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3巻
3-1
しおりを挟むサンファン王国は、マウリシア王国の南部に位置する国である。
やや東西に長い海洋国家で、国土の南半分は、暑い亜熱帯に属していた。
水産業と海運業が盛んである反面、農業生産力には乏しく、穀物の大半をマウリシア王国からの輸入に依存している国でもある。
基本的にマウリシア王国との関係は良好であり、逆に、同じ海洋国家の隣国であるトリストヴィー公国との関係は悪い。
しかも近年は、内戦の続くトリストヴィー公国から政治難民が多数流入して、大きな社会問題になりつつあった。
そんなサンファン王国の大使に、マウリシア王国史上でも稀に見る若さで任命されたのが、バルド・コルネリアスである。目的はもちろん、サンファン王国に恩を売り、両国の関係を強化することに尽きる。
「もう少し軽装にしておけば良かったかな……」
汗ばんだ胸元を手のひらで扇ぐようにして、バルドは呟く。
マウリシア、サンファン両王国の境にあるピレル山脈を越えたあたりから、蒸し暑さが倍増したような気がする。
基本的に、前世(日本)も現世(マウリシア王国)も温帯――四季のある国で生活していたバルドにとっては、この不快指数の高い、身体にまとわりつくような暑さは厳しい。
額の汗を、セリーナに贈られた白いハンカチで拭ったバルドは、三日前、涙ながらに恋人たちに王都で見送られた場面を思い出していた。
まるで、セリーナの香りがハンカチから漂ってくるような、そんな気がした。
ほとんど家族のように暮らしていたセイルーン、あるいは親友のように接してきたセリーナの二人が相手とはいえ、立場が変われば気持ちも変わる。
晴れて恋人という関係になった以上、バルドを含めた三人は、いろいろと変化を許容しないわけにはいかなかった。それはもう、本当にいろいろと。
「あ、あの……セイルーン、と呼んでいただけますでしょうか?」
「も、もちろんだよセイねえ……セイルーン」
もじもじと恥ずかしがるように、上目遣いでおねだりをしてくるセイルーンを、いったい誰が責められようか。
つられてバルドの頬も赤く染まってしまうのは、ご愛嬌である。
「それでは、わた、私も……だ、旦那様とお呼びしたほうがよろしいでしょうか……?」
「ホワッツ?」
なんの羞恥プレイだと思いつつも、旦那様という呼び名には、何とも言えぬ官能的な甘い愉悦の響きを感じることも、また確かであった。
「……セイルーンがそれでいいなら……」
「だ、旦那様!」
「セイルーン……」
「旦那様……」
「自分らええかげんにしいやっ!」
濡れた瞳で見つめ合い、際限なくバカップルぶりを見せつけるバルドとセイルーンの二人に、横合いから鋭い突っ込みが飛んだ。
控えめに見ても今のバルドとセイルーンは、人目もはばからずイチャつきあう、頭の悪そうなバカップルそのものである。
ここでセリーナは年長者として、節度ある付き合い方というものを見せてやらなくてはならなかった。
そう、いくら恋人同士といえど、毅然としてこちらからバルドをリードしてやらなくては――。
「セイルーンが旦那様なら、うちは何て呼べばええやろなあ……?」
そう言いつつ、セリーナはもたれかかるようにして、バルドの肩に胸を押し付ける。
たわわな果実が肩に押されてぐにゃりと形を変える感覚に、バルドは沸騰したように赤面し、セイルーンは不機嫌そうに眉をひそめた。
「…………そういえば、セリーナにお願いしたいことがあったんだけど」
「バルドのお願いか……なんでも言ってや?」
「せっかく恋人同士になったことだし、耳だけじゃなく尻尾もモフモフしていいよね?」
「ふにゃっ!?」
自分からリードするという意気込みもどこへやら。
首筋まで真っ赤に染まって、たちまちカチコチに固まってしまったセリーナは、フサフサな毛並みの尻尾を、お尻ごとバルドに向かっておずおずと差し出した。
「ら、乱暴にしたらあかんで……?」
