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第二章 異次元の魔術師
信頼と信用と、誤魔化しと
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「う……ん……朝、か」
小鳥がさえずり、朝日が登ると同時に、ルディアは自身の部屋で目を覚ます。
太陽の光はあるものの外は少し薄暗く、のんびり屋の人間ならばあと五分などと言いながら、二度寝をすること必然の時間帯。
しかし、これが彼女の習慣なのだ。農業のために朝早くから起き、作物の管理をする。例え、早朝の作業がなくとも、だ。
「今日は……いつもより、体が疲れてるわね」
そして、体を起こすと共に、自身の調子を確認をする。
それは農業にも関わることではあるが、その本質は戦士としての自己管理だ。
戦う者であれば、常に体調を万全にしておく物。そうでなくとも、今日一日何ができるかを自身で把握していなければならない。それが命に関わる事もありえるのだから。
「あんまり無茶はしないとして……まずは顔でも洗いでもしようかしら」
体を一通り動かして、調子を確認した後は、身支度を整える為に部屋を出て洗面台へと向かう。
顔洗いから始まり、髪を解かして、歯を磨き、そして農作業をする為に動きやすい服に着替える。
「……よし、それじゃあ朝ご飯の用意ね。
今日は私が当番だったかしら」
それが終われば、今度は朝食の準備だ。
そう思い、彼女は台所へと向かうのだが、
「おはようカリュ。貴女、いつも早いわね」
「……む? ああ、おはようルディア」
銀色の毛を持つ人狼、カリューオンが先に来ていたようだ。
彼女は頭に三角頭巾を被り、割烹着を身に付けており、大きな耳や尻尾に生えているフサフサの毛が料理に入らないようにしている。そのため毛が多い彼女を安心して台所に立たせられるだろう。
しかし、そんな彼女は顎に手を添えながら、何かに悩んでいるようだった。
「どうしたのよ、そんなに悩んで」
「いや何、ちょっとした事だ。朝食に何を作ろうかと思ってな」
「本当にちょっとした事ね。
それなら、私がいつも作ってるやつで良いんじゃない? トーストとベーコンとそれからスクラブルエッグ。
食材は足りてると思うし」
「なら、そうしよう。早速作るか」
相談が終わり、朝食のメニューが決まったところで、二人は調理を開始する。その中で、
「……む? なんだ、ルディア。そんなに私の顔を見て。私の顔に何かついてるか?」
ルディアはカリューオンの顔、いや、その少し上を横目で見ていた。
「何もついてないわよ。でも、昔から気になっるのだけれど、そんな頭巾を被って耳に違和感ないの? それに聞こえ辛いんじゃないの?
ルディアが気にしている事、それは自身にない大きな犬耳……失礼、狼耳だ。
カリューオンが被っている頭巾は、先も述べたが、毛が落ちないようにするためだ。だが、それと同時に、耳は強制的に倒されており、さらには耳の穴は塞がれている。
五感のうちの聴覚が塞がれていとなれば、違和感を感じざるを得ないだろう。
「まあ……そうだな。最初は違和感があったが、今はもう慣れている。衛生面には気を使わなくてはならないしな。
それに聞こえ辛いという事はないな。なぜなら……」
カリューオンはそう言いながら、三角頭巾からはみ出ている横髪をかきあげ、ある物を見せる。
それは犬でも猫でも、ましてや象の耳でもない。人間の耳だ。
「へぇ、獣人って人間と同じ耳がついてるのね」
「まあな。とはいえ、皆が同じとは限らないさ。ピテーコスにはついていないようだからな」
「ふーん、そういう物なのね」
よくある日常の他愛もない話。そこに険悪という文字はなく、仲の良い二人組に見える。
まるで、昔からの友人同士か、それとも親子のように、彼女達の間には気安さと、親しみが感じられる。
だからこそ、朝食も和やかな雰囲気で作っていく……
「……って、なんでアンタがいんのよ!!」
そんなはずもなかった。
「昨日の事、忘れたとは言わせないわ!
