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第三章 森の中の医者
淫魔の花屋と医者
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花屋で花を買ったルディア達。そのあとは、腕の良い医師がいると言われている病院へと向かう。
どうやらその医師はカリューオンと知り合いのようで、さらには今の時間ちょうど暇だったらしく、往診をお願いすると快く了承してくれた。
そして、そのまま何事もなく家へと帰り、リルの診察へと移る。これで、彼の容態が分かる……
「これは……ただの筋肉痛ですな」
そんな事にはならなかった。
「は? 筋肉痛が三日も続くわけ?」
「そう言われましてもな。ワシの知る限りでは、そうとしか。
いやはや、医療の道を続けて三十年。まだまだ知らないことばかりですのう」
「うっそだろ……」
研鑽の余地はあるということですな、などと嬉しそうに言いそうな白髪の医者ではあるが、リルからすればたまった物ではない。
わざわざルディア達が、都から連れてきてくれたというのに治療法どころか、自身の身に何が起こっているかも判明しなかったのは痛手だ。
「ねえ、カリュ。この人、本当に腕が良いっていう評判の人なの?」
「……間違いはない。私も多少のイロハは教えてもらっている身ではある。
知識ならば都で右に出るものはいないはずなのだが……」
「評価してくれるのはありがたいがのう、カリューオンさん。私ももう老いぼれ、この頭の中に残っている知識は過去の物ばかり」
「それは流石に卑屈になりすぎです。知識とは先人から続くものばかりなのだから」
「そうだとしても、私には何もできんかった。医者としてお恥ずかしい話ですよ」
申し訳なさそうに喋る老人であったが、これで振り出しに戻った事には変わらない。
こうなれば、リルの容態を突き止めるには、世界で指折りの医者を探すか、それとも……
「そうだ。思い出しました! 王都には一人、他人との縁も持たない医者がいましてね」
これは行き詰まってしまったか、誰もがそう思ったところで、彼はある糸口を見つける。
「ほう、聞かせてくれ」
「その医者はあの森へとよく向かっていて、いつも何かを持って帰っておるみたいです。まあ、薬草か何かでしょう。
しかも、その薬草を使っては次々と新薬を使って、私らでは手のかかる症状をあれよあれよと治していくらしい。
その人ならば、何か分かるかもしれませんのう」
「そう。他に当てもないし、その医者に頼るしかないわね。
で、どこにいるのかしら?」
「確か……花を売っている妙に肌を露出している魔族と一緒に住んでいるとか」
「それってもしかして……」
王都に赴いた三人は、共通の人物を思い浮かべる。そう、花屋で魔族、それはあの人しかいないだろう。
という事で、再びバラデラに向かうことになった三人は、十分程度で城から街へと繰り出していた。
「まさか、あの花屋が関係してたとはね」
「全くだ。どこで何が繋がっているかもわからんな。人の縁というのは奇妙な物だ」
「そうだな。けど、俺はバラデラに来れただけでなんか嬉しいんだけどな!」
今日二回目の上京だというのに、イーサンの上機嫌は継続中のようで、未だ浮かれているのは誰が見ても分かる。
「にしても貴方、不慣れな中でよくそんな元気でいられるわね。二日前なんか、自分の世界に帰れないかもしれないって言われたのに」
二日前、それはメティスに善明が元の世界に帰れないかとルディアが聞いた日の事だ。
空間の魔法を操るメティスであれば、別世界へ渡れるのではないか。そう聞いたところ、それは無理だと判断された。その理由は……
「確かパラレルワールド……だったけ? 俺、よく分かんないけど」
「ええそう。
パラレルワールド、並行世界と呼ばれる物。異世界があるならば、必ず存在し得る物。
