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第五話【優しさ香るカフェオレ】迷い猫に要注意!
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白猫を追いかけ、細い道を走る。美寧に追われた猫は、路地の奥へ奥へとスルスルと潜り抜けながら走っていく。
その後姿をしばらく追っていたが、とうとうどこに行ったのか分からなくなってしまった。
「はぁはぁっ……」
猫の姿を見失ってしまった美寧は、立ち止まり荒い息をつく。額に汗が滲んだ。
(久々にこんなに走ったかも……)
ここ二週間ずっと怜の家に籠りっきりの生活を送っていた美寧には、ほんの数分走っただけでもきつい。
大通りから外れた路地にはアーケードはない。美寧の肌を初夏の陽射しが容赦なく照りつけた。
(あ……くらくらする)
立ち止まった瞬間噴き出した汗が額を伝う。暑いはずなのに寒気がした。
足元がふわふわとして立っていられず、その場にしゃがみ込んでなんとかやり過ごそうとするが、視界が揺れ段々と気分が悪くなってきた。
(せめて日陰に……)
このまま太陽の下にいるのは良くないと本能的に悟って、どこか日陰に入らなければと思うが、太陽が真上近くまでのぼりかけている今、影は短い。しかも立ち並ぶ店の裏手側なので、軒下もほとんどなかった。
(だれか……)
助けを呼ぼうにも運悪く誰もいない。携帯電話などは端から持っていないし、もしあったとしても掛ける相手もいない。この街には知り合いと呼べる人はおらず、唯一頼ることが出来る人は、今は離れた場所で仕事中だ。
そうしているうちに本格的に具合が悪くなってしまった美寧は、道端に座り込んだまま動けなくなってしまった。
半分くらい意識が遠ざかりかけたその時、美寧の頭上から低い声が降ってきた。
「こんな所に座って、どうかしたのか?」
声の方を振り仰ごうと頭を回したら、視界も一緒に回った。
「お、おいっ!大丈夫か!?」
焦ったような声が耳に入ったが、美寧は返事することが出来ずその場にうずくまった。
「具合が悪いのか?」
「気分が……」
額にあぶら汗を滲ませながらなんとかそれだけ答えたが、辛くてそれ以上は無理だった。
美寧は苦悶に眉間を寄せたその時、美寧の目の前に大きな背中が現れた。
「乗って」
背中を差し出した主が言う。
「あの……」
「具合が悪いんだろう?すぐのところにある俺の店で休んでいきなさい。連れて行ってやるから乗るといい」
「…………」
そう言われたけれど、知らない男性の背中に乗ることなんて出来ない。
黙ったまま動かない美寧に痺れを切らしたのか、その人は背中を差し出した姿勢のまま美寧の方に振り返った。
目に映ったその男性は、まさに“色気のある大人の男性”。
口と顎には短く整えられたひげ。落ち着いた茶色い髪を右側に髪を盛って長く伸ばし、サイドは短くすっきりとしている。
怜よりは幾分年上に見えた。
彼は垂れ気味のくっきりとした二重の瞳でじっと美寧を見つめた後、厚めの唇を開いた。
「背中に乗るのが無理なら、もう救急車を呼ぶしかないな」
「きゅ…救急車……」
それは困る。
救急車などに乗せられた暁には、きっともうここには戻れない。
美寧はおずおずと目の前の背中に体を預けた。
「ここに横になりなさい」
美寧をソファーの上に下ろすと、その男性は店の奥へ入っていった。
言われた通りにソファーに横になった美寧の視界に、自然と店内の様子が入ってくる。
(ここは……喫茶店?)