例えやった事はアンタの主人でも、私はアンタを許さない!」
彼女はここでやっと昨日の事を思い出す。
メティス達がここにやって来て、リルーフを渡せと言い、ルディアは断り、戦い、そして、敗北してしまった。
そうなると、リルは連れ去られているはずだと、彼女は決めつける。彼は死にたがっているようにも見えたのだから。
「ま、待て! 昨日はああなったが、それでもここにしばらく住まわせてもらう事は、キミも了承しただろう!」
「そんな事、一切記憶にないわね! リルを勝手に連れ出したアンタに……
そうよ……リルは、彼は……!」
カリューオンに向けていた怒り、しかしそれはある名前によって変化する。
リル、彼が一体どうなったのか、メティスに殺されたのではないだろうかと危惧する。もし本当にそうなってしまえば……
「どいて!」
「くっ! おい、ルディア!」
彼女はリルの安否を確かめるべく、カリューオンを弾き飛ばしながら走り出す。向かうはメティスの下へ。
さっきから、彼女はメティスの魔力を感じていた。独特で、掴み所がないくせに、圧倒的な存在感を放つ彼女の魔力。それはリルが寝泊まりしていた部屋にあった。
「なんでこんなところに……メティス!」
連れ去った相手の部屋にいるとはどういう神経をしているのかと疑いながらも、ルディアはドアを叩きつけるほどの勢いで開ける。まるで、乱暴なソフィのように。
そして、そこにいたのは
「あら、おはようルディア。そんなに慌てないで、疲れ切った彼が起きてしまうもの」
両足を揃え、膝に手を添えた優雅な姿で椅子に座るメティスと、
「ううん……な、なんだ? その声は、ルディア……か?」
その横のベッドで寝ているリルであった。
「な、何で……リル、どうして居るの……?」
口では疑問を抱いているかのようだが、実際に彼女が抱く感情は違う。
ただの真っ白。あまりにも予想外の出来事に、脳内の全てが洗い落とされてしまった。
しかし、ほんの僅かに残された安心感が、それまでの怒りと緊張と相まって、彼女の目から熱い何かを流させる。
「よか……った」
震えた声を出しながらも、彼女は一歩ずつリルに近づく。
その顔はもう怒りには包まれておらず、ただ安堵の笑みを浮かべる。
「ルディア……?」
「本当に良かった……!」
そして、リルに触れられる距離まで近づいたとき、彼女は腕いっぱいに彼の体を抱きしめる。力強く、優しく、まるでそれは母親であるかのよう。
「いてててて!! ルディア! 痛い!!」
「ご、ごめん! どこか怪我してたの!?」
だが、彼からしてみれば、突然謎の痛みを与えられた事になり、触れた部分全体の神経が悲鳴を上げる。
「ルディア、落ち着きなさい。常に冷静に、周りを把握する事を優先的に。
私の数少ない教え、忘れたかしら?」
昨日は完全に敵として戦っていた筈なのに、それを意に介していないかのように、メティスは微笑む。
ルディアらを圧倒していた人物と同一だとはとても思えない。
「……覚えてるわよ、ちゃんと」
それに対し、ルディアは一瞬疑心暗鬼の目を向けるも、今は敵意がないと判断し、ため息をつきながらも疑う事をやめる。
「急にウチに来たと思ったら、突然リルを渡せと言い、かと思えば看病らしき事をしてる。
まったく……アンタは本当、何考えてるんだか」
「ふふ、さあ何を考えているのでしょうか?」
