邪神の神子 ――召喚されてすぐに処刑されたので、助けた王子を王にして、安泰ライフを手に入れます――

草野瀬津璃

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第二部 光と影の王宮

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「そのヒ素、アークライト国で売る予定だそうですね」

 品物を受け取りにきた商人は、レグルスの質問にけげんそうにした。

「そのつもりだが、君はいったいなんだね、やぶから棒に」
「失礼。レグルス・ルチリアと申します。そちらは兄と妻ですね」
「で、殿下!?」

 商人はレグルスよりも、ルーファスがいることに驚いたようだ。

「アークライト国ではヒ素入りの化粧水が出回っているとか。ご存知ですか?」
「需要がある所に行って、売る。それの何が悪いんです?」
「いえ、商売の鼻がきくようで何よりです。どの辺りでよく売れるのでしょうか。よかったら、食事でもしながら話しませんか」

 レグルスは穏やかな態度で、そんなことを切り出した。

「ちょ、ちょっと、レグルス」

 有紗は眉をしかめる。

(いやいや、糾弾きゅうだんするほうが先でしょう!)

 憤慨する有紗に、レグルスは困ったように微笑みかけ、耳元でこっそりとささやく。

「事態を把握するほうが先です。僕に任せておいてください」
「あなたがそう言うなら……」

 何か考えがあるみたいだから、有紗はしぶしぶ意見を引っ込めた。レグルスは商人と再び向き直る。

「実は他国との流通について勉強中でして。よければご教示願えませんか」

 レグルスがひかえめな態度で話しかけると、警戒を見せていた商人は動揺を見せた。

「わ、私が王子殿下に教えを……? は、はい! できる範囲でよろしければ!」
「それは良かった。アリサ、絵の具屋のほうをお願いしても? ロズワルドあたりが詳しいかと思うので……」

 レグルスがそう言いかけたところで、ルーファスがにこやかに割り込んだ。

「私が詳しいから、お供するよ」
「兄上、余計な真似はしないでくださいよ。アリサ、危険を感じたら、お力を発揮してかまいませんからね」
「失礼だな」

 ルーファスは愚痴を返す。
 レグルスは心配そうにしているが、有紗に調査を任せるつもりのようだ。信頼してくれていると分かって、有紗はがぜんやる気になった。

「こっちは任せて! それじゃあ、勉強をがんばってきてね」

 偶然とはいえ、貿易商と直接会えたのだ。この幸運を無駄にすることはない。有紗は話を合わせて激励すると、鍛冶屋に絵の具屋の場所を聞いてから、店を出た。
 絵の具屋はすぐ近くのようなので、供を引き連れ、ルーファスとともに通りを歩いていく。さりげなく距離をとる有紗に、ルーファスが話しかける。

「そう緊張しなくても、無理強いなんてしませんよ、面白くな……不作法ですから」
「誤魔化せてないわよ。面白いって何!? つまり、私をからかって遊んでるの?」

 他人の感情をゲームにするやからは許せない。有紗がルーファスに氷のような視線を向けると、ルーファスは両手を上げた。

「落ち着いてください、姫。怒っても、綺麗だなとしか思いません」
「なんなの、この兄弟は! 褒めたって何も出ないし、私はそんなに美人じゃないのは分かってるから、逆にへこむのよ。持ち上げるのはやめてよね!」
「レグルスが言うと、嬉しそうなのに?」
「あの人は嘘をつかないもの」
「この件に限っては、私も嘘はついていませんよ」
「ルーファス王子、あなた、本当にうさんくさいわね!」

 まったくつくろわない有紗の本音を聞いて、ルーファスは笑い出した。

「嘘をつかないと言ったら、嘘になるので。そのほうが信じられないのでは?」
「……まあ、一理あるわね」
「まったく、レグルスは変なところで気が回らない。そんなに心配なら、アリサ様の傍に張り付いていればいいものを」
「信頼してくれるのは、嬉しいわ。仕事を任せてくれるのもね。付き添いがなければ何もできない子どもじゃないんだから。それに、侍女も護衛も傍にいるわ」

