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-4-『ゆらめく睡眠魔法』
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夜はネムエルの抱きマクラとなり、昼間はスキルの研究にふける日々が続いた。
スキルは使えば使うほど、こなれてくる。
『思念操作』の怪腕を操ることで、歩行も可能になった。
動物のような四足歩行であるのだが――移動する分には不足ない。
(よいしょ、よいしょ……。
うん、歩けるようになったな。
あんまり、疲れもない。いい感じだ)
絨毯の上を行ったり来たりしながら、壮一は腕の調子を確かめた。
想像以上に『思念操作』の汎用性は高く、伸び縮みも自在な上に変異した状態の維持――固定化も可能だった。
訓練によって、怪腕の本数も増やすことができた。
現段階で使えるのは四本。
五本目となると、途端に操作が難しくなる。
これは人間だった頃の神経回路が影響していると思われた。
(まあいいや、四本も操れれば充分……っと!)
腕をバネのように縮め、反動をつけて飛翔する。
ぴょんと鏡台の前に着地した。鏡の映しだされる自分の姿を眺める。
姿形は左右にひらひら――飾り羽根が付いた上品なマクラだった。
上部には丸型のつぶらな目玉があり、柄は優しげな乳白色。
肌に相当するマクラカバーは、上質のシルクに似た素材。
肉体を手でポコンと叩くと、反発力もある。
(さて、そろそろ訓練も終わりの時間だ……
ステータス・オープン)
窓辺から射しこむ夕焼けの光を浴びながら、壮一はステータス画面を呼びだした。
名前:魔王さまのマクラ
等級:伝説級
分類:寝具系モンスター
レベル:5
能力:【睡眠魔法】
保有スキル
『自我覚醒』『急速乾燥』『保温効果』『思念操作』『自浄作用』『安眠念波』『人魔の術』
微量に発光しているウィンドウを無心で眺める。
常時作動スキルもあれば、操作必要スキルもあった。まだ試していないものもあるが『自浄作用』などは、パッシブスキルだ。
習得した瞬間、マクラカバーのシミや汚れが綺麗に消え去った。
原理は不明だが、魔法に疑問を持っても仕方がないと壮一は片づけた。
目下、レベルは順調に上がっている。
ファンファーレやお知らせ機能がないのが、不親切なところだった。
また、肉体機能面が強化された感はなく。
保有スキルだけが着々と増加していく仕様らしい。
(伝説級のモンスターにしては、
しょぼい感じだな。
珍しさが伝説級とかなのか?
まあ、別に強くなりたいわけじゃないんだけど……にしても、何が俺をレベルアップさせてんだろ)
疑問が浮かぶ。
一体、どこで経験値を得たのだろうか。
朝から夕暮れまで訓練し、ステータスをこまめに確認したがレベルアップした痕跡はなかった。
パターン的には、早朝にレベルが増加していた。
(もしかして寝具だから、使われることで成長するのか?)
