宇宙でひとつの、ラブ・ソング

indi子/金色魚々子

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第三章 一歩前に進む勇気

第三章 一歩前に進む勇気 ③

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「行きたい! 行ってもいい?」

「もちろん! じゃあ行こう、うち学校から近いからすぐ着くよ」

「ありがと」


 三原さんは「カバン取ってくる」と大慌てで教室に戻っていく。私は、心臓がはしゃいでいる音に耳を傾けた、これも、もしかしたら曲にできるかもしれない。そんな事を考えながら。
 三原さんの家は、彼女が言うとおりに本当に近かった。恐る恐る三原さんに続いて家の中に入ると、私のその怯えた気持ちに気づかないように、三原さんはドンドンと階段を上っていく。行き場のない私は、小さく「お邪魔します」と呟いてからその背中について行くほかない。


「お兄ちゃん、いるー?」


 三原さんは一番奥のドアの前に立ち止まり、ドンドンとドアを叩いた。結構な音なのに、中からはうんともすんとも言わない。


「あれ? 寝てるのかな?」


 三原さんのドアを叩く音は、だんだん激しさを増していく。


「だ、大丈夫? ドア壊れちゃうんじゃ……」

「大丈夫! うちのお兄ちゃん、これくらいじゃないと起きないから。あ、起きた?」


 ドアの奥からは、ガサガサという音が聞こえてきた。少し間を置いて、ドアがゆっくりと開かれる。


「真奈美、うるせーんだよ……今何時だと思って」


 無精ひげを生やして、全身スウェット姿の男の人。こんなだらしない格好をしている人、生まれて初めて見る。私が驚いて目を丸めていると、その人は大きく欠伸をした。


「夕方まで寝てる方が悪いの! 今暇?」

「暇だけど……誰、その子? 友達?」


 その人は、私をちらりと見る。その視線より、私はその『友達』という言葉がすっと耳を掠めていく。私と三原さん、その関係性って……ただのクラスメイトにしかすぎない。私が返事に困っていると、私の横に立つ三原さんは大きく頷いていた。


「うん! 同じクラスの相沢さん」

「ああ、いっつも話してたピアノすごい子ね」

「そう!」


 その会話を聞いている私の目は、もうこれ以上広がらないんじゃないかと思うくらい丸くなっている。


「相沢さん、これうちの兄。光一郎兄ちゃん」

「どーも」

「は、初めまして! 相沢樹里です」

「まあ、汚いけどどうぞ。それで……友達連れて、何しに来たの?」


 お兄さんは座布団をパタパタと叩き、私にポンと渡す。私はそれの上に座って、部屋を見渡した。見たこともないロックバンドのポスター、山ほどあるCDやレコード、スコアブック。音楽のジャンルは違うけれど、どこかお父さんの部屋に似ていた。


「相沢さんね、曲作りたいんだけど作り方わかんないんだって」


 早速、三原さんが本題を切り出す。お兄さんは「ふーん」と小さく頷いた。


「ジャンルは?」

「へ?」

「ロックとかポップスとか」

「あ、あんまり考えたことなくって……そういう曲もあまり聞いたことないし」

「え?! そうなの! じゃあ今までどんなの聞いてたのさ!」


 三原さんは驚いて、色々と人の名前やバンドの名前を出してくる。それらすべて今流行っている音楽であるという事は知っているけれど、その人たちがどんな歌をうたうのか、一度も聞いたことはない。


「クラシックばっかり、かな?」

「へぇ~……ピアノ弾ける子ってみんなそうなの?」

「そういう訳じゃないと思うけど」

「それなら、ピアノ曲作ってみるとか」

「なんかさ、コツないの? お兄ちゃんがいつもやってる方法とか」

「コツぅ~?」


 お兄さんは首を傾げる。うんうんと唸っているが、これ! と言ったような明確なものが浮かんでこない様子だ。


「俺だって、割と適当だよ? 音楽的には間違っているところ結構あって、直してもらってるし」

「そうなの? でもお兄ちゃん作る曲って結構人気あるんでしょ?」

「適当だけど……自分が込めたい気持ちは、ちゃんと届くようにって思って」

「……気持ち?」


 私はそう繰り返すと、お兄さんは深く頷く。


「自分の大事な気持ちを、自分の好きな音楽に乗せる。作曲のルールとか細かい御託とかは関係ない。俺はそうやってる」

「ふーん……、お兄ちゃんそこまで考えてたんだ」

「そーだよ。参考にならないけど、そんな感じでいい?」

「あ、ありがとうございます!」

「頑張って。あ、そうだ」


 お兄さんはCDがたくさん並んだ棚の中から、引っ張る出すように一冊の本を取りだした。積もった埃は息を吹きかけるだけでは落ちず、何度も手で叩いている。


「これ、作曲始めるときに買ったやつ。結構参考になったから、あげるよ」

「え? いいんですか?」

「作曲仲間が増えた記念に。曲、出来たら聞かせてよ」

「ありがとうございます!」


 私はその本を受け取る。……少し黄ばんでいるが、【子ども図書館】から借りたことのある、あの表紙と同じだった。私が小さく笑うと、三原さんとお兄さん、二人は顔を見合わせて頭の上にハテナマークを浮かべていた。

 本を受け取った私は、時間を確認する。そろそろ、お母さんが火を噴きそうな時間だ。


「ごめん、私そろそろ……」

「えー! 晩ごはん食べていけばいいのに」

「そうそう。一人くらいなら大丈夫、弟の食う量減らせばいいだけだから」

「でも、お母さんが……」

「あ、怒っちゃう系? それなら仕方ないか、また今度おいでよ」

「……いいの?」

「もちろん!」


 三原さんは、ニカッと笑う。私もぎこちなかったけれど、同じような笑顔を彼女に向けた。お兄さんの部屋から出て、玄関に向かった。ちょうどその時、ドアがガチャリと開いた。

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