鏡合わせのように無数に存在しながらも、その一つ一つに僅かな差異があり、その性質こそが貴方が元の世界に帰れないっていう理由。
無数の世界から貴方のいた世界を探し出す事は不可能で、似たような世界に戻れたとしても、正確な元の世界ではないし、そうなると歪みができる。
それがメティスの言い分みたいね」
「……今聞いても、よく分かんないな。まあでも、帰れないってことぐらいは俺だって分かる。それで、ちょっと不安にも思ってるさ。
けど、クヨクヨしたって仕方ないし、今はできることをやる。
そんでもって、それはリルの事だ」
イーサンはそう言いながら、口角を上げる。
その鋼のメンタルにルディアは呆れ返り、笑うしかない。
「アンタ……よっぽどのバカなのね」
「それ、よく言われるよ」
二人は笑顔で、年相応のやり取りをしながらも、歩みを進める。そこに一切の負の感情はない。
だが、その二人に追従しながらも、眉間にシワを寄せる人物がいる。カリューオン、彼女は別世界について、そしてリルとイーサンについて考えていた。
「メティス様はイーサンにパラレルワールドの事を説明されていたのか……ならば、なぜリルを元の世界に返すと言ったんだ?」
使い魔である彼女は、ある程度主人の意図は知っている。メティスがリルを殺そうとしたのではなく、ただ元の世界に返すという真意も。
だからこそ、イーサンを元の世界に返せないと言ったことは理解できなかった。
「リルを元の世界に返すというのは嘘だった? 元の世界ではなく似たような世界に返すつもりだった? いや、ならば『歪み』というのはどうなる。
殺す……いや、それはあり得ないはずだ。それならばあの時、最初から本気で戦うはずだ。
考えれば、考えるほど分からん。……はぁ、めんどくさいな」
カリューオンは似合わない言葉を吐きながらも、イーサン達の後をついていく。その考えを隅に置きながらも。
そして、彼ら三人は目的地である魔族が経営している花屋に到着する。白、青、赤、黄色、色鮮やかな花達が生き生きと咲いているそこは、ルディアにとってどこか親しみを覚える場所だった。
「いらっしゃいませ……あれ、さっきのお客さん?」
そして、つい一時間ほど前に会った青肌の淫魔が、その花屋の前で花の世話をしていた。
相も変わらず、見た目は少年少女に見せられないような過激さを持ち合わせている。
「何か買い忘れですか?」
「いいえ、貴女にちょっと聞きたいことがあるの。
少し変わった医者がここにいるって聞いたのだけど、心当たりあるかしら?」
「医者……はい、メリーさんですね?」
「メリー?」
イーサンはその名を聞いて羊を思い浮かべるが、話は関係なく進む。
「メリー、その人が医者かしら?」
「そうです。一応ここの二階を診療所してらっしゃるんですけど……」
説明の途中、淫魔は気まずそうに目を逸らす。
「どうしたの?」
「いやあ、実はあの人、今いないんです。一週間前からずっと帰ってこなくて」
「一週間って……それやばいんじゃ!」
「大丈夫ですよ。あの人、医者とは言っても元軍人だし、それくらい帰って来ないなんてザラなんですよ」
「大丈夫であれ、そうでなかれ、私たちはその人が必要なの」
「そうなんですか……なら、探しに行ってもらえません? あの人は森に入ったはずなので」
「森……ってことはあの……?」
「はい、そうです」
森、それがどこを指しているのかわからないイーサンは頭を傾げる。
「なあ、ルディア。森って……?」
「ここから南東にある森のことよ。だいぶ大きいから人探しってなると結構大変になるわね」
「大丈夫です! あの人はこれと同じ物を持っているので!」
淫魔はそういうと胸の谷間からペンダントらしき物を取り出す。それは涙型の水晶のようで、人の心を穏やかにさせるような緑の色をしていた。
「それは?」
「共鳴ダウジングです! これに魔力を通すと対になっている共鳴ダウジングの方向を指してくれるんです!
