神隠しは天狗の仕業といいます、が

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天狗と家なき子

凶悪なあなたの手と迷子になった俺

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 みんなで並んで背中の洗いっこ。
 ほのぼのした風景の一つとなるはずで、責め苦のようになるものでは決してないと誰もが言い切れるはずのものだったはずだ。

 だが今の俺は、うそ、待って、だ。
 どうしてピンクな吐息が漏れちゃうの?

 それは、ぜんぶ、平埜さんのせいだ。
 平埜が俺の背中を洗う手つきは、それはもう丁寧すぎる程に丁寧なのである。

 流石になん百年も生きている天狗様は人体の快楽ポイントをちゃんと抑えていらっしゃる、という凶悪なものだと俺は思い知らされるばかりだ。
 彼はタオルではなく自らの御手で、泡立てた石鹸の泡を俺に擦りつけながら洗ってくださるのだが、その指使いが全く凶悪なのである。

 平埜は俺の体がほぐれるように撫で、筋肉が強張っていると彼が思ったところは指圧していった。撫でられる快楽と、ほんの少しだけ与えられる苦痛は、肉体の奥からの愉悦を引き出すという、恐るべき合わせ技なのだと思い知らされた。

 平埜の手は、俺に自分の中の性的欲求やらを呼び覚ましてもいたのだ。
 大きな手で首筋を撫でられ温められることで、包まれる安心感を感じた。
 俺の両肩をもみほぐすように乗せられた手で、その親指で俺の背中を指圧する。
 固くなっていた背骨が戒めを解かれたかのように柔らかくしなり伸びていく。
 なんて最高のマッサージ。

「あふ。」

「ユウト!手が止まってるよ!」

「あ、ああ。ごめん、すぐり。」

 俺は幼児の抗議の声にハッと我に返り、彼の背中を洗ってやる仕事に戻ろうとしたが、俺は自分自身の状態を何とかしないといけない事にも気が付いた。
 俺の股にかけていた俺の股の物を隠すタオルが、なんと俺の持ち物によってテントを立てていたのである。
 俺は動揺したなんてものじゃない。
 恐慌に陥っていた。

「うわ。ひとまず、そう、ひとまず石鹸を落してさ、湯船に浸かって温まろう。」

「うきゃ。」

 少々乱暴だろうが、俺はすぐりと自分にお湯をかけて泡を流し、そしてすかさずすぐりを抱き上げて湯船に向かった。
 飛び込むようにして湯船にどぼんで、あ、つるん、した。

「うわっ。」

「こら。硫黄風呂は滑るぞ、何をしている。」

 湯船の中で転びかけた俺を支えるのは、白い彫像みたいな完璧な男だ。
 俺に回されている腕はしっかりと俺を守って支えていて、俺の背中は彼の胸にぴったりと押し付けられている。
 俺の背中が感じる、平埜の鍛え抜かれた胸板の感触に、俺はぞわっとした。
 嫌悪感なんかじゃない、電気が走ったような、びくやぞわって奴だ。

「すすす、すいません。大事なすぐりまで大怪我させる所でした。」

「我らは頑丈だ。大怪我するのは優斗だけだった。」

「だよだよ。オレぜんぜんダイジョブ。気にしない。」

「そっか。でも今度から俺はもっと気を付けるな。ごめん。」

「今度から、か。そうか。」

 平埜の言葉には皮肉など無かった。
 今度という言葉に、次がある、そんな意味に思えるようなしみじみとしていて、少しだけ嬉しそうに聞こえる声音だったから。
 たぶん、きっと、彼の胸板がそんな風な柔らかな鼓動を俺に聞かせているんだし、俺にウンザリなんてことは無いだろう。

 いや、俺はどうしていちいち平埜の俺への氷対応を気にしているのか。
 昨年もお世話になった人だろうけれど、それは無かったことになっているし、それに、今年だって、あと二日でお別れの人でしょう?

「さあ座れ。我らは湯船に浸かろう。」

「ああ、ああ、そうですね。体が冷めてしまう。」

 俺達三人は同時に微笑み合い、そのままそこに腰を下ろした。
 すぐりは湯につかるや俺の手を離れてパシャパシャと湯を跳ね上げて泳ぎだし、湯船を一周して俺の腕の中に戻ってくるという可愛らしさをみせた。
 羽をパタパタさせて泳ぐ姿なんて、まるで文鳥がする行水みたいだ。

「君は、全く!」

「ユウトがいるとうれしい。オレのおかーさんだ。」

「はいはい。さあ、おいで。」

 俺は笑いながらすぐりを抱き締めたが、そこで俺はすぐりにお母さんと言われても違和感をだくどころか、いつものように受け答えしていた、と気が付いた。

 いつものように?
 昨年もこんな感じだった?

「ねえすぐり。前も三人でこんな風にわいわいお風呂に浸かっていたのかな?」

「うん。でね、途中から日高も一緒だったから、ほんとは四人だね。」

「そっか。日高、も、一緒にお風呂に入っていたんだ。」

「そうだよ。明日には来るんじゃない?日高はユウトの事が大好きだもん。ええと、大事なウジコだから自分が守らなきゃいけない子供だって言ってた。」

「氏子?子供?」

 俺は日高の事を何一つ思い出しても、というか、家族旅行で訪れた場所ぐらいの認識なのに、彼は山神として俺を保護対象にしていた?
 俺はなんだか習慣のようにして平埜に視線を向けていた。

「あの、明日には日高さんは本当に来られるんですか?」

「ああ。奴の不在がそんなに気になるなら、優斗が呼べばいい。」

「俺が、どうやって?」

「思いが通じ合っている者同士は心で通じるのでは無かったのか?」

「確かに。」

 神様にお願いをするには、人間は心で祈りを捧げる、それは同じ世界に存在していたとしても同じなのかもしれない。

「だが、呼ぶのは明日にしてくれ。夜に呼ぶにはあいつは騒がしすぎる。」

 ぶっきらぼうに俺に言い放った彼は、今度こそ嫌そうに俺から顔を背けた。
 それどころか、湯につかったばかりであるのに、立ち上がって洗い場の方へと行ってしまったのである。

 今夜の湯が白く濁りまくっている硫黄泉で良かった。
 完璧な肉体を持つ男の持ち物を、彼が立ち上がった時に俺は見てしまったのだ。
 それは彼の表情のように白けているものなどではなく、彼が若い男性である証拠のような怒張を見せていた。
 俺が思わず息を飲んでしまうような。

 いいや。
 俺が息を飲んでしまったのは、俺の体こそが反応してしまったからだ。

 ああ、湯が濁っていて良かった。
 同性の体に反応している自分の浅ましさを隠すことができた。
 濁り切った湯によって、俺の体も心も隠して貰える。
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