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第一章

第7話 消えゆく鼠の想い

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 鼠に起きた異変に俺は混乱していた。

「どういうことだよ! なんで体が透けて……」

 昨日も一瞬体が透けた気がした。でも気のせいだと思ったんだ。
 だけど今はどう見ても透けている。それに時間が来てしまったって……それじゃあまるで……

「私はここまでということだ。もう魂が限界なのだ」
「そんなことは聞きたくない。どうしたら助けられるんだ?」

 その問いに鼠は首を横に振った。
 そして「どうか聞いてくれ」と言って、ゆっくりと話し始めた。

「私たち精霊は不滅の存在だ。たとえ死んでもその力と記憶を引き継いで、故郷にて生まれ変わる。だがすべてが引き継がれるわけではない。転生の時に魂の一部を消耗し、力や記憶も一部が零れ落ちる。本来ならば次の生で再び魂を磨き、前よりも強固な魂を目指のだが、私たちはあまりに弱くなってしまった。磨く間もなく、何度も何度も魔物に食われ、こんな風に落ちぶれてしまった」

 なんだよそれ……それじゃあ何のために生まれ変わっているのか、分からないじゃないか。

「でもそれならまたここに来たらいいじゃないか。全部忘れるわけじゃないんだろ?」
「ありがとう。でも次はないのだ」
「だって、不滅の存在なんじゃ……」
「精霊の魂には階梯かいていがある。今の私たちは第1階層という底辺。普通は人と言葉を交わすこともままならない。だけど、人語は理解できるし、知性もある。彼らを見ていてもそれはわかるだろう?」

 あぁ、よくわかる。最初は弱い魔物にしか見えなかったが、今は違う。
 種族は違うが、大切な仲間だと思っている。

「だが更に下にゼロ階梯というのがある。魂が崩れ、力も記憶も知性も理性もなくなった状態。もう本当にただの獣と何も変わらない。それが精霊のなれの果てだ」

 それじゃあもしまた会えても、お互いに分からないじゃないか。
 以前俺が「精霊は絶滅寸前なのか」聞いたとき、なんとなく含みのある肯定をしていたが、それにも合点がいった。
 精霊は生まれ変わるから絶滅することはない。でも零階梯に落ちてしまえば、その尊厳が保てないんだ。

「いや、待て。あんたはまだ人語が話せるじゃないか。それならまだ魂を保つことができるんじゃないのか?」

 鼠は自分が底辺だと言ったが、彼は他の精霊と違い、俺とこうやって話している。それだけまで魂の余力があるはずだと思った。
 だけど鼠はそれにも首を横に振った。

「私が話せるのは、ズルをしているからだ。残りの魂を自らで消耗して、その力でこうして君と話しているのだ」
「じゃあ俺と話している間、ずっと魂を消耗させていたのか? 俺が来たせいで……魔物じゃないと知らせるために」

 鼠の寿命を縮めた原因は俺だった。また俺が原因で……

「そうじゃない。私が君に伝えたかったのは、その先だ。君と毎晩話した人と精霊の世界の話なんだ。それが私の守ってきたものだから」

「あのおとぎ話のような話をか?」

 毒の湖を浄化した馬の精霊や、悪夢を食べる羊の精霊、死の匂いを刈り取る鳥の精霊。
 そういった精霊たちと人との物語。
 鼠が毎晩俺に聞かせてくれたのは、ほとんどがそういう話だった。

「おとぎ話……そうだ。あれらが実際にあった話なのか、精霊の種族特性を伝えるために作られた話なのかは私にも分からない。ただ分かるのはこの話がもうずっと前から私の中で引き継がれてきたであろうことだ。私には前の生の記憶さえないのに。それだけは守ってきたんだ」

 そうか。確かに旧世界の話なんて、古くから自分の中で守り続けるか、もしくは誰かから引き継ぎでもしない限り……

「まさか、俺に話を引継ぐために?」
「あぁ。これが最初で最後のチャンスだと思った」
「だとしても方法はあっただろう? 最初に事情を教えてくれれば、ここまで消耗する前に、別の方法を考えたのに」
「本当にそうだな……結局、私の知っていることの一部しか話せなかった。それでも……」

 そこで1度言葉を区切ると、そばについていた俺の手に寄り掛かった。

「鼠の精霊の話もあるのだ。鼠と少年が宝さがしに出る話だ」

 その話はまだ俺が聞いていない話だった。

「物語の最後に鼠と少年は夜空を見上げて、次の目的地を決めるんだ。君と話しているとこれからまた冒険が始まるみたいで、本当に幸せだった。人とともにあるということは、こういうことなのかと実感した。守り継いだ知識じゃない。確かな実感。私がこの生で手に入れたものだ」

 鼠は言葉に力を込めて語るが、そのたびに体が少しずつ薄くなるのが分かった。

「もういい。わかったから……」

 声が震えているのに気づき、自分が泣いていることを知った。
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