「万事お任せを」
夢にまで見たセリーナの尻尾に、爛々と目を輝かせたバルドは、髪をすくように指を通していく。
こげ茶と白の入り混じったセリーナの尻尾は、耳とは違った艶と、いつまでも触れていたくなるような、魅惑的な触感に満ちていた。
「すごい……フワフワだ……たまらん」
丁寧に丁寧に撫で続けるバルドの指が、セリーナの敏感な部分に触れたのか、悶えるような声が漏れ始め、その声の甘さがバルドの加虐心を刺激した。
「んんっ!」
「ひゃうっ!」
「うくううぅ!」
耐えようにも耐えきれぬという色っぽい声が、断続的にセリーナの唇から零れ落ちる。
本人は声を出すまいと口に手を当てているのだが、まったく役に立っていない。
そのあまりの悩ましい様子に、バルドは鼻息も荒く、さらに尻尾の硬くなった根元をいじめようとするが……。
「――ええかげんにせんかいっ! この女の敵!」
「お仕置きです! バルド様!」
般若と化した二人に正座させられたバルドは、至福の時間を奪われ、長い長い説教を聞かされる羽目となったのだった。
(もう一度、あの尻尾をモフモフしたかった……)
「鼻の下が伸びてるぞ、バルド」
「せめて思い出に浸る時間くらいくれよ!」
傍らにいた友人ブルックスの容赦のない突っ込みに、バルドは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
当たり前ではあるが、マウリシア王国を代表してサンファン王国に向かう使節のメンバーは、バルドだけではない。
友人であるブルックスとテレサの他に、紅炎騎士団から二名の正騎士と、バルドの補佐として宮廷書記官のオリバーが随行している。
バルドがオリバーから聞いたところでは、予想していた以上に、サンファン王国では難しい政治的判断を強いられるようだ。
あの腹黒いウェルキン国王でなければ、間違ってもバルドのような少年を、親善大使に起用しようなどと思わなかったに違いない。
通常、今回のような外交的問題への対処には、経験がものを言うからだ。
今のサンファン王国において、政治的に一番大きな問題は、何と言っても王位継承権第一位であった第一王子のアブレーゴが、疫病で死んでしまったことであった。
順当にいけば第二王子のフランコが次代の王に就くべきなのだが、フランコは第二王妃との間に生まれた子供であり、第三王子ペードロが第一王妃の子供であることから、新たな王太子の地位を巡って、二人の権力闘争が激化しているのだそうだ。
すなわち、バルドの提供する疫病対策用の技術を手中に収めた者が、王位に一歩近づくという事態も十分に考えられるのだった。
「やれやれ……」
おそらくはあの国王、最初から知っていやがったな。
嘆息とともにバルドは思う。
サンファン王国に恩を売るのはよい。が、負け組に恩を売っても、それは骨折り損のくたびれもうけというものだ。
いったい誰に恩を売るべきか――バルド自身の安全保障にも大きく影響する問題であった。
恐ろしいことだが、ウェルキンはバルドに、サンファン王国に恩を売るばかりでなく、さらに一歩進んで後ろ盾につけよ、と言外に唆している。
功績と地位に加え、サンファン王国と太いパイプを持てば、マウリシア王国内でバルドに嫉妬する貴族や、敵対視する官僚たちも、さすがに直接手出しすることを控えるだろう。
国際関係というのは、国内でしか力を発揮できない官僚にとって、鬼門に等しい。
もっともその心配は、ウェルキンがバルドの母、マゴットの恐ろしい影響力を知らないゆえの、取り越し苦労に過ぎないのだが。
「もうしばらく学生を楽しんでいたかったなあ……」
そして余計なしがらみもなく、金を稼いでいたかった。
(もう、夢の金風呂を実践するのも余裕なほどに、資金は溜まってるんだけどなあ……)
ようやく見え始めたマラガの街――王都カディスへの中継地――から、一筋の砂塵が上がるのが見えた。
数人の騎士らしい男たちが、騎馬でこちらに向かって近づいてくる。
