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2.初めての仕事
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仕事を担っているシーマが設立したチームウルマのメンバーは全員で六名いる。
まず、無口な少年オラレだが、オラレとはシーマがつけたあだ名だ。
彼はシーマがリンをギルドに誘った翌日、半ば強引にリンが仲間に引き入れるようにシーマに進言したのだ。まだメンバーが揃っておらず、シーマが人員の募集をし始めたときである。
オラレは他の救助隊からの難民なのだそうだが、アルマ領から来たのではなかった。彼は比較的無口で多くを語りたがらなかったが、言葉を聞いてなんとなく理解した。
「オラ、ルル。ナダ領ガンガ、来た。力、力あるよ」
リンは野宿している人たちの中で一人浮いているのを見て興味をもったので声をかけたのだが、リンの感覚ではかなりの田舎言葉に聞こえた。
そしてその時リッカに助言を求めたのだ。
『こういう奴は仲間にできたら良いぞ』
そのルルという少年と意気投合できたのはリン自身が田舎出身であったからかもしれない。
身長は百七十ぐらいのがっしりした体型だが、体格に似合わずすっきりとした細身の顔つきだった。
髪は銀色で眼が青く肌も白い。しかし線が細いかと言われるとそうでもなく、手作りと思われる何かの植物でできた比較的大きな鎧を着こんでいるせいか、胸板も厚くがっしりしているので弱弱しくは見えない。
自分のことを「オラ」というので田舎言葉に聞こえ、周りから嘲笑されていたのを見て気の毒であった。
「オラ」は元の世界と田舎言葉として共通の言い回しだったので、リンも少し気になった。
「オラ、ではなくオレ、と言ったほうが良いと思う」
リンがそう言うと銀髪の少年は「わかった」と言って笑った。
その笑顔がなんとも良い感じだったので、リッカの勧めもありシーマに紹介したのだ。
その時、自己紹介の時に自分のことを「オラ」の途中で気が付いたらしくつい「オラレ」になってしまい、その自称が気に入ったシーマからオラレと呼ばれるようになった次第である。
整った顔立ちや柔らかい物腰だったが、かなりの怪力の所持者であり力仕事に関しては後に仲間となったヤライよりも能力が高かった。
どうも話すことが苦手らしく、無口であることが多いせいかヤライと二人で黙々と仕事をしている姿を見るとまさに働きアリのような愚直さが目立つ。
シーマはいい働き手が見つかったと喜んでいた。
『協和語のような感じの話し方をする奴だな』
とはリッカの弁であったが、リンはそれがどこの国の言葉か知らなかったので説明を求めると、要するにもともと持っている言語体系がインセント領ともアルマ領とも違い、片言であるために話し方が不自然なだけだということなのだそうだ。それを「協和語のようなもの」という言い方をするあたり雑学らしくリッカっぽい。
リッカが彼を仲間入りを薦めた理由を聞くと「話し方がアレだが、性格も頭も別に悪いわけではなく力があるにもかかわらず世間的に低い評価をされている者」を優遇すると、後々役にたつ。などと言ってきた。
そういうものかとリンは聞き流していた。
次に仲間になったのは、ミラとラキの双子だ。
この双子は最初のシーマの仕事の報酬で金貨二枚分だった。
この時、リンは事務所設立のための備品確保や食事の支度などシーマの後方支援に回っていたので、シーマとオラレが何の仕事をしたか知らされておらず、シーマもリンに言いたがらなかったのだが、依頼主は給金ではなくこの双子を奴隷として渡してきたのだそうだ。
シーマは騙されたとして相当立腹していたが、新参者でこの町での実績がなく、ギルドでも相手にされなかったということで、仕方なく双子を引き取ったとのことだ。
しかしリンはおおかた年齢のせいで組みやすしとして騙されたのではないかと疑っている。
体よく口減らしに利用された形のシーマは渋々あきらめ「使えるように叩き込んでやる」とやる気を見せ、奴隷という立場であるがほぼ同年代のミラとラキを雇い入れることにしたのだった。
泥だらけの顔を洗わせ、買ってきた黒い服を着せると、黒い目、黒い髪、浅黒い肌など相まってなかなか良い感じの人形のような二人だと思えた。
