宇宙でひとつの、ラブ・ソング

indi子/金色魚々子

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第四章 はじめての【友達】

第四章 はじめての【友達】 ①

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「野々口、出来た?」

「……何が?」


 朝、教室に着くと早々に三原が机までやってくる。その元気すぎる声が鼓膜を突き破り、頭が痛い。


「だーかーらー、ペットボトルロケットの設計図! 作って来てってお願いしたじゃん!」

「あー……」

「お前、忘れてただろ!」


 そんなもの、頭からスポンと抜けていた。そんな僕の様子に、三原は大きくため息をつく。ため息をつきたいのは、こっちの方だ。面倒くさいことを押し付けられ、やってこなかったら一方的に呆れられる。僕だってそんな事、やりたいとは一言も言っていないのに。


「じゃ、今やれよ~」

「面倒くさい」

「どうせカバンの中入ったままなんだろ?」


 もう一度僕はため息をつく。催促されるようにカバンを開け、クリアファイルを取り出す。その中から、メモを取り出した。閉館間際に三原が昨日慌ててまとめたせいで、クシャクシャになっている。


「設計図は野々口に任せるとして、俺にできることある?」

「できること?」

「やっぱり、全部お前に押し付けるのも悪いじゃん」


 それなら、すべて代わりにやってほしい。しかし、それを言ってもするっと躱されるだけだろう。僕は少しだけ考えてから、「それなら」と続ける。


「二リットルの炭酸飲料のペットボトル、それを集めて欲しい」

「炭酸じゃなきゃだめ? お茶とか」

「だめ。ペットボトルロケットは圧縮した空気をため込むから、同じように空気を詰め込んでいる炭酸飲料用のペットボトルじゃないと作れない」

「何言ってるのか全然わかんねーけど、分かった。任せとけ!」


 三原はドンッと強く自分の胸を叩く。その姿を見ても、頼もしいとは思えない。僕はくしゃくしゃになっていた紙を一枚ずつ丁寧に伸ばしていく。それを書き込んだページ順に並べていくうちに、あることに気づいた。


「……一枚足りない?」

「は?」

「だから、昨日のメモ。一枚どっか行ったんだよ」

「何? 野々口失くしたの?」

「いや……」


 僕は昨日の事を思い出す。このメモがカバンに入る前、何があったか。【子ども図書館】で司書に話しかけられ、三原が慌ててメモをまとめて本を元の場所に戻して……。


「もしかして、昨日の本と一緒に仕舞ったとか?」

「え? もしかして俺が?」

「三原持ってないだろ?」

「待って、カバンの中確認してくる」


 三原は自分の席に戻ってカバンの中身を、その文字通りひっくり返す。教室の床に教室やらノートやらが散らばり、その騒々しさを自習に勤しんでいるクラスメイト達が迷惑そうに見ていた。カバンの中身をすべて確認した三原は、しょんぼりと肩を落として僕の席まで戻ってきた。


「なかった。あの図書館に忘れてきたのかな? 野々口、取りに行ってよ」

「……面倒くさい。別に、この通り作ればいいだろ? 分からなかったらネットで調べればいいし。適当でいいだろ、ペットボトルロケットなんて」


 飛ばすことさえできれば、問題ないはずだ。ちゃちゃっと作って、こんな面倒くさいことから解放されたい。


「でも、やるからには優勝目指したいじゃん! すげーの作りたいじゃん! 俺他のクラスの奴から聞いたけど、羽とかいっぱい付けて、結構凝ったやつ作るって」

「羽が増えたところで、空気抵抗が増えるだけだ。意味ない」

「そういう事じゃなくって! 俺は高校最後の思い出をいいものにしたいだけだって! みんなで力を合わせてこういう物作りましたっていうのがさ、いいんだろ?」

「でも、このクラス、誰もそんな事したくないみたいだぞ。ほら」


 僕がそう言うと、ちらちらとこっちを見て様子を窺っていたクラスメイト達が一斉に顔を伏せた。こんなことに関わり合いたくないと言わんばかりに。


「でも……」


 三原は言い返そうとするが、言葉が出てこなかったようで唇を噛んで黙ってしまう。まるで駄々をこねる子どもみたいに。


「……ペットボトルは俺が探しておくから、あとヨロシク」

「……分かった」


 そのしょぼくれた肩を見ていると、何だかかわいそうに思えてくる。仕方なく僕が返事をすると、また気落ちしたまま自分の席に戻っていった。それを見送った僕は、面倒くさくてまたため息をついた。始業の時間がやってきて、進藤が出席を取り始めてもそれに耳を貸さず、ぼんやりと外を眺めながら雲をなぞっていた。三原が想像しているのは一体どんなロケットなのか、あらゆる雲を突き抜けて成層圏を飛び出し……謎が包まれた宇宙にまで飛び出していく。そんなロケットが簡単に作れるならば苦労はしない。

 放課後、気分が中々乗らない僕は寄り道をしながら【子ども図書館】に向かった。その頃になると閉館間近で、子どもたちが帰り始める。いつも騒々しい館内は少し静かだった。僕は昨日見た本がある本棚に向かい、ペットボトルロケットの本を開いた。何度ページをめくってもひっくり返しても、メモは出てこない。


「こっちにないってことは、作曲の本か」


 僕が頑張って書き写している間、三原がのんきに読んでいた記憶がある。僕は背表紙を見て、あの本のタイトルを探した。……しかし、どれだけ探しても見当たらない。今日何度目か分からない溜息をついて、僕はカウンターに向かう。


「あの、すいません」


 そこにいたのはいつも僕に話しかけてくるあの若い女性の司書ではなく、真っ赤な口紅を塗ったオバサンの司書だった。


「はいはい、どうかしましたか?」


 オバサン司書は僕に近づいてくることなく、仕事をしているパソコンから離れそうにない。少しだけ声を張り上げて、僕は本のタイトルとその所在を聞いた。オバサン司書は面倒くさそう少しため息をついた。その姿がなんともだらしなく見えたので、僕もこうやって人前でため息をつかないことを心に固く誓う。


「借りられてますね」


 オバサン司書の声は小さく、耳をすましてようやっと聞こえるくらいの音量だ。


「いつ返ってきますか?」

「……今日借りられたばかりみたいなので、一週間後には」

「そうですか。ありがとうございます」


 特に大事なメモであるわけでもない、分からないことが家に帰ってからインターネットで調べればすぐに解決する。帰路につこうとカバンを肩にかけると、ふと、あのグリーンのノートが目についた。昨日確認したばかりのそれを開くが、何も変わりはない。少し子どものいたずらがきは増えたが……あの愚痴の主はなりを潜めている。そのノートをそっと閉じて、僕は【子ども図書館】を出た。
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