【完結】君が僕に触れる理由

SAI

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5年後

バレンタイン 2

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 このテンションをどうしようか……。

渉のいない家に帰宅し、18時半の時計を恨めし気に見上げる。冷蔵庫に隠しておいたチョコレートの箱を取り出せば、言いようのない寂しさが込み上げた。

なんてことはない。2月14日だからといって今日にチョコレートを渡さなきゃいけないってことはないし、明日にでも渉が帰ってきた時に渡せばいい。1週間後にはまた海外に行かなくてはいけないが、1週間渉が帰って来ないなど今までなかったのだ。

そう言い聞かせているのに、昨日から盛り上がり過ぎた俺の心はこの事態を消化できずにいた。

「チョコだけ渡しに行こうかな……」

 制作中はアトリエに来るなと言われているわけではない。言われてはいないが、アトリエはいわば渉の仕事場だ。そこにちょろちょろと自分が行くのは渉の仕事を邪魔するような気がして、どうしようもない用事がある時以外は行かない様にしていた。

それでも今日は、抱き合えなくてもせめて渉にチョコを渡さなければ俺の心が浮上できないような気がした。


 渉のアトリエは二人が暮らす家から徒歩20分の所にある。描きたいと思った時に直ぐ描きたいからという渉の希望で、なるべく家から近い場所を選んだのだ。インターホンを鳴らすとしばらく時間を置いて「はい」という声が聞こえた。

「渉、俺」
「佐倉?」

少し驚いたような声ののち、直ぐに鍵が開いた。

「どうした? ここに来るなんて珍しいじゃん」


「順調?」
「どうかな、描き始めだから順調かどうかも良く分からない。でも、まあ、悪いことにはならないよ、たぶん」

眼鏡の淵を持って位置を直すと渉は俺を見た。で、どうしたの? と言いたげな視線。

「これ渡したくて」

リボンのついた小さな箱を見て渉が目を丸くしたので、今日バレンタインデーだから、と付け加えると渉がフッと笑った。

「そうか、バレンタインか」
「ん……」

「入れば?」
「いいの?」
「うん、丁度休憩しようと思ってたし」

アトリエの中は絵の具と薬品の匂いがした。絵を描いて眠るだけの小さな1ルームの部屋で、キッチンに小さなテーブルと椅子が置いてある。

紅茶でいい? と聞く渉の背中を見ているとキッチンにいつもは使わないカップが置いてあるのが目に入った。普段、渉は使わないカップ。

「誰か来た?」
「あぁ、昼間に早瀬が来たよ。僕のアトリエが見たいって」

 渉のアトリエ。俺があまり立ち入らない様にしている渉の仕事場。そこに早瀬は何の躊躇いもなく入ってくる。渉と同じ絵を描くという事を生業にしているということも、渉と早瀬の深い結びつきを示しているかのようで、俺が必死に居座っている渉の中のスペースを早瀬が簡単に奪っていくような気がした。

勿論、こんなことはいじけている俺が勝手に思っていることで二人にそんな気はないことは知っている。

「早瀬……か」


もし在学中に早瀬が渉の気持ちに気が付いていたら、ここにいるのは早瀬だったのではないか。

帰国した早瀬が男ともセックスできると知った時から、早瀬と一郎が付き合うことになってから、何度も考えてしまう。早瀬が異性しか好きにならないと思っていたからこその安心感、それが今はなくなってしまった。

早瀬は大事な親友だ。だけど、恋愛においては……。

「……くら? 佐倉?」

「……チョコ、食べてくれるか?」
「うん」

包を開けて手に取ったチョコを渉の口に持っていく。無防備に開いた口の中に入れると渉の舌が俺の指を掠めた。

「旨い」

もう一つ掴んで渉の口の中に入れた。抵抗しないで俺を受け入れる渉が愛おしい。もう一つ掴んで口へ運ぶと、もういいと言うように渉が首を捩じった。制止する渉の話も聞かずに強引に口の中にチョコを入れる。指も入れて、渉の舌を撫でる。するっと舌が俺の指を避けるのを追いかけると、苦しそうな声を出した渉が俺の手を掴んだ。

濡れた視線が重なる。

「セックスはしないからな」
「そんなこと分かってる」

淡々とした俺の声に俺自身が驚いた。何かを察したように渉が薄く笑った。

「……口だけ。口なら好きにしていい」


 テーブルに座った渉が顔を上げて俺を見る。
「口、開けて」

少しだけ開いた口、下唇を親指で押しながらゆっくりと親指を差し込むと渉の目が伏せられた。長い睫毛。眼鏡が邪魔で左手でレンズの淵を持って外す。

「何考えてる?」

口の中を弄られている渉が答えられるわけもないのに問いかける。中指と薬指で顎を支えながら親指の腹で歯の上のところ、咬み合わせの部分をなぞると、俺の指を咬まない様にと指に沿って渉の口が開いていった。奥歯をギュッと押して今度は歯の裏側を撫でる。



唾を飲み込もうと渉の細い首の表面が動いた。

「こんな風に口の中をいいように触られて、どんな気持ちなの?」

尋ねながら渉の口に人差し指を突っ込んで、親指と人差し指で舌を掴んだ。舌の付け根を掴む指に僅かに力を入れると、渉の目に涙が滲む。舌の動きを封じられて飲み込めなくなった唾が垂れた。

お前の中に俺はどれくらいいる?
言葉にするのをためらったまま固まっていると渉の蹴りが膝に入った。

「いって……」
「痛いってのはこっちのセリフだ、ばか。指よりもっといいものにしろよ」
「いいものって……」

チョコを掴もうとした瞬間にネクタイを引っ張られ、渉を目に映すと同時に唇が触れた。



「あ……」

渉の唇だ。甘い、甘い、舌。

す、き、だ。音の無い言葉が体の内部を伝って届いた。
舌の質感とか、粘膜の温かさも歯の硬さも、そんなものはなんかもう全部トんだ。

昨日の妄想も、煽ってしまいたい本能の部分も、全部、全部、トんだ。


渉が俺を好きだと言った、その音だけでもう……。思わずがっついて渉の口内を荒らしまくった。もっともっと深く繋がりたくて衝動のまま貪ると、また膝に衝撃が襲って「いてっ」と声を上げた。

「しつこい」
「……口は好きにしていいって言ったじゃん」
「長いんだよ」

渉はテーブルから下りると俺に背を向けて冷蔵庫を開けた。

「……渉が年々、ツンツンしてきてる気がする。そういうところも可愛いけど……」

「佐倉、煩い」

渉の態度がどこかぎこちない。そういえばこんな風にキスをしたのも久しぶりだし、ましてや渉が俺に好きだと言ったのは付き合った頃に言った2回だけで、今日のは実に5年ぶりの大事件だ。

「……もしかして照れてんの? 俺に好きだって言って照れてんの?」

顔を覗き込もうとした俺の目を塞ごうと容赦なく渉の手が迫って来たが、その手を掴むことに成功した。

「顔、真っ赤なんですけど」
「……っうるさい」


神様、やっぱりありがとう。



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