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第二章 いつもどおりの春はこない
第二章 いつもどおりの春はこない ②
しおりを挟む「俺受験あるし……模試悪かったから、勉強しないと」
「私だって、放課後予備校だよ!」
「そうそう、大変なのは一人だけって思ないでよ」
互いが互いに、受験や部活、その他もろもろ。理由を付けてはその役割を押し付けられるのを寸でのところでかわしている。不毛なやり取りだと思いながら眺めていると、最前列に座っていた男子が手をあげた。
「俺、やるよ」
「え? いいの、三原? お前受験は?」
「みんなみたいに立派なトコ受けないし、名前書けば行けるっていうガッコウ行くつもりだから暇なの」
「まじか、お前が良いって言うなら……」
押し付ける相手が無事に決まったようだ。クラスメイトには興味のない俺でも、あいつのことはよく知っている。三原友次郎、試験の成績は下から数えた方が早く、僕と同じように進藤からお節介を焼かれている問題児。話すこともいつもバカらしくて、つるみたいとも思わない奴。
「でも、三原だけじゃ不安じゃね? 誰か頭いいやつとか……」
「頭いい奴ほど勉強忙しいんだよ」
「三年になると、やっぱりねぇ」
「一人、適任がいるぞ」
教室の後ろで進行を見守っていた進藤が、クラス中に聞こえるほどの大きな声でそう言った。その視線は、僕の方を向いている……嫌な予感しかしない。
「ほら、野々口。いい機会だからお前がやれ」
やっぱり、悪い予感だけはすぐに当たる。僕はそれを無視しようとするが、最前列に座っていたはずの三原が、いつの間にか目の前に立っていた。
「よろしくな、野々口! 一緒に頑張ろうぜ!」
三原が差し出す手を、僕は見ないふりをした。……しかし、その場しのぎで取り繕うことができるほど、三原は甘くなかった。放課後帰ろうとした瞬間、強く腕を掴まれる。
「……何?」
「会議やろうぜ!」
「何の?」
「決まってんだろ~? ペットボトルロケットの作戦会議、他のクラスよりもすげー飛ぶ奴作ってやろうぜ!」
「あほくさ」
「まあまあ、そういうこと言わずに……まずは図書室で資料集めかな? 俺作り方知らねーもん! ほら、行こうぜ!」
腕を掴まれたまま、図書室まで引きずられていく。この無理やり人を巻き込もうとする感じ、進藤そっくりだと僕は大きくため息をついた。
図書室に着いたはいいが、肝心のペットボトルロケットに関する本は一冊残らず全て借りられてしまった後だった。
「ごめんね、他の三年生の子たちが一気に借りて行っちゃって……もう残ってないの」
「あれま」
司書の言葉に、三原はあんぐりと口を開ける。
「どうしよっか……ネットで調べるのもいいけど、俺今オカンにスマホ没収されてんだよね。野々口は?」
「持ってない」
嘘だ。スマホ持っていると言うと、すぐに「連絡先教えて欲しい」と聞かれる。猥雑な人間関係はできうる限りシャットアウトしたい僕は、スマホの有無を聞かれるたびにそう答えるようにしていた。
「そっか~、どうするかな。これじゃ俺らのクラスだけ出遅れることになるし」
「町の図書館に行ってみたらどう?」
「町の?」
「ええ」
早く三原から解放されたいのに、この図書司書は余計な事を言ってくれる。司書はプリントの裏側に、さらさらと地図を描いた。
「私の友達が働いている図書館なんだけど、ここならきっとあると思うの」
「マジすか! じゃ、さっそく行ってみます! ……ほら、行くぞ野々口!」
またもや、拒否権は奪い去られてしまっていた。
学校の図書司書が言っていた図書館、その前で自転車を停める。僕には、その建物に見覚えがあった。
「【子ども図書館】……」
「何? 野々口知ってんの?」
「まあ、ちょっと」
「早く行こうぜ! 本取られちゃうかも」
慌ただしく建物の中に入っていく三原の背中を見ながら僕はため息をついた。そして牛よりも遅い足取りで続くように【子ども図書館】に入っていく。僕がその中に入ったとき、三原は司書にペットボトルロケットの作り方が書いてある本の場所を聞いていた。そこから視線を逸らすと、カウンターに置かれていたあのグリーンのノートが目に入った。思わず手に取って、ノートを開く。心のどこかでまだ、あの『自分の本当にやりたいことをやりたい』と悩んでいたあの言葉の主の事が、気になっていたのだと思う。同じ人物が書いたと思わしき言葉は、案外すぐ見つかった。
『何を弾いても、どれだけ好きな曲を弾いても、もう私は自分の気持ちをその曲に乗せることはできないのかもしれない。どこかに、私の気持ちにぴったりと合うような、代弁してくれるような曲があればいいのに。誰か教えてよ』
「それなら……自分で作ればいいじゃん」
思わず呟いたその言葉、幸いにも三原や司書には聞こえなかったようだ。僕はカバンからペンを取り出し、今言った言葉をその愚痴の近くに書き込んだ。僕の気の迷いは、まだ続いているようだ。
「おい、野々口。ボーっとしてないでこっちこいって」
再び三原に腕を引っ張られる、子どもサイズに揃えられた本棚の間を進んでいくと、児童向けのハウトゥー本が並んだコーナーに来ていた。
「ここにあるって。探そうぜ、ほら」
僕の袖を引いた三原は、背表紙を一冊ずつ、読み上げながら確認していく。一音ずつ間延びしたあほっぽい声だ。三原とは反対側から、僕も背表紙を見ていく。もちろん声には出すことはない。
「……あ」
「あ! あった! ……野々口、それ何の本だよ」
三原の手には、『ペットボトルロケットの作り方』と書かれた本が握られている。それに対して僕は、『曲の作り方』という本を手に取っていた。
「曲? 野々口、作曲できんの?」
「いや、そういう訳じゃなくって……」
「そうなんだ。ウチさ、兄貴いんだけど、大学で軽音サークルに入ってんだよ」
「へー、そう。そうなんだ、早く帰るぞ」
「最後まで聞けって」
三原は性懲りもなく、僕の腕を掴み続ける。
「それで、兄貴バンドもやってて――これが結構人気なんだけど――自分で曲とか作っちゃうわけ」
「ふーん」
「だから、今度紹介してやろうか?」
「いや、いい」
「でも、曲作りたいんだろ? その本、気にしてんだから」
「そういう訳じゃない」
先ほどの独り言が、まだ頭の中にこびりついているだけだ。それを三原に伝えるつもりもない。三原は不満げに口を曲げる。
「ふーん……野々口って、どんな曲好きなの?」
「は? 何だよ藪から棒に」
「いや、野々口ってさ……なんか正体不明なところあるじゃん」
「何だよ、それ」
正体不明と言われて、心の中で失笑する。それもそのはずだ、僕は高校に通っている間に一度も自分の事を誰かに話したことなんてない。誰も、本当の僕の事なんて知らないのだ。
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