28 / 92
4・崩壊と甘癒
意外な告白
しおりを挟む
***
雨宮の申し出を受けた後、二人は早めの夕飯を食べることにした。
朝食べたたった一つのレーズンパンも、そのあとマンションで吐き戻してしまってから、千紗子は飲み物しか口にしていなかった。
「食べれるなら食べた方がいい」という雨宮が千紗子に用意してくれたのは、レトルトのお粥だった。
「こんなものしか用意できなくてすまない………。何か胃に優しい食べ物を、と思ったんだが、俺にはそれを作る技術がなくてな………」
テーブルの向かいに座った雨宮が、申し訳なさそうに言う。
「いえ、そんな……、私の食事のことを気遣って下さって、ありがとうございます」
正直今の千紗子には、肉体的にも精神的にも普通の食事は喉に通りそうにない。温かくてとろとろのお粥は飲みこみやすくて、少しずつだけれど食べ進めることが出来る。
「このお粥、もしかしてわざわざ買ってきてくださったんですか?」
「いや、わざわざというわけじゃない。ショッピングモールで千紗子と別れた後、食品売り場に用事があったから、ついでに買ってみたんだ」
「そうだったんですね………。ありがとうございます」
あんな時から自分の食事のことを考えてくれていたのか、と思うと千紗子は胸がほんわかと温かくなるのを感じた。
たとえ温めるだけのレトルトの食事でも、自分の為を思って用意してくれたものが、どんなに美味しいものなのかを知る。
雨宮の用意したお粥は、千紗子の体も心もじんわりと温めてくれた。
「でも、雨宮さんはこれだけじゃ足りないのではないですか?私と違って元気なのだし、男性なのでもっとしっかりと食べたほうが良いと思うのですが………」
テーブルの向かいも、千紗子と同じ雑炊の入った器がある。千紗子と違ってもう中身はほとんど残っていないが。
「ああ、俺か。俺なら大丈夫だ」
「大丈夫、ですか?」
「夜はほとんど食べないからな。いつも軽く済ませるか、仕事が遅い時は食べずに寝ることもあるし」
「えっ!」
「正直、食べることにはあまり頓着しないタイプでね。自分ではちゃんと作れないし作ることも面倒だ。もっと言うと仕事の後にコンビニやスーパーに寄るくらいなら早く帰って休みたい、と思ってしまうんだ」
「そ、そんな………」
雨宮の意外な告白に千紗子はびっくりした。
センスが良くて綺麗な部屋に住む雨宮は料理もそつなくこなすだろうと、千紗子は勝手にイメージしていたのだ。
「掃除や整理整頓、洗濯は苦にならないんだけどな、自分が食べることに興味があまりないと、どうしてもその辺がずぼらになってしまうんだ。………幻滅したか?」
情けなさそうに眉を下げた雨宮に、そう問われて、千紗子は頭をぶんぶんと左右に振った。
「幻滅、とかはしません。でも正直びっくりはしています。雨宮さんはなんでも出来そうなイメージがあったので………」
「ははっ、何でも出来るなら、俺も苦労はしないさ」
「あのっ」
千紗子は思い切って口を開いた。
「なに?千紗子」
「もし良かったら、ここでお世話になっている間、私に食事を作らせてもらえませんか?」
千紗子がそう言うと、雨宮は軽く目を見張った。
「お世話になる代わりと言ってはなんですが、ご飯の用意くらいさせてください!」
「千紗子………」
「あ、雨宮さんが私の作ったもので良ければですが…その、私自炊派なので、自分のご飯を用意しやすいですし…えっと、キッチンは汚さないように気を付けますので………」
千紗子の声はだんだん小さくなっていって、最後の方はゴニョゴニョと言っているようにしか聞こえなかったけれど、それでも雨宮の耳はその声をしっかりと捕えていた。
「だ、だめですか…?」
上目使いに雨宮を見ると、驚いた顔のまま固まっていた彼は、みるみる相好を崩した。
(うわっ、お花が咲いたみたい)
昨夜からまだ二十四時間も経っていないのに、職場では見たことのない雨宮の表情の数々に千紗子は驚かずにはいられない。
(こんな雨宮さんを図書館のみんなが見たら、彼の人気は更に凄いことになりそうだわ)
そんなことをぼんやり考えていると、テーブルの上の千紗子の左手を雨宮がそっと握った。
「きゃっ!」
「千紗子の手料理が食べれるなんて夢みたいだな」
「あの、期待していただくほどのものではないと思いますが………」
そっと左手を自分の方に引きながらそう言うと、雨宮の指が千紗子の指を絡め取るように握る。
「千紗子の手作り、ってことが大事なんだ。嬉しいけど、決して無理はしないでほしい。千紗子の体調が一番なんだからな」
笑顔を真顔に戻した雨宮に、そう諭されて、千紗子は首を縦に振るしかなかった。
雨宮の申し出を受けた後、二人は早めの夕飯を食べることにした。
朝食べたたった一つのレーズンパンも、そのあとマンションで吐き戻してしまってから、千紗子は飲み物しか口にしていなかった。
「食べれるなら食べた方がいい」という雨宮が千紗子に用意してくれたのは、レトルトのお粥だった。
「こんなものしか用意できなくてすまない………。何か胃に優しい食べ物を、と思ったんだが、俺にはそれを作る技術がなくてな………」
テーブルの向かいに座った雨宮が、申し訳なさそうに言う。
「いえ、そんな……、私の食事のことを気遣って下さって、ありがとうございます」
