3 / 6
3 怯える令嬢
しおりを挟む「兄上には、そう申し上げておいた」
翌日、図書館で一緒に勉強を始めた時、ユリウスはシビラに軽く昨日の事を話した。
ユリウスはサラサラの真っ直ぐの金髪を後ろに緩く結わえて、碧色の瞳をした優し気な少年だ。ユリウスにまだ婚約者がいないのは、兄のエルンストに何かあった時の予備としてであった。
図書館の奥のサロン風の部屋で、侍女と護衛騎士もドアに待機している。二人向かい合って座り、勉強をしている所為で二人とも成績は良かった。
侍女がお茶を入れてくれて、ほっと息を吐く。
「わたくしはそうですけど、ユリウス殿下は、わたくしに付き合っていらっしゃるだけですのに」
ユリウスは緩く笑って「語学の勉強でもしますか」と言う。
王太子の婚約者であっても、エルンストが三年生で生徒会も忙しい所為もあって、最近は二人で会う事もなく、お茶会もしていない。
王太子エルンストは早熟であった。十五歳でもう背が高く体格も良くて、威圧感もあった。十八歳の今は、青年というよりは、大人に近い。
対してシビラは奥手であった。十五歳になっても、まだ作り物めいた人形のまま、まだ羽化していないサナギのような令嬢だった。
早熟な大人のエルンストに似合うのは、子供のシビラではなく、あでやかで美しいアメリアであると、噂する者がいる。学園の中だけでなく。
今の状況は物語の中と同じ、シビラの事を悪役令嬢と噂する者までいて、好奇の目に晒されるシビラには辛い。それでも滅多なことは口に出せないのだ。
「ユリウス殿下はお優しい方ですね。わたくしは、ひとりでは耐えられなくて。申し訳ないですけれど、もう少し……」
シビラは少し首を傾ける。
「構わないですよ」
ユリウスの答えに、心持ち口角が持ち上がる。
シビラにとって学校にいる間は、ユリウスといる時だけが、気の休まるひと時であった。
「語学ですわね、どこか行きたい国はございますの?」
「姉上の嫁かれたミランドラ公国には興味があるのです。貴族と平民の議員からなる議会が政治を行い、王が承認するという形でしょうか」
「まあ、新しい国の在り方ですのね」
「この国も遅かれ早かれそうなると思います。下手に押さえ付けると、平民の不満が募って反乱が起きると聞きました。王族も無事ではないと」
「まあ恐ろしい事……。最近の流行りの本も、最後は怖い事になりますけれど」
「そうですね。やはり王族には、それ相応の責任があると思います。もちろん貴族もです」
「じゃあ、わたくしたちは議会制になったら、愛に生きてもよろしいのでしょうか。それとも貴族としてあらねばならないのでしょうか」
「難しい所ですね。私は王族です。この生まれを捨てる事は出来ない。シビラ嬢はどうです」
ユリウスの問いに、シビラは思いがけないことを言い出した。
「わたくし、エルンスト殿下に申し訳ない事をしてしまって、だからあの方に贖罪しなければいけないと、ずっと──」
「それはどのような」
聞く前に、午後の授業を始める予鈴が鳴った。時間切れとなった。
何だったのだろう。
ふたりは図書室を出て教室に向かう。
* * *
二階にある図書室から出ると下に中庭があって、それを囲むように回廊がある。一年二年三年の各校舎と教職員室に向かう渡り廊下があるのだ。
中庭では近頃よく見かける光景が広がっていた。中庭にある噴水と木立の間を縫って、生徒会役員たちがさんざめいている。
エルンストとアメリアの距離は近すぎる。アメリアはエルンストの肩や胸に手を置き、エルンストはアメリアの腰に手を回していた。
何を話しているのか笑い合って、とても楽しそうであった。
シビラはアメリアの視線に捕まらない様、渡り廊下を急いだ。
だが、アメリアは承知していて「シビラ様」と馴れ馴れしく名前で呼びかける。
シビラは困惑した。アメリアの視線、顔は笑っているけれど、その瞳は獲物を捕らえようとする猛禽の瞳だ。最近アメリアから感じる視線の正体はこれだろうか。
シビラの背筋をひやりと冷たいものが走る。
これは罠だ。どう答えてもシビラは罠に嵌まる。そして断罪が待っているのだ。シビラはすぐに、真っ直ぐにエルンストを見下ろして答えた。
「二階から失礼いたします。予鈴が鳴りましたわ。ごめん遊ばせ」
シビラは優雅に頭を下げると、サッサと教室に向かう。
ユリウスはその後を、影のように追いかける。ずっと姉や兄の影で、目立たない様生きてきたのだ。
「さあ、教室に戻るぞ」
エルンストは苦笑して皆を教室に追いやった。アメリアがチラリとシビラの後ろ姿を睨んで、それでもエルンストに笑いかけた。
シビラが教室に戻ると、仲良しの令嬢たちが騒ぐ。
「またあのようにくっ付いて」
「あれは近付き過ぎですわ」
「放っておいてはいけませんわ、シビラ様」
シビラが婚約破棄されれば、利用価値は無くなるのだ。取り巻きの令嬢たちは必死である。
「わたくし、何とも思っていませんわ」
シビラは首を傾けて人形のように答える。人形にならないといけない。何も見ない、何も聞こえない、何も考えない。
ユリウスはシビラの様子を目の端に捕らえながら、何も出来ないでいた。
80
あなたにおすすめの小説
【短編】その婚約破棄、本当に大丈夫ですか?