「二人同じ顔だから余計人形のように見えるのでしょう」
シーマがリンの心をまるで心を読んだかのよう感想を述べてきたが、リンも二人を歓迎した。基本的に可愛いものは好きだし、保護すべきだとも思う。
二人は従順でシーマと先輩であるリンとオラレに対して一歩下がった姿勢を見せており、シーマからはもっぱら後方支援の仕事を割り振られていた。
そして最後の一人ヤライ、彼は年齢多分三十歳ぐらい、元難民の解放奴隷である。リンと同じ黒髪で黒い瞳だが、顔のホリが白人系なのでリンと同族にはみられない。
身長は百八十ぐらいでリンより二十センチほど高く、体力にあふれている筋肉を持っている。シーマは百四十あるかないかぐらいなので、並ぶと親子ほど違う。
この世界の身長は平均約百七十程度なので、大きめではあるが背丈に関してはそれほど目立つほうでもない。
彼はどうやらリンたちとは反対方向の南方から来たとのことで、シーマが拾ってきた。犬じゃあるまいし、拾ってきたは無いだろうと思ったが、シーマ曰く金貨一枚で元の主から捨てられたのだそうだ。
そもそもシーマはミラとラキのような幼い奴隷ではなく、大人の奴隷を欲しがっていたのだ。
この世界でリンが少し抵抗を覚えたことに奴隷制度がある。
リンの元の世界ではすでに奴隷制はなかったが、この世界では奴隷は一般的であった。奴隷といってもこの世界では虐待を受けるわけではなく金銭でやり取りをされる労働力というだけの存在である。
そして、奴隷になると住民扱いをされず誰かの所有物という立場となる。
奴隷と雇用者の違いは住民票があるかないかの違いであり、住民票を持っていると税金や国家徴収の対象となる。また、結婚できるという大きなメリットもあるのだ。ちなみに、奴隷は物扱いなので無税である。
奴隷は雇い主より給金が支払われることになっており、一定額に達すると奴隷は自分自身を買って住民票を得ることができるようになる。奴隷の給金の相場は十日で銀貨一枚であり、住民票は鉄貨一枚とされている。
これはかなり前にこのあたりの領主を治める国王が定めたらしく、大抵の領地で法律にも記載されている。
ヤライは賢くなかったが、それゆえまったく無駄遣いをせず十年をかけて自分を買うことができ、奴隷の立場を脱することができていた。しかし、やはりあまり賢くなかったために商人の元を去ることができなかった。どうすれば生活できるのか全く分からなかったのである。
そういうわけで奴隷を脱してもともとの商人に雇い入れられたにもかかわらず、そのまま奴隷のような態度で接していたのは想像に難くない。
この世界の奴隷制の弊害は、奴隷がまともに教育を受けないということがあげられる。そもそも肉体労働する者に教育をする意義を見出さないのだ。
言われたことを言われたとおりにする。それで生活をしていくという奴隷は考えることを簡単に放棄してしまうのであった。
ヤライは幼い頃より奴隷だったため、考えることを早々に放棄して唯々諾々とした生活を送ってきており、いざ放流されたら生活の手段がわからない状態となったらしい。
元の飼い主、いや雇い主は流浪の商人であったが、若くて力のある者を雇い入れたことを契機に、何も指示されなければ動けないこの男を捨てたのだ。
流浪の商人はヤライに対して情も沸いており、このまま自分の元にいてはだめだとは思っていた。しかし、教育を受けさせるにはトウが立ちすぎており、そして近年の不況で生活が苦しくなってきたタイミングで丁度利害が一致したシーマに払い下げをすることにしたのだ。
そうとは知らず、シーマはヤライから奴隷ではなく元奴隷であると聞かされて初めて状況が把握できたのだった。年末にはヤライの分も住民税と所得税を支払わなければならないのだ。
奴隷ではない者を押し付けられた形のシーマではあったが、当初の予定通りに使い道を定めたようだ。
リンがシーマはこの男を拾ってきてどうするつもりなのだろうと思っていたところ、なんとこの男を自分の影武者に仕立てあげたのだ。
確かに九歳ではとてもではないが交渉ごとからなにから都合が悪い。
実際、この町に来てかなり騙す人間が多いし、ミラとラキ、ヤライを雇い入れたときに立て続けに騙されているので何かしら対策をすべきであった。
さすがに頭が回るシーマでも、新天地でこのような騙され方をされたのでは回避のしようがない。