その声色は、単に愉悦を楽しんでいるようにも聞こえるが、裏には底知れぬ何かを孕んでいるようにも聞こえる。
英雄と呼ばれた魔術師の思考は誰にも読めないのか。
「なぜここにいるの?」
「貴女がここにいても良いって言ったからよ」
「言った記憶なんかないし、そもそも今の私はそんな事言わないわ」
「確かに言ってたわよ、寝ぼけてたかもしれないけれど」
「そんなの言ってる事になってない!」
怒声を浴びせながらも、彼女は頭を抱える。
この賢者に真面目に付き合っていたら、身が持たないだろう。
「それに、戦いに疲れる貴女達を放置しておくなんて、私の良心が痛むもの」
「良心なんてどこにあるのよ……。
けど、今はそれを置いておくとして、冗談なしで、ここからはちゃんと教えてもらうわよ。アンタの目的からリルを引き渡せと言った理由、そして、彼がまだここにいる理由もね」
しかし、それでも彼女は追求する。上手く受け流されるか、あるいは嘘でごまかされるかもしれないというのに。
「私、嘘つくかも知れないわよ?」
「それでもよ。
嘘かどうかは、聞いてから判断する」
あまりにも真っ直ぐなそのいいように、メティスは笑顔を崩さざるを得なかった。そうなれば、ため息をついて呆れ返るしかないだろう。
「ここまで『私ははぐらかします』と言っているのに、真正面から聞きにくるなんて、やっぱり彼女の娘ね」
けれども、彼女の表情は笑顔へと戻る。しかも、それはついさっきの裏があるような物ではない。純粋に、何かが嬉しいと感じているのか。
「ええ、貴女の質問にお答えましょう。とはいえ、全部ではないのだけれど」
「それでも構わない」
「では何から話そうかしら。目的……は、そうね。この世界に脅威が再誕しようとしている。その為の準備がしたかった。
そして、彼の話を聞いた時、私は危険分子だと判断した。その理由はもう話したわね?」
「彼が転生者で、っていう話ね」
『ええ』と、メティスは相槌を打つ。
転生者の話を忘れたという人のために説明すると、その転生者は力を持っている事が多く、過去に現れた魔王も同じで、しかもその力で悪さをしていた。これでは、記憶喪失で力のあるリルを警戒するのも無理ないという物だ。
「だから、私は彼を手元に置いておきたかった。転生者であろうと、ここの世界の者であろうと」
「殺す、の間違いじゃなくて?」
「あらやだ。そんな物騒な事言ったかしら?」
飄々と返す彼女に、苛立ちを覚えてしまうルディアであったが、よくよく思い出してみると、確かに彼女はそんな事は一言もいっていない。ルディアがそう決め付けていただけだ。
しかし、あの殺伐として雰囲気でただ連れ帰るだけとは思えないのも確かだった。
「まあ、そんなのどちらでも良いじゃない。
——私の考えは間違いだと気づいて、彼をここに残すことにした。
それは貴女にとっても望ましい結果ではなくて?」
「そんな都合の良い事を信じろって言うのね」
ルディアの疑心はここに来て一気に肥大化する。
普通の人間であれば、胡散臭い者からの都合の良い話は信じられないと切り捨てる場合が多い。
「せめて、彼を残す事にした、その理由ぐらいは教えてほしいものね」
「……知るべきだと思ったからかしら」
「それは彼に言われたから?」
「ええ。とは言っても、それは私に向けてではなかった。彼は過去のことについて知るべきだと言った」
「だから自分もそれを知るべきだって?
