神隠しは天狗の仕業といいます、が

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天狗と家なき子

平埜さんと買い物と小判

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 俺はしばらく平埜(ひらの)さんちの客人になることが決まった。
 期間はたった三日だ。
 すぐりが俺の滞在が短すぎるとぶんむくれたが、仕方がない。

 前回は三週間ほどの平埜さんち滞在だったらしいが、実際の俺は、十二月の末に行方不明になって、大学入試願書受付期間が終わる二月の半ばに戻って来たという記録になっている。
 つまり二十一日に対して六十六日ほど消息不明になっていたと考えると、一日に対して三日と少しは消費してしまうという計算となるのだ。

 三日滞在でも、十日近くの日数ぐらい人間界で俺が行方不明となる。
 昨年の俺の不在があんなにも堪えている家族には、十日でもかなりの心の負担になるだろう。それなのに、俺は家にすぐにでも帰りたいと言い張れなかった。
 俺こそが家を出たがっていたからだからか。

「ねえ、平埜さん。昨年の俺もやっぱり家出をしたがっていたのかな?当時の記憶ってか、俺が行方不明の期間どころか、行方不明になる一週間前の記憶も無いんだよ。いつも過ぎて覚えていないのかも、だけど。」

 平埜は、知らん、とだけぶっきらぼうに答えた。
 彼は俺には興味がない人だからな。

 俺は流しに出されている汚れた皿に再び向かい合った。
 すぐりの機嫌を直すために俺は、彼(男の子だった)にハンバーグを作ってやると約束し、その通りにしてやったのだ。
 そのための人間界への食料品買い出しに、すぐりだけでなく平埜こそ付いてくると思わなかった、という一幕もあったが。

 驚きだよ。
 すぐりに俺が去年買ってあげた衣服があるのは驚かなかったが、まっさか、平埜さんまで人間界の今時代のお洋服を持っていたなんて知らなかったよ。
 まあ、昭和ぐらいに購入されたのものだったから、それほど仰け反るぐらいの驚きではなかった。が、金髪碧眼の長身のモデル男は、時代遅れの古着だろうが、何を着ても様になるんだなあ、と俺は惚れ惚れしてしまった、と思い出す。

 ベージュ色のチノパンに少々派手なアイビールック系のセーターを重ね、そこにまんま軍仕様っぽく見えるモッズコートを羽織った姿は、普通にアメリカから来た素敵な観光客様でしか見えなかったのである。
 特撮物のスーツを模したトレーナーセットを着たすぐりと手を繋ぐ、どこから見てももっさり田舎学生風の俺とは天と地、油と水、そのぐらい平埜と俺は相いれないものになっていた。

 なのに、平埜の中身は大天狗様でしかないのはどういうことだ。
 なん百年も生きて人間界に通じているならば、少しは常識を持とうよ!

 彼は、田舎町特有の駐車場の方が敷地が広いというスーパーに辿り着くや、俺に向かって小判を一枚差し出して来たのである。
 俺には見慣れすぎる、普通の小判よりも小型の小判だ。

「我らの買い物に優斗の金は使うな。金ならばこれを使え。」

 人前で小判なんか出すなよ、この常識無し!
 俺は慌てながら小判を掴む平埜の腕を掴むと、急いでスーパーの中に入り、入り口付近でもひと目のつかない所に引っ張りこんだ。俺に抵抗するどころか、メチャクチャ素直に平埜がなすがままだったのには驚いたが。

「優斗?」

「小判を人前で出さないでください。それと、小判はスーパーで使えません。」

 平埜が俺に差し出すのは、俺が昨年持っていたのと同じ小判だった。
 警察や他の誰にもなぜか気付かれず取り上げられなかったのに、いつも俺の持ち物のどこかに潜んでいて、質屋など換金できる場所では使用も鑑定も可だったという、呪いの品だ。今回の逃避行に当たり換金したから、天狗さん家への切符みたいな役割を果たしたのだろうか。
 そして俺は軽々しく小判を出すなと言うだけの注意だったのに、平埜は俺が彼からの小判を拒んだと思い込んだようだ。まあ、その通りだったかも、だけど。

「では。今日の買い物は無しだな。」

「ううう。ハンバグ。ハンバグ。」

 俺の足元の幼児が泣きかけ、俺は溜息を吐きながら平埜の手首から手を離して彼に手を差し出し直した。

「それはもちろんいただきますよ。スーパーで使えないから俺の金を使いますけどね。前回みたいにこの小判で賄える分しか使いませんから安心してください。」

「わかった。これは大した金じゃないからな、大したものが買えんぞ。」

「あざっす。」

 俺の手には俺が手放したものと同じ金貨が乗っていた。
 俺が質屋で鑑定してもらったところ、この小判は万延小判金というもので、時代が新しいことや金品位がかなり低いことから、二万から四万位が相場の小判だと聞いている。
 実際に俺は質屋にて四万円で買い取って貰っていた。

 でもね、スーパーで四万も買い物しないよ、平埜さん。
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