回避するためにはシーマの年齢と容姿を何とかしなければならず、それは頭の出来とはまったく違うことなのだ。
だからその対策としての影武者とは、シーマが後ろに立たせて「ねえおじさま、そうですよね」と振り返りながら言うと鷹揚にうなずくというやり方だった。
やんちゃな子供に仕事のノウハウを教えているような微笑ましさと、ヤライ本人の体格や厳つい顔も相まってうまく行く可能性が高い。
しかし、初期費用の大部分を最初の仕事に費やした以上、チームウルマを設立して仕事をいくつかこなしたはいいが、そろそろ定期収入がない状態ではリン、シーマ、ヤライ、オラレ、ミラ、ラキの六人分の食べ物が確保できないようになってきていた。
大きな仕事で一山当てるか、定期収入がある仕事を受注するよりない。
少しくらい食べなくても動けるが長くはもたないので、これは最優先事項となった。
「急務だ。私はヤライと仕事および食料を調達してくるので、別件でリンもオラレと仕事を自分で取ってこなしてきてほしい。多くは望まないので一番楽なもので良いが、報酬は金で頼む」
シーマの指示で効率を考えて二手に分かれることになった。
ミラとラキは留守番である。さすがに十歳ではまだ仕事に連れ歩くのは足手まといだ。シーマが異常なだけである。
リンにしても、初仕事とはいえ犬の散歩から薬草集めまで簡単な仕事があるはずなので騙されなければ問題ないはずだ。
リンがオラレと共に初めてギルドに行くと、楽なD級の仕事はいくつかあった。比較的楽そうなものを見て、一番報酬が高そうなものを選ぶ。一番楽とはいってもわざわざ安いのを選ぶこともあるまい。
高いのはそれなりに理由があると知るのはまだ先の事であった。
オラレがいるので力仕事もよかったが、一番報酬が良かったのは絨毯の繕い作業だった。
ギルドから直接、依頼主の所に行ったのだが、シーマからの要求通り、予定では期限が今日中(日が落ちるまで)で厚手の絨毯を三枚繕うことであった。針と糸は支給品で、報酬は金貨五枚である。
前述のように騙しが多いとは言ってもこの領地は非常に法律も整っており、犯罪が極端に少ないのだそうだ。ただし、一番治安がよさそうな王都で行方不明者が多いというのは気になるとシーマは言っていた。
魔族や魔獣と呼ばれる物たちが跋扈しているので行方不明者は死亡者と同義であり、遺体が見つからない限り事件にはならない。
また、騙すのはもっぱら相手の勘違いを誘発させて自分に有利に事を運ぶという手段が多い。シーマがやられた手だが、それを回避するのはチーム側の責任らしい。
今回リンがギルドで受注した仕事の内容は非常に強靱だと言われる黒高蜘蛛の糸での絨毯の繕いだった。
黒高蜘蛛の糸は水を含むと粘りけが出て周りにくっつく。また、口にはいると強力な催眠作用が働いて眠くなるという代物だ。
絨毯に使用すると、体温と汗で適度に柔らかくなり、その蒸気で極上の睡眠を得られるという一級の娯楽品だとのこと。盗難防止のため絨毯は運び出し禁止で、作業中は念のため外から鍵をかけられてしまう。
高級品のため価格も高めに設定されており、盗んで金に換えるより余程割に合う仕事となっている。
依頼者のグラドは鍵をかけた後、外出して時間になったら帰ってくるのだそうだ。
これを昼前から日が落ちるまでというタイトなスケジュールでリンが受けてきたのだ。
その黒高蜘蛛の繕いと呼ばれた仕事でリンを待っていたのは、骨でできた針と黒高蜘蛛の糸であった。
これを別々に渡されたのだ。骨の針はガラスの針と並んでこの世界では一般的だったが、問題は針の穴であった。
糸とほぼ同じ太さの穴。
この依頼をしたグラドは実は裏では悪評を持った人物で、不実行の違約金で結構稼いでいるという噂があったのを知ったのは後のことである。
なお、不実行の違約金は報酬の二割である。
時間が少ない中、糸はよってある先がほつれて穴に通らない。
もちろん、口で先を舐めたら眠ってしまうし、第一水をつけたら穴にくっついて全く通らないだろう。
針の穴に糸を通そうとかなり頑張ってみたのだが、どうにもならないままさらに日が高くなってしまった。
オラレも状況を理解しているが、なすすべはない。
リンは小声で自分の手のひらに声をかけた。
「リッカ、起きてる?」
『もちろんだ』