そんな簡単に考えが変わるなら、戦う必要もなかったわよ」
皮肉を言うルディア。たしかにその通りではあるが、メティスの話はそれだけで終わらない。
「そうね。けど、私はそう思った。そう思わざるを得なかった。
だって彼、私に一度も攻撃しなかったのよ? 力を恐れる人に力で解決はしないって、それでいて『自分を信じろ』だなんて言うの。
何も知らない私に、何されるかも分からないのに、甘いなんて物じゃないわ」
「……そうかもね。敵は殺すべきであり、情けを掛けるべきではない」
彼女らの言葉から分かる通り、この世界では殺しがそこまで罪とはならないらしい。法がそれを許しているだけなのか、それか倫理観がそうさせているのか。
「だから、私はこの子を信じようと思った。
彼が悪人だったら……いいえ、善人であっても、そう言える人はいないもの」
「それが、理由ね?」
メティスはコクリとうなずく。
——信用しても良いかしら。
ルディアは顎に手を添えて、そう考える。
今まで彼女はメティスに対して、胡散臭いやら、信用できない者として評価していたが、この瞬間だけは何故か、嘘をついていないと確信ができた。
筋が通っているというのも確かだが、こう言葉では表せない物。そう、例えるなら『直感』だろう。
「良いわ。今はその言葉、『信じてみる』」
こうして、ルディアとメティスは和解する。
例え、その裏にまだ何かが隠されていたとしても、この先何があるか予測できないとしても、メティスはリルを、そしてルディアはメティスを信じることにした。
「なあ」
そして、ここで二人の話を聞いていただけのリルが声を上げる。
相当な痛みが体を蝕んでいるのか、体は動かさず、口だけ動かしていた。
「メティス、お前がどう考えてようと、俺をここに残してくれたのは感謝する。
けどさ……あんまり俺が言った事を繰り返さないでくれ。なんかそのさ……」
リルの恥ずかしそうな物言いに、メティスは思わず、プッと笑ってしまう。
「ちょっ、笑うなよ! あれ、結構青臭いって自分で思ってるんだからさ!
っ……いってぇ!!」
体を起こした途端、彼に取り付く痛みは急激に大きくなり、彼の体をベッドへと寝かせてしまう。
「ふふっ、笑うのは失礼だったわね。謝罪をさせていただきますわ。
ですから、今はどうか体を休めて」
何度もいうが、本当に敵であったとは思えないほどの英雄の豹変ぶり。優しい物言いにどこか違和感もあるが、今はこれで良いのだろう。
誰も死なずに済んだ。可能性は潰える事なく、勝負の、そして事件の終幕は一旦、ここで終わり。
「メティス様! 何故ここに!」
小鳥がさえずり、朝日が登ると同時に、ルディアは自身の部屋で目を覚ます。
太陽の光はあるものの外は少し薄暗く、のんびり屋の人間ならばあと五分などと言いながら、二度寝をすること必然の時間帯。
しかし、これが彼女の習慣なのだ。農業のために朝早くから起き、作物の管理をする。例え、早朝の作業がなくとも、だ。
「今日は……いつもより、体が疲れてるわね」
そして、体を起こすと共に、自身の調子を確認をする。
それは農業にも関わることではあるが、その本質は戦士としての自己管理だ。
戦う者であれば、常に体調を万全にしておく物。そうでなくとも、今日一日何ができるかを自身で把握していなければならない。それが命に関わる事もありえるのだから。
「あんまり無茶はしないとして……まずは顔でも洗いでもしようかしら」
体を一通り動かして、調子を確認した後は、身支度を整える為に部屋を出て洗面台へと向かう。
顔洗いから始まり、髪を解かして、歯を磨き、そして農作業をする為に動きやすい服に着替える。
「……よし、それじゃあ朝ご飯の用意ね。
今日は私が当番だったかしら」
それが終われば、今度は朝食の準備だ。
そう思い、彼女は台所へと向かうのだが、
「おはようカリュ。貴女、いつも早いわね」
「……む? ああ、おはようルディア」
銀色の毛を持つ人狼、カリューオンが先に来ていたようだ。
彼女は頭に三角頭巾を被り、割烹着を身に付けており、大きな耳や尻尾に生えているフサフサの毛が料理に入らないようにしている。そのため毛が多い彼女を安心して台所に立たせられるだろう。
しかし、そんな彼女は顎に手を添えながら、何かに悩んでいるようだった。
「どうしたのよ、そんなに悩んで」
「いや何、ちょっとした事だ。朝食に何を作ろうかと思ってな」
「本当にちょっとした事ね。
それなら、私がいつも作ってるやつで良いんじゃない? トーストとベーコンとそれからスクラブルエッグ。
食材は足りてると思うし」
「なら、そうしよう。早速作るか」
相談が終わり、朝食のメニューが決まったところで、二人は調理を開始する。その中で、
「……む? なんだ、ルディア。そんなに私の顔を見て。私の顔に何かついてるか?」
ルディアはカリューオンの顔、いや、その少し上を横目で見ていた。
「何もついてないわよ。でも、昔から気になっるのだけれど、そんな頭巾を被って耳に違和感ないの? それに聞こえ辛いんじゃないの?
