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第三部 命花の呪い 編
三章 飛行禁止区域 01
しおりを挟む翌朝、結衣は深緑色のワンピースに着替えると、竜呼びの笛を首に提げた。
ふと机の上に目を向ける。
赤い飾り紐の端に、銀の台座がくっついている。その中で、緑の宝石が朝日を弾いて光った。
(いい出来栄えね)
夜中、眠れない時に少しずつ編んでいるうちに完成したのだ。
(すぐに渡せないのが残念だわ)
半年の約束がある。それ以前に、呪いの件がどうなるのか分からないけれど。
結衣は隣室で朝食を済ませると、アレクに会おうと部屋を出た。
「……会議?」
アレクの執務室を訪ねると、扉脇に立っている衛兵がそう言った。
「ええ。今はお会いになるのは難しいかと」
「そうですか」
「お戻りになりましたら、伝言いたしましょうか?」
「ううん、いいの。また来るわ」
衛兵にぺこっと会釈をして、結衣はとぼとぼと廊下を戻る。
「昨日、オスカーさん、明日になったら話すって言ってたのに」
「何かお考えがあるのでしょう」
ディランが傍らから、そう言って励ました。
なんだか締め出されている感じがして、結衣はもやもやしてきた。
「ドラッケント山ってそんなに遠いの?」
昨日、立ち聞きした話を思い出して問うと、ディランはきょとんとした。
「いいえ、その山でしたらすぐ北東にありますよ。物見の塔からなら見えるので、気分転換に見に行きませんか? 風を浴びたらすっきりするかもしれません」
「行く!」
元気の良い返事に、ディランはくすりと笑う。
「ユイ様は元気があるほうがよろしいですよ。ユイ様がいらっしゃらないと、お城は静かな感じがします」
「えっ、そんなに騒がしくしてるかな、私」
「いい意味のほうですよ」
ディランの言うことはよく分からないが、褒められているようなので、結衣も笑みを返す。
「こちらです、ついてきてください」
「はーい」
物見の塔なんて初めて上るので、ちょっと楽しみだ。
と、最初は思っていたが、すぐに後悔した。
「これ、毎日行き来するなんて、大変ね」
「慣れれば平気ですよ」
さしもの結衣も、ぜいはあと肩で息をしていたが、ディランは平気そうだ。
(流石は騎士、体力が違うわ)
細い階段をぐるぐると上へ進みながら、結衣はひそかにディランを見直した。
やがててっぺんに着くと、ディランが右手を差し出す。
「さあ、着きましたよ。どうぞ」
「ありがとー」
へろへろと息をつきつつ、手を借りて最後の一歩を上る。
薄暗い階段から、明るい日射しに出たので、結衣は目を細めた。
「うわあ、すっごーい。綺麗!」
がんばって上ってきただけあり、物見の塔からは絶景が見えた。ドラゴンで飛んでいる時ほどではないが、それでも素晴らしい景色だ。
「導き手様? ディラン、こんな場所にお連れするなんて」
見張り番をしていた衛兵がディランを叱るので、結衣が代わりに謝る。
「ごめんなさい、気分転換がしたくって、お願いしたの。すぐに戻るんで、ちょっとだけいいですか?」
「……うっ、いいですけど、風が強いので冷えてしまいますよ」
衛兵が心配する通り、何もはまっていない窓からは風が吹きこんでくる。
「大変なお仕事ね。冬は寒そう」
「ええ、冬場は毛布が欠かせませんよ。夏は涼しくていいんですけどね」
そんな苦労話をする衛兵に頷き、結衣はびしっと敬礼する。
「お疲れ様ですっ」
「え? ははは、やだなあ、導き手様、私に敬礼なんて。ありがとうございます」
照れ笑いを浮かべ、衛兵は一歩横にずれた。
物見の塔のてっぺんは、そんなに広くはない。大人が四人も立ったら満席だ。
「ユイ様、あそこの山がドラッケント山ですよ」
「うわ、大きな岩山!」
ディランの差す方向には、王都の北東、広大な森林地帯の間にそびえる灰色の山があった。
「ディランさんの言う通り、結構近いんですね」
徒歩なら遠いが、竜に乗ればあっという間だろう。
「ええ。でも、急に山の話なんて、地理のお勉強でもされてるんですか?」
「え? ううん、ちょっと聞いただけ。そっかー、あの山か」
「あそこに森が見えるでしょう? あの向こうは隣国なんですよ。あの辺はちょうど緩衝地帯なんですよね」
「緩衝?」
聞き覚えのない単語だ。首を傾げる結衣に、ディランは不思議そうに問う。
「国境についてのお話だったんじゃないんですか?」
「そんなところかな」
流石に、たまたま聞いた話のことだと言いづらく、結衣は手を振って誤魔化した。
「……あ」
その時、城内の一画に目をとめた。
第一竜舎から、中型ドラゴンがのそのそと出てきて、外に寝転がっている。朝の日光浴の時間みたいだ。
「オニキス、皆と仲良くやってるみたいね」
結衣のつぶやきを拾って、見張り番の衛兵がにかりと笑む。
「黒ドラゴンなんて飼うのは難しいと思ってたんですが、あれは良い奴ですね。リーダーのニールムに懐いていて、よく言うことを聞きます。アレクシス陛下のニールムは、本当に賢いドラゴンですよ」
「うんうん、それにニールムは優しいよね」
「見ていると、なんだか兄弟みたいで微笑ましいんですよ。黒ドラゴンに和む日が来るとは思いませんでした」
「そうなんだ、仲間と楽しそうでよかった」
結衣はぱあっと明るい笑みを浮かべ、同意を求めてディランを見る。
「ね、ディランさん?」
「私はドラゴンの話はちょっと……」
だが、ディランは気まずそうに目をそらした。
「ほんとブレないよねえ」
結衣と見張り番の衛兵は噴き出した。
「それじゃあそろそろ戻ります。お邪魔しました」
「ええ、お気を付けて」
見張り番の衛兵にあいさつすると、結衣は来た時と同じ道を、ゆっくり下りていった。
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