佐倉穂波
恋愛
「僕は“真実の愛”を見つけたんだ。意地悪をするような君との婚約は破棄する!」
テンプレートのような婚約破棄のセリフを聞いたフェリスの反応は?
よくある「婚約破棄」のお話。
勢いのまま書いた短い物語です。
カテゴリーを児童書にしていたのですが、投稿ガイドラインを確認したら「婚約破棄」はカテゴリーエラーと記載されていたので、恋愛に変更しました。
婚約破棄は踊り続ける
お好み焼き
恋愛
聖女が現れたことによりルベデルカ公爵令嬢はルーベルバッハ王太子殿下との婚約を白紙にされた。だがその半年後、ルーベルバッハが訪れてきてこう言った。
「聖女は王太子妃じゃなく神の花嫁となる道を選んだよ。頼むから結婚しておくれよ」
結婚式をボイコットした王女
椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。
しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。
※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※
1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。
1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)
悪役令嬢は断罪されない
竜鳴躍
恋愛
卒業パーティの日。
王太子マクシミリアン=フォン=レッドキングダムは、婚約者である公爵令嬢のミレニア=ブルー=メロディア公爵令嬢の前に立つ。
私は、ミレニア様とお友達の地味で平凡な伯爵令嬢。ミレニアさまが悪役令嬢ですって?ひどいわ、ミレニアさまはそんな方ではないのに!!
だが彼は、悪役令嬢を断罪ーーーーーーーーーーしなかった。
おや?王太子と悪役令嬢の様子がおかしいようです。
2021.8.14 順位が上がってきて驚いでいます。うれしいです。ありがとうございます!
→続編作りました。ミレニアと騎士団長の娘と王太子とマリーの息子のお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/mypage/content/detail/114529751
→王太子とマリーの息子とミレニアと騎士団長の娘の話
https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/449536459
公爵令嬢は騙されない
夜桜
恋愛
公爵令嬢エドナはある男から性的暴行を受けた。
偶然にも通りかかった伯爵に助けられ、
恋に落ち、彼と婚約を交わす。
けれども残酷な事実が発覚。
問い詰めると事態は急変していく――。
悪役令嬢に相応しいエンディング
無色
恋愛
月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。
ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。
さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。
ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。
だが彼らは愚かにも知らなかった。
ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。
そして、待ち受けるエンディングを。
公爵令嬢は運命の相手を間違える
あおくん
恋愛
エリーナ公爵令嬢は、幼い頃に決められた婚約者であるアルベルト王子殿下と仲睦まじく過ごしていた。
だが、学園へ通うようになるとアルベルト王子に一人の令嬢が近づくようになる。
アルベルト王子を誑し込もうとする令嬢と、そんな令嬢を許すアルベルト王子にエリーナは自分の心が離れていくのを感じた。
だがエリーナは既に次期王妃の座が確約している状態。
今更婚約を解消することなど出来るはずもなく、そんなエリーナは女に現を抜かすアルベルト王子の代わりに帝王学を学び始める。
そんなエリーナの前に一人の男性が現れた。
そんな感じのお話です。
何でもするって言うと思いました?
糸雨つむぎ
恋愛
ここ(牢屋)を出たければ、何でもするって言うと思いました?
王立学園の卒業式で、第1王子クリストフに婚約破棄を告げられた、'完璧な淑女’と謳われる公爵令嬢レティシア。王子の愛する男爵令嬢ミシェルを虐げたという身に覚えのない罪を突き付けられ、当然否定するも平民用の牢屋に押し込められる。突然起きた断罪の夜から3日後、随分ぼろぼろになった様子の殿下がやってきて…?
※他サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる