公爵令嬢は愛に生きたい

拓海のり

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3 怯える令嬢

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「兄上には、そう申し上げておいた」
 翌日、図書館で一緒に勉強を始めた時、ユリウスはシビラに軽く昨日の事を話した。
 ユリウスはサラサラの真っ直ぐの金髪を後ろに緩く結わえて、碧色の瞳をした優し気な少年だ。ユリウスにまだ婚約者がいないのは、兄のエルンストに何かあった時の予備としてであった。

 図書館の奥のサロン風の部屋で、侍女と護衛騎士もドアに待機している。二人向かい合って座り、勉強をしている所為で二人とも成績は良かった。
 侍女がお茶を入れてくれて、ほっと息を吐く。

「わたくしはそうですけど、ユリウス殿下は、わたくしに付き合っていらっしゃるだけですのに」
 ユリウスは緩く笑って「語学の勉強でもしますか」と言う。

 王太子の婚約者であっても、エルンストが三年生で生徒会も忙しい所為もあって、最近は二人で会う事もなく、お茶会もしていない。

 王太子エルンストは早熟であった。十五歳でもう背が高く体格も良くて、威圧感もあった。十八歳の今は、青年というよりは、大人に近い。
 対してシビラは奥手であった。十五歳になっても、まだ作り物めいた人形のまま、まだ羽化していないサナギのような令嬢だった。

 早熟な大人のエルンストに似合うのは、子供のシビラではなく、あでやかで美しいアメリアであると、噂する者がいる。学園の中だけでなく。
 今の状況は物語の中と同じ、シビラの事を悪役令嬢と噂する者までいて、好奇の目に晒されるシビラには辛い。それでも滅多なことは口に出せないのだ。

「ユリウス殿下はお優しい方ですね。わたくしは、ひとりでは耐えられなくて。申し訳ないですけれど、もう少し……」
 シビラは少し首を傾ける。
「構わないですよ」
 ユリウスの答えに、心持ち口角が持ち上がる。
 シビラにとって学校にいる間は、ユリウスといる時だけが、気の休まるひと時であった。

「語学ですわね、どこか行きたい国はございますの?」
「姉上の嫁かれたミランドラ公国には興味があるのです。貴族と平民の議員からなる議会が政治を行い、王が承認するという形でしょうか」
「まあ、新しい国の在り方ですのね」

「この国も遅かれ早かれそうなると思います。下手に押さえ付けると、平民の不満が募って反乱が起きると聞きました。王族も無事ではないと」
「まあ恐ろしい事……。最近の流行りの本も、最後は怖い事になりますけれど」
「そうですね。やはり王族には、それ相応の責任があると思います。もちろん貴族もです」

「じゃあ、わたくしたちは議会制になったら、愛に生きてもよろしいのでしょうか。それとも貴族としてあらねばならないのでしょうか」
「難しい所ですね。私は王族です。この生まれを捨てる事は出来ない。シビラ嬢はどうです」

 ユリウスの問いに、シビラは思いがけないことを言い出した。
「わたくし、エルンスト殿下に申し訳ない事をしてしまって、だからあの方に贖罪しなければいけないと、ずっと──」
「それはどのような」
 聞く前に、午後の授業を始める予鈴が鳴った。時間切れとなった。
 何だったのだろう。
 ふたりは図書室を出て教室に向かう。


   * * *

 二階にある図書室から出ると下に中庭があって、それを囲むように回廊がある。一年二年三年の各校舎と教職員室に向かう渡り廊下があるのだ。

 中庭では近頃よく見かける光景が広がっていた。中庭にある噴水と木立の間を縫って、生徒会役員たちがさんざめいている。
 エルンストとアメリアの距離は近すぎる。アメリアはエルンストの肩や胸に手を置き、エルンストはアメリアの腰に手を回していた。
 何を話しているのか笑い合って、とても楽しそうであった。

 シビラはアメリアの視線に捕まらない様、渡り廊下を急いだ。
 だが、アメリアは承知していて「シビラ様」と馴れ馴れしく名前で呼びかける。

 シビラは困惑した。アメリアの視線、顔は笑っているけれど、その瞳は獲物を捕らえようとする猛禽の瞳だ。最近アメリアから感じる視線の正体はこれだろうか。
 シビラの背筋をひやりと冷たいものが走る。

 これは罠だ。どう答えてもシビラは罠に嵌まる。そして断罪が待っているのだ。シビラはすぐに、真っ直ぐにエルンストを見下ろして答えた。

「二階から失礼いたします。予鈴が鳴りましたわ。ごめん遊ばせ」
 シビラは優雅に頭を下げると、サッサと教室に向かう。
 ユリウスはその後を、影のように追いかける。ずっと姉や兄の影で、目立たない様生きてきたのだ。

「さあ、教室に戻るぞ」
 エルンストは苦笑して皆を教室に追いやった。アメリアがチラリとシビラの後ろ姿を睨んで、それでもエルンストに笑いかけた。

 シビラが教室に戻ると、仲良しの令嬢たちが騒ぐ。
「またあのようにくっ付いて」
「あれは近付き過ぎですわ」
「放っておいてはいけませんわ、シビラ様」
 シビラが婚約破棄されれば、利用価値は無くなるのだ。取り巻きの令嬢たちは必死である。

「わたくし、何とも思っていませんわ」
 シビラは首を傾けて人形のように答える。人形にならないといけない。何も見ない、何も聞こえない、何も考えない。
 ユリウスはシビラの様子を目の端に捕らえながら、何も出来ないでいた。

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