リンの影の中から直接頭の中心に響くような声が聞こえてきた。
手のひらに声をかけたのは、声をかけるのに何かしら目標がないととてもやりにくいからだ。
「解決方法ある?」
『もちろんだ』
リッカの悪いところは聞かれなければなかなか答えないということ。もう一つは努力を強いるということ。何でも教えると人間成長しない、とは本人の弁だ。
また、前述したとおり、何らかの制限で常にこちらの問いに応えられるわけでもないとのことである。
「今回は教えてくれる?いっぱい考えたてもだめだったから」
泣き落としにかかる。そろそろ解決しないと絨毯を繕う時間が無くなってしまう。
『しょうがないな』
苦笑するようにリッカは言った。
『頭の髪の毛を一本抜いて、両端を針穴に通して輪を作り、その中に糸を通すのだ。あとは糸通しと同じ原理だ』
授業でやった気がするが糸通しというものがどんなものだったのか記憶にない。だが言っていることはわかったし、やり方もわかった。
こうして時間ぎりぎりいっぱいで依頼をこなすことができたのだった。
絨毯はかなり固く、ここでも骨の針を通すのに苦労をした。
実際、オラレの怪力がなければ危なかっただろう。
幸いなことに裁縫は苦手ではなかったので、オラレに適切な指示を出しながら難癖を付けようもない出来にすることができ、無事帰ってきた依頼主のグラドに絨毯を渡し、依頼完了通知を受け取ることができた。
グラドは少し驚いたようだがどうやってやったのかを聞くようなことはなかった。というより聞くことはできなかった。そんなことを聞いたらわざとできないようにして依頼したことがばればれだからである。
実現が難しいことを依頼することはよくあるとしても、わざと困難にすることは法律で禁じられている。
そのようなことはおくびにも出さず、支払いを終えたグラドの目は少し怖かった。
こうしてリンの最初の仕事は終わり、無事その晩はシーマたちとそれなりの夕食にありつくことができたのだった。
シーマも無事に食料を調達できていたので、おそらく現物支給の仕事であったのだろうと思われる。
まだD級では確実に金貨を稼ぐ方法は限られているのだ。
まず、無口な少年オラレだが、オラレとはシーマがつけたあだ名だ。
彼はシーマがリンをギルドに誘った翌日、半ば強引にリンが仲間に引き入れるようにシーマに進言したのだ。まだメンバーが揃っておらず、シーマが人員の募集をし始めたときである。
オラレは他の救助隊からの難民なのだそうだが、アルマ領から来たのではなかった。彼は比較的無口で多くを語りたがらなかったが、言葉を聞いてなんとなく理解した。
「オラ、ルル。ナダ領ガンガ、来た。力、力あるよ」
リンは野宿している人たちの中で一人浮いているのを見て興味をもったので声をかけたのだが、リンの感覚ではかなりの田舎言葉に聞こえた。
そしてその時リッカに助言を求めたのだ。
『こういう奴は仲間にできたら良いぞ』
そのルルという少年と意気投合できたのはリン自身が田舎出身であったからかもしれない。
身長は百七十ぐらいのがっしりした体型だが、体格に似合わずすっきりとした細身の顔つきだった。
髪は銀色で眼が青く肌も白い。しかし線が細いかと言われるとそうでもなく、手作りと思われる何かの植物でできた比較的大きな鎧を着こんでいるせいか、胸板も厚くがっしりしているので弱弱しくは見えない。
自分のことを「オラ」というので田舎言葉に聞こえ、周りから嘲笑されていたのを見て気の毒であった。
「オラ」は元の世界と田舎言葉として共通の言い回しだったので、リンも少し気になった。
「オラ、ではなくオレ、と言ったほうが良いと思う」
リンがそう言うと銀髪の少年は「わかった」と言って笑った。
その笑顔がなんとも良い感じだったので、リッカの勧めもありシーマに紹介したのだ。
その時、自己紹介の時に自分のことを「オラ」の途中で気が付いたらしくつい「オラレ」になってしまい、その自称が気に入ったシーマからオラレと呼ばれるようになった次第である。
整った顔立ちや柔らかい物腰だったが、かなりの怪力の所持者であり力仕事に関しては後に仲間となったヤライよりも能力が高かった。
どうも話すことが苦手らしく、無口であることが多いせいかヤライと二人で黙々と仕事をしている姿を見るとまさに働きアリのような愚直さが目立つ。
シーマはいい働き手が見つかったと喜んでいた。
『協和語のような感じの話し方をする奴だな』
とはリッカの弁であったが、リンはそれがどこの国の言葉か知らなかったので説明を求めると、要するにもともと持っている言語体系がインセント領ともアルマ領とも違い、片言であるために話し方が不自然なだけだということなのだそうだ。それを「協和語のようなもの」という言い方をするあたり雑学らしくリッカっぽい。
リッカが彼を仲間入りを薦めた理由を聞くと「話し方がアレだが、性格も頭も別に悪いわけではなく力があるにもかかわらず世間的に低い評価をされている者」を優遇すると、後々役にたつ。などと言ってきた。
そういうものかとリンは聞き流していた。
次に仲間になったのは、ミラとラキの双子だ。
この双子は最初のシーマの仕事の報酬で金貨二枚分だった。
この時、リンは事務所設立のための備品確保や食事の支度などシーマの後方支援に回っていたので、シーマとオラレが何の仕事をしたか知らされておらず、シーマもリンに言いたがらなかったのだが、依頼主は給金ではなくこの双子を奴隷として渡してきたのだそうだ。
シーマは騙されたとして相当立腹していたが、新参者でこの町での実績がなく、ギルドでも相手にされなかったということで、仕方なく双子を引き取ったとのことだ。
しかしリンはおおかた年齢のせいで組みやすしとして騙されたのではないかと疑っている。
体よく口減らしに利用された形のシーマは渋々あきらめ「使えるように叩き込んでやる」とやる気を見せ、奴隷という立場であるがほぼ同年代のミラとラキを雇い入れることにしたのだった。
泥だらけの顔を洗わせ、買ってきた黒い服を着せると、黒い目、黒い髪、浅黒い肌など相まってなかなか良い感じの人形のような二人だと思えた。
「二人同じ顔だから余計人形のように見えるのでしょう」
シーマがリンの心をまるで心を読んだかのよう感想を述べてきたが、リンも二人を歓迎した。基本的に可愛いものは好きだし、保護すべきだとも思う。
二人は従順でシーマと先輩であるリンとオラレに対して一歩下がった姿勢を見せており、シーマからはもっぱら後方支援の仕事を割り振られていた。
そして最後の一人ヤライ、彼は年齢多分三十歳ぐらい、元難民の解放奴隷である。リンと同じ黒髪で黒い瞳だが、顔のホリが白人系なのでリンと同族にはみられない。
身長は百八十ぐらいでリンより二十センチほど高く、体力にあふれている筋肉を持っている。シーマは百四十あるかないかぐらいなので、並ぶと親子ほど違う。
この世界の身長は平均約百七十程度なので、大きめではあるが背丈に関してはそれほど目立つほうでもない。
彼はどうやらリンたちとは反対方向の南方から来たとのことで、シーマが拾ってきた。犬じゃあるまいし、拾ってきたは無いだろうと思ったが、シーマ曰く金貨一枚で元の主から捨てられたのだそうだ。
そもそもシーマはミラとラキのような幼い奴隷ではなく、大人の奴隷を欲しがっていたのだ。
この世界でリンが少し抵抗を覚えたことに奴隷制度がある。
リンの元の世界ではすでに奴隷制はなかったが、この世界では奴隷は一般的であった。奴隷といってもこの世界では虐待を受けるわけではなく金銭でやり取りをされる労働力というだけの存在である。
そして、奴隷になると住民扱いをされず誰かの所有物という立場となる。
奴隷と雇用者の違いは住民票があるかないかの違いであり、住民票を持っていると税金や国家徴収の対象となる。また、結婚できるという大きなメリットもあるのだ。ちなみに、奴隷は物扱いなので無税である。
奴隷は雇い主より給金が支払われることになっており、一定額に達すると奴隷は自分自身を買って住民票を得ることができるようになる。奴隷の給金の相場は十日で銀貨一枚であり、住民票は鉄貨一枚とされている。
これはかなり前にこのあたりの領主を治める国王が定めたらしく、大抵の領地で法律にも記載されている。
ヤライは賢くなかったが、それゆえまったく無駄遣いをせず十年をかけて自分を買うことができ、奴隷の立場を脱することができていた。しかし、やはりあまり賢くなかったために商人の元を去ることができなかった。どうすれば生活できるのか全く分からなかったのである。
そういうわけで奴隷を脱してもともとの商人に雇い入れられたにもかかわらず、そのまま奴隷のような態度で接していたのは想像に難くない。