これを貸しますんで、あの人を探してきてください!」
「良いけど、これ、本当に借りて良いの?」
「はい! 花好きな人に悪い人はいませんので! あなたになら盗まれても構いません!」
「それもう、悪いひとなんじゃ……」
そのイーサンのツッコミで、ルディアとカリューオンがぷっと笑いはじめる。
「ちょ、ちょっと!? 私何か変なこと言いましたか!?」
「ふっ……悪いな。あまりにも見た目とは反する性格だと思って」
「私もよ。もちろん良い意味で、だけど」
「もう、良い人だなんて言って損しました」
拗ねたように淫魔は腕を組んで、ぷいっと顔を背ける。その様子さえも、笑いの一因になると知らずに。
「じゃあ私たち、そろそろ貴方の同居人を探しに行くわ。
ええっと……貴方名前は?」
「私? 私はアリアナです!」
「私はルディア、そっちの黒髪はイーサン、銀狼人の方はカリューオン。
アリアナ、あなたの同居人、ここへ連れ戻してくるわ」
どうやらその医師はカリューオンと知り合いのようで、さらには今の時間ちょうど暇だったらしく、往診をお願いすると快く了承してくれた。
そして、そのまま何事もなく家へと帰り、リルの診察へと移る。これで、彼の容態が分かる……
「これは……ただの筋肉痛ですな」
そんな事にはならなかった。
「は? 筋肉痛が三日も続くわけ?」
「そう言われましてもな。ワシの知る限りでは、そうとしか。
いやはや、医療の道を続けて三十年。まだまだ知らないことばかりですのう」
「うっそだろ……」
研鑽の余地はあるということですな、などと嬉しそうに言いそうな白髪の医者ではあるが、リルからすればたまった物ではない。
わざわざルディア達が、都から連れてきてくれたというのに治療法どころか、自身の身に何が起こっているかも判明しなかったのは痛手だ。
「ねえ、カリュ。この人、本当に腕が良いっていう評判の人なの?」
「……間違いはない。私も多少のイロハは教えてもらっている身ではある。
知識ならば都で右に出るものはいないはずなのだが……」
「評価してくれるのはありがたいがのう、カリューオンさん。私ももう老いぼれ、この頭の中に残っている知識は過去の物ばかり」
「それは流石に卑屈になりすぎです。知識とは先人から続くものばかりなのだから」
「そうだとしても、私には何もできんかった。医者としてお恥ずかしい話ですよ」
申し訳なさそうに喋る老人であったが、これで振り出しに戻った事には変わらない。
こうなれば、リルの容態を突き止めるには、世界で指折りの医者を探すか、それとも……
「そうだ。思い出しました! 王都には一人、他人との縁も持たない医者がいましてね」
これは行き詰まってしまったか、誰もがそう思ったところで、彼はある糸口を見つける。
「ほう、聞かせてくれ」
「その医者はあの森へとよく向かっていて、いつも何かを持って帰っておるみたいです。まあ、薬草か何かでしょう。
しかも、その薬草を使っては次々と新薬を使って、私らでは手のかかる症状をあれよあれよと治していくらしい。
その人ならば、何か分かるかもしれませんのう」
「そう。他に当てもないし、その医者に頼るしかないわね。
で、どこにいるのかしら?」
「確か……花を売っている妙に肌を露出している魔族と一緒に住んでいるとか」
「それってもしかして……」
王都に赴いた三人は、共通の人物を思い浮かべる。そう、花屋で魔族、それはあの人しかいないだろう。
という事で、再びバラデラに向かうことになった三人は、十分程度で城から街へと繰り出していた。
「まさか、あの花屋が関係してたとはね」
「全くだ。どこで何が繋がっているかもわからんな。人の縁というのは奇妙な物だ」
「そうだな。けど、俺はバラデラに来れただけでなんか嬉しいんだけどな!」
今日二回目の上京だというのに、イーサンの上機嫌は継続中のようで、未だ浮かれているのは誰が見ても分かる。
「にしても貴方、不慣れな中でよくそんな元気でいられるわね。二日前なんか、自分の世界に帰れないかもしれないって言われたのに」
二日前、それはメティスに善明が元の世界に帰れないかとルディアが聞いた日の事だ。
空間の魔法を操るメティスであれば、別世界へ渡れるのではないか。そう聞いたところ、それは無理だと判断された。その理由は……
「確かパラレルワールド……だったけ? 俺、よく分かんないけど」
「ええそう。
パラレルワールド、並行世界と呼ばれる物。異世界があるならば、必ず存在し得る物。
鏡合わせのように無数に存在しながらも、その一つ一つに僅かな差異があり、その性質こそが貴方が元の世界に帰れないっていう理由。
