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第三章 一歩前に進む勇気
第三章 一歩前に進む勇気 ⑤
しおりを挟む「それで、どうしてこんなに遅くなったの?」
そんな事をしていたせいで、家に帰る頃にはすっかり遅くなっていた。ドアを開けると、怒りで顔を真っ赤にしたお母さんが玄関で仁王立ちしていた。さっきまでの楽しい気持ちはすっかり吹っ飛んで、私はみるみる小さくなる。
「れ、練習で……」
「こんな遅い時間まで?」
「そう」
「全く、うちの子をこんな時間になるまで家に帰さないなんて……。危ないでしょ、お母さんが学校に連絡してあげる、先生一人くらいいるでしょ? 一言文句言ってやらないと」
「待って! だめ、大丈夫だから!」
「でも、あんたには学校なんかよりも大事なレッスンがあるでしょ! こんなことばっかりやってて、音大落ちたらどうするの!」
私を心配しての言葉ではない。私に押し付けた自分の夢をかなえることしか考えていない。足元から、だんだんと冷たくなっていく。私は慌てて、学校の電話番号を探すお母さんを止めようとリビングに向かう。しかし、私が見たのは予想外な光景だった。
「まあ、いいじゃないか」
リビングのソファに座っていたお父さんが、分厚い本を閉じてお母さんにそう言っていた。お父さんがお母さんを諭すようなことを言うなんて、生まれて初めて見た。
「でも、学校行事なんかのせいでレッスンの時間が減ってるのよ!?」
「もちろんレッスンは大事。だけど、今の樹里にしてみたら、学校行事も大事だろう? 今しかないんだから……なあ、樹里」
「う、うん」
「だから、これくらい大目にみてやれ」
「でも、危ないじゃない! こんな時間まで……」
「樹里だってもう高校生だ、少しくらい遅く帰って来たっていいだろう。友達付き合いもあるんだから」
お母さんは唇を噛む。お父さんの穏やかな口調に、お母さんの怒りがどんどん吸い込まれているみたいだ。
「ほら樹里、早く着替えてご飯食べたらどうだ? お母さんもレッスンしたいだろうし」
「う、うん! わかった」
私はバタバタと階段を昇って自分の部屋に駆け込んでいく。カバンの中に入っている例の本、また読むのが遅くなりそうだ。でも、レッスンの後の楽しみとして取っておくことができる。
それに、今日は高校に入って初めての友達だってできた。それが嬉しくって嬉しくって……これだけで、お母さんのレッスンがどれだけ厳しくても我慢することが出来そうだ。私は大慌てで部屋着に着替えてリビングに戻る。用意されている晩ご飯をかきこんで、レッスン室で貧乏ゆすりをして待っているお母さんの元に向かう。
これからの光景はいつもと同じだと、お母さんとお父さんもそう思っているだろう。私だけが、少し違うことを知っている。
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