正直今の千紗子には、肉体的にも精神的にも普通の食事は喉に通りそうにない。温かくてとろとろのお粥は飲みこみやすくて、少しずつだけれど食べ進めることが出来る。
「このお粥、もしかしてわざわざ買ってきてくださったんですか?」
「いや、わざわざというわけじゃない。ショッピングモールで千紗子と別れた後、食品売り場に用事があったから、ついでに買ってみたんだ」
「そうだったんですね………。ありがとうございます」
あんな時から自分の食事のことを考えてくれていたのか、と思うと千紗子は胸がほんわかと温かくなるのを感じた。
たとえ温めるだけのレトルトの食事でも、自分の為を思って用意してくれたものが、どんなに美味しいものなのかを知る。
雨宮の用意したお粥は、千紗子の体も心もじんわりと温めてくれた。
「でも、雨宮さんはこれだけじゃ足りないのではないですか?私と違って元気なのだし、男性なのでもっとしっかりと食べたほうが良いと思うのですが………」
テーブルの向かいも、千紗子と同じ雑炊の入った器がある。千紗子と違ってもう中身はほとんど残っていないが。
「ああ、俺か。俺なら大丈夫だ」
「大丈夫、ですか?」
「夜はほとんど食べないからな。いつも軽く済ませるか、仕事が遅い時は食べずに寝ることもあるし」
「えっ!」
「正直、食べることにはあまり頓着しないタイプでね。自分ではちゃんと作れないし作ることも面倒だ。もっと言うと仕事の後にコンビニやスーパーに寄るくらいなら早く帰って休みたい、と思ってしまうんだ」
「そ、そんな………」
雨宮の意外な告白に千紗子はびっくりした。
センスが良くて綺麗な部屋に住む雨宮は料理もそつなくこなすだろうと、千紗子は勝手にイメージしていたのだ。
「掃除や整理整頓、洗濯は苦にならないんだけどな、自分が食べることに興味があまりないと、どうしてもその辺がずぼらになってしまうんだ。………幻滅したか?」
情けなさそうに眉を下げた雨宮に、そう問われて、千紗子は頭をぶんぶんと左右に振った。
「幻滅、とかはしません。でも正直びっくりはしています。雨宮さんはなんでも出来そうなイメージがあったので………」
「ははっ、何でも出来るなら、俺も苦労はしないさ」
「あのっ」
千紗子は思い切って口を開いた。
「なに?千紗子」
「もし良かったら、ここでお世話になっている間、私に食事を作らせてもらえませんか?」
千紗子がそう言うと、雨宮は軽く目を見張った。
「お世話になる代わりと言ってはなんですが、ご飯の用意くらいさせてください!」
「千紗子………」
「あ、雨宮さんが私の作ったもので良ければですが…その、私自炊派なので、自分のご飯を用意しやすいですし…えっと、キッチンは汚さないように気を付けますので………」
千紗子の声はだんだん小さくなっていって、最後の方はゴニョゴニョと言っているようにしか聞こえなかったけれど、それでも雨宮の耳はその声をしっかりと捕えていた。
「だ、だめですか…?」
上目使いに雨宮を見ると、驚いた顔のまま固まっていた彼は、みるみる相好を崩した。
(うわっ、お花が咲いたみたい)
昨夜からまだ二十四時間も経っていないのに、職場では見たことのない雨宮の表情の数々に千紗子は驚かずにはいられない。
(こんな雨宮さんを図書館のみんなが見たら、彼の人気は更に凄いことになりそうだわ)
そんなことをぼんやり考えていると、テーブルの上の千紗子の左手を雨宮がそっと握った。
「きゃっ!」
「千紗子の手料理が食べれるなんて夢みたいだな」
「あの、期待していただくほどのものではないと思いますが………」
そっと左手を自分の方に引きながらそう言うと、雨宮の指が千紗子の指を絡め取るように握る。
「千紗子の手作り、ってことが大事なんだ。嬉しいけど、決して無理はしないでほしい。千紗子の体調が一番なんだからな」
笑顔を真顔に戻した雨宮に、そう諭されて、千紗子は首を縦に振るしかなかった。
10
あなたにおすすめの小説
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛
冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
独占欲全開の肉食ドクターに溺愛されて極甘懐妊しました
せいとも
恋愛
旧題:ドクターと救急救命士は天敵⁈~最悪の出会いは最高の出逢い~
救急救命士として働く雫石月は、勤務明けに乗っていたバスで事故に遭う。
どうやら、バスの運転手が体調不良になったようだ。
乗客にAEDを探してきてもらうように頼み、救助活動をしているとボサボサ頭のマスク姿の男がAEDを持ってバスに乗り込んできた。
受け取ろうとすると邪魔だと言われる。
そして、月のことを『チビ団子』と呼んだのだ。
医療従事者と思われるボサボサマスク男は運転手の処置をして、月が文句を言う間もなく、救急車に同乗して去ってしまった。
最悪の出会いをし、二度と会いたくない相手の正体は⁇
作品はフィクションです。
本来の仕事内容とは異なる描写があると思います。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる