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第三章

37. オーヴェルの夜

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待ちに待った夕食はオーヴェルらしく派手な色彩に富んだ料理で、素材の味を生かしつつもスパイスで更に旨味を引き出したような素晴らしい味だった、と思う。グショウ隊長やクオン王子が会話の中心になってくれていたものの国王と共に食事をするということに慣れず、テーブルマナーばかりが気になってしまった。私の緊張をよそにベルはベル用の食事を用意してもらい、私の膝で終始ご機嫌で食事をしていた。ベルの呑気さが羨ましい・・・。

レイはクオン王子にユーリスアの騎士団のことや、ジェンダーソン侯爵家について聞かれ笑顔を交えながら話をしていた。その姿は堂々としていて緊張など微塵もしていないかのようだ。こういう時、レイと自分との身分差をすごく感じてしまう。一時間半ほどで食事は終わりになり、各自の部屋に戻った。


用意された私の部屋は前回とは違い、薄いピンクを基調とした女性らしい部屋だ。家具も花をモチーフにしたものが多く、ふんわりとした花の香りも漂い、貴族の女性が好みそうな部屋だ。

「なんだか、こそばゆいな・・・。」

普段なかなか味わうことのない『女性らしい』が各所に散りばめられた部屋は私をくすぐったい気持ちにさせた。ひととおり部屋を眺め終わるとベッドに腰を下ろした。ベルは私の肩からよろよろと飛び、枕に顔を乗せてウトウトとし始める。

「くすっ、さっきはしゃいでいたもんな。」

ベルが寝てしまうと部屋がやたらと広く、そして静かに感じた。そういえば部屋にひとりでいるなんて久しぶりだ。こういう時、大人ならお酒でも飲んで酔っ払って眠るのだろうか。レイと一緒ならば今頃は髪の毛の乾かしっこをしたり、明日の準備をしたり、小弓の練習をしたりしていたんだろうな。

私が手持無沙汰にベルの体を撫でていると、窓枠がカタカタっと鳴った。風のしわざかとも思ったが、室内に人がいるか探る様に何度もカタカタと鳴ったので窓に近付いて外を覗いてみる。

「クオン王子!?」

庭には王子の姿があり、こっちを見上げて手を振っている。私がベランダから顔を覗かせると、おいでおいでと手を振った後クオン王子は私を受け止めるかのように両手を広げた。

「その手には乗りませんよ。今はいいものがあるんです。」

私は巾着からシューピンを取り出すと、シューピンに乗って王子のもとへと下りた。

「ほうシューピンか。それは残念だな。」
「何が残念なんですか。また護衛もつけずにお散歩ですか?」
「護衛は確かに振り切ったが、今日はライファに会いに来たんだ。」

「こんな風に呼び出さなくても部屋に来れば良かったのでは?」
「夜分に俺がお前に部屋に行ったら面倒なことになるだろう?」
「・・・確かに。それもそうですね。」

クオン王子は急に真面目な顔になって、私の頬に触れた。

「本物だ。」
「何を言ってるんですか・・・。お酒でも。」
飲んだのですか?という問いはクオン王子に抱きしめられたことで途切れて消えた。

「ダンもリュンも・・・みんな死んでしまうだなんて思いもしなかった・・・。」
「クオン王子・・・。」
「ライファが・・・生きていて・・・よかった。」

なんて声で囁くのだろう。

切なく響く怯えを含んだ声が私を衝動の波へと追いやる。私は王子の中に感じた怯えを取り除こうと王子の背中に手を回した。

「ありがとうございます・・・。」

夜風に私の髪の毛がフワッと舞い上がり、その髪の毛をクオン王子が撫でた。どれくらいそうしていただろうか。

「生きてさえいてくれればいいと思っていたのにこうして目の前にすると欲が出てくるものだな。」

「どっ、どうしたんですか、クオン王子!なんか、女性を口説くときのような甘い感じになっていますよ!」

急に漂い出した甘い空気に動揺しワタワタとクオン王子から離れると、王子が笑い出した。

「ぷぷぷ、相変わらずだな。で、レイとは上手くいったのか?」
その瞬間、カッと顔に火が昇り思わず顔を背けた。

「あぁ、いい。何も言わなくても分かる。そうか、それは残念だな。」
「残念!?」
「そりゃあ、そうだろう。好きな女が他の奴と上手くいったら残念だと思うさ。」
「・・・好きな女?」

