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第五章 はじめての【夢】
第五章 はじめての【夢】 ⑤
しおりを挟む新田さんは、どこか悔しそうに唇を噛んだ。私の背後から影が差す、振り向くと、やれやれというような表情をした真奈美ちゃんがいた。
「樹里ちゃんがそう言うなら……私も手伝う」
「真奈美ちゃん、いいの?」
「もちろん。友達がそう言うなら、私だって見てられないよ。ほら、探しに行くよ」
真奈美ちゃんは新田さんの腕を掴んで、強引に立たせた。新田さんは袖口で涙を拭いて、顔をあげない。
「それにしても、どこ行ったんだろう?」
「カバンの中とかは?」
真奈美ちゃんがそう聞くと、新田さんは頭を横に振る。
「机の中でもないんだよね? それなら、他には……」
私がそう言うと、真奈美ちゃんは「あ!」と声をあげる。
「移動教室で行った先とかは?」
「でも、今日ってずっとこの教室じゃなかった?」
「体育あったじゃん! 体育館にあるとか……もしくは」
「体操袋の中は!?」
私がそう言うと、新田さんはようやっとハッと顔をあげた。そして教室の後ろにある棚に近づき、体操着が入っている袋をがばっと開いた。その中を漁っていると……袋の下の方から、くしゃっとなった封筒が出てきた。
「あ、これって!」
私が声をあげると同時に、新田さんは中身を取り出す。散らばったお金を数えて……ようやっと、ほっと胸を撫でおろしていた。
「み、見つかった……」
「良かった! もう、びっくりしちゃった!」
真奈美ちゃんは、少しだけ丸まった新田さんの背中を強く叩く。そして「しまった」と言うような表情を見せるが、新田さんは押し黙ったままだ。
「あ、あの……ごめんね? 調子に乗っちゃって」
「ううん。……こっちこそ、ごめん。た、助かった」
新田さんはスンと鼻を鳴らす。その素直に謝ってくれる様子を見て、私も真奈美ちゃんも目を丸くさせた。
「何?」
それが癪に障ったのか、新田さんは私たちをきっと睨みつける。その視線にヒッと震えていると、教室の後ろのドアが音を立てて開いた。
「あれ? 杏奈、相沢さんいじめてんの?」
ひょっと気の抜けた声で、新田さんと仲のいい二人が私たちに声をかける。
「え? 何、杏奈泣いてるの?」
「……あんたたちに関係ない」
「も~。相沢さんに迷惑かけちゃだめでしょ? 相沢さんにコンプ抱いてんのは分かるけどさ?」
「え?」
その言葉に思わず声を挟む。新田さんは泣き顔から、焦ったような表情に変わる。
「杏奈、コンプレックスあんの。相沢さんに」
「こ、コンプレックス? どうして私になんか……」
底辺で生きる私と、華やかで明るいところにいる新田さん。どちらが輝いているかなんて誰が見ても一目瞭然なのに、どうして新田さんが?
「杏奈、ずっとピアノやりたかったんだって。でも、親がだめっていって出来なかったんだって」
「ねえ、言わないでってば!」
「そうそう、だからピアノ弾ける相沢さんの事羨ましいかったんだってさ。だから、合唱コンクールの時も意地悪なこと言って。ねぇ?」
その言葉は真実なようで、新田さんの体はみるみる赤くなっていく。
「そ、そうだったの?」
私がそう聞いても、新田さんはそっぽを向いた。
「あーあ、拗ねちゃった。でもいい機会だし、相沢さんと仲良くしなよ」
「そうそう。コンプレックスこじらせてもいいことないぞ」
「う、うるさいな!」
「あのさ、新田さん」
「な、何よ! あんただって、笑えばいいじゃない! おっちょこちょいで、あんたのこと妬みまくってたんだから」
合唱コンクールの練習中。私の悪口を言っていたのは間違いない、でも、その理由が……そんな可愛らしい理由だったという事を知ってしまうと、思わず笑みが溢れる。
「な、本当に笑わなくたっていいじゃない!」
「ごめん、何か楽しくなっちゃって。……あのさ、良かったら、ピアノ教えてあげようか?」
「……は?」
「私、人に教えたことないから下手かもしれないけど。簡単な曲弾けるくらい」
新田さんは目をぱちくりさせ、体の動きをぴたっと止めてしまう。きっと私の申し出に驚いているんだ。そんな彼女の背中を、新田さんの友達が強く叩いた。
「いい機会じゃん! 相沢さん、こいつの事よろしくね~」
「うん」
「弾けるようになったら聞かせてよね」
新田さんはまた俯いて、小さく何かを呟いた。それが聞こえなくて、私は聞き返す。
「……いいの?」
「うん!」
「え~、いいな! 樹里ちゃん、私にも教えてよ」
「いいよ。じゃあ、新田さんと交互で……」
「あのさ!」
新田さんが声を張り上げると、私たちの肩はまた驚いてびくりと跳ね上がった。
「な、なに……?」
「その、『新田さん』って言うの、やめてくれる?」
「え?」
「名字で呼ばれるの、よそよそしくって嫌なの。名前で呼んでよ」
「わ、分かった」
「じゃ、私もう行くから」
新田さん――杏奈ちゃんは封筒を握りしめて、さっきまで自分を責めていたクラスメイトの元まで歩み寄っていた。お金が見つかって、罵詈雑言を浴びせかけていた彼らはそれすら忘れて、喜んでいる。
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