神隠しは天狗の仕業といいます、が

蔵前

文字の大きさ
32 / 35
君が望まぬとも、我は君を望むだろう

我には君への誓いがあるというのに

しおりを挟む
 優斗は我によって浴衣をはだけさせられた。
 しかし彼は我と違って肌着を下に着ていたので、素肌を晒すという事にはならなかった。が、我を呆気に取らせることに彼は成功していた。

 彼が身に着けていた肌着が、これはまた優斗らしい悪戯心に満ちたものだったのである。

 下履きと肌着を組み合わせて着る事で、彼がすぐりに買って与えた変な服の色違いのお揃いに見えるというものだ。
 しかし、すぐりの服が厚手素材の布地であるのとは違い、優斗の下着は綿よりも薄くてしなやかな不思議な素材である。さらに肌着が細身の造りであるからか、彼の若く瑞々しい肉体を浮き彫りにさせ、我が知らなかった布地の素材は単なる灰色を銀色と想像させる色合いで我の目に映るのだ。

 そんな肌着姿の彼の姿を目にした事で、我の頭の中は川でぴちぴち跳ねる若鮎でいっぱいとなった。
 洗面室で浴衣を完全にはだけさせなくて良かったと笑い出しながら、自分の性衝動を一先ず抑え込んだ憎らしい彼の趣味に仕返しをすることにした。

「きゃっ。」

 肌着の上から優斗の左乳首のあたりを鼻先で擦ってみただけであるが、優斗は可愛い悲鳴を上げるや魚のように撥ねたのだ。
 感じてる!
 すると、抑えられていたはずの性衝動が我の理性に打ち勝ってしまった。
 いいや、我がいい気になっただけだ。
 優斗を感じさせたぞ、と。

 我は優斗の耳元に唇を寄せると、彼の耳に唇で撫でるようにして囁いた。
 もっと彼から性の感覚を引き出せるように、と望みながら。

「君はしなやかで美しい。まるで若鮎のようだよ。」

 しかし、優斗は我からの賞賛に喜ぶどころか不貞腐れた様な顔を作った。
 その上、我が掴む彼の浴衣の布地を奪い返そうと掴んで来たのである。

「どうした?急に不機嫌となって。」

「どうせ俺はお子様ですよ。平埜さんに比べると色黒かも、だし。若鮎も可愛いお菓子だから褒めてくれているのかもですが、男にお菓子みたいってのは。」

 我は吹き出していた。
 なんて可愛いと、ああ、我は優斗抱きしめていた。
 まるで恋人にするようにして、まるで添い寝の続きのようにして、我は笑いながら彼を抱き締めて布団に転がっていたのだ。

「平埜さん!」

「ハハハ。我が言った若鮎は、漁が解禁されたばかりの瑞々しい若い鮎のことだ。頭から尻尾までむしゃむしゃと食べてしまえる、美しき魚の事だ。ハハハ。川魚に例えられるのも嫌かな?」

「そ、それならいいです。俺も鮎は大好きだし。」

 我の胸に抱きしめられ、我の腕の中で我を見上げる優斗の表情は、いいと言っていながらいいとは思っていないような微妙なものだった。
 さっきよりはマシだけど、そんな文字が見えそうだ。

「ハハハ。鮎をカワセミに変えようか。ハハハ、その嫌そうな顔。そんな風に頬を膨らませると、その不思議な肌着と相まって、まるで信長が愛したという浄厳院じょうごんいんの阿弥陀如来像のようだぞ。」

「い、いいです。もう!あなたも日高さんも俺を揶揄ってばかりです。」

 我の高揚した気分は一瞬でぺちゃんこに潰れた。
 いいや。
 潰れたのは上機嫌であり、我の中の性衝動はさらに燃え立った。
 嫉妬という炎を受けて。

「あいつは君になんと言ったんだ?」

 あいつは君に何をしたんだ?
 こうして君を抱き締めたのか?
 我は優斗をさらに引き寄せて抱きしめる腕に力を込めた。

「あいつは君をこうして抱いて、我のように揶揄ったのか?」

 我が囁くと、優斗は彼を抱く我の腕に自分の腕を絡めてきた。我はそれだけで胸がじんと熱くなったが、彼自身はその気安い行為は特に思い入れも無い無意識な行動でしかないであろう。まるで赤ん坊が大人の指を握り返すような、そんな単なる反射的行為でしかないはずなのだ。
 そう、我に向けた表情が、なんだかほんの少し我に甘える様にみえるのも、それこそ我の願望が作り上げた幻であろう。

 いいや。
 日高の言葉によって優斗が傷ついていたとしたら?

「ゆうと?日高は君に何と言ったのだ?」

「すぐりと俺がヤクシマザルの親子にしか見えないって。ひょいひょい人里に行って困った事になる所も一緒だって。ひどいです。」

「――それはあいつなりに君を叱ったんだな。」

「わかってます。俺の判断で平埜さんと日高さん達にご迷惑をかけた事は。でも。」

「でも?」

「すぐりにあげた俺のゲーム機を喜んでいるのは日高さんこそですよ?」

 俺は思わず馬鹿笑いをしてしまった。
 そんな俺の素振りを受けた優斗は頬を真っ赤に染めると、彼にしては思いっきり不貞腐れた顔を作った。
 我が優斗を見い出したあの日を思い出させる表情だった。

「君は表情が豊かだな。日高の森で顔をくしゃくしゃにしていた君は本当に可愛らしかった。」

「え?あの、日高さんが弥彦様に俺の親だって言ってくれたのって、あの、俺が十二歳の時に屋久島に行ったからですか?でも、そこにあなたもいた?」

 我は優斗の顔を目元から頬にかけて右手の指先でなぞった。
 彼が浮かべる訝しさを表す皺を伸ばすような気軽な仕草であったが、我にはこれ以上ない恋人のような親密な素振りであると分かっていた。
 きっと明日からは出来はしない今だけの振る舞いなのだという事も。

「平埜さん。」

「君はもともと日高の加護のあるあの地にて生まれた子だ。彼は元服した君を祝いたいそれだけで、君達一家を屋久島に呼び寄せたのだ。親友である我もな。」

「では、平埜さんも俺の親みたいな気持ちですね。親だから、俺の恥ずかしいこんな悩みを解消しようなんて。」

「だとしたら最低な親だな。」

 我の声には自嘲こそが強くなっていた。
 そうだ、我は誓ったではないか。
 我が守護する地においては、我は優斗を何者からも守り慈しむと。
 その我が彼を汚そうとしている一番の悪鬼となってるとは、と。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

処理中です...