無数の世界から貴方のいた世界を探し出す事は不可能で、似たような世界に戻れたとしても、正確な元の世界ではないし、そうなると歪みができる。
それがメティスの言い分みたいね」
「……今聞いても、よく分かんないな。まあでも、帰れないってことぐらいは俺だって分かる。それで、ちょっと不安にも思ってるさ。
けど、クヨクヨしたって仕方ないし、今はできることをやる。
そんでもって、それはリルの事だ」
イーサンはそう言いながら、口角を上げる。
その鋼のメンタルにルディアは呆れ返り、笑うしかない。
「アンタ……よっぽどのバカなのね」
「それ、よく言われるよ」
二人は笑顔で、年相応のやり取りをしながらも、歩みを進める。そこに一切の負の感情はない。
だが、その二人に追従しながらも、眉間にシワを寄せる人物がいる。カリューオン、彼女は別世界について、そしてリルとイーサンについて考えていた。
「メティス様はイーサンにパラレルワールドの事を説明されていたのか……ならば、なぜリルを元の世界に返すと言ったんだ?」
使い魔である彼女は、ある程度主人の意図は知っている。メティスがリルを殺そうとしたのではなく、ただ元の世界に返すという真意も。
だからこそ、イーサンを元の世界に返せないと言ったことは理解できなかった。
「リルを元の世界に返すというのは嘘だった? 元の世界ではなく似たような世界に返すつもりだった? いや、ならば『歪み』というのはどうなる。
殺す……いや、それはあり得ないはずだ。それならばあの時、最初から本気で戦うはずだ。
考えれば、考えるほど分からん。……はぁ、めんどくさいな」
カリューオンは似合わない言葉を吐きながらも、イーサン達の後をついていく。その考えを隅に置きながらも。
そして、彼ら三人は目的地である魔族が経営している花屋に到着する。白、青、赤、黄色、色鮮やかな花達が生き生きと咲いているそこは、ルディアにとってどこか親しみを覚える場所だった。
「いらっしゃいませ……あれ、さっきのお客さん?」
そして、つい一時間ほど前に会った青肌の淫魔が、その花屋の前で花の世話をしていた。
相も変わらず、見た目は少年少女に見せられないような過激さを持ち合わせている。
「何か買い忘れですか?」
「いいえ、貴女にちょっと聞きたいことがあるの。
少し変わった医者がここにいるって聞いたのだけど、心当たりあるかしら?」
「医者……はい、メリーさんですね?」
「メリー?」
イーサンはその名を聞いて羊を思い浮かべるが、話は関係なく進む。
「メリー、その人が医者かしら?」
「そうです。一応ここの二階を診療所してらっしゃるんですけど……」
説明の途中、淫魔は気まずそうに目を逸らす。
「どうしたの?」
「いやあ、実はあの人、今いないんです。一週間前からずっと帰ってこなくて」
「一週間って……それやばいんじゃ!」
「大丈夫ですよ。あの人、医者とは言っても元軍人だし、それくらい帰って来ないなんてザラなんですよ」
「大丈夫であれ、そうでなかれ、私たちはその人が必要なの」
「そうなんですか……なら、探しに行ってもらえません? あの人は森に入ったはずなので」
「森……ってことはあの……?」
「はい、そうです」
森、それがどこを指しているのかわからないイーサンは頭を傾げる。
「なあ、ルディア。森って……?」
「ここから南東にある森のことよ。だいぶ大きいから人探しってなると結構大変になるわね」
「大丈夫です! あの人はこれと同じ物を持っているので!」
淫魔はそういうと胸の谷間からペンダントらしき物を取り出す。それは涙型の水晶のようで、人の心を穏やかにさせるような緑の色をしていた。
「それは?」
「共鳴ダウジングです! これに魔力を通すと対になっている共鳴ダウジングの方向を指してくれるんです!
これを貸しますんで、あの人を探してきてください!」
「良いけど、これ、本当に借りて良いの?」
「はい! 花好きな人に悪い人はいませんので! あなたになら盗まれても構いません!」
「それもう、悪いひとなんじゃ……」
そのイーサンのツッコミで、ルディアとカリューオンがぷっと笑いはじめる。
「ちょ、ちょっと!? 私何か変なこと言いましたか!?」
「ふっ……悪いな。あまりにも見た目とは反する性格だと思って」
「私もよ。もちろん良い意味で、だけど」
「もう、良い人だなんて言って損しました」
拗ねたように淫魔は腕を組んで、ぷいっと顔を背ける。その様子さえも、笑いの一因になると知らずに。
「じゃあ私たち、そろそろ貴方の同居人を探しに行くわ。
ええっと……貴方名前は?」
「私? 私はアリアナです!」
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