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第一章 龍の料理人

第10話

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 カミルに抱えられながら空を飛んでいると、急にピタリとカミルが飛ぶのをやめ、空中で静止した。

「ん?急に止まってどうしたんだ?」

「……何か来る。」

 何かを感じ取ったらしくカミルはある一点を睨み付けていた。いったい何が……と疑問に思っていると、突然キィィィン…と耳鳴りのようなものが私の耳を襲う。

「くっ……何だ……耳がっ。」

「チィッ!!この耳障りな飛行音はあやつしかおらん。今あやつにミノルの存在がバレると面倒じゃな。」

 顔をしかめながらもカミルは私に何か魔法をかけたようだ。私の体が何か紫色の霧のような物に包まれ始めたからな。これが何の魔法なのかわからないが、私を守るための魔法なのだろう。
 その霧が晴れるころには、遠くの方に何かがこちらに迫ってきているのが見えていた。そして一瞬そのシルエットをとらえたと思ったころには、それは私たちの目の前に迫っていた。

「あら奇遇ね、こんなところで会うなんて……ねぇカミル?」

「奇遇ではないじゃろ?引きこもり気味のお主がわざわざここまで出向いてくるぐらいじゃから……なぁヴェル?」

 カミルがヴェルと呼んだそのドラゴンは全身がエメラルドグリーンに光り輝く、まるで宝石のような鱗に覆われていた。
 何やらこのヴェルというドラゴンはカミルの知り合いらしいが、いったい何者なのだろうか?そう疑問に思いながらも、まるで宝石のような鱗に魅入っていると一瞬目が合った

「ん~?そのは何?眷属にでもしたの?」

 ヴェルというドラゴンは私のことに気が付くと、こちらを指さしながらカミルに問いかける。言動から察するに、どうやらカミルは私が魔族に見える魔法をかけてくれたみたいだな。

「ふんっ、お主には関係ないじゃろ。さっさと用件を述べたらどうじゃ?」

 ヴェルの問いかけにカミルは詮索されるのを嫌うように、用件を話すように促す。もしカミルが私にかけているのが魔族に変身させるような魔法だとしたら……さっきも言っていたように長くはもたないからだろうか?

「つれないわね~……まぁ良いわ。今日は緊急の五龍集会のことを伝えに来たのよ。」

「緊急の五龍集会じゃと?ふん、またくだらんことでも話し合うつもりか?あいにく妾はそんなことよりも大事なことがあるのじゃ。」

「それは……あなたの風が穏やかになっているのと何か関係があるのかしら?」

「……無駄な詮索は嫌いじゃと前に申したはずじゃが?」

 じろりとカミルはヴェルを睨み付ける。が、ヴェルはそれをまるで意に介していないように話をつづけた。

「まぁ良いわ。それよりも今回の集会には絶対に来なさいよ?控えめに言ってかなりヤバい状況なの。」

「ほう?……まぁ日時ぐらいは聞いておいてやるのじゃ。」

「明日、日没にいつもの場所よ。それじゃ確かに伝えたからね。」

 そして日時と場所だけ伝えるとヴェルは再び耳鳴りを響かせながら私たちの前から飛び去って行った。カミルはそれを大きくため息を吐きながら見送った。

「まったく、もう少し静かに飛べぬのかあやつは……。」

「あのドラゴンは?」

「妾と同じ五大古龍の一角の風迅龍ヴェルじゃ。」

 五大古龍……ってことはカミルとさっきのヴェルの他にあと三体同じようなドラゴンがいるってことか。

「それで、五龍集会とやらには行くのか?」

「ふん……行かねばなるまい。ヴェルがあぁ言っておるのじゃ、余程のことがあったに違いないからな。……っと、とんだ道草を食ったな。さぁ帰るぞ妾はもう腹が減って腹と背中がくっつきそうじゃ~。」

 カミルは再び大きく羽ばたき、住処へと飛び立った。








 そして城に着くとカミルはすぐに人の姿に変わり、私の手をぐいぐいと引いて料理を早く作るよう促してきた。

「ミノルぅ~……早う飯にするのじゃぁ~。」

「わ、わかってるからそ、そんなに引っ張らないでくれっ!!」

 人の話に聞く耳を持たないカミルは、私のことを人ならざる力で引きずり城の中へと入っていく。そして私は結局厨房までカミルに引きずられてきてしまった。

「ほれっ着いたのじゃっ!!では妾はここで待っておるからのっ!!」

「あ、あぁ……わかった。」 

「っと、言い忘れておったが……今日はしっかりと自分の分も作るのじゃぞ?そのために四匹も捕まえたのじゃ。」

 そういえば……すっかりこちらに来てから食べるということを忘れていたな。特に腹が空く……ということも無かったし、何なら今だって空いていない。
 普通一日何も食べずにいたら腹が減ってくるはずなんだが……。いったいどうなっているんだろう?

 ……まぁ自分のことを考えるのは後にして早速始めるとしよう。カミルがもうそわそわし始めているからな。

「さて……先ずは水洗いからだな。」

 インベントリからキラーフィッシュを一匹取り出し、まな板の上に乗せる。そして改めて見ると随分凶悪な顔をしているな。
 カミルの尻尾にかぶりついていた時は間抜けな顔をしていると思っていたが……こうして見ると恐怖を感じる。まぁもう死んでいるから襲ってくることはないがな。ま、さっさと仕込んでしまおう。

 先ずは鱗を落とすところから始めないとな。鱗の形状を見る限りでは少しやりにくそうだ。こういうびっしりと細かい鱗がついているタイプの魚はが適している。

 バラ引きとは鱗を包丁などでガリガリとこそげ落とすことを言うんだが、一方の梳き引きとは包丁を使って鱗と、その下にある薄皮を切り取るという方法だ。
 こういう細かい鱗の魚は金タワシとかで強引にやると小さな鱗が身に付いてしまう可能性が出てくる。そういったことをなくすために一流の料理人は梳き引きをするんだ。

 ……まぁこれも何回もやって慣れないと難しい技術ではあるんだけどな。少し包丁の角度を間違えただけで魚の身が削れてしまう。

 そして包丁を大きく動かしながらキラーフィッシュを次々と梳き引きにしていると、いつの間にかカミルが近くにやって来ていて、目を輝かせながらこちらを見ていた。

「ほぉ~!!これはどうなっておるんじゃ!?キラーフィッシュがツルッツルの丸裸になっていくのじゃ。」

「包丁で鱗とその下にある薄皮を切り取ってるんだ。強引に鱗を取ることもできるが……それで万が一鱗が残ってて口に入ったら嫌だろ?」

 カミルにそう問いかけると大きく頷いた。

「うむ。こやつの鱗は歯の間に挟まってかなわんからな!!」

「……その言いぐさだと、まさか今までこのまま鱗を付けていた状態で食べてたのか?」

「仕方なかろう?妾はミノルのように料理なんぞできぬからな。」

 キョトンとしながらカミルは平然と言う。

 まさか本当に鱗付きのまま食べてたとは……そりゃあ口当たりも悪いし歯にも挟まるだろうな。 
 まっ、今日はそんなことにはならないだろう。しっかりと鱗は全部梳き取るからな。
 それに鱗だけじゃない。骨も全部きっちりと処理するから、きっとカミルにはこのキラーフィッシュの身の部分の純粋な美味しさを味わってもらえるはずだ。

 カミルがこれを食したときにどんな反応をするか楽しみにしながら、私は黙々とキラーフィッシュを梳き引きしていくのだった。
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