名前も《魔王さまのマクラ》だ。
あの終始、ふわふわとしたネムエルが魔王。
イメージにそぐわず、壮一は未だに信じていないのだが、あの娘から経験値を得ていると考えれば自然だった。
(だとすると、
俺の成長にはネムエルが必要だな……)
確定要素が定まると、壮一の脳裏に少女の面影が浮かんだ。一度もお目にかかったことなどない、満面の笑みの映像だ。
言葉を交わさずとも、就寝の際には過度なほど触れ合っている。
そのおかげで壮一の内部にある、ネムエルへの親密度はガンガン上昇していた。
紛れもなく癒しを与えてくれたのは確かであり、現代社会で重なり合った不幸から救われたような気持ちにもなっている。
(俺がマクラじゃなきゃ……
いや、マクラじゃなかったら、
あんな綺麗な娘と、お近づきになれないか)
高嶺の花であることは疑いなく。
どこか捨てばちに考えながらも、就寝の時間となる日没が待ち遠しかった。
あの成熟と未熟の狭間にある肢体に抱きしめられると胸が高鳴り、次いで安心感という幸せが得られる。
恋心に近い想いを抱いた壮一が淡い物思いに耽っていると、廊下からドスドスドスと荒々しい足音が聞こえてきた。
泡を食った壮一は大きく跳躍した。
ベッドに飛び乗り、所定の位置に戻る。
自分が自由意思を持っているとバレると、投棄される可能性がある。
動くマクラなど怪異以外、何者でもない。
「ふぅー……っ!」
タッチの差で扉が開け放たれた。
現れたのは、鼻息荒く興奮したネムエルだ。
全身からトゲトゲしいオーラを放散させ、険悪な半眼となっている。
そのまま弾丸のように真っ直ぐベッドに急接近した。膝を折ってベッドの下に頭を突っ込ませる。
ごそごそと何かを探っているのか、突き出た尻を小気味よく揺らす。
ほどなくして、自らの胴ほどある旅行鞄を引っ張りだした。
蓋を開け、容量を確認してうなずく。
今度は背後にあるクローゼットに向かった。
両開きの戸を開いて、並べられた衣服を顎に手を当てて品定めし、幾つかのハンガーを手に取り、衣服を手荒に剥がして旅行鞄に詰めこみ始めた。
「ほとぼりが冷めるまで、
家出するんだ……シフルの怒りんぼ。
もう戦闘訓練なんて、疲れちゃうのはやだもん。
というか、お城の探索だけでへとへとだよ」
(えぇぇぇえええっ!)
城主が居城から家出というのは、壮一は予想していなかった。
せめて同行させてもらいたかったが、自分はマクラとしては大きめだ。持っていく旅行鞄のスペース的にも、期待はできそうにない。
(誰かと何かあったっぽいけど、
俺の今後のためにも、ここで出ていかれるのは困る……)
ハラハラしながら、壮一は打開策を考えた。
説得するためには正体を明かすことになる。その心構えはまだできていない。
それ以外の方法で、手はないものか。
(やっべえ、荷物の最終確認をしてるよ。
どうする?
いちかばちか、スキルを使ってみるか?
俺のよくわかんねえ魔法が、果たして魔王ちゃんに効くのか?
ええい、こうなりゃ、
だめもとでやってみるっきゃねえ!
いくぜっ! 『安眠念波』!)
覚えたばかりのスキルを発動させた。
それは音波の似たチカラの波長だった。不可視の真円が幾重にも連なり、空気抵抗を無視してネムエルへ向かって飛んでいく。
微かに耳障りな低周波を伴っていたが、真横から直撃を食らったネムエルはビクッとして身をすくませた。
「うあっ!
……あぁ、あれ?
変だな。わ、私……思ったよりも、疲れて……る、の、かな……?」
くらくらと頭を揺らし、額に手を当てる。
そして、膝が崩れた。ぽすんと空気の抜ける衝突音がして、真っ白なベッドシーツの上に長い金髪が広がった。
受け身すら取らず、ネムエルはベッドに倒れた。
(おっ、おおぉおおおお!
やっ、やった。
命中したぞぉおおおお!)
目は閉じられ、眠りこけている。
初めて他者にかける睡眠魔法は成功したらしい。
(よしよし、成功だな……。
てーか、思ったよりも強力なスキルだな……
気絶させたみたいなもんだけど、
大丈夫かな、これ?
後遺症とかあったら困るんだけど……
まあ、この状態で置いとくのはまずい)
壮一はよちよち歩きでネムエルに接近し、細長い両腕をそろそろと伸ばした。
脇の下に両手を入れ、力を入れて持ち上げる。
ベッドの中心部まで運び、衝撃を与えないよう慎重にネムエルを寝かせる。
最後にめくられたままの羽毛布団をかけようとしたところで、壮一は思い留まった。
(うーん。
これって……どのくらいの強い眠りなんだろ?
ちっとやそっとじゃ、起きないのか。
ちょっとだけ、試してみようかな?)