ルディアが気にしている事、それは自身にない大きな犬耳……失礼、狼耳だ。
カリューオンが被っている頭巾は、先も述べたが、毛が落ちないようにするためだ。だが、それと同時に、耳は強制的に倒されており、さらには耳の穴は塞がれている。
五感のうちの聴覚が塞がれていとなれば、違和感を感じざるを得ないだろう。
「まあ……そうだな。最初は違和感があったが、今はもう慣れている。衛生面には気を使わなくてはならないしな。
それに聞こえ辛いという事はないな。なぜなら……」
カリューオンはそう言いながら、三角頭巾からはみ出ている横髪をかきあげ、ある物を見せる。
それは犬でも猫でも、ましてや象の耳でもない。人間の耳だ。
「へぇ、獣人って人間と同じ耳がついてるのね」
「まあな。とはいえ、皆が同じとは限らないさ。ピテーコスにはついていないようだからな」
「ふーん、そういう物なのね」
よくある日常の他愛もない話。そこに険悪という文字はなく、仲の良い二人組に見える。
まるで、昔からの友人同士か、それとも親子のように、彼女達の間には気安さと、親しみが感じられる。
だからこそ、朝食も和やかな雰囲気で作っていく……
「……って、なんでアンタがいんのよ!!」
そんなはずもなかった。
「昨日の事、忘れたとは言わせないわ!
例えやった事はアンタの主人でも、私はアンタを許さない!」
彼女はここでやっと昨日の事を思い出す。
メティス達がここにやって来て、リルーフを渡せと言い、ルディアは断り、戦い、そして、敗北してしまった。
そうなると、リルは連れ去られているはずだと、彼女は決めつける。彼は死にたがっているようにも見えたのだから。
「ま、待て! 昨日はああなったが、それでもここにしばらく住まわせてもらう事は、キミも了承しただろう!」
「そんな事、一切記憶にないわね! リルを勝手に連れ出したアンタに……
そうよ……リルは、彼は……!」
カリューオンに向けていた怒り、しかしそれはある名前によって変化する。
リル、彼が一体どうなったのか、メティスに殺されたのではないだろうかと危惧する。もし本当にそうなってしまえば……
「どいて!」
「くっ! おい、ルディア!」
彼女はリルの安否を確かめるべく、カリューオンを弾き飛ばしながら走り出す。向かうはメティスの下へ。
さっきから、彼女はメティスの魔力を感じていた。独特で、掴み所がないくせに、圧倒的な存在感を放つ彼女の魔力。それはリルが寝泊まりしていた部屋にあった。
「なんでこんなところに……メティス!」
連れ去った相手の部屋にいるとはどういう神経をしているのかと疑いながらも、ルディアはドアを叩きつけるほどの勢いで開ける。まるで、乱暴なソフィのように。
そして、そこにいたのは
「あら、おはようルディア。そんなに慌てないで、疲れ切った彼が起きてしまうもの」
両足を揃え、膝に手を添えた優雅な姿で椅子に座るメティスと、
「ううん……な、なんだ? その声は、ルディア……か?」
その横のベッドで寝ているリルであった。
「な、何で……リル、どうして居るの……?」
口では疑問を抱いているかのようだが、実際に彼女が抱く感情は違う。
ただの真っ白。あまりにも予想外の出来事に、脳内の全てが洗い落とされてしまった。
しかし、ほんの僅かに残された安心感が、それまでの怒りと緊張と相まって、彼女の目から熱い何かを流させる。
「よか……った」
震えた声を出しながらも、彼女は一歩ずつリルに近づく。
その顔はもう怒りには包まれておらず、ただ安堵の笑みを浮かべる。
「ルディア……?」
「本当に良かった……!」
そして、リルに触れられる距離まで近づいたとき、彼女は腕いっぱいに彼の体を抱きしめる。力強く、優しく、まるでそれは母親であるかのよう。
「いてててて!! ルディア! 痛い!!」
「ご、ごめん! どこか怪我してたの!?」
