言葉に、ようやくアメリアはほっとしたようだ。

「ああ、そういうことですか。デートの約束を取り付けたのでしたら、そうおっしゃって下さい。そうですわねえ、普通の令嬢は飛行訓練に同行したいなんて言いませんから、その点では、陛下とユイ様は趣味が合っていてよろしいかと」

 アメリアはぶつぶつと呟いたが、やはり諦めきれないように叫ぶ。

「でも、もっとロマンスが加速するような、何かありませんの!?」
「……アメリアさん、私とアレクの仲が進展するようにって、誰かにせっつかれでもしてるの?」

 疑いの目を向ける結衣に、アメリアは首を大きく振る。

「いいえ、まさか。ただちょっとじれったいのですわ。陛下のお気持ちを知っていますので……。何もおっしゃっていないと思いますが、この三ヶ月、ユイ様を待ちこがれてらっしゃいましたのよ」
「う……。ごめん」

 ソラとも話しあったばかりのことだ。だが結衣は余裕がなかったので、あの状態で会うのは良くないと自分で考えて決めたことである。

「ユイ様にもユイ様の生活がございますが、もう少し、お気にとめてください」
「はい、すみません」

 謝るしかない。
 結衣は気まずくなったが、アメリアの言い分も正しい。
 その時、部屋の扉がノックされた。女官が伝言を持ってきたようだ。

「ユイ様、宰相オスカー様がご面会なさりたいそうですわ。晩餐の後に、隣の談話室に来て欲しいとのことです」
「オスカーさんが? 分かった」

 アメリアが取り次ぐ様子を眺めながら、結衣は眉を寄せる。

(まさかオスカーさんまで、結婚をせっついたりしないよね?)

 しかしそれ以外に思い当る用件がないので、結衣はどう切り返そうかと今から考えるのだった。



「え? 宮廷舞踏会で、社交界デビューする人達に花を渡す役ですか?」

 予想が外れたのは良かったが、結衣はその頼みに鳩が豆鉄砲をくらったような顔になった。

「ええと、どうして私にそんな話が?」
「それはもちろん、ユイ様がドラゴンの導き手だからです」

 何を当然なことをと言いたげに、表情の薄い顔でオスカーは答えた。

「宮廷舞踏会の開会式では、陛下がデビューする子息子女の名前を一人ずつお呼びになります。いつもですと、それに彼らがお辞儀を返すだけなんですが、せっかくなので、ユイ様には祝福を授けて頂きたいのです」
「いや、祝福を授けるって……。私、そんな大層な能力は持ってませんけど」
「存じていますよ、こういうことは形式が大事なんです。聖竜教会にある聖なる泉で清めた花を、ドラゴンの導き手が手渡す。皆さん、感動して涙するかもしれませんね」

 無表情なオスカーに淡々と言われても説得力に欠けるが、ひとまず結衣は頷いた。

「そのついでに、陛下との仲の良さもアピールして下さい」
「え、なんですかそのついでって」

 オスカーはどこか困ったような雰囲気を漂わせた。

「実は……陛下とユイ様が不仲であるという噂があるんです」
「へ!?」

 結衣は面食らった。
 何故かやたらとアメリアが、色気だのロマンスだのと言うのはそのせいなのかと、ようやく腑に落ちた。優しい彼女はそれを気にして、挽回しようとしてくれていたのかもしれない。

「恋人同士なのに、三ヶ月も会いに来ないというのは、そう捉える人も出てくるんですよ、ユイ様」
「でも私、アレクのことが嫌いなんじゃなくてですね!」
「私は分かっておりますので、慌てなくて結構です。前回も、世話になった礼にと土産を用意していて、間があいたとおっしゃっていましたよね。ユイ様の義理堅い性格はよく理解しております。しかし今回は違う理由のようですが」
「転職で行き詰ってたので……。依存しちゃうのが嫌で……すみません」

 うなだれて謝った結衣は、オスカーが何も言わないので恐る恐る顔を上げる。オスカーは無言で驚いていた。

「あの?」
「ふっ」

 急に笑いだしたので、今度は結衣が仰天した。オスカーが声に出して笑うなんて滅多と無い。

「これはまた意外な答えでしたね。そうですか、依存するのが嫌だったのですか。確かに、陛下はユイ様を甘やかすところがありますよね。実に自立心のある立派な理由です」

 そう言いながら、オスカーはまだ笑っている。
 結衣はぽかんとオスカーを眺めていた。オスカーはようやく笑いやみ、姿勢を正す。

「……失礼しました。いえ、私は、アクアレイト国での魔族との戦いで、すっかり怖くなって、こちらに嫌気が差したのではないかと考えていたのです。しかし、思っていたよりたくましい……いえ、強い方でした。安心しましたよ」

 言われてみると、確かに怖くなって来なくなることも自然に思えた。それに一度なんて、黒ドラゴンの餌にされそうになったのだ。

「怖いは怖いですよ? でも私にはアレクやソラ、皆さんがいますから、大丈夫です」
「信用して頂いてありがとうございます。陛下は幸運な方ですね。家臣として嬉しく存じます」

 オスカーは優しさのこもった目をして、薄らと笑った。まるで家族へ向ける慈愛のように感じて、結衣はオスカーとアレクの間にある絆を見た気がした。

「それでユイ様、宮廷舞踏会の件、お引き受け頂けますか?」
「お花をあげるだけなんですよね? 難しくて長い台詞を言えなんてことはありませんよね?」

 念押しする結衣に、オスカーはしっかりと頷く。

「ええ、今回の主役はあくまでデビューする方々ですから」
「良かった、でしたら引き受けます」
「ありがとうございます。アメリアにはこちらから説明しますので、明日一日で、当日着るドレスを選んで下さい」
「はい」

 オスカーとの面会はそこでお開きとなり、結衣は席を立つ。

(あれ、アメリアさんの言うロマンスってこれでもいいんじゃない?)

 アメリアの機嫌が良くなりそうだと踏んで、結衣は内心、ほっとした。

しおりを挟む

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。