「鈍感もここまでくると犯罪的だな。・・・今、ちゃんと言葉にしたらお前の心に俺が入り込む隙はあるか?」

もしかして・・・。ようやくクオン王子の言いたいことが分かり、分かると同時に言わせてはいけないと思った。私は思わず王子の唇の前に人差し指を立てて、どうしようもなく微笑んだ。

「いけません、王子。王子には私よりも相応しい人がいます。それこそ、たくさん。」
すると王子は困ったように微笑んで、私の頭をグリグリと撫でた。




 翌朝、旅立つ私たちをグショウ隊長やジョン様、クオン王子やマカン様が見送りに来てくれた。

「ライファさん、レイさん、気を付けて行くのですよ。いいですね、危ないと思ったら逃げることも大切です。」

「「はいっ。」」

「これ厨房のおばちゃんから頂いてきました。道中のご飯にしてください。全部、私の好きな食材なんですよ。」
「わぁ、ありがとうございます。」
「ジョン、下心が丸見えですよ・・・。」

笑顔のジョン様と呆れ顔のグショウ隊長とのやりとりに思わず笑っていると、クオン王子が声をかけてくれる。

「ライファ、気を付けて。いつも無事を願っているぞ。」
「勿体ないお言葉ありがとうございます。」
「レイ、ライファを頼む。」
「・・・はい、承知いたしました。」

私たちは皆に挨拶をすると再びフランシールへ向けて旅立った。




「レイ、どこかで飲み物を買おう。リュックのはもう残りが少ないんだ。」
「そうだね。オーヴェルは熱いから飲み物がないのは死活問題だ。王都を離れる前に寄ろう。」

商店街を探すと路地裏の人がいないエリアに飛獣石で下り、目立たないように素早く飛獣石を消した。

「さ、行こう。」
レイが私の手を取る。手を離すタイミングを忘れたまま、手を繋いで街を歩いた。

・・・なんか恥ずかしい。

道行く人たちが自分たちを見ている訳ではないことは分かっているのに、視線が手に集中しているかのようで落ち着かない。

「あ、レイ、あのお店なら食材があるから飲み物もありそうだ。」
寄った店は食材の他にスパイスも置いてあった。

「スパイスも買ったら?ライファ、スパイスも気になっていたでしょう?」
「いや、でも・・・。」

「じゃあ、私がライファのスパイス料理を食べたいから何か選んでくれる?」

レイの優しさにふっと笑顔になる。「ありがとう。」と言えば「何が?」と返かえってくる。そんなところもレイの優しさを示しているようで胸の中がほんわりと暖かくなった。お会計をする時になってようやく手が離れた。少し名残惜しいようなホッとしたような気持でレイを待ち、店を出たところでまたレイが私の手を掴んだ。

「あ・・・。」
「恋人同士は手を繋ぐものでしょう?」

こ、恋人同士なのか・・・。

ずっと何と呼べばいのかわからなかった関係にレイが名前をつけた。しかも、恋人同士、だ。嬉しくて、つないだ手を見つめた。私は少し浮かれていたのだと思う。だから、その時にレイがどんな表情をしていたのかを見過ごしていた。

「レイ、ガチョパールまではどれくらいかかるかな。」
「んー、3、4日くらいかな。」
「幽玄の木ってどんな木なんだろう。5年に一度しか現れないというから心してかからないと。」
「そうだね。」

高く舞い上がった飛獣石に乗りながら、お腹の前で繋がれた手と手。くすぐったい気持ちを抱えたまま次の町へと急いだ。



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