この世界の奴隷制の弊害は、奴隷がまともに教育を受けないということがあげられる。そもそも肉体労働する者に教育をする意義を見出さないのだ。
言われたことを言われたとおりにする。それで生活をしていくという奴隷は考えることを簡単に放棄してしまうのであった。
ヤライは幼い頃より奴隷だったため、考えることを早々に放棄して唯々諾々とした生活を送ってきており、いざ放流されたら生活の手段がわからない状態となったらしい。
元の飼い主、いや雇い主は流浪の商人であったが、若くて力のある者を雇い入れたことを契機に、何も指示されなければ動けないこの男を捨てたのだ。
流浪の商人はヤライに対して情も沸いており、このまま自分の元にいてはだめだとは思っていた。しかし、教育を受けさせるにはトウが立ちすぎており、そして近年の不況で生活が苦しくなってきたタイミングで丁度利害が一致したシーマに払い下げをすることにしたのだ。
そうとは知らず、シーマはヤライから奴隷ではなく元奴隷であると聞かされて初めて状況が把握できたのだった。年末にはヤライの分も住民税と所得税を支払わなければならないのだ。
奴隷ではない者を押し付けられた形のシーマではあったが、当初の予定通りに使い道を定めたようだ。
リンがシーマはこの男を拾ってきてどうするつもりなのだろうと思っていたところ、なんとこの男を自分の影武者に仕立てあげたのだ。
確かに九歳ではとてもではないが交渉ごとからなにから都合が悪い。
実際、この町に来てかなり騙す人間が多いし、ミラとラキ、ヤライを雇い入れたときに立て続けに騙されているので何かしら対策をすべきであった。
さすがに頭が回るシーマでも、新天地でこのような騙され方をされたのでは回避のしようがない。
回避するためにはシーマの年齢と容姿を何とかしなければならず、それは頭の出来とはまったく違うことなのだ。
だからその対策としての影武者とは、シーマが後ろに立たせて「ねえおじさま、そうですよね」と振り返りながら言うと鷹揚にうなずくというやり方だった。
やんちゃな子供に仕事のノウハウを教えているような微笑ましさと、ヤライ本人の体格や厳つい顔も相まってうまく行く可能性が高い。
しかし、初期費用の大部分を最初の仕事に費やした以上、チームウルマを設立して仕事をいくつかこなしたはいいが、そろそろ定期収入がない状態ではリン、シーマ、ヤライ、オラレ、ミラ、ラキの六人分の食べ物が確保できないようになってきていた。
大きな仕事で一山当てるか、定期収入がある仕事を受注するよりない。
少しくらい食べなくても動けるが長くはもたないので、これは最優先事項となった。
「急務だ。私はヤライと仕事および食料を調達してくるので、別件でリンもオラレと仕事を自分で取ってこなしてきてほしい。多くは望まないので一番楽なもので良いが、報酬は金で頼む」
シーマの指示で効率を考えて二手に分かれることになった。
ミラとラキは留守番である。さすがに十歳ではまだ仕事に連れ歩くのは足手まといだ。シーマが異常なだけである。
リンにしても、初仕事とはいえ犬の散歩から薬草集めまで簡単な仕事があるはずなので騙されなければ問題ないはずだ。
リンがオラレと共に初めてギルドに行くと、楽なD級の仕事はいくつかあった。比較的楽そうなものを見て、一番報酬が高そうなものを選ぶ。一番楽とはいってもわざわざ安いのを選ぶこともあるまい。
高いのはそれなりに理由があると知るのはまだ先の事であった。
オラレがいるので力仕事もよかったが、一番報酬が良かったのは絨毯の繕い作業だった。
ギルドから直接、依頼主の所に行ったのだが、シーマからの要求通り、予定では期限が今日中(日が落ちるまで)で厚手の絨毯を三枚繕うことであった。針と糸は支給品で、報酬は金貨五枚である。
前述のように騙しが多いとは言ってもこの領地は非常に法律も整っており、犯罪が極端に少ないのだそうだ。ただし、一番治安がよさそうな王都で行方不明者が多いというのは気になるとシーマは言っていた。
魔族や魔獣と呼ばれる物たちが跋扈しているので行方不明者は死亡者と同義であり、遺体が見つからない限り事件にはならない。
また、騙すのはもっぱら相手の勘違いを誘発させて自分に有利に事を運ぶという手段が多い。シーマがやられた手だが、それを回避するのはチーム側の責任らしい。