だが、彼からしてみれば、突然謎の痛みを与えられた事になり、触れた部分全体の神経が悲鳴を上げる。
「ルディア、落ち着きなさい。常に冷静に、周りを把握する事を優先的に。
私の数少ない教え、忘れたかしら?」
昨日は完全に敵として戦っていた筈なのに、それを意に介していないかのように、メティスは微笑む。
ルディアらを圧倒していた人物と同一だとはとても思えない。
「……覚えてるわよ、ちゃんと」
それに対し、ルディアは一瞬疑心暗鬼の目を向けるも、今は敵意がないと判断し、ため息をつきながらも疑う事をやめる。
「急にウチに来たと思ったら、突然リルを渡せと言い、かと思えば看病らしき事をしてる。
まったく……アンタは本当、何考えてるんだか」
「ふふ、さあ何を考えているのでしょうか?」
その声色は、単に愉悦を楽しんでいるようにも聞こえるが、裏には底知れぬ何かを孕んでいるようにも聞こえる。
英雄と呼ばれた魔術師の思考は誰にも読めないのか。
「なぜここにいるの?」
「貴女がここにいても良いって言ったからよ」
「言った記憶なんかないし、そもそも今の私はそんな事言わないわ」
「確かに言ってたわよ、寝ぼけてたかもしれないけれど」
「そんなの言ってる事になってない!」
怒声を浴びせながらも、彼女は頭を抱える。
この賢者に真面目に付き合っていたら、身が持たないだろう。
「それに、戦いに疲れる貴女達を放置しておくなんて、私の良心が痛むもの」
「良心なんてどこにあるのよ……。
けど、今はそれを置いておくとして、冗談なしで、ここからはちゃんと教えてもらうわよ。アンタの目的からリルを引き渡せと言った理由、そして、彼がまだここにいる理由もね」
しかし、それでも彼女は追求する。上手く受け流されるか、あるいは嘘でごまかされるかもしれないというのに。
「私、嘘つくかも知れないわよ?」
「それでもよ。
嘘かどうかは、聞いてから判断する」
あまりにも真っ直ぐなそのいいように、メティスは笑顔を崩さざるを得なかった。そうなれば、ため息をついて呆れ返るしかないだろう。
「ここまで『私ははぐらかします』と言っているのに、真正面から聞きにくるなんて、やっぱり彼女の娘ね」
けれども、彼女の表情は笑顔へと戻る。しかも、それはついさっきの裏があるような物ではない。純粋に、何かが嬉しいと感じているのか。
「ええ、貴女の質問にお答えましょう。とはいえ、全部ではないのだけれど」
「それでも構わない」
「では何から話そうかしら。目的……は、そうね。この世界に脅威が再誕しようとしている。その為の準備がしたかった。
そして、彼の話を聞いた時、私は危険分子だと判断した。その理由はもう話したわね?」
「彼が転生者で、っていう話ね」
『ええ』と、メティスは相槌を打つ。
転生者の話を忘れたという人のために説明すると、その転生者は力を持っている事が多く、過去に現れた魔王も同じで、しかもその力で悪さをしていた。これでは、記憶喪失で力のあるリルを警戒するのも無理ないという物だ。
「だから、私は彼を手元に置いておきたかった。転生者であろうと、ここの世界の者であろうと」
「殺す、の間違いじゃなくて?」
「あらやだ。そんな物騒な事言ったかしら?」
飄々と返す彼女に、苛立ちを覚えてしまうルディアであったが、よくよく思い出してみると、確かに彼女はそんな事は一言もいっていない。ルディアがそう決め付けていただけだ。
しかし、あの殺伐として雰囲気でただ連れ帰るだけとは思えないのも確かだった。
「まあ、そんなのどちらでも良いじゃない。
——私の考えは間違いだと気づいて、彼をここに残すことにした。
それは貴女にとっても望ましい結果ではなくて?」
「そんな都合の良い事を信じろって言うのね」
ルディアの疑心はここに来て一気に肥大化する。
普通の人間であれば、胡散臭い者からの都合の良い話は信じられないと切り捨てる場合が多い。