壮一は仰向けになったネムエルの寝顔をジッと観察していたが、他のことに注意を奪われた。首筋に巻いたネックスカーフの下、薄手のドレスを押し上げる膨らみの存在である。
外見は幼く見えるネムエルだが、女性美を彩る果実はそれなりに実っている。
(うーむ……幼げな顔つきに似合わず、なかなかの逸品をお持ちでらっしゃる。
しっかし、なんで俺、
マクラなのに色欲が残ってるんだろうな……
神さま、設計をミスってるよな)
壮一は務めて冷静になろうとしていたが、男心を誘うバストラインに目を惹きつけられる。理性はぐらつき、遠慮という文字が脳内から消えていった。
相手は眠っているのだ。
自分の好きなことをしても、バレやしない。
(いや、待て待て待て!
落ちつけ俺、クールになるんだ。
ちょっとだけ……そうっ! あれだ。
スキル効果を調べるだけなんだ。
違うからね。セクハラとかじゃないからね。
純然たる好奇心だからね!)
今からすることはあくまで、スキルの使用感を確かめるため。
いやらしいセクハラでも、下心のある悪戯でも、違法な事案でもない。
そう無理やり自分を納得させた壮一は、うんうんと大げさに頷いた。
(では)
腹を決めると行動も素早かった。
ネムエルの横に回り込み、震える指をほっぺたに持っていく。すぅーっと、白い柔肌に指腹を滑らせた。
つるりとしていて、きめ細かい肌質だ。
絹布を触るのと同様に、触れ心地が楽しい。
(ヒューマンとは思えないほど、
肌がツルツルだな……
あっ、人間じゃなかったけ?)
指腹に力を入れ、ぷくっと頬袋をへこませてみる。
ネムエルの表情に変化はない。あどけない表情のままだ。頬がへこんでいる姿がほほえましく、壮一は小さく笑ってしまった。
お次は華奢な肩に触れ、軽く揺さぶってみた。
んんっと息苦しそうな声を発したが、起きることはなかった。
少し触れたり、振動を与えた程度では目覚めない。
(案外、深めの眠りなんだな……あっ)
気が緩んできたせいか、あるいは抑圧していた下心がそうさせたのか、ネムエルの肩に置いていた右手が下方へとすべった。
ふくらんだ女の丘へ付近で、指がとまる。
壮一は硬直した。
意図しないものとはいえ、五指は衣服越しだが、乳房の上部に触れてしまっている。
頬から汗が流れ落ちた。恐る恐る、ネムエルの反応を窺う。
静かな寝顔のまま、変わっていない。
(あっぶねぇ!
せっ、セーフ! いや、まあ、完全にアウトですけどぉおおおおおお!
で、でも……お、起きないな。
これくらいの刺激じゃ……起きないんだ)
まばたきを繰り返した。
目の奥が熱くなる。
もう消えたはずの動脈が、どくんと脈打ったような気がした。
狂おしい情動が腹の底から込み上げてくる。
一刻も早く胸もとから外さなきゃならないはずの右手は、まだ外されていない。
自分はマクラだ。
ただの寝具だ。
布製品だ。
こんなことは許されない。
引き返すなら、今じゃないか。
もう充分、スキルの力はわかっただろう?
