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第八章 宇宙でひとつの、ラブ・ソング ~彼方~
第八章 宇宙でひとつの、ラブ・ソング ~彼方~ ③
しおりを挟む「そっかー。でも、的確な指導だったわ……今度からそういう練習してみる。さて、遅くまでつき合わせてしまってごめんね。良い子は帰る時間だわ」
荷物をまとめて玄関に向かうと、彼女が手を振っていた。今日少し話してみて分かった。彼女は温厚で、人当たりがいい。僕があのノートの事を聞いても、僕の事を不審に思わないで快く教えてくれそうな気がした。今度来たときに少し聞いてみるのもいいかもしれない。
しかし、僕はタイミングに恵まれなかった。あれから数度【子ども図書館】に行ってみたものの、あの司書のシフトのタイミングとことごとくずれてしまっていた。
いつの間にか、三人で約束した日になっていた。待ち合わせ場所に向かう僕は、もう一度だけと思って朝早くに【子ども図書館】に立ち寄った。
「あら、久しぶりね~」
「ど、どうも」
看板を出すあの司書にばったりと出くわす。開館の準備で慌ただしい司書たちをすり抜けて、僕は一言ノートを開いた。
「……あ」
パラパラと開いていくと、あの見慣れた文字があった。記されていたのは、いつもの愚痴でも何かしらのメッセージでもない。それは……詩だった。
『空に虹がかかったとき きれいな花を見かけたとき
私はそれをあなたに見せたいと思う
喜んでくれるかな? 一緒に笑ってくれるかな?
そう考えると 嬉しくなる
今あなたに伝えたいこと
それは ありがとうの言葉だけ
でもそれだけじゃ足りないから
この世界にあるすべての美しいものを
あなたに見せてあげたいと思う
この宇宙のどこかで あなたが喜んでいてくれるなら
それでいいと思う
それが私のとなりではなくても 笑顔でいてくれるなら
これはありがとうを伝えるための歌
この宇宙で一番最初に、私の言葉に寄り添ってくれた人のための歌』
心が小刻みに震えだすのを感じていた。こんなに嬉しいと思うのは、生まれて初めてかもしれない。体中が熱くなって、目の奥がツンと痛み始める。心臓はドキドキとうるさくて、でも胸がじんわりと熱を持つ。心が温かくなるというのは、きっとこういう事なのだ。生まれて初めて、僕の中に芽生える感情。嬉しくって温かくって……この相手の事を、知りたいと思う。僕が言葉を失っていると、あの司書が近づいてきていた。
「あ、あの!」
「ん?」
意を決した。今このチャンスを逃すと、もう僕はこのノートの相手とは出会えない。そんな気がした。
「このページを書いた人の事、教えてください!」
「え?」
「知ってますか? この人の事」
「知ってるけど、個人情報のこともあるし……」
「言える範囲で構わないので、お願いします!」
僕が畳みかけるようにそう言うと、彼女は困ったように鼻をかいた。
「えっとー……、女の子で、ピアノが上手で……。あ、そういえば! 歌を作って学校祭で歌うって言ってたわ」
「学校祭で……?」
僕の中で、点と点が一本の線で繋がった。星をつないで形作る星座のように、それは綺麗な形になる。
三原が言っていた。今日行く予定の三原の妹が通っている高校の学校祭。そこで、妹の友達が歌うと言っていた事。ピアノが上手で、初めて作曲をする……それを勧めたのは、この僕自身だ。
「ありがとうございます」
「え? あ、お役に立てたのなら……」
「あと、一つ。お願いがあるんですけどいいですか?」
「お願い?」
僕はノートを手に取った。
「これ、貰いたいんですけど」
「ああ、それ? いいわよ、書き込んでくれる子も減ったし廃止にしようかっていう話になってたから」
「ありがとうございます!」
僕はノートをカバンに押し込む。【子ども図書館】を飛び出して、待ち合わせ場所に急ぐ。体から心が飛び出して、僕を急かす。どれだけ走っても、飛び出していった心を追いかけるのにはまだ足りなかった。
このノートさえ見せれば、僕が何者であるか……きっと相手は理解してくれるだろう。第一声は、何て言えばいいのか? 無難に「こんにちは」とか、「初めまして」とか。それを想像しただけで、ワクワクが止まない。口元には自然に笑顔が浮かんだ。
「お、彼方! お前、走ってきたの?」
待ち合わせ場所に行くと、既に二人が来ていた。僕が肩で大きく呼吸をしていると、佐竹が優しく背中を撫でてくれる。そのおかげか、少し落ち着いた。
「ごめん、ちょっと走りたくなって」
「なんだよ、それ」
「僕はちょっとわかるけどな。気持ちと体のリズムが狂うと走り出したくなるもん」
「ふーん。ま、早く行こうぜ」
三原の後を続くように歩いていく。三原の妹が通うという高校は、思ったよりも近くにあった。構造は僕が通っている高校と大して差はなく、パンフレットを片手に進んでいくと、すぐに三原の妹のクラスがやっている出店にたどり着く。
「ここだ。おーい! 真奈美!」
「うげ! 何で来たのよバカ兄貴」
三原が名前を呼ぶと、一人の少女が振り返った。苦虫をつぶしたような顔をする目の前の少女が、三原の妹らしい。どことなく雰囲気が似ている。
「せっかく来てやったのに、その言い草はないだろ」
「私は、光一郎兄ちゃんは誘ったけどバカ兄貴は誘ってないの! てか、どうしてうちの学校祭が今日だって知ってるのよ!」
「兄ちゃんに聞いた」
「えー! 何で話しちゃうかな……」
「ま、客になってやるから。オススメなに?」
妹が答えてくれそうもないので、三原は妹のクラスメイトに聞いていく。その馴れ馴れしい態度に、妹もイライラを募らせていく。
「もう! 違うとこ行ってよね」
「大丈夫、全制覇するつもりだから。ここで時間をつぶしてる暇は……あ、そうだ。お前の友達のナントカちゃん、歌うって聞いたけど何時から?」
僕の胸がドキッと弾んだのは、幸いなことに、誰にもバレずに済んだ。
「樹里ちゃんの発表まで観に行くの? もう! パンフに書いてあるでしょって……あれ? そろそろ時間なんだけどな、ねえ杏奈ちゃん!」
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