赤銅色の肌に特徴的な極彩色の兜飾り、間違いなくサンファン王国の正騎士の軍装であった。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
バルドは失われた素晴らしき日々への思いを脇へと追いやり、ブルックスに目配せをすると、使節の全員を停止させた。
少なくとも友好的な相手であることを祈りながら。
「ようこそ、我がサンファン王国へ。心より歓迎申しげます」
マラガで一行を迎え入れたのは、この街の太守であるロドリゲス・デ・ベガであった。
若々しい風貌だが、頭には白いものが交じった五十代がらみの偉丈夫で、もともとは武官だった経験もあるらしい。鍛え上げられた身体は、まだ堂々たる筋肉の鎧を残していた。
マラガと言えば、サンファン王国にとっては王都カディスに次ぐ巨大都市であり、数少ない穀倉地帯で、代々の太守は王国内で重い地位を担う重鎮が務める。
しかし、そんな地位をまったく鼻にかけないロドリゲスの態度に、バルドは好感を抱いた。
「過分なお出迎え感謝いたします。私は大使バルド・セヴァーン・コルネリアス男爵と申す者、なにとぞよしなに」
バルドの口上に面食らったように、ロドリゲスの表情が歪むのがわかる。大方、年配のオリバーのほうが大使であると考えていたのだろう。
確かに、普通は十四歳の子供が大使とは考えない。
「……コルネリアス殿と申されましたか?」
しかしロドリゲスの反応した意味は、バルドの予想とは違っていた。
彼にとって重要なのは、バルドが大使かどうかではなく、コルネリアス家の人間であるということらしい。
「はい、コルネリアス伯爵家の長子でもあります」
おお、という言葉にならぬ声が、ロドリゲスの口から漏れる。
どこか懐かしむような哀しむような……そんな複雑な表情をしたロドリゲスは、改めてバルドを見た。
見事な銀髪に意志の強そうな眼光、整った鼻筋と凛々しさと艶やかさを兼ね備えた口元は、ロドリゲスの知るとある女性を思い起こさせるには十分だった。
「マゴット殿はご息災ですか?」
「――母をご存じで?」
あまりに意外な取り合わせに、バルドは思わず目を見張った。
目の前の偉丈夫と、あの傍若無人を絵に描いたような母との接点が、まったく思い当たらなかったからである。
「実はマルマラ海での海賊討伐の際、マゴット殿には命を救われた恩がありましてな。是非この国で士官して欲しいと頼んだのですが……まさか伯爵夫人になられるとは思いも寄りませんでした」
(こんなところまで来て、何をやっているんですか、お母様……)
今さらながらに思い知らされる、母の規格外ぶりであった。
あの母のことだ。海で戦ったら面白そう、とかいう興味本位の理由で、嬉々として参戦したに違いなかった。
「……本来水戦というものは、不安定な船上で戦われるために、歴戦の傭兵でもなかなか使い物になりません。あの時、地の利を得た海賊に海流の流れを読まれた私は、艦隊を分断され集中攻撃を受け、死を覚悟したものでした。マゴット殿が〝銀光〟の名とともに、勝利の栄光を連れてきてくれるまでは」
懐かしそうにロドリゲスは目を細めた。
果たしてその瞳の色にあるのは憧憬か畏敬か、はたまた好意か。
「私は生涯忘れることはないでしょう……あの海原に煌めく、銀の光の乙女の雄姿を……」
どうやらロドリゲスの話を総合すると、旗艦に乗船していたロドリゲスが集中攻撃を受け、海賊たちが船に乗り込んできて白兵戦になったらしい。
衆寡敵せず乗組員の半数が戦死し、ロドリゲスも死を覚悟したところに、味方の船から乗り移ってきたマゴットが、たった一人で海賊を殲滅してしまったようだ。
グラグラと激しく揺れる船上で、マゴットはまるで宙を飛ぶように、いや、実際にほとんど宙を飛んで戦っていたとか。
あまりの速さに、ロドリゲスにはマゴットが甲板を走るというより滑空しているようにしか見えなかったという。
本気で母が人間なのか疑ってしまう、薄情な息子であった。