(そういや……『人魔の術』も覚えたんだっけ)
ワードを唱えた瞬間、壮一の意識はマクラから引き離された。
視点が急激に真上に向かった。壮一を中心に白い光が弾ける。細い糸となる魔力線が空中を疾走した。糸同士は合わさり――集合し――肉体が構成される。
トンっと両足が床についた。
呆然としながら足先を見下ろすと、ベッド際に立っていた。
両手を持ち上げる。
指を動かし、拳を握っては広げた。
人間の身体だ。いや、実際には思念体なのか。
微かに鱗粉に酷似した淡い輝きをまとっているが、ほぼ以前の肉体を取り戻している。
服装はポロシャツとスラックス。
記憶の中の外出着でも再現したのか。
「俺は……人間にも、なれるのか」
声にだして、言った。
それは転生した壮一にとって初めての肉声だったが、そんなことはどうでもいいと思えるほど精神が昂ぶり、血迷ってしまっていた。
スキルは使えば使うほど、こなれてくる。
『思念操作』の怪腕を操ることで、歩行も可能になった。
動物のような四足歩行であるのだが――移動する分には不足ない。
(よいしょ、よいしょ……。
うん、歩けるようになったな。
あんまり、疲れもない。いい感じだ)
絨毯の上を行ったり来たりしながら、壮一は腕の調子を確かめた。
想像以上に『思念操作』の汎用性は高く、伸び縮みも自在な上に変異した状態の維持――固定化も可能だった。
訓練によって、怪腕の本数も増やすことができた。
現段階で使えるのは四本。
五本目となると、途端に操作が難しくなる。
これは人間だった頃の神経回路が影響していると思われた。
(まあいいや、四本も操れれば充分……っと!)
腕をバネのように縮め、反動をつけて飛翔する。
ぴょんと鏡台の前に着地した。鏡の映しだされる自分の姿を眺める。
姿形は左右にひらひら――飾り羽根が付いた上品なマクラだった。
上部には丸型のつぶらな目玉があり、柄は優しげな乳白色。
肌に相当するマクラカバーは、上質のシルクに似た素材。
肉体を手でポコンと叩くと、反発力もある。
(さて、そろそろ訓練も終わりの時間だ……
ステータス・オープン)
窓辺から射しこむ夕焼けの光を浴びながら、壮一はステータス画面を呼びだした。
名前:魔王さまのマクラ
等級:伝説級
分類:寝具系モンスター
レベル:5
能力:【睡眠魔法】
保有スキル
『自我覚醒』『急速乾燥』『保温効果』『思念操作』『自浄作用』『安眠念波』『人魔の術』
微量に発光しているウィンドウを無心で眺める。
常時作動スキルもあれば、操作必要スキルもあった。まだ試していないものもあるが『自浄作用』などは、パッシブスキルだ。
習得した瞬間、マクラカバーのシミや汚れが綺麗に消え去った。
原理は不明だが、魔法に疑問を持っても仕方がないと壮一は片づけた。
目下、レベルは順調に上がっている。
ファンファーレやお知らせ機能がないのが、不親切なところだった。
また、肉体機能面が強化された感はなく。
保有スキルだけが着々と増加していく仕様らしい。
(伝説級のモンスターにしては、
しょぼい感じだな。
珍しさが伝説級とかなのか?
まあ、別に強くなりたいわけじゃないんだけど……にしても、何が俺をレベルアップさせてんだろ)
疑問が浮かぶ。
一体、どこで経験値を得たのだろうか。
朝から夕暮れまで訓練し、ステータスをこまめに確認したがレベルアップした痕跡はなかった。
パターン的には、早朝にレベルが増加していた。
(もしかして寝具だから、使われることで成長するのか?)
