いつかの白のお姫様

由井

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一章

夜明け

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 夜は覚めぬ 陽は昇らぬ

 月は眠り、陽は枯れた

 闇に輝く 銀の髪

 見つめる先は金の鏡の向こう側

 願いは終わり、誓いは朽ちた


 さぁ、これにて物語はおしまい。


 ※※


 お姫様が最後にお妃様と話した夜、月は空へと還った。
 その報せを聞いたのは、空が白み始めた頃でした。お姫様は報せを聞き終わらぬうちに、お妃様の塔へと走っていました。けれど辿り着いた塔には守りの兵どころか、人の気配もせず夜には確かにあった生い茂った蔦もなく、お姫様の知っていた暖かかった場所でも一夜だけ目にした闇の塔でもありませんでした。お姫様は蔦のない扉をそっと開け、中へと入りこみお妃様の部屋を目指して昇りました。階段は明かりもなく、陽もさほど差し込むことはなくひんやりとしておりました。そんな薄暗く寒い塔の中、差し込む光の漏れ出るお妃様の部屋へと入った彼女の目に飛び込んできたのは一枚の鏡でした。

 あの夜、お妃様が話しかけていた金の大きな姿見は王妃様のいない空間に静かに残されておりました。
 そんな鏡にお姫様は怯えていた自分を忘れ、問いかけていました。

 「鏡よ、鏡。教えて頂戴…お母様は、いったいどこにいらっしゃるの?」

 鏡に映るお姫様の頬に、雫が流れました。

 【あぁ、御可哀相な姫君。哀れな人の子は月の晩に闇へと落された、気高く優しく聡明な彼女の宝物を守るために。】
 
 鏡には真っ白な、どこかお妃様に似たモノが立っておりました。
 お姫様はそっと後ろを振り返りましたが、そこにソレが立っていることはありませんでした。しかし彼女は驚くことなく、鏡へ向き直りました。

 「あの晩、私が再び塔を追い出され今に至るまでにお母様に何があったのか、貴方は知っているかしら?」

 お姫様は涙の滲む瞳で、鏡を強く見つめました。

 【えぇ、えぇ。知っていますとも、見ていましたとも。ワタシは視ること、見つめることしか出来ない鏡。約束終えるその瞬間まで、彼女をしかとみつめておりましたとも。けれども、約束は終えても残る誓い貴女にワタシの見たものを伝える訳には参りません。】

 鏡に映るモノは顔を歪ませ、大げさに見える手振りで答えました。
 
 「そう、だったら私は貴女に≪対価≫を払います。」

 お姫様の言葉に鏡は、目を見開き驚いたかのようにでも何処か楽しげに声をあげました。

 【これは素晴らしい、なんと愚かなことか。彼女の願いを無下にして、お前は一体何様になるつもりなのか! けれども私は所詮鏡、見ることうつすことしか出来はしない。そんな私に何をくれるというのか聞いてさしあげよう。】

 「私の物はこの身一つしか持っていないの、でもこの中で貴方が望むもの心臓ハートでも魂でもそのどちらであったとしても何でも持っていって構わない。ただしその対価に私に真実と力を、世界の終焉を見届けるだけの力が欲しいわ。」

 溢れ出る涙をそのままに、それはそれは美しく微笑んだお姫様は力強く願いました。

 【ならば、貴方のを頂こう。お妃様によく似た夜空色の漆黒、お妃様の月に対になる太陽のような黄金、お妃様から生まれた甘い果実のような赤、お妃様からの最初の愛である名それら全てを頂こう。しかし色を失った貴女は、ではなくなってしましますが、それでも構わないと?】

 鏡は白く濁り始め、お姫様の姿を隠していきました。

 「そんなものお母様に比べたら、何の価値もないものです。私はお母様のお姫様であり続けたかった、お母様の傍でなら何であっても喜べた。今はそんなものなど意味はないわ、私は私のを放棄いたします。」

 鏡から白が形を持っていく、鏡に映る白の姿はお妃様によく似た銀の髪に透き通るほど白く真っ赤な目をした、お姫様だった姿。

 「あぁ、あの時の姿は私だったのですね。これをみて、私は怖くなったのですね。未来を視たのは、私だったのですね。これは願いの姿なんかじゃないわ、呪いをかける魔女の姿見。鏡よ、鏡どうか最後まで視ていてください、この物語の果ての姿を。」

 真っ赤な瞳に、涙はなかった。
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