今回リンがギルドで受注した仕事の内容は非常に強靱だと言われる黒高蜘蛛の糸での絨毯の繕いだった。
黒高蜘蛛の糸は水を含むと粘りけが出て周りにくっつく。また、口にはいると強力な催眠作用が働いて眠くなるという代物だ。
絨毯に使用すると、体温と汗で適度に柔らかくなり、その蒸気で極上の睡眠を得られるという一級の娯楽品だとのこと。盗難防止のため絨毯は運び出し禁止で、作業中は念のため外から鍵をかけられてしまう。
高級品のため価格も高めに設定されており、盗んで金に換えるより余程割に合う仕事となっている。
依頼者のグラドは鍵をかけた後、外出して時間になったら帰ってくるのだそうだ。
これを昼前から日が落ちるまでというタイトなスケジュールでリンが受けてきたのだ。
その黒高蜘蛛の繕いと呼ばれた仕事でリンを待っていたのは、骨でできた針と黒高蜘蛛の糸であった。
これを別々に渡されたのだ。骨の針はガラスの針と並んでこの世界では一般的だったが、問題は針の穴であった。
糸とほぼ同じ太さの穴。
この依頼をしたグラドは実は裏では悪評を持った人物で、不実行の違約金で結構稼いでいるという噂があったのを知ったのは後のことである。
なお、不実行の違約金は報酬の二割である。
時間が少ない中、糸はよってある先がほつれて穴に通らない。
もちろん、口で先を舐めたら眠ってしまうし、第一水をつけたら穴にくっついて全く通らないだろう。
針の穴に糸を通そうとかなり頑張ってみたのだが、どうにもならないままさらに日が高くなってしまった。
オラレも状況を理解しているが、なすすべはない。
リンは小声で自分の手のひらに声をかけた。
「リッカ、起きてる?」
『もちろんだ』
リンの影の中から直接頭の中心に響くような声が聞こえてきた。
手のひらに声をかけたのは、声をかけるのに何かしら目標がないととてもやりにくいからだ。
「解決方法ある?」
『もちろんだ』
リッカの悪いところは聞かれなければなかなか答えないということ。もう一つは努力を強いるということ。何でも教えると人間成長しない、とは本人の弁だ。
また、前述したとおり、何らかの制限で常にこちらの問いに応えられるわけでもないとのことである。
「今回は教えてくれる?いっぱい考えたてもだめだったから」
泣き落としにかかる。そろそろ解決しないと絨毯を繕う時間が無くなってしまう。
『しょうがないな』
苦笑するようにリッカは言った。
『頭の髪の毛を一本抜いて、両端を針穴に通して輪を作り、その中に糸を通すのだ。あとは糸通しと同じ原理だ』
授業でやった気がするが糸通しというものがどんなものだったのか記憶にない。だが言っていることはわかったし、やり方もわかった。
こうして時間ぎりぎりいっぱいで依頼をこなすことができたのだった。
絨毯はかなり固く、ここでも骨の針を通すのに苦労をした。
実際、オラレの怪力がなければ危なかっただろう。
幸いなことに裁縫は苦手ではなかったので、オラレに適切な指示を出しながら難癖を付けようもない出来にすることができ、無事帰ってきた依頼主のグラドに絨毯を渡し、依頼完了通知を受け取ることができた。
グラドは少し驚いたようだがどうやってやったのかを聞くようなことはなかった。というより聞くことはできなかった。そんなことを聞いたらわざとできないようにして依頼したことがばればれだからである。
実現が難しいことを依頼することはよくあるとしても、わざと困難にすることは法律で禁じられている。
そのようなことはおくびにも出さず、支払いを終えたグラドの目は少し怖かった。
こうしてリンの最初の仕事は終わり、無事その晩はシーマたちとそれなりの夕食にありつくことができたのだった。
シーマも無事に食料を調達できていたので、おそらく現物支給の仕事であったのだろうと思われる。
まだD級では確実に金貨を稼ぐ方法は限られているのだ。
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サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
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