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第二章 N+捜査官
31. 区切り
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翌日は病院から寮に帰宅してからの出勤ということで、樹が捜査課に着いたのは10時を少し過ぎた頃だった。青砥に対する気まずさを抱えたまま足を踏み入れると、如月と目が合った。
「おはよう。病院から連絡は頂いてますよ。何ともなくて良かったですね」
「おはようございます。ご心配おかけしました。あの、山さんはどこに?」
「あぁ、さっき聴取を終えて今はトレーニングルームじゃないかな。アオ君は今日、休みでしたので聴取の後に帰宅しましたが」
そうか、アオさんは休みか……。
青砥がいないという事にほっとしながらトレーニングルームに向かうと、視覚化したVR空間で敵と戦う山口がいた。
「樹君!」
「すみません、邪魔しちゃいましたか?」
樹を見つけてトレーニングルームから出てきた山口に頭を下げる。
「大丈夫。そろそろ休憩しようと思ってたところだから」
「あれ? 山さん話し方がなんか」
「あぁ、結構汗かいたし、水分もとってたから体内のアルコールが薄まったのかな」
山さんはそう言って少し笑うとトレーニングルーム前に設置してある椅ベンチに腰かけた。
「体、なんともなくて良かった」
「ご心配をおかけしまして。山さんは大丈夫なんですか? あちこち青くなってますけど」
「あぁ、こんなのはかすり傷だから」
かすり傷とはとても言えないほど顔も腕も青あざになっていた。見た目で言えば樹よりもずっと酷い。
「昨日のことだよね?」
「はい、あのあと何があったのか知りたくて」
「樹君が気を失った後、Dは樹君を横たわらせると「ちょっと急ぐから」と言ったんだ。私たちが応援を呼んでいることに気が付いていたんだと思う。「君たちを傷つけたくはないけど、どこまで手加減できるかは分からない」って」
山口の膝の上に置いてある手が膝に強く押し当てられているのが分かる。
「両手でビスをつかんでその全てを発したら、ビスは体に突き刺さるかのようなスピードで襲ってくる。過重力の雨のようだったよ。それをなんとか凌いでも、今度はD本人が体術で襲ってくる」
山口が樹を見た。
「あれはルールの無い戦いにずっと身を置いてきた人の戦い方だ。私ですら急所を攻撃することに躊躇いを感じる瞬間がある。Dにはそれがない。私たちはDに打ちのめされて相沢を奪われたんだ」
そして山口は静かに言った。
「その数分後、相沢が相沢製薬の玄関に死体になって転がされているのを応援に駆けつけた如月班長達が見つけた」
「俺があの時Dにつかまったりしなかったら……」
「確かに、樹君がDにつかまらなかったら応援が駆け付けるまでの時間を稼ぐことは出来たかもしれない。でも、だからといって相沢を助けられたかというとそれは分からない。あの時点ではどうしようもなかった」
「でもっ」
「そうだね。私たちに相沢を守るだけの力がなかった。それが事実」
相沢が狙われていることを知りながら泳がせ、相沢を殺されただけじゃなくDまでも逃した。それは重大な過ちだ。
「課長たち……課長たちは大丈夫なんですか? 上層部に責任をとれなんて言われたり……」
「そんなことにはならないよ、ったく、こんなところでしみったれて……さっきから聞いていれば、げっそりするくらいのどんより話だし」
「茜ちゃん……また盗み聞きして……」
霧島はつかつかと歩いて樹たちの前に来ると手を腰に当てて仁王立ちした。
「盗み聞きじゃなくて勝手に聞こえてきたんです。私、あの戦いの最中もずっと聞いてたけど山さんたちはやれることをやったと思う。ただ、私たちはDのことを知らなさ過ぎた。Dの能力も、戦闘にどれだけ長けているのかもその情報の全てが無かった。でも今回、能力も容姿も分かった。まぁ、顔はモザイクだったらしいけど。この情報の分だけ、次は対策が打てる」
霧島の言葉は真っ暗で下を向いた樹たちに出口はここよ、と教えてくれているかのようだった。
「そうだな、次は今回のようにはならない」
そう呟いた山口が霧島を見て目を細めた。その表情はさっきまで山口よりもずっと明るい。
「茜さん、前向き……」
「当り前でしょ」
「……この事件はこれで終わりってことになるんですか?」
「終わりというか区切りって感じかな。今後は被疑者死亡で薬物事件の方の全容を明らかにする。Dの方は引き続き捜査」
霧島の言葉に樹は頷いた。
「そういえばアオさんは大丈夫ですか? いつもと違ったりしなかったですか?」
「アオ!? そりゃまぁ、落ち込んでたとは思うけど……」
「俺のせいだって言ってたからな、必要以上に自分を責めてないといいけど」
「その他には……その、何かありませんか?」
何かって? と霧島に追及されて樹はたじたじになった。樹の中では自分のせいで青砥がいつもの青砥とは違うという確証めいたものがあっても、それを二人に説明するのは難しい。ましてや、あの夜のことを話す勇気は樹には無かった。
「なんでもないです。俺の気のせいかも」
そう口にしながら自分は青砥と話すべきだろうと樹は思った。このままでは仕事に支障が出る。この仕事ではその支障は命を失うことに繋がりかねないのだ。
「おはよう。病院から連絡は頂いてますよ。何ともなくて良かったですね」
「おはようございます。ご心配おかけしました。あの、山さんはどこに?」
「あぁ、さっき聴取を終えて今はトレーニングルームじゃないかな。アオ君は今日、休みでしたので聴取の後に帰宅しましたが」
そうか、アオさんは休みか……。
青砥がいないという事にほっとしながらトレーニングルームに向かうと、視覚化したVR空間で敵と戦う山口がいた。
「樹君!」
「すみません、邪魔しちゃいましたか?」
樹を見つけてトレーニングルームから出てきた山口に頭を下げる。
「大丈夫。そろそろ休憩しようと思ってたところだから」
「あれ? 山さん話し方がなんか」
「あぁ、結構汗かいたし、水分もとってたから体内のアルコールが薄まったのかな」
山さんはそう言って少し笑うとトレーニングルーム前に設置してある椅ベンチに腰かけた。
「体、なんともなくて良かった」
「ご心配をおかけしまして。山さんは大丈夫なんですか? あちこち青くなってますけど」
「あぁ、こんなのはかすり傷だから」
かすり傷とはとても言えないほど顔も腕も青あざになっていた。見た目で言えば樹よりもずっと酷い。
「昨日のことだよね?」
「はい、あのあと何があったのか知りたくて」
「樹君が気を失った後、Dは樹君を横たわらせると「ちょっと急ぐから」と言ったんだ。私たちが応援を呼んでいることに気が付いていたんだと思う。「君たちを傷つけたくはないけど、どこまで手加減できるかは分からない」って」
山口の膝の上に置いてある手が膝に強く押し当てられているのが分かる。
「両手でビスをつかんでその全てを発したら、ビスは体に突き刺さるかのようなスピードで襲ってくる。過重力の雨のようだったよ。それをなんとか凌いでも、今度はD本人が体術で襲ってくる」
山口が樹を見た。
「あれはルールの無い戦いにずっと身を置いてきた人の戦い方だ。私ですら急所を攻撃することに躊躇いを感じる瞬間がある。Dにはそれがない。私たちはDに打ちのめされて相沢を奪われたんだ」
そして山口は静かに言った。
「その数分後、相沢が相沢製薬の玄関に死体になって転がされているのを応援に駆けつけた如月班長達が見つけた」
「俺があの時Dにつかまったりしなかったら……」
「確かに、樹君がDにつかまらなかったら応援が駆け付けるまでの時間を稼ぐことは出来たかもしれない。でも、だからといって相沢を助けられたかというとそれは分からない。あの時点ではどうしようもなかった」
「でもっ」
「そうだね。私たちに相沢を守るだけの力がなかった。それが事実」
相沢が狙われていることを知りながら泳がせ、相沢を殺されただけじゃなくDまでも逃した。それは重大な過ちだ。
「課長たち……課長たちは大丈夫なんですか? 上層部に責任をとれなんて言われたり……」
「そんなことにはならないよ、ったく、こんなところでしみったれて……さっきから聞いていれば、げっそりするくらいのどんより話だし」
「茜ちゃん……また盗み聞きして……」
霧島はつかつかと歩いて樹たちの前に来ると手を腰に当てて仁王立ちした。
「盗み聞きじゃなくて勝手に聞こえてきたんです。私、あの戦いの最中もずっと聞いてたけど山さんたちはやれることをやったと思う。ただ、私たちはDのことを知らなさ過ぎた。Dの能力も、戦闘にどれだけ長けているのかもその情報の全てが無かった。でも今回、能力も容姿も分かった。まぁ、顔はモザイクだったらしいけど。この情報の分だけ、次は対策が打てる」
霧島の言葉は真っ暗で下を向いた樹たちに出口はここよ、と教えてくれているかのようだった。
「そうだな、次は今回のようにはならない」
そう呟いた山口が霧島を見て目を細めた。その表情はさっきまで山口よりもずっと明るい。
「茜さん、前向き……」
「当り前でしょ」
「……この事件はこれで終わりってことになるんですか?」
「終わりというか区切りって感じかな。今後は被疑者死亡で薬物事件の方の全容を明らかにする。Dの方は引き続き捜査」
霧島の言葉に樹は頷いた。
「そういえばアオさんは大丈夫ですか? いつもと違ったりしなかったですか?」
「アオ!? そりゃまぁ、落ち込んでたとは思うけど……」
「俺のせいだって言ってたからな、必要以上に自分を責めてないといいけど」
「その他には……その、何かありませんか?」
何かって? と霧島に追及されて樹はたじたじになった。樹の中では自分のせいで青砥がいつもの青砥とは違うという確証めいたものがあっても、それを二人に説明するのは難しい。ましてや、あの夜のことを話す勇気は樹には無かった。
「なんでもないです。俺の気のせいかも」
そう口にしながら自分は青砥と話すべきだろうと樹は思った。このままでは仕事に支障が出る。この仕事ではその支障は命を失うことに繋がりかねないのだ。
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