名前も《魔王さまのマクラ》だ。
あの終始、ふわふわとしたネムエルが魔王。
イメージにそぐわず、壮一は未だに信じていないのだが、あの娘から経験値を得ていると考えれば自然だった。
(だとすると、
俺の成長にはネムエルが必要だな……)
確定要素が定まると、壮一の脳裏に少女の面影が浮かんだ。一度もお目にかかったことなどない、満面の笑みの映像だ。
言葉を交わさずとも、就寝の際には過度なほど触れ合っている。
そのおかげで壮一の内部にある、ネムエルへの親密度はガンガン上昇していた。
紛れもなく癒しを与えてくれたのは確かであり、現代社会で重なり合った不幸から救われたような気持ちにもなっている。
(俺がマクラじゃなきゃ……
いや、マクラじゃなかったら、
あんな綺麗な娘と、お近づきになれないか)
高嶺の花であることは疑いなく。
どこか捨てばちに考えながらも、就寝の時間となる日没が待ち遠しかった。
あの成熟と未熟の狭間にある肢体に抱きしめられると胸が高鳴り、次いで安心感という幸せが得られる。
恋心に近い想いを抱いた壮一が淡い物思いに耽っていると、廊下からドスドスドスと荒々しい足音が聞こえてきた。
泡を食った壮一は大きく跳躍した。
ベッドに飛び乗り、所定の位置に戻る。
自分が自由意思を持っているとバレると、投棄される可能性がある。
動くマクラなど怪異以外、何者でもない。
「ふぅー……っ!」
タッチの差で扉が開け放たれた。
現れたのは、鼻息荒く興奮したネムエルだ。
全身からトゲトゲしいオーラを放散させ、険悪な半眼となっている。
そのまま弾丸のように真っ直ぐベッドに急接近した。膝を折ってベッドの下に頭を突っ込ませる。
ごそごそと何かを探っているのか、突き出た尻を小気味よく揺らす。
ほどなくして、自らの胴ほどある旅行鞄を引っ張りだした。
蓋を開け、容量を確認してうなずく。
今度は背後にあるクローゼットに向かった。
両開きの戸を開いて、並べられた衣服を顎に手を当てて品定めし、幾つかのハンガーを手に取り、衣服を手荒に剥がして旅行鞄に詰めこみ始めた。
「ほとぼりが冷めるまで、
家出するんだ……シフルの怒りんぼ。
もう戦闘訓練なんて、疲れちゃうのはやだもん。
というか、お城の探索だけでへとへとだよ」
(えぇぇぇえええっ!)
城主が居城から家出というのは、壮一は予想していなかった。
せめて同行させてもらいたかったが、自分はマクラとしては大きめだ。持っていく旅行鞄のスペース的にも、期待はできそうにない。
(誰かと何かあったっぽいけど、
俺の今後のためにも、ここで出ていかれるのは困る……)
ハラハラしながら、壮一は打開策を考えた。
説得するためには正体を明かすことになる。その心構えはまだできていない。
それ以外の方法で、手はないものか。
(やっべえ、荷物の最終確認をしてるよ。
どうする?
いちかばちか、スキルを使ってみるか?
俺のよくわかんねえ魔法が、果たして魔王ちゃんに効くのか?
ええい、こうなりゃ、
だめもとでやってみるっきゃねえ!
いくぜっ! 『安眠念波』!)
覚えたばかりのスキルを発動させた。
それは音波の似たチカラの波長だった。不可視の真円が幾重にも連なり、空気抵抗を無視してネムエルへ向かって飛んでいく。
微かに耳障りな低周波を伴っていたが、真横から直撃を食らったネムエルはビクッとして身をすくませた。
「うあっ!
……あぁ、あれ?
変だな。わ、私……思ったよりも、疲れて……る、の、かな……?」
くらくらと頭を揺らし、額に手を当てる。
そして、膝が崩れた。ぽすんと空気の抜ける衝突音がして、真っ白なベッドシーツの上に長い金髪が広がった。
受け身すら取らず、ネムエルはベッドに倒れた。
(おっ、おおぉおおおお!
やっ、やった。
命中したぞぉおおおお!)
目は閉じられ、眠りこけている。
初めて他者にかける睡眠魔法は成功したらしい。
(よしよし、成功だな……。
てーか、思ったよりも強力なスキルだな……
気絶させたみたいなもんだけど、
大丈夫かな、これ?
後遺症とかあったら困るんだけど……
まあ、この状態で置いとくのはまずい)
壮一はよちよち歩きでネムエルに接近し、細長い両腕をそろそろと伸ばした。
脇の下に両手を入れ、力を入れて持ち上げる。
ベッドの中心部まで運び、衝撃を与えないよう慎重にネムエルを寝かせる。
最後にめくられたままの羽毛布団をかけようとしたところで、壮一は思い留まった。
(うーん。
これって……どのくらいの強い眠りなんだろ?
ちっとやそっとじゃ、起きないのか。
ちょっとだけ、試してみようかな?)
