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第三部 命花の呪い 編
05
しおりを挟む「ユイ様、陛下から贈り物が届きました」
夕方、アメリアが包装された箱を持ってきた。あまりの用意の速さに結衣は驚いた。
「え!? もう用意してくれたの?」
「あら、何かおねだりなさったんですか? 陛下のことですから、きっと素敵なドレスに違いありませんわ」
そう言って、箱を開けたアメリアは、中身を見て目を丸くした。結衣はひょいと横から箱を覗きこむ。
「防寒着のセットを頼んだの。わあ、竜騎士の人達のと同じだ。私のサイズとぴったり!」
「どうしてそんな色気の無いものを頼まれるんですか」
試着して喜ぶ結衣に、アメリアは頭を抱えている。
「仕方ないでしょ。昨日の商人のことを訊かれたから、とっさに違うものを挙げたの。飾り紐をあげるのは内緒だから」
「それは存じていますが、だからって、他にあるでしょう! ドレスとかアクセサリーとか靴とか!」
「それはもう充分あるって言ったじゃない。あ、帽子もちょうどいいわ。借りた時のサイズで合わせてくれたのかな、嬉しいなあ」
耳覆い付の帽子を被り、結衣は鏡の前でにっこり笑う。
「これで今度、アレクの飛行訓練にお邪魔する約束したの。オニキスに乗る時も付き合ってくれるんだって」
結衣の言葉に、ようやくアメリアはほっとしたようだ。
「ああ、そういうことですか。デートの約束を取り付けたのでしたら、そうおっしゃって下さい。そうですわねえ、普通の令嬢は飛行訓練に同行したいなんて言いませんから、その点では、陛下とユイ様は趣味が合っていてよろしいかと」
アメリアはぶつぶつと呟いたが、やはり諦めきれないように叫ぶ。
「でも、もっとロマンスが加速するような、何かありませんの!?」
「……アメリアさん、私とアレクの仲が進展するようにって、誰かにせっつかれでもしてるの?」
疑いの目を向ける結衣に、アメリアは首を大きく振る。
「いいえ、まさか。ただちょっとじれったいのですわ。陛下のお気持ちを知っていますので……。何もおっしゃっていないと思いますが、この三ヶ月、ユイ様を待ちこがれてらっしゃいましたのよ」
「う……。ごめん」
ソラとも話しあったばかりのことだ。だが結衣は余裕がなかったので、あの状態で会うのは良くないと自分で考えて決めたことである。
「ユイ様にもユイ様の生活がございますが、もう少し、お気にとめてください」
「はい、すみません」
謝るしかない。
結衣は気まずくなったが、アメリアの言い分も正しい。
その時、部屋の扉がノックされた。女官が伝言を持ってきたようだ。
「ユイ様、宰相オスカー様がご面会なさりたいそうですわ。晩餐の後に、隣の談話室に来て欲しいとのことです」
「オスカーさんが? 分かった」
アメリアが取り次ぐ様子を眺めながら、結衣は眉を寄せる。
(まさかオスカーさんまで、結婚をせっついたりしないよね?)
しかしそれ以外に思い当る用件がないので、結衣はどう切り返そうかと今から考えるのだった。
「え? 宮廷舞踏会で、社交界デビューする人達に花を渡す役ですか?」
予想が外れたのは良かったが、結衣はその頼みに鳩が豆鉄砲をくらったような顔になった。
「ええと、どうして私にそんな話が?」
「それはもちろん、ユイ様がドラゴンの導き手だからです」
何を当然なことをと言いたげに、表情の薄い顔でオスカーは答えた。
「宮廷舞踏会の開会式では、陛下がデビューする子息子女の名前を一人ずつお呼びになります。いつもですと、それに彼らがお辞儀を返すだけなんですが、せっかくなので、ユイ様には祝福を授けて頂きたいのです」
「いや、祝福を授けるって……。私、そんな大層な能力は持ってませんけど」
「存じていますよ、こういうことは形式が大事なんです。聖竜教会にある聖なる泉で清めた花を、ドラゴンの導き手が手渡す。皆さん、感動して涙するかもしれませんね」
無表情なオスカーに淡々と言われても説得力に欠けるが、ひとまず結衣は頷いた。
「そのついでに、陛下との仲の良さもアピールして下さい」
「え、なんですかそのついでって」
オスカーはどこか困ったような雰囲気を漂わせた。
「実は……陛下とユイ様が不仲であるという噂があるんです」
「へ!?」
結衣は面食らった。
何故かやたらとアメリアが、色気だのロマンスだのと言うのはそのせいなのかと、ようやく腑に落ちた。優しい彼女はそれを気にして、挽回しようとしてくれていたのかもしれない。
「恋人同士なのに、三ヶ月も会いに来ないというのは、そう捉える人も出てくるんですよ、ユイ様」
「でも私、アレクのことが嫌いなんじゃなくてですね!」
「私は分かっておりますので、慌てなくて結構です。前回も、世話になった礼にと土産を用意していて、間があいたとおっしゃっていましたよね。ユイ様の義理堅い性格はよく理解しております。しかし今回は違う理由のようですが」
「転職で行き詰ってたので……。依存しちゃうのが嫌で……すみません」
うなだれて謝った結衣は、オスカーが何も言わないので恐る恐る顔を上げる。オスカーは無言で驚いていた。
「あの?」
「ふっ」
急に笑いだしたので、今度は結衣が仰天した。オスカーが声に出して笑うなんて滅多と無い。
「これはまた意外な答えでしたね。そうですか、依存するのが嫌だったのですか。確かに、陛下はユイ様を甘やかすところがありますよね。実に自立心のある立派な理由です」
そう言いながら、オスカーはまだ笑っている。
結衣はぽかんとオスカーを眺めていた。オスカーはようやく笑いやみ、姿勢を正す。
「……失礼しました。いえ、私は、アクアレイト国での魔族との戦いで、すっかり怖くなって、こちらに嫌気が差したのではないかと考えていたのです。しかし、思っていたよりたくましい……いえ、強い方でした。安心しましたよ」
言われてみると、確かに怖くなって来なくなることも自然に思えた。それに一度なんて、黒ドラゴンの餌にされそうになったのだ。
「怖いは怖いですよ? でも私にはアレクやソラ、皆さんがいますから、大丈夫です」
「信用して頂いてありがとうございます。陛下は幸運な方ですね。家臣として嬉しく存じます」
オスカーは優しさのこもった目をして、薄らと笑った。まるで家族へ向ける慈愛のように感じて、結衣はオスカーとアレクの間にある絆を見た気がした。
「それでユイ様、宮廷舞踏会の件、お引き受け頂けますか?」
「お花をあげるだけなんですよね? 難しくて長い台詞を言えなんてことはありませんよね?」
念押しする結衣に、オスカーはしっかりと頷く。
「ええ、今回の主役はあくまでデビューする方々ですから」
「良かった、でしたら引き受けます」
「ありがとうございます。アメリアにはこちらから説明しますので、明日一日で、当日着るドレスを選んで下さい」
「はい」
オスカーとの面会はそこでお開きとなり、結衣は席を立つ。
(あれ、アメリアさんの言うロマンスってこれでもいいんじゃない?)
アメリアの機嫌が良くなりそうだと踏んで、結衣は内心、ほっとした。
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