「マゴット殿のご子息とあらば、私にとって恩人の子息。我が力でお役に立てることなら何なりとおっしゃっていただきたい」
「こうして出会ったのも何かの縁というものでしょう。よろしければ忌憚ないところをお聞きしたいのですが……アブレーゴ王子の後継は、いかな情勢でありましょうか?」
ロドリゲスは楽しそうにニヤリと嗤った。
目の前の少年にどの程度の知識があるものか、興味を抱いたらしい。
「私の立場はご存じで?」
「第二王妃とは従兄妹のご関係にあられるとか。縁からいって第二王子を支持すべき、とは存じ上げております。しかしそれと第二王子が優勢であるかどうかは、関係のないことでございましょう」
「私が嘘を申し上げるとはお考えにならないので?」
「――簡単に見抜ける嘘をおつきになれば後で後悔することになる、とだけ申し上げておきましょう。それにサンファン王国人としては、下手に他国の介入を許したくはございますまい」
バルド――すなわちマウリシア王国としては、次代の王位継承者と友好な関係を結ぶことが大切なのであって、決してマウリシアの主導で王位継承者を決めるようなことを望んでいるわけではない。
また当然サンファン王国としても、あまりマウリシア王国に借りを作るようなことを望んではいないはずであった。
「それでは私も、バルド殿を見込んで忌憚ないところを申し上げましょう……第二王子フランコ殿下はその識見と能力において、間違いなく第三王子ペードロ殿下に勝っております。しかし残念ながら彼は即位を望まないでしょう」
「フランコ殿下は王位を望んでいない、と?」
「少なくとも母后エレーナ殿ほどには。その理由までは存じませんが」
おそらく、血縁関係のあるロドリゲスだからこそ聞き出せた情報であろうことは、想像に難くない。
こんな話が一般に知られているなら、とっくに王太子レースには決着がついているはずだからである。
そんな情報をあっさりと提示してくれたロドリゲスに、バルドは感謝すると同時に、戦慄と凄みを感じるのだった。
フランコが王位レースに敗れれば、血縁のあるロドリゲス自身も冷や飯を食わされる可能性すらあるというのに。
あるいは、フランコを王位から遠ざけてやりたいというのが本心なのか?
どうやらこれから先、常に高度な情報収集と政治的判断が要求されそうな気配に、バルドは諦念に近い感情を抱いた。
(やっぱり、平穏無事に大使を務め終えられるはずなんてないよね……)
ここでバルドは、フランコではなくペードロを支援すべきなのか、とは聞かなかった。
それを決定するべきは他国の人間ではないし、そもそもできうる限り迂闊な介入は避けるべきであるからだ。
ロドリゲスがこれだけの情報を教授してくれたのは、たとえどんな思惑があるにせよ、好意の表明に他ならない。これ以上情報を求めたり、余計な詮索をしたりすれば、彼のバルドに対する評価を落とし、最悪の場合、敵に回すことすらあるだろう。
「貴重な情報を感謝いたします。このご恩は忘れません」
「いやいや、マゴット殿に救われた恩に比べればお恥ずかしい程度のもの。どうぞお気になさらずに」
そう言ったロドリゲスは、にこやかな表情を保ちつつも、内心では舌を巻いていた。
ロドリゲスを完全に信用するわけでもなく、かといって敬意を失うわけでもない――情報と向き合い自らの立場を踏み外さない分別は、到底少年のものとは思われない。
見た目はまだ十四歳の少年でも、その中身はほとんど別物と考えるべきだろう。
思えば母のマゴットも、バルド以上に規格外な人物であった。
(……さて、行く先々で厄介事を呼び込む体質は、母上に似ていないとよいのだがな。彼自身のためにも……)
もしバルドが聞いていたら、その身に流れる血の不幸に涙したかもしれない。
そんなことをロドリゲスが考えているとも知らずに、バルドは乾いた喉に果実酒を流しこんでいた。
地下水で冷やした果実酒は、まるで旱天の慈雨のように、蒸し暑さで疲れた身体に沁みた。
「やったわ! 神は私をお見捨てにならなかった!」