壮一は仰向けになったネムエルの寝顔をジッと観察していたが、他のことに注意を奪われた。首筋に巻いたネックスカーフの下、薄手のドレスを押し上げる膨らみの存在である。
外見は幼く見えるネムエルだが、女性美を彩る果実はそれなりに実っている。
(うーむ……幼げな顔つきに似合わず、なかなかの逸品をお持ちでらっしゃる。
しっかし、なんで俺、
マクラなのに色欲が残ってるんだろうな……
神さま、設計をミスってるよな)
壮一は務めて冷静になろうとしていたが、男心を誘うバストラインに目を惹きつけられる。理性はぐらつき、遠慮という文字が脳内から消えていった。
相手は眠っているのだ。
自分の好きなことをしても、バレやしない。
(いや、待て待て待て!
落ちつけ俺、クールになるんだ。
ちょっとだけ……そうっ! あれだ。
スキル効果を調べるだけなんだ。
違うからね。セクハラとかじゃないからね。
純然たる好奇心だからね!)
今からすることはあくまで、スキルの使用感を確かめるため。
いやらしいセクハラでも、下心のある悪戯でも、違法な事案でもない。
そう無理やり自分を納得させた壮一は、うんうんと大げさに頷いた。
(では)
腹を決めると行動も素早かった。
ネムエルの横に回り込み、震える指をほっぺたに持っていく。すぅーっと、白い柔肌に指腹を滑らせた。
つるりとしていて、きめ細かい肌質だ。
絹布を触るのと同様に、触れ心地が楽しい。
(ヒューマンとは思えないほど、
肌がツルツルだな……
あっ、人間じゃなかったけ?)
指腹に力を入れ、ぷくっと頬袋をへこませてみる。
ネムエルの表情に変化はない。あどけない表情のままだ。頬がへこんでいる姿がほほえましく、壮一は小さく笑ってしまった。
お次は華奢な肩に触れ、軽く揺さぶってみた。
んんっと息苦しそうな声を発したが、起きることはなかった。
少し触れたり、振動を与えた程度では目覚めない。
(案外、深めの眠りなんだな……あっ)
気が緩んできたせいか、あるいは抑圧していた下心がそうさせたのか、ネムエルの肩に置いていた右手が下方へとすべった。
ふくらんだ女の丘へ付近で、指がとまる。
壮一は硬直した。
意図しないものとはいえ、五指は衣服越しだが、乳房の上部に触れてしまっている。
頬から汗が流れ落ちた。恐る恐る、ネムエルの反応を窺う。
静かな寝顔のまま、変わっていない。
(あっぶねぇ!
せっ、セーフ! いや、まあ、完全にアウトですけどぉおおおおおお!
で、でも……お、起きないな。
これくらいの刺激じゃ……起きないんだ)
まばたきを繰り返した。
目の奥が熱くなる。
もう消えたはずの動脈が、どくんと脈打ったような気がした。
狂おしい情動が腹の底から込み上げてくる。
一刻も早く胸もとから外さなきゃならないはずの右手は、まだ外されていない。
自分はマクラだ。
ただの寝具だ。
布製品だ。
こんなことは許されない。
引き返すなら、今じゃないか。
もう充分、スキルの力はわかっただろう?
(そういや……『人魔の術』も覚えたんだっけ)
ワードを唱えた瞬間、壮一の意識はマクラから引き離された。
視点が急激に真上に向かった。壮一を中心に白い光が弾ける。細い糸となる魔力線が空中を疾走した。糸同士は合わさり――集合し――肉体が構成される。
トンっと両足が床についた。
呆然としながら足先を見下ろすと、ベッド際に立っていた。
両手を持ち上げる。
指を動かし、拳を握っては広げた。
人間の身体だ。いや、実際には思念体なのか。
微かに鱗粉に酷似した淡い輝きをまとっているが、ほぼ以前の肉体を取り戻している。
服装はポロシャツとスラックス。
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楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
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