【完結】スーツ男子の歩き方

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8.徹夜はキツイ

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 12月31日。今日は3万人キャパの川上アリーナの手伝いだ。的場さんが最高責任者となり僕と高見はその指示に従う。

「今日は朝までになるからな! 寝るなよ」
「大丈夫ですよ、多分」
「多分だとぉ!? 気合いだ、気合っ」

今日のライブはアニソン歌手の祭典、19時開演、25時終演のカウントダウンライブだ。何組ものアーティストが入れ代わり立ち代わりステージに上がる毎年恒例のイベントで、25時の終演後に後片付けもする為、仕事が終わるのは午前8時くらいだ。元旦は元旦でニューイヤーライブが行われるため、準備も後片付けもシビアなタイムスケジュールになる。

「はいっ、頑張ります!」

的場さんの勢いに押されビシッと背筋を伸ばす。時間は午前6時。テンションを上げるには厳しい時間帯だが、久しぶりの現場、大きいイベントということで的場さんは朝から元気だ。

「高見と羽山はピックアップされた女子勢連れて201号室で説明な。羽山はチケットのもぎりチームと案内チームに、高見はグッズ販売チームにそれぞれ説明頼む」

「「はいっ」」
「で、池田ぁっ。お前は男子チームな。誘導チームと警備チーム、ちゃんと館内説明できるようにしておけよ」
「分かりました!」

アルバイトリーダーが連れてきた女子チームを二つに分け、3分の2を高見が部屋の隅に連れていき3分の1を僕が同じ部屋の反対側に集めた。
 
 ねー、グッズ販売の説明の人、かっこよくない?
 身長も高いしイケメンだよね。あー、あっちが良かったなー。

説明内容が大雑把に書かれた紙を壁に貼りながら、聞こえてきた声に頷いた。

僕も女子だったらそう思っていたと思う。
あんなイケメンが僕とキスをしているだなんて本当に意味が分からない。高見なら女の子なんて選び放題だと思うのに。

「はい、じゃー、こっち見てー。今日君たちの担当をする羽山です。よろしくお願いします」
僕は彼女たちに頭を下げると説明を始めた。


 18時半開場。滞りなくお客さんを館内に入場させ19時の開演を迎えると館内をうろつく人が一気に消えた。重低音のリズムと歓声が時折漏れ聞こえて、会場内は盛り上がっているのだと教えてくれる。

22時半。会場が盛り上がったまま3時間半が経過すると、会場内の熱気で体調を崩す人が現れてくる。会場の扉の外には体調を崩した人を座らせるための椅子と、飲み物が用意してあった。症状が酷い人が出ることも考えて、救護室に看護婦さんを待機させるなど準備はしっかりとしてある。

ザザ……
【一階、A地点の山井です。体調を崩してしゃがみ込んでいる人がいます】
【社員、誰か近くにいるか?】
「羽山です。近くにいます。今から向かいます」
【頼んだ】
「はい」

会場内に入り暗がりの中で女性に声をかけ、具合の悪い女性に肩を貸して会場の外へ運ぶ。連れだという女性が僕の後をついてきていた。

「このまま救護室へ運びます……ね」

僕は連れの女性を見て目を丸くした。

「良太……」
「美佳……。あ、とりあえず、救護室へ運べば看護婦さんが診てくれるから。彼女の荷物は全部持ってきてる?」
「あ、うん」

救護室はまるで学校の保健室の様な匂いがした。

「熱中症だと思います。ちゃんと水分を取って少し休めば動けるようにはなると思いますよ。今はベッドで横になっていますから、このまま少し休ませましょう」

「分かりました。ありがとうございます」
美佳は丁寧に頭を下げた。

「私、ちょっと飲み物を買ってくるね」
僕も看護師さんに頭を下げて救護室を出た美佳を追いかける。

「美佳っ」
「良太、今日はここで仕事だったんだね。もしかしたらって思ってたけど、本当にいるとは」
「あぁ、うん。帰りとか大丈夫?」
「うん。最悪、彼女の彼に連絡すれば迎えに来てくれるだろうし、なんとかなるよ」

こういう時にスッと迎えに来られる男がうらやましい。万が一美佳がこういう状況になっても迎えに来れなかったなと思うと、申し訳ない気持ちになった。

「そう……」
「良太がこういうところで仕事してる姿、初めて見たかも。なんか、ちょっとかっこいいね」
「そう?」

「うん。4年、一緒にいたのにね。案外、良太のこと分かってなかったかも」
美佳と視線がぶつかる。4年間、一緒にいて13分で別れたひと。

「ねぇ、良太、私たち……」
美佳の手が僕の腕にそっと乗る。

「私たちさ……」

「羽山さん?」
「高見……」
「あ、もしかして体調を崩された方の付き添いの方ですか?」
「あ、はい」

「お連れさん、大丈夫そうですか? 動けなそうならタクシーの手配もしますが」
「あ、大丈夫です」

「そうですか。羽山さん、もうすぐ演奏の休憩時間になるので、こちらが大丈夫そうなら待機するようにと的場さんからの伝言です」

「良太、私たちはもう大丈夫だから」
「わかった。じゃ」

僕は美佳の手をゆっくりと外すと持ち場に戻った。大丈夫だと言っていたのに僕の腕に手を重ねていた美佳の温もりがスーツに残っていた。



「つ……疲れた……」
「羽山さん、なんか屍のようになってますよ」
「まだギリ10代の池田とは違って25歳にもなると徹夜はきついんだよ」
「的場さんは元気ですけどね」

視界の隅に大きな声で笑いながら談笑している的場さんの姿が見えた。

「おー、お前ら、これからご飯行くけど行くか?」
「僕、行きます!!」
ご飯と聞いて駆けていく池田の背後で、帰りまーすと力なく叫んで手を振った。

あぁ、眠い。食欲より睡眠欲だ。なんかもう歩きたくもない。

アリーナの敷地を出てよたよたと歩き、近くのベンチに座るとお尻がベンチにくっついたかのように立ち上がる気力もなくなった。
ちょっとだけ寝ようかな……。

「羽山さん!? こんなところで何してるんですか?」

「ん~高見? なんか、もう眠くって家まで頑張れる気がしない。悪いけど、近くのホテルに突っ込んでくれない?」

「近くのホテルったって、この辺、ラブホテルしかないですよ」
「ラブホテルでもいい。眠れればいい」
「そう言ったって一人でラブホテルには入れないでしょ」
「あー、そうだっけ?」
「仕方ないな……」

高見の後ろをまるでゾンビのようについて行く。何度か躓いて、気付いた時には高見の背中におんぶされていた。そして次に気が付いた時には硬めのベッドの上に転がされていた。

「羽山さん、着きましたよ。お風呂、お湯張ってあるんで先にどうぞ。入れますか?」
「……あ……うん」

熱いシャワーを浴びる。
うわー、すげぇ顔……。これは早く寝ないとだな。
鏡に映った自分は目の下にくっきりとクマがあった。体を洗い終え湯船につかる。

「はああああ~、気持ちいい」

気持ち良さにぐうっと手を伸ばしてから湯船の淵に手を乗せると、ぷくぷくとした泡が立ち始め、湯船がカラフルにライトアップされた。

「おぉっ、ここラブホテルか!?」

そういえば高見にラブホテルでもいいから寝たいと言ったような気がする。しげしげと見れば浴槽の端にかわいらしいお皿が置かれていてその上にコンドームが二つ置いてあり、なぜか心臓がドクン鳴った。

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