サンファン王国の第二王妃であるエレーナは、王太子アブレーゴの突然の横死に、快哉を叫ばずにはいられなかった。
第一王妃マリアの生んだ長子が存命であれば、長子相続の原則は動かしようもないが、それが死ねば、第二王子である息子フランコが王位に就くのは当然である。
家臣のなかには、マリアの生んだ第三王子ペードロをこそ王位に就けるべきであるという輩もいる。しかし、マジョルカなどという小さな島国の王女だったマリアには、サンファン王国に確固たる政治基盤がない。
エレーナの息子であるフランコを支持する家臣の数は、彼女がサンファン王国の有力な大貴族の令嬢であるだけに、ペードロ派よりも多かったのだ。
三十路を迎え、少し衰えが目立ち始めた肌を興奮で赤らませて、エレーナは嗤う。
「思い知るがいいマリア……たかが海賊の小娘の分際で……この私に恥をかかせたことを!」
本来、国王カルロスの伴侶として、最初に婚約を交わしたのはエレーナのほうであった。
内陸の大都市コルドバの太守を父に持つ少女時代のエレーナは、自分こそが后として、カルロスの隣に立つのだということを疑いもしなかった。
しかし海外貿易を経済の柱とするサンファン王国が、度重なる海賊の被害に堪りかねて、南部に位置する島国、マジョルカ王国との同盟を選択すると、エレーナの立場は暗転した。
カルロスの妻として、マジョルカ王国の王女マリアが迎えられたことにより、幼いころから皆にかしずかれてきたエレーナは、第二王妃の地位に甘んじなければならなくなったのである。
吹けば飛ぶような小国であるマジョルカの王女ごときが、自分よりも立場が高いだけでなく、その息子がこのサンファン王国の王位を継ぐのだという事実に、どれだけの絶望と憤怒を覚えてきたことか。
――もはや我慢せぬ。
アブレーゴが死んだ以上、たとえどのような手を使ってでも、我が子フランコを至尊の座に就かせ、あの女の鼻を明かしてくれる。
ただ気がかりなのは、後ろ盾としてもっとも期待していた父の従兄弟でもある宰相ホアンが、あの流行病で亡くなってしまったことだ。
そればかりか知り合いの貴族も幾人かが病死しており、宮廷の勢力図にやや混乱が見られた。
危うく自分や、かけがえのない息子まで流行病に感染する危険があったのである。
まったく忌々しい。本当にあの女の血筋は余計なことしかしない。
「待っているのですよ、フランコ。あなたに相応しい地位を、この母が用意して見せますからね」
燃えるような赤毛をかきあげて、エレーナは嫣然と微笑んだ。
サンファン王国の王都カディスは、天然の良港を抱えた巨大港湾都市であり、トリストヴィー公国が内戦によって保有船舶量を激減させた今、大陸でも有数の貿易取扱い高を誇っていた。
巨大な城壁が、二重に街の外周を取り巻いており、その長さは三十キロを上回る。
造りは違えど、マウリシアの王都キャメロンと同じく、難攻不落な都市だった。
つくづく世界は広い、という感想を抱きながら、バルドは城門で立哨する騎士に向かって声をかけた。
「バルド・セヴァーン・コルネリアス男爵であります。マウリシア王国大使として参りました。陛下にお目通りを賜りたい」
「……しばしお待ちくださいませ」
門衛の騎士は丁重に頭を下げ、同僚とともに踵を返した。
ガチャガチャと鎧の金属音を響かせて、大柄な二人の騎士が消えると、平衛士であろう数人の兵士が残される。
どうやらロドリゲスから連絡がいっていたらしく、迎えが来るまでにそれほどの時間はかからなかった。
「――ご案内を仕る。私は王宮警護隊の騎士セパタ・サルミエントと申す者。どうぞこちらへ」
門衛の騎士を引き連れて現れたのは、身長二メートルを超えようかという巨漢だった。
引き締まった均整のとれた身体つきをしており、彼がサンファン王国でも有数の強者であることは、数々の傑出した戦士と向き合ってきたバルドにとっては明らかだった。
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