 有紗がモーナやロズワルドのほうを振り返ると、モーナがにこりと微笑んだ。レグルスは護衛としてガイウスだけを連れて別行動をとっている。

「というより、あの商人にあなたを近づけたくなかったんでしょう。毒に使われると分かっているのに、よそで売ろうとするなんて、良心が欠けている。商人は利益を得る。当然のことですが、他人を不幸にする者は悪徳商人と呼ぶんです」
「危険だから、レグルスだけで乗り込んだってこと?」
「ええ。それから、消去法でしょう。私は外交を担当しているので、商人との取引は慣れていますが、だからこそ、私に任せるには信用できなかった」
「何もかもお見通しってわけ」
「王に向いているでしょう?」

 有紗がルーファスを見ると、ルーファスはくえない笑みを返した。

「残念だけど、私はレグルスの味方なの。王位争いは別として、今は毒について調べなきゃ」
「それから、黒いもやが見える時と見えない時の差も。ああ、このにおい、絵の具屋で間違いないですね」

 こぢんまりとした石造りの店は扉があいており、中からなんともいえない独特なにおいがした。

「何、このにおい」
「にかわでは?」

 にかわとは、動物の足のけんなどを熱して溶かしたもののことだ。絵の具は色のついた石を粉にして、接着剤となるにかわや油と合わせたものを指す。

「にかわねえ。油絵の具じゃないのね」
「どちらもあるのでは? ああ、中はアトリエにもなっているようだ」

 ルーファスがずかずかと店に入っていき、有紗はそれに続いた。店の中は、壁に棚や引き出しがたくさんあった。石のかたまりがそのまま置いてあったりして、雑然とした印象を受ける。
 奥の窓際、明るい場所で、男が背丈ほどもある板に絵を描いていた。

「何かしら、あれ。文字と絵が描いてあるわ」
「劇の看板のようです」

 有紗の疑問に、ルーファスが答える。それから、ルーファスは集中していて客に気づかない男へと声をかけた。

「こんにちは、ちょっといいかな」
「おや、お客さんですか。少々お待ちを。よし、これでいい。何かご用ですか?」

 ひげを生やした男は筆を置くと、こちらに歩いてきた。ルーファスが用件を告げると、王子が来たことにたちまち萎縮し、店主はおどおどし始めた。

「ヒ素ですか? 最近は石黄が売れたばっかりですね、だから鍛冶屋から買い入れたのですよ。王宮から注文をいただいて、引き取りにきた侍女に納品しました」
「王宮に? 誰の注文だったんだ?」

 ルーファスの問いかけかたが少し威圧的だったので、店主はさらに縮こまった。

「やんごとない方だとしかお聞きしておりませんよ。亜麻色の髪の女性で、お忍びといっても質の良い服を着てらっしゃったので、下働きではないかと」
「亜麻色の髪の女ねえ。王宮にはごろごろしている。他には何かないのか?」
「銀の指輪をしていましたよ」

 ルーファスは無言で首を振った。たいして役に立たない情報だと、暗に示している。顔色が悪くなっている店主がかわいそうになったので、有紗は場をとりなした。

「教えてくれてありがとう。石黄ってどんな絵の具なの?」
「あ、はい、奥様。こちらです」
「この人の奥さんじゃないからね!」
「ひぇっ、すみませんすみません!」

 逆に店主をびびらせてしまったが、大事なことなのでしっかり訂正しておいた。
 石黄のかたまりと、粉にしたものを見せてもらった。

「ハンマーで小さくしたものを、こちらの道具ですり潰すんですよ」
「へえ。そういう絵に使うの?」
「壁画に使うことが多いですね。聖堂の天井画なんかがそうです。でも、これには毒があるので、気を付けないといけませんが」

 有紗が興味津々だと感じたのか、店主は絵のほうに手招いて、どんなふうに絵の具として使っているかを見せてくれた。

「この黄色がそうですよ」
「意外と、粒が荒いのね」
「そういう絵の具なので。貴族の方は、趣味で絵をたしなむこともおありでしょう? いかがです、奥様も試してみませんか。初めてなら、このあたりの画材がいいですよ」

 さすがは商人だけあって、なめらかなセールストークだ。

「私、絵心がないのよね。ごめんなさい」

 うさぎの絵を描いて、熊かと聞かれるレベルなので、丁重にお断りしておいた。
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