【SF×BL】碧の世界線 

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第三章

21. タツキという存在

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 一口飲むたびに茶葉の香りが鼻孔を擽り、体を温めていく。ただ座っていれば季節を感じる程度にはヒンヤリとするのだが、人間が歩く高さには季節に応じた温度の空気層が作られており冬でも13度を下回ることはない。

「寒くない?」
「ちょっと寒いけど、お茶が温かいから大丈夫。むしろこれくらいの寒さの方が頭がスッキリしていい。俺の世界はもっと寒くなるから」

「そっか。そういうのが自然なんだろうな……」

ユーリが空を見上げる。空からはデジタルの雪が降り、上空は冬の寒さなのだと知った。

「僕、少しの間出かけようと思うんだ」
「出かけるってどこに?」

「それは内緒」

樹からユーリに連絡をする術などない。だからユーリと連絡が取れなくなったとしても今までと何も変わらないはずだ。それなのに出掛けることを伝えてくるユーリに若干の違和感を抱えた。

「もしかして、誰か殺しに行くんじゃないよね?」
「そうだったらどうする? 僕を止める?」

「止める」
「へぇ、そこは迷いがないんだね、でも違うよ。多分ね」

「……もしかしてリステア関係?」

ユーリは頷くこともせずに樹を見つめた。きれいな二重瞼が少しだけ伏せられたが直ぐにまた樹を捉えると口を開いた。

「昔、リステアに誘われたことがあるんだ。僕の能力に興味があったんだろうね」

「まさかリステアのメンバーになるっていうんじゃ」
「どうかな」

「ユーリっ」

驚きのあまりに樹が立ち上がると付近を歩いていた鳥がバサッと羽を広げた。

「冗談だよ。僕は世界がどっちに転がろうが変わらないからね。ちょっとリステアがどんなものか覗きに行こうかと思って。きっとその方がタツキの役に立てるよ」

「僕の役にって。潜入なんて危険に決まっているじゃないかっ」

「タツキが関わるよりずっと危険は少ないと思うけどね。血生臭い世界は僕のホームグラウンドだよ。それにこれは就業体験みたいなものだ。もしかしたら僕だってリステアの思想に共感して本当にメンバーになるかもしれないし」

タツキは言葉をつまらせた。ユーリがリステアにつく。それはユーリが樹の敵になるということであり、リステアが強力なN+能力者を手に入れるということだ。それに得体の知れないリステアだ。いくらユーリといえど危険はゼロではない。青砥がいなくなりそのうえユーリまで……そう思ったら樹の口から言葉が零れていた。

「行かないで欲しい……。俺がこんなこと言うのはおかしいかもしれないけど、こんなふうにユーリがいなくなるのは嫌だ」

最後の方の言葉は消え入りそうな声だった。ずっと一緒に生きていくと思っていた優愛がいなくなり、空っぽになった樹を丸ごと包んでいてくれた青砥もいなくなった。樹に手を差し伸べてくれた人たちが自分の手からすり抜けてしまうような感覚に陥り、樹は自身の上着の裾をギュッと握った。

「タツキは時々、小さな子供みたいになるね」

ユーリの手が樹の髪の毛に触れ、頭を撫でた。

「小さなころ、僕もこうして母に頭を撫でて貰ったんだ。温かな場所があれば何度でも立ち上がれるのに、僕はずっと失くしたまま」

ユーリはそれっきり黙るとただ樹の頭を撫でた。人をたくさん殺した自分はもう温かな場所を手に入れる資格はない。ユーリにとって樹はあの日自分が選べなかった道を行く自身だ。ユーリは頭を撫でるのをやめるとポケットから小さな黒いリングを出した。リングの中央には赤い石が3つ並んでいる。

「これをあげる。この装置は僕に繋がっているからピンチの時は呼べばいい。つけてあげるから耳を貸して」

樹の耳に自身より低い温度が触れた。ウィンと小さな音が響いて適度に耳輪を締め付けると「はい、できた」とユーリが笑う。

「良く似合ってるよ。これは僕が特別に作らせたものだから、他の人にはアクセサリーだとでも言っておけばいい。その為のものでもあるから」

「どうして俺にここまでしてくれるんですか? 俺の復讐は神崎を捕まえることで、今動いているのは復讐とは関係ないことなのに」

「タツキが笑っていると嬉しいから、かな」







 鳴き島は岩の間を走る風が狼の鳴き声のように聞こえることからそう呼ばれるようになった。弱い風が吹けば想い人を呼ぶように優しく、強い風が吹けば自分はここだと叫ぶような音を立てる。その音を聞きながら青砥は日々をこなしていた。寮の部屋、窓から身を乗り出すようにして本土の方を向く。暗い海は何も語らず、洗い流すように波の飛沫が上がるだけだ。

「樹、怒ってるだろうな。いや、違うか……」

寂しそうにベッドに腰かける樹の姿が容易に想像できる。離れていくのなら近づかないで欲しいとあんなに予防線を張っていた樹を説き伏せるようにして近づいておきながら、何も言わずに離れたのだ。樹にとっては一番されたくない事だったに違いない。いっその事俺を憎んだ方が樹の痛みは少なくなる。

「……でも、憎まれるのは嫌だな」

思わず零れた本音はここに樹がいないからこそ零れたものだった。ベッドの中に入っても思い起こされるのは樹のことばかり。

「たつき……」

呟いたまま現実から剝がされるように夢の中に堕ちていった。


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