店は閉店中のようで誰もおらず静かだ。電気は付いていないが、出窓から入ってくる陽射しで十分明るい。
ミネが横になっている場所から二つのテーブル席とカウンター席が見える。喫茶店としては小さい方かもしれない。
ぼうっと上を見つめていると、天井に取り付けられているシーリングファンが回り始めた。
「さ、これを飲んで」
戻ってきた男性が美寧にグラスを差し出す。起き上がってそれを受け取ると、美寧はグラスに口を付けた。
ゴクゴクとグラスの中身を飲む。喉を冷たい感触が落ちていき、スーッと体に浸み込むような感覚があった。
「熱中症の初期症状だな」
空になったグラスを受け取りながら、彼はそう言った。
「お代わりを持ってくる」
背の高い後姿を見送りながら、美寧はさっきより少し体が楽になったことに気付いた。
(熱中症……)
確かに今日はとても暑い。出掛ける前に見た天気予報では、最高気温が三十度以上の真夏日になるだろうと言っていた。
(天気予報のお姉さんも『熱中症にお気を付け下さい』って言ってたかも……)
それなのに帽子も被らず歩き回ったうえ、最後は炎天下でのダッシュ。しかも病み上がり。
熱中症になる要素が三拍子揃っている。
(私のばか……)
ついこの前、倒れていたところを怜に助けてもらったばかりなのに、また同じような失敗をしてしまった自分が情けなくて、美寧は落ち込んだ。
その後姿をしばらく追っていたが、とうとうどこに行ったのか分からなくなってしまった。
「はぁはぁっ……」
猫の姿を見失ってしまった美寧は、立ち止まり荒い息をつく。額に汗が滲んだ。
(久々にこんなに走ったかも……)
ここ二週間ずっと怜の家に籠りっきりの生活を送っていた美寧には、ほんの数分走っただけでもきつい。
大通りから外れた路地にはアーケードはない。美寧の肌を初夏の陽射しが容赦なく照りつけた。
(あ……くらくらする)
立ち止まった瞬間噴き出した汗が額を伝う。暑いはずなのに寒気がした。
足元がふわふわとして立っていられず、その場にしゃがみ込んでなんとかやり過ごそうとするが、視界が揺れ段々と気分が悪くなってきた。
(せめて日陰に……)
このまま太陽の下にいるのは良くないと本能的に悟って、どこか日陰に入らなければと思うが、太陽が真上近くまでのぼりかけている今、影は短い。しかも立ち並ぶ店の裏手側なので、軒下もほとんどなかった。
(だれか……)
助けを呼ぼうにも運悪く誰もいない。携帯電話などは端から持っていないし、もしあったとしても掛ける相手もいない。この街には知り合いと呼べる人はおらず、唯一頼ることが出来る人は、今は離れた場所で仕事中だ。
そうしているうちに本格的に具合が悪くなってしまった美寧は、道端に座り込んだまま動けなくなってしまった。
半分くらい意識が遠ざかりかけたその時、美寧の頭上から低い声が降ってきた。
「こんな所に座って、どうかしたのか?」
声の方を振り仰ごうと頭を回したら、視界も一緒に回った。
「お、おいっ!大丈夫か!?」
焦ったような声が耳に入ったが、美寧は返事することが出来ずその場にうずくまった。
「具合が悪いのか?」
「気分が……」
額にあぶら汗を滲ませながらなんとかそれだけ答えたが、辛くてそれ以上は無理だった。
美寧は苦悶に眉間を寄せたその時、美寧の目の前に大きな背中が現れた。
「乗って」
背中を差し出した主が言う。
「あの……」
「具合が悪いんだろう?すぐのところにある俺の店で休んでいきなさい。連れて行ってやるから乗るといい」
「…………」
そう言われたけれど、知らない男性の背中に乗ることなんて出来ない。
黙ったまま動かない美寧に痺れを切らしたのか、その人は背中を差し出した姿勢のまま美寧の方に振り返った。
目に映ったその男性は、まさに“色気のある大人の男性”。
口と顎には短く整えられたひげ。落ち着いた茶色い髪を右側に髪を盛って長く伸ばし、サイドは短くすっきりとしている。
怜よりは幾分年上に見えた。
彼は垂れ気味のくっきりとした二重の瞳でじっと美寧を見つめた後、厚めの唇を開いた。
「背中に乗るのが無理なら、もう救急車を呼ぶしかないな」
「きゅ…救急車……」
それは困る。
救急車などに乗せられた暁には、きっともうここには戻れない。
美寧はおずおずと目の前の背中に体を預けた。
「ここに横になりなさい」
美寧をソファーの上に下ろすと、その男性は店の奥へ入っていった。
言われた通りにソファーに横になった美寧の視界に、自然と店内の様子が入ってくる。
(ここは……喫茶店?)
店は閉店中のようで誰もおらず静かだ。電気は付いていないが、出窓から入ってくる陽射しで十分明るい。
ミネが横になっている場所から二つのテーブル席とカウンター席が見える。喫茶店としては小さい方かもしれない。
ぼうっと上を見つめていると、天井に取り付けられているシーリングファンが回り始めた。
「さ、これを飲んで」
戻ってきた男性が美寧にグラスを差し出す。起き上がってそれを受け取ると、美寧はグラスに口を付けた。
ゴクゴクとグラスの中身を飲む。喉を冷たい感触が落ちていき、スーッと体に浸み込むような感覚があった。
「熱中症の初期症状だな」
空になったグラスを受け取りながら、彼はそう言った。
「お代わりを持ってくる」
背の高い後姿を見送りながら、美寧はさっきより少し体が楽になったことに気付いた。
(熱中症……)
確かに今日はとても暑い。出掛ける前に見た天気予報では、最高気温が三十度以上の真夏日になるだろうと言っていた。
(天気予報のお姉さんも『熱中症にお気を付け下さい』って言ってたかも……)
それなのに帽子も被らず歩き回ったうえ、最後は炎天下でのダッシュ。しかも病み上がり。
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