「せめて、彼を残す事にした、その理由ぐらいは教えてほしいものね」
「……知るべきだと思ったからかしら」
「それは彼に言われたから?」
「ええ。とは言っても、それは私に向けてではなかった。彼は過去のことについて知るべきだと言った」
「だから自分もそれを知るべきだって?
そんな簡単に考えが変わるなら、戦う必要もなかったわよ」
皮肉を言うルディア。たしかにその通りではあるが、メティスの話はそれだけで終わらない。
「そうね。けど、私はそう思った。そう思わざるを得なかった。
だって彼、私に一度も攻撃しなかったのよ? 力を恐れる人に力で解決はしないって、それでいて『自分を信じろ』だなんて言うの。
何も知らない私に、何されるかも分からないのに、甘いなんて物じゃないわ」
「……そうかもね。敵は殺すべきであり、情けを掛けるべきではない」
彼女らの言葉から分かる通り、この世界では殺しがそこまで罪とはならないらしい。法がそれを許しているだけなのか、それか倫理観がそうさせているのか。
「だから、私はこの子を信じようと思った。
彼が悪人だったら……いいえ、善人であっても、そう言える人はいないもの」
「それが、理由ね?」
メティスはコクリとうなずく。
——信用しても良いかしら。
ルディアは顎に手を添えて、そう考える。
今まで彼女はメティスに対して、胡散臭いやら、信用できない者として評価していたが、この瞬間だけは何故か、嘘をついていないと確信ができた。
筋が通っているというのも確かだが、こう言葉では表せない物。そう、例えるなら『直感』だろう。
「良いわ。今はその言葉、『信じてみる』」
こうして、ルディアとメティスは和解する。
例え、その裏にまだ何かが隠されていたとしても、この先何があるか予測できないとしても、メティスはリルを、そしてルディアはメティスを信じることにした。
「なあ」
そして、ここで二人の話を聞いていただけのリルが声を上げる。
相当な痛みが体を蝕んでいるのか、体は動かさず、口だけ動かしていた。
「メティス、お前がどう考えてようと、俺をここに残してくれたのは感謝する。
けどさ……あんまり俺が言った事を繰り返さないでくれ。なんかそのさ……」
リルの恥ずかしそうな物言いに、メティスは思わず、プッと笑ってしまう。
「ちょっ、笑うなよ! あれ、結構青臭いって自分で思ってるんだからさ!
っ……いってぇ!!」
体を起こした途端、彼に取り付く痛みは急激に大きくなり、彼の体をベッドへと寝かせてしまう。
「ふふっ、笑うのは失礼だったわね。謝罪をさせていただきますわ。
ですから、今はどうか体を休めて」
何度もいうが、本当に敵であったとは思えないほどの英雄の豹変ぶり。優しい物言いにどこか違和感もあるが、今はこれで良いのだろう。
誰も死なずに済んだ。可能性は潰える事なく、勝負の、そして事件の終幕は一旦、ここで終わり。
「メティス様! 何故ここに!」
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夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
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ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
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さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
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