【完結】スーツ男子の歩き方

SAI

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サイドストーリー

カイの場合 3

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昨日のキスは何だったんだ!!

この疑問を昨日から何度も繰り返している。そして出てくる答えも、付き合っているのだからそのくらい当たり前だろう、というものだ。

まてよ、そもそも付き合っているのか?
これも昨日から繰り返している流れ。
そしてこの先が今の悩み。

今日、お店に行ってもいいかな。昨日の今日ってなんか凄ぇ会いたいみたいじゃね? 俺。付き合ってない時なんて3日、4日と連続で行ったこともあるのにキスしたとたんこれだ。

思った以上にヒデさんにハマってきてる気がする……。

昨日は帰ってすぐに絵本を読破し、ラストで犬が優しい人間に出会えた時には嗚咽を漏らして泣いてしまった。あの時、本屋で全部読んでしまわなくて良かったと心の底から思う。ショートショートの広場の方は仕事用の車に積んであり、配送の仕事の休憩時間に読んだりしている。ちょっとした時間に読むことが出来るこの本は、本当に俺向きだ。しかも、面白い。

この気持ちを早くヒデさんに伝えたい。エインを送ろうにも、お店用のエインしか知らなくて送っていいか迷っていた。

「んあぁあっ! 今までだって連続で会ってたんだ。今回も一緒だ!」
俺はササっとシャワーを浴びると、いつものように五郎さんのお店に急いだ。



「あらん、いらっしゃぁい」
「こんばんはー」
「いらっしゃい」
「あ、どうもっす」

「なぁに、今の間。やぁだ、昨日何かあったのぉん?」
「なっ、何もないですよ」
「ふぅん。で、デートはどうだったのぉん?」
「えー、あー、どうでした?」

俺は恐る恐るヒデさんに聞いてみた。

「楽しかったですよ。良い本も買えましたし、有意義な一日でした」

いつもの接客用笑顔でほほ笑まれる。
なんだ、そうか。普通か。

酷くガッカリしながらソルティドッグを注文する。
キスをされて縮んだように思えた距離は実際のところ何も変わっていないのかもしれない。それでも、ヒデさんと行った本屋は俺にとっては新しい発見で、とても楽しかった。

「絵本、読んだよ。読み終わった」
「きっと号泣したでしょうね?」
「ん、そんなこともなかった」
「そうですか? どうぞ、ソルティドッグです」
「どうも」

「あらん、やだ。お店のトイレットペーパー、もうすぐなくなるの忘れてたわぁん。ちょっと買ってくるから、お店、宜しくねん」

五郎さんが店を出ていくと、店の中は俺とヒデさんの二人だけになった。

「どうしたんですか? そんな顔して」
「どんな顔ですか……」
「強いて言うなら、寂しそうな顔」

ハッと顔を上げるとヒデさんと目が合う。

「ヒデさんがっ」
「私が?」

ヒデさんの目に捕らわれる。表情を崩さないクールなポーカーフェイス。

「……なんでもないです」
「私が敬語だったから?」
「……」
「カイ」

「……ショートショートの広場も面白かったです。あぁいうやつなら俺、読めるんだって知りました。昨日、俺、凄く楽しかったよ。色々なこと知れて、いつものヒデさんと違う姿も見れて」

「もしかして、さっきの楽しかったって私の言葉、社交辞令だと思った?」
「……違うのかよ。接客用スマイルであんなん言われても、なんか、嬉しくねぇよ」

こんなの拗ねている子供と一緒だ。そう分かっているのに言葉がぽろぽろと零れてくる。

「俺ばっかドキドキし……」

カウンター越し、ヒデさんの手が伸びて来て俺の顎を捕まえた。ゆっくり近づいてくる顔。
睫毛、長……。

「ん……」

少し開けた唇からヒデさんの舌が入ってくる。ヒデさんの舌が俺の舌を撫で、上唇の内側をなぞって離れていく。

「あ……」
「くす、もっとして欲しい?」
「……しなくていい」


素直になるにはきっとまだ、何かが足りないんだ。


「ぷ、ぷぷぷ」
「なんだよ」
「昨日は俺も楽しかったよ」

耳元で囁かれて、どうしたらいいか分からなくて顔を覆った。

いつもは自分のことを私っていうくせに、こういう時に俺っていうのは反則だろ。


カランカラン

「こんばんはー」
「良太さんいらっしゃい」

顔を上げないまま「おー」と良太に手をあげた。

「あれ、今日はカイとヒデさんだけ?」
「五郎さんはちょっと買い物に出ているだけなので直ぐに戻ってくると思いますよ」
「そっか。ん? もしかして僕、邪魔した?」
「なっ、何言って」

