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-1-『眠るための死』
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立花壮一は、眠気が訪れるのを待ち続けていた。
寝床に入っても、意識は冴えたままだ。両目を閉じて仰向けになってから、どのくらいの時間が経過しただろうか。
気になって、枕元にある充電中のスマホに手を伸ばした。側壁のボタンを押し込む。長方形の液晶がまばゆい光を放った。
デジタル数字が示すの時刻は――午前三時。
「くおっ……」
壮一は苦しげなうめき声をあげた。
出勤時間まで残り四時間しかない。
睡眠不足は決定的なものとなった。起床後は疲弊した肉体と眠気を抱え、過酷な労働に励むはめになる。
ずぅんと、気が重くなった。
近づいてくる夜明けはイコール出勤時間でもある。
朝にならないでくれと願うものの、日の出をとめることなどできやしない。
「はぁ、まいったな……」
空いた手を、額にぺたりと当てた。
微熱があるように思える。喉にも不快感もあった。体調は芳しくない。
気だるさを覚えながら、クローゼットの縁に吊り下げられたハンガーに眼を向けた。愛用のダブルタキシードは部屋の闇に溶けていた。
アイロンをかけ忘れたことを思いだしたが、倦怠感のせいで動くことができなかった。
「疲労が、まるで抜けない……」
壮一の勤め先である『ドン底IN』は、各都道府県に居を構えるほどの有名なホテルチェーンである。しかし、サービス残業は月200時間を越え、年間休日も48日以下のブラック企業でもあった。
職場環境にも、慈悲といったものは存在しない。
宿泊数のノルマを達成できなければ、怒鳴り声をまき散らすエリアマネージャーが赤鬼のように詰め寄ってくる。
壮一はその赤ら顔を想像し、得体もしれない恐怖で心臓を縮こまらせた。最近では、職場に行こうとする度に不整脈が発生するありさまである。
バイトから正社員になったまではよかった。
しかし、いつの間にやら上司や同僚が辞めていき、ピストン方式で支配人代理にもなってしまったのは頂けない。
一年たらずで管理責任者である。
残業代が認められない職位に据え置かれてしまった。
それなのに給料は、初任給からほぼ変化していない。
報酬は変わらないのに仕事量が増え、胃をキリキリさせながら安ホテルの運営をやるはめになっているのはなぜだろうか。
まだ二十四だというのに、人生設計をどこで誤ったのか。
学生時代に勉強を頑張らなかったからか。
就職活動に失敗したからか。
心を癒してくれる可愛い彼女を作らなかったからか。
どれも理由になりそうではあった。
いいや、すべてが積み重なった結果かもしれない。
人生で正しい選択をしてきたつもりが、自分は間違ってばかりだった。
だからこんなにも、みじめな気持ちになっている。
(仕事、辞めたいなー……眠れないし)
辞職願望は常に頭の片隅にあった。
月日とともに、心が病んでいってる確かな手応えがある。
夜中に無意味に叫びだしたこともあるし、不必要な買い物を繰り返したこともある。
今日みたいな不眠の日が、もっとも最悪な状態だ。
ストレスが限界を越えつつある。
今だって、自分の肉体がただ重いだけの物体みたいに思えた。
「だめだな。
無理やりでも、寝ないとまずい」
奮起して、壮一はかけ布団を払いのけた。
床に手をついて立ち上がり、玄関近くにある台所に向かう。
流し台の前に立ち、蛇口を捻ってコップに水を入れた。食器棚の縁に置いてある薬箱を開く。
不眠の気がある壮一は、医師に睡眠薬を処方してもらっていた。
「睡眠導入剤……メラトニンか」
ピルケースを手に取った。
メラトニンとは、睡眠ホルモンを調整する薬だ。
疲れを取るためにも、ほんの少しの時間でも眠る必要がある。ためらいながらも、震える指がアルミ箔を破り、カプセルを取りだした。
口に放り込み、水を飲む。
そして、うっかりしていたことに気がついた。
(あれ、メラトニンってカプセルだったっけ?)
