宇宙でひとつの、ラブ・ソング

indi子/金色魚々子

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第四章 はじめての【友達】

第四章 はじめての【友達】 ②

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 次の日の朝、前のドアから教室に入ると……黒板にデカデカと書き殴られた文字に驚いて目を丸める。『炭酸飲料のペットボトル募集』と色とりどりのチョークを使って書かれていて、床はその粉で汚くなっていた。同じようにチョークの粉に塗れた三原が僕に気づいたようで、ニコニコと笑みを浮かべながら近づいてくる。


「頑張っただろ、俺」

「……何だよ、コレ」

「ほら、野々口、炭酸飲料のペットボトル必要だって言ってたじゃん。母ちゃんに買ってもらえないか頼んだんだけどダメでさ、学校行事ならクラスの奴らから貰えって。俺もそりゃそうだ~って思って、募集してみた」

「……」

「あ、でも兄ちゃんが大学のごみ箱から探してきてくれるって!」


 爛々と目を輝かせる三原と比べると、クラスメイトの反応は正反対だ。表情を曇らせて、顔を一向にあげようとしない。

「たくさん、あればあるほどいいよな?」

「……まあ、失敗する可能性もあるからな。爆発したり行方不明になったり……」

「じゃあ、俺頑張るから! 野々口も頼んだぜ!」


 三原が強い力で僕の背中を叩く。僕の体はぐらりと大きく揺れて、前のめりになる。そんな僕の姿を見て三原は愉快そうに笑っているが、そんな表情をしているのはこの場ではコイツだけだった。

 その証拠に、次の日の朝に三原が用意した段ボールに入れられるペットボトルはゼロだった。次の日も、その次の日も。一週間経っても。僕たちの手元にあるのは、三原の兄が大学のごみ箱で漁ってきた四本だけ。これだと、僕が作った設計図通りでも一つしか作れない。もし壊れるようなことがあれば、また集め直しだ。放課後、三原につかまった僕は教室に残って、三原と顔をつき合わせながら制作を進めていく。僕がスカートと呼ばれる羽の部分を作っている間、三原はせっせと噴射ノズルを取り付けるために蓋に穴をあけていた。


「野々口って、細かい性格?」

「……どうして?」

「だって、羽のとこそんなにぴったりの形で作ろうとするし……」


 羽を一枚ずつ丁寧に切りとり、やすりをかけていると三原ははぁ~とため息をつきながらそう言った。


「当たり前だろ? 一枚ごとに重さが変わればバランスも変わる、バランスが変わればまっすぐ飛ばなくなる。まっすぐ正しく飛ばすには、必要なんだよ」

「思ったより面倒だな、ペットボトルロケットって。もっと楽なもんだと思ってた」

「じゃあ、やめれば?」

 そうしたら、僕も巻き込まれずに済む。

「いや、やめないよ。だって楽しいじゃん、面倒だけど。野々口は? 楽しくない?」

「……わかんない」

「でも、みんな薄情だよな~。他のクラスはまとまってんのに、うちだけバラバラだし」

「やりたくないんだろ、みんな。やりたがってんのは三原だけで」

「こんなに楽しいもの、出来ないなんてみんな惜しい事してるよ。早く飛ばしたいな」


 このペースで行くと、明後日には一度テスト発射が出来そうだ。各クラスに一つずつ用意された空気入れと発射台は、教室の隅で埃をかぶっていた。


「ねえ、俺もそれやりたい!」

「は?」

「羽作り。蓋削るのも飽きてきたし、交換しようぜ」


 そう言って、三原は僕にペットボトルの蓋と発射ノズルを押し付けた。そして、羽とやすりを奪っていく。僕はまた大きくため息をついて、「形揃えろよ」とだけ伝える。途端に集中し始めた三原は口をつぐんでしゃべらなくなる。静かになると、隣の教室から聞こえてくる楽しそうな声が耳に滑り込んできた。他のクラスだけじゃなく、学校全体が学校祭を前にして浮足立っている。その楽し気な雰囲気の中で、隔離されたように僕たちは静まり返った教室で、ひたすらペットボトルを削る。集中すればするほど、その喧騒は遠のいていく。どこか遠いところに来たみたいだ。


「野々口ってさ」


 静けさを満喫していると、それを打ち壊すように三原が口を開いた。十分も黙ってられない男なのか、こいつは。僕がぶっきらぼうに「何?」とだけ返す。


「高校卒業したら、どうすんの?」

「どうって……どこか大学に行くけど」

「その先は? 将来、どんな仕事したいとか」

「ない」


 僕はもう、平凡な人生を歩んでいくと決めた。適当な大学に入って適当な職について、ひっそりとこの社会の片隅で生きていくと。もう誰一人として傷つけるようなものは作らないと、堅く心に誓っている。三原はつまらなさそうに「ふーん」とだけ呟いた。


「俺は、パティシエになる」

「パティシエって、ケーキとか作る……」

「そう、それ。パティシエになって、自分の店を持つ。俺バカなんだよ、勉強めっちゃ苦手。お前も知ってると思うけど」

「うん、まあ」

「そこは、『三原バカじゃないよ、いいやつだよ』って言う流れだろ! ……ま、いいや。バカだけどさ、昔から甘いもの作るのは好きなんだよね。かーちゃんに教えてもらって、クッキーとかケーキとか」

「ふーん……」

「妹がバレンタインに好きな先輩にあげるっていうチョコも、俺が作ったし。それで、俺がお菓子作ると家族みんな、『うまいうまい』って言って食うんだよ。それが嬉しくてさ、そういうこと仕事にしたいなって。野々口は、ないの?」

「何が?」

「得意な事? 野々口にしかできないこと」

「……」


 僕は下唇を強く噛んだ。
 得意な事、昔はあった。燃料を精査し、エンジンの可燃部分の構造を検討し、計算する。それをやっていた時は飽きることなく、むしろ毎日が楽しかった。

 下唇を噛みすぎて、鼻のあたりにふっと鉄の匂いがつく。血が出たようだが、唇を指で触っても赤い液体はつかない。心の痛みが目に見えるようになったらいいのに、と常々思う。どれだけ強がっていても、その痛みの量が他人から見えたら……きっと、どれだけ強がっていたとしても優しくしてもらえる。涙が出なくても、同情してもらえる。


「……はぁ」

「うわぁ!」


 僕がため息を漏らすのと同時に、三原が大きな声を出した。思わず顔をあげて三原の表情を伺い見ると、三原の視線は手元を向いていた。

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