「何って、なんか空気がさ。カイの顔もちょっと赤いし。あ、ヒデさん、今日はカシオレお願いします」
ヒデさんは「かしこまりました」と言って俺たちから離れた。

「お、お酒のせいだよ。なんでもない。そんなことより、高見さんとは順調なの?」

「ん、順調だよ。一緒に暮らし始めたんだけど、やっぱ楽だなぁ。帰る家が同じだと、会いに行ったりしなくていいんだよね。会いに行かなくても会えるのが嬉しいかなぁ」

「ちぇ―っ、ラブラブじゃん。毎日のようにここに来てはどんよりしてたのがウソみたいだな」
「んー、あの頃はお世話になりました」
「はいはい」

「カイはどうなの?いい人いないの?」
「俺のいい人は良太だったんだけどね。最初に会った時に好みだって言ったろ?」
「そうだったかも」
「忘れたのー? ひでぇ」

俺を見ながら、ごめんごめん、と良太が笑う。そうそう、こういうちょっと困ったように笑うところがさ、なんか、放っておけなかったんだよなー。

「お待たせしました。カシスオレンジです。心配しなくて大丈夫みたいですよ」
「え?」
「カイくんはもういい人を見つけたみたいですから。ね?」
「そうなの?」

良太が俺を見た。

「え、あ、まぁ、うん」
「ほら、ね?」

ヒデさんが良太に微笑んで、そして俺だけに見えるようにして自分の唇を指でなぞった。

「そうだ。カイくん、これ、どうぞ」

ヒデさんが俺に渡してきたのはB5サイズの小さな紙袋だ。

「?」
「昨日、素敵な本屋さんを教えて頂いたお礼です。家に帰ってから開けていてくださいね」
「ありがとうございます」


それからは五郎さんが帰ってきて五郎さんの意味ありげな視線を感じながらいつものように飲んだ。ヒデさんはもういつものヒデさんに戻っていて、意味ありげな合図をされることもなく、すべてがいつも通り。

だからどういう意味のキスなんだよ……。

「じゃあ、俺、そろそろ帰るわ。明日も朝早いし」
「あらん、気を付けて帰るのよぉん」
「はーい。じゃ、また」

帰り際、ヒデさんを見たがいつもの笑顔で頭を下げられただけだった。

「……なんか疲れたな」

ドキドキして店に来て、いつも通りのヒデさんの態度にガッカリして落ち込んで、キスされて昨日は楽しかったって言われて嬉しくなって、帰り際のいつもの態度にまた寂しくなってる。

「恋愛ってこんなんだったっけ」
感情がジェットコースターみたいに上下してついていけなくなりそうだ。

もう俺は認めていた。完敗だ。ヒデさんが好きであの人が欲しい。
だけど、俺らの関係は付き合っているというのだろうか。五郎さんの案で付き合うとなってはいるけれど、気持ちのない言葉だけの「付き合う」の様な気がして、心が落ち着かない。ちゃんと告白をするべきだろうか。

そうすれば俺の気持ちも少しは落ち着くのだろうか。

「そういえばプレゼント貰ったんだっけ」

歩きながら封を開けると、そこにはブックカバーが入っていた。俺が小説を持ち歩くことを見越して、だろうか。

「こういう気の利かせ方も大人っぽいよなぁ。あれ、カードが入ってる」

そこにはヒデさんのアドレスが書いてあった。そして何気なく裏側を見て口元を押さえた。


【俺と付き合ってください】


「なんだよ、こんなん……いいに決まってるだろ……」


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