精神科医に処方してもらった睡眠導入剤は、ビタミン剤と同じように薬瓶に剥き出しの錠剤で入っていたはずだ。
確認にために目を凝らした。
アルミ箔に印刷されている名前は、バルビツール酸系の睡眠薬。
「しまった。間違えたか」
半笑いで、自分の間抜けさを自嘲する。
即効性があるという理由だけを着目し、怪しげな個人輸入サイトで輸入した薬物だった。
ここのところ仕事で忙しく、薬の存在自体を忘れていた。
危険性のために最近、処方中止になったと新聞に載ってあったのに。
「まずったかな……」
くらりと、めまいがした。
いままでに感じたことのないような、強烈な眠気が壮一の視界を白く染めていく。
薬効はてき面のようだ。立っているのがつらくなってきた。
布団まで、よろめきながら歩く。
(時間通りに……起きれるかな)
とにかく、布団まで辿りつければ、身体を冷やさずに済む。
暖を求めて伸ばした手先が、ぼやけて消えた。
寝床に入っても、意識は冴えたままだ。両目を閉じて仰向けになってから、どのくらいの時間が経過しただろうか。
気になって、枕元にある充電中のスマホに手を伸ばした。側壁のボタンを押し込む。長方形の液晶がまばゆい光を放った。
デジタル数字が示すの時刻は――午前三時。
「くおっ……」
壮一は苦しげなうめき声をあげた。
出勤時間まで残り四時間しかない。
睡眠不足は決定的なものとなった。起床後は疲弊した肉体と眠気を抱え、過酷な労働に励むはめになる。
ずぅんと、気が重くなった。
近づいてくる夜明けはイコール出勤時間でもある。
朝にならないでくれと願うものの、日の出をとめることなどできやしない。
「はぁ、まいったな……」
空いた手を、額にぺたりと当てた。
微熱があるように思える。喉にも不快感もあった。体調は芳しくない。
気だるさを覚えながら、クローゼットの縁に吊り下げられたハンガーに眼を向けた。愛用のダブルタキシードは部屋の闇に溶けていた。
アイロンをかけ忘れたことを思いだしたが、倦怠感のせいで動くことができなかった。
「疲労が、まるで抜けない……」
壮一の勤め先である『ドン底IN』は、各都道府県に居を構えるほどの有名なホテルチェーンである。しかし、サービス残業は月200時間を越え、年間休日も48日以下のブラック企業でもあった。
職場環境にも、慈悲といったものは存在しない。
宿泊数のノルマを達成できなければ、怒鳴り声をまき散らすエリアマネージャーが赤鬼のように詰め寄ってくる。
壮一はその赤ら顔を想像し、得体もしれない恐怖で心臓を縮こまらせた。最近では、職場に行こうとする度に不整脈が発生するありさまである。
バイトから正社員になったまではよかった。
しかし、いつの間にやら上司や同僚が辞めていき、ピストン方式で支配人代理にもなってしまったのは頂けない。
一年たらずで管理責任者である。
残業代が認められない職位に据え置かれてしまった。
それなのに給料は、初任給からほぼ変化していない。
報酬は変わらないのに仕事量が増え、胃をキリキリさせながら安ホテルの運営をやるはめになっているのはなぜだろうか。
まだ二十四だというのに、人生設計をどこで誤ったのか。
学生時代に勉強を頑張らなかったからか。
就職活動に失敗したからか。
心を癒してくれる可愛い彼女を作らなかったからか。
どれも理由になりそうではあった。
いいや、すべてが積み重なった結果かもしれない。
人生で正しい選択をしてきたつもりが、自分は間違ってばかりだった。
だからこんなにも、みじめな気持ちになっている。
(仕事、辞めたいなー……眠れないし)
辞職願望は常に頭の片隅にあった。
月日とともに、心が病んでいってる確かな手応えがある。
夜中に無意味に叫びだしたこともあるし、不必要な買い物を繰り返したこともある。
今日みたいな不眠の日が、もっとも最悪な状態だ。
ストレスが限界を越えつつある。
今だって、自分の肉体がただ重いだけの物体みたいに思えた。
「だめだな。
無理やりでも、寝ないとまずい」
奮起して、壮一はかけ布団を払いのけた。
床に手をついて立ち上がり、玄関近くにある台所に向かう。
流し台の前に立ち、蛇口を捻ってコップに水を入れた。食器棚の縁に置いてある薬箱を開く。
不眠の気がある壮一は、医師に睡眠薬を処方してもらっていた。
「睡眠導入剤……メラトニンか」
ピルケースを手に取った。
メラトニンとは、睡眠ホルモンを調整する薬だ。
疲れを取るためにも、ほんの少しの時間でも眠る必要がある。ためらいながらも、震える指がアルミ箔を破り、カプセルを取りだした。
口に放り込み、水を飲む。
そして、うっかりしていたことに気がついた。
(あれ、メラトニンってカプセルだったっけ?)
精神科医に処方してもらった睡眠導入剤は、ビタミン剤と同じように薬瓶に剥き出しの錠剤で入っていたはずだ。
確認にために目を凝らした。
アルミ箔に印刷されている名前は、バルビツール酸系の睡眠薬。
「しまった。間違えたか」
半笑いで、自分の間抜けさを自嘲する。
即効性があるという理由だけを着目し、怪しげな個人輸入サイトで輸入した薬物だった。
ここのところ仕事で忙しく、薬の存在自体を忘れていた。
危険性のために最近、処方中止になったと新聞に載ってあったのに。
「まずったかな……」
くらりと、めまいがした。
いままでに感じたことのないような、強烈な眠気が壮一の視界を白く染めていく。
薬効はてき面のようだ。立っているのがつらくなってきた。
布団まで、よろめきながら歩く。
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