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4・崩壊と甘癒
ショッピングモールの二人
しおりを挟む歩き出した雨宮の背中が小刻みに震えている。
(またからかわれたの!?)
雨宮が笑っていることにすぐに気付いた千紗子は、彼を追いながらその背を恨めし気な目つきで眺めた。
(雨宮さんの素顔って掴めないわ………)
心配そうに世話を焼いてきたり、甘い瞳で見つめてたと思ったら、からかわれたり。
そんな雨宮に振り回されっぱなしの千紗子だけれど、何故かそれを嫌だと思わない自分がいる。
(ずいぶんお世話になってるもの………)
甘やかされて、それに慣れてきたのかも。そう思いながら足元を見ていると、目の前の雨宮が急に足を止めた。
「どうしたんですか?」
「これ、千紗子に似合いそうだ」
雨宮が足を止めたのは、レディースファッションのお店の前だった。
目の前には、ワンピースを着たマネキンが立っている。
柔らかな生成りの白一色のそのワンピースは、ふんわりと広がった膝下までのフレアスカートがロマンチックなデザインで、とても可愛らしい。
素敵だな、と思うと同時に、千紗子はなぜか昨夜玄関に転がっていたピンク色のハイヒールを思い出した。
(私が、これが似合うような可愛げのある女の子だったら、裕也はあんなことしなかったのかな………)
ワンピースを見上げながらほの暗い考えがよぎって、胸が苦しくなる。
「どうした?具合が悪くなったか?」
千紗子はハッとした。
(また雨宮さんに心配をかけてしまう!)
千紗子が慌てて首を振ると、雨宮は「なら良かった」と眉を下げた。
「千紗子はこういう服は着ないのか?好みじゃないとか?」
千紗子を見下ろしながら雨宮が聞いた。
「いえ、嫌いではないのですが………」
答えながら自分が今着ているものを確認する。
グレーのリブニットと黒の細身のパンツ、上から黒いロングコートを着ている。足元は仕事仕様の黒いローファーだから、一言で言えば地味。
おしゃれが嫌いな訳ではないし、ファッション雑誌だってそれなりに見る。
けれど、『見て気に入る服』と『自分に合う服』が必ずしも一致するわけではないことが、この歳になって分かるようになってきたのだ。
千紗子はたどたどしく口を開いた。
「こんな可愛らしい服が似合うようなタイプじゃないので」
「そんなことないぞ。俺はこの服は千紗子に似合うと思うけどな。試しに着てみたらどうだ?」
「えっ!これを、私が?」
「ああ。このワンピースを着た千紗子を俺が見たいんだけど」
「え、あの…ちょっと無理、です」
雨宮の勢いに押されつつも、千紗子がハッキリ断ると、雨宮は残念そうに肩を落とした。
「そうか、残念だな。まぁ今は、千紗子の体調も良いとは言えないから、また次の機会にするか」
雨宮はそう言って、ショップの前からまた歩き出した。
(次の機会って……)
そんな機会が訪れることなんてもうないだろう、と千紗子は思う。
(そうよ、これ以上雨宮さんを私のことに付きあわせられないわ。この近くにはビジネスホテルもいくつかあったはず…雨宮さんが何と言っても、この後ホテルに行こう)
千紗子は心の中でそう決めると、雨宮のすぐ後ろを着いて歩いた。
「千紗子は何か欲しいものや見たいものはあるか?」
「欲しいもの……」
歩きながら雨宮に問われて、千紗子は考えた。
(ホテルに泊まる為に必要なのは下着くらいかしら………出来たらここで買っておきたいけれど、流石に雨宮さんと一緒じゃ……)
顎に手を当てて考え込む千紗子を見た雨宮が提案する。
「俺もちょっと用事があるから、少しの間別々にしようか。そうだな……十一時にそこのコーヒーショップで待ち合わせでどうだ?」
雨宮が指差した先には、よく見るチェーンのコーヒーショップがある。
「何かあったら携帯に連絡して。間違っても一人でどっかに行くなよ。もしそんなことしたら迷子放送、掛けてもらうからな」
「迷子放送……」
「ああ。『迷子の千紗子ちゃんを探してます』って放送してもらうよ」
「や、やめてください……」
想像しただけで背筋が凍るくらい恥ずかしい。
「じゃあ、勝手にいなくなったりしないこと。時間に遅れる分は構わないから、その時は連絡して」
「……はい」
千紗子が渋々頷くと、「ヨシ」と言った雨宮が、悪戯が成功した時の少年みたいな顔で笑った。
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