宇宙でひとつの、ラブ・ソング

indi子/金色魚々子

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第五章 はじめての【夢】

第五章 はじめての【夢】 ④

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『こんにちは。今私は、言われた通り曲を作っています。アイディアなんて全く出てこないし、全然先にも進まなくて正直すごい大変ですが……とても楽しく過ごしています。曲作りを始めてから、友達が出来ました。彼女は私の曲作りを応援してくれます。
 昨日、お母さんと喧嘩しました。ピアノをやめたいと言うと、まるで山が噴火したみたいに荒れ狂って、とても大変でした。お母さんは怒っているけれど、お父さんは意外にも味方になってくれます。お父さんが、私に言いました。「私が今まで歩んできた道は、作曲を志した先人たちも歩んできた道だ。それらに無駄な事なんてひとつもない」。あなたが悩んでいることもあなたの過去も、きっと、無駄な事なんて一つもないと思います。きっとお友達も分かってくれると思います……誰も理解しなくても、私は、ちゃんとわかってます』


 そう書き終えて、ノートを閉じた。暇そうにしている春恵さんのところに行こうとすると、誰かがスカートの裾を引っ張った。


「ひゃ! な、何!?」

「樹里ちゃん、今暇?」

「え?」


 足元には、本を読んでいたはずの子どもたちが群がってきた。その目はキラキラと輝いている。


「ピアノ弾いて~」

「ピアノ!」

「お願い、樹里ちゃん」


 自然と笑みがこぼれる。ピアノをやめると言ったのに、そう言われるとどうしても弾きたくなってしまう。私の心は今、青空の中に浮かぶ雲のように軽やかだ。


「いいよ」

「本当に? 何弾いてくれるの?」

「好きなの、言ってごらん。全部弾いてあげる!」

「やったー!」


 子どもたちの喜ぶ声が図書館中に響く。私はその波に乗るように、ピアノの前まで来ていた。もう私は、言われた通り弾くマシーンなんかではない。自分の思うままに、自分の気持ちを、音符に乗せることだってできる。私はピアノの蓋を開けた。いつもはずっしりと重たい蓋さえ、この時ばかりはふんわりと軽かった。

 学校祭が近づく中、クラスの出店はミニゲーム屋に決まった。スーパーボール掬いやヨーヨー釣り、輪投げ。景品には駄菓子がついてくる、よくあるチープな出し物。これも、クラスカーストの高い子たちが中心になって進めていく。私が苦手に思っている新田さんも、会計担当として張り切っている。合唱コンクールが終わったあたりから、彼女からの敵意のある視線も減ってきた。あれが何だったのか、私にはさっぱり分からないし聞くのも恐ろしい。
 私は真奈美ちゃんと一緒に、外の掲示板に付ける看板に絵の具で色を塗っていく。教室の中の飾りつけは、やっぱりカーストの高い子たちの独壇場だ。私には入る隙も無い。それでも、今は真奈美ちゃんとはじめとする他のクラスメイト達を和気あいあいとする時間が楽しくて仕方がない。
 それに、遅くまで学校に残っても怒られなくなった。お母さんと和解したという訳ではなく、まだ冷戦状態にある。お互いに話しかけることもなく、空気のようにただ存在しているだけ。お父さんもあまり口数は多くないので、唯一三人が揃う食卓はすっかり冷え込んでしまっている。きっと、ピアノを弾かなくなった私に興味がないんだ、お母さんは。お母さんの中での存在意義をなくした私は、思いっきり羽を伸ばし続けている。


「そういえば、アレどうなったの?」

「アレ?」


 真奈美ちゃんはふと思い出したように手を止めた。


「申込用紙、ステージ発表の!」

「あ……」

「忘れてたでしょ~! 締め切り、明日だったはずだよ

「え? 相沢さんステージ発表するの?」


 真奈美ちゃんとの会話と聞いていたクラスメイトがハッと顔をあげて、そう聞いてくる。私の肩はぎくりと強張ったけれど、真奈美ちゃんはパッと明るい笑顔を見せた。


「そう! 樹里ちゃん、今作曲してて……」

「え、それすごくない!」

「あの、ちょっと、真奈美ちゃん?」


 真奈美ちゃんは私の事を、まるで自分の事のように話し出す。


「相沢さんって、ピアノすごかったもんね」

「え?」

「合唱コンクールの時でしょ? すごかった! スラスラ~って弾いちゃうんだもん」

「あの、その……」

「その上作曲までできるの? すごーい!」

「でしょでしょ!」


 私が口を挟める隙もないまま、一方的に褒められ続ける。こういったことはあまり慣れていない私は、みるみる赤くなっていった。


「私たちここやっとくからさ、書いておいでよ。申込用紙」

「そうそう! こんなチャンスないんだから、やった方がいいよ相沢さん」

「そうだね! 行こう、樹里ちゃん!」

「ちょ、ちょっと待って……」


 私は真奈美ちゃんにぐいぐいと背中を押されて、カバンを置きっぱなしの教室に足を一歩踏み入れる。その時、怒鳴る声が聞こえた。


「ハアッ?! 金入った袋失くしたとか、まじかよ杏奈!」

「……ご、ごめんなさい」


 私は真奈美ちゃんと顔を見合わせる。教室の端っこでは人だかりができていて、その中心にいる新田さんは俯いていて顔すら見えない。何だか、新田さんが責められている様子だ。そこに新田さんの味方になってくれるいつもの仲のいい友達はいないようで、一方的に責め立てられていた。


「何かあったのかな?」


 真奈美ちゃんが小さな声で囁く。巻き込まれたくない私は「さあ……」と言葉を濁していた。


「どうすんの、お金なかったら何にもできないじゃん」

「どうして失くすかな……? 杏奈が会計担当なんだから、しっかりしてよ」

「もしかして、杏奈が盗んだんじゃない?」

「ぜ、絶対にそんな事してない!?」

「どーだか……信じられない」

「ま、失くしたって言うなら頑張って探しておいて。……見つかんなかったら、責任取って残りは全部杏奈の財布から出すこと。いい?」


 クラスメイトの隙間から見える新田さんは、小さく頷いた。時折、すすり泣くような音が聞こえる。新田さんの周りにいた子たちはそれぞれ自分の担当のところに散らばって、残された新田さんは、その場にうずくまり……今度は声をあげて泣き始めた。彼女を責めていた子たちからは、白けた雰囲気が広がり始める。


「お金、無くなっちゃったんだね」


 真奈美ちゃんがぽつりとつぶやく。


「た、大変だよね……」

「うん。みんな、どうするんだろ?」


 騒ぎを聞いて教室を覗き込んでいた廊下にいた子も含めて、他のクラスメイト達は泣きじゃくる新田さんが気になる様子だった。ただ、誰も彼女に手を差し出す人はいない。きっと、巻き込まれたくないんだ。真奈美ちゃんも「廊下行こ」と私の腕を掴んだ。私も小さく頷いた。それでも……私の足は動かない。何だか、このまま新田さんを見過ごしてはいけないような気がして。


「あ、ちょっと……樹里ちゃん!」


 気づいたら、教室の隅でしゃがんでいる新田さんの近くまで来ていた。私の足音に気づいたのか、新田さんは顔をあげた。この前の私みたいに、瞼が腫れあがっている。


「……何?」


 こんな時でも、新田さんはぶっきらぼうだった。


「探しに行こう、お金」

「……いいよ、別に」


 私もしゃがんで、新田さんと目を合わせる。


「でも、ないと困るでしょ? 私、手伝うから」

「……」

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