【R-18】異世界でお姫さまと眠れ-チートマクラに人外転生-

七色春日

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-11-『トマホーク・ステーキ』

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「ふぅー……危なかったぁ」

 北門からの逃避行は無事に終わり、二人は城内に戻ってきた。

 ネムエルは廊下の角を曲ったところで走るのをやめ、壁に背を預けた。弾む胸に手を当て、乱れた息を整える。

 壮一は抱きかかえられたままだったので、その細腕からピョンと抜け出た。
 床に着地し、気にかかっていたことを問う。

「勉強、サボってもいいの?」

「いいの。
 私は魔王になりたくないから。
 それに帝王学なんて学んでも,面白くないし」

「すげえ勉強なんだな……まあ、その、
 さっきは助けてくれてありがとう。
 殺されるかと思ったよ」

「いいよ。
 シフルは魔物には厳しいから、
 気安く近づいちゃだめだよ。
 他の子みたいに矯正されて、
 泣いたり笑ったりできなくなっちゃう」

「そんなに」

 壮一は社会人時代、会社で受けた新人研修を思いだした。

 人格否定から始まり、長距離マラソンで体力を削ったところで社長の自伝の朗読をやらされた。最終的には涙を流して「私の産まれた意味は支配人になることだったんです」と述べるほどの洗脳された覚えがある。

 ぶるっと、布と化した身がカタついた。

 二度も同じ目に遭いたくはない。
 恐怖の研修は一度で充分だ。

「でも、マクラさんは突拍子もないことするよね。
 私、そういうところは面白くて好きだよ」

「えっ?」

 口の端の緩みを確認できたのは一瞬のことで、ひらりとネムエルは背を向けた。

 黄金の髪がたなびき、甘い匂いがふんわりと鼻先をかすめる。

「走ったらなんだか、お腹が減っちゃったね。
 食堂に行こっか。
 それと……今日の夜も〝特別なマッサージ〟お願いね」

「あ、ああ」

 気軽に言われる。
 壮一はどぎまぎしながらも、同意した。
 罪意識で胸が痛み、うずく。

 同時にピンク色の期待もふくらむ。

 恋心から生まれた過ちとはいえ、無垢な肉体を征服することができた。けれど、心までも手に入れたという実感はまだなく、恋い焦がれる気持ちだけが募っていった。


 ※ ※ ※

 

 二人が大食堂の間へと移動する途中。

 細い通路の向こうから、魔物たちの会話する声が聞こえてきた。

 食堂前の中央フロアからきた騒音だ。二足歩行するトラ、羽根の生えた大蛇、白装束を着た骸骨などたむろし、和気あいあいと話し込んでいた。

 壮一は足を踏み出すのをためったが、彼らは二人に気付くと気安く挨拶をした。

「うっす、お疲れさまっス」
「よっす、お疲れさまにょろ」
「あれ、ネムエル様。そいつは新人っすか?」

「こんにちは。
 うん。道案内してるの。
 ちっちゃいからって、
 いじめちゃだめだからね」

 道すがらネムエルは挨拶を返した。

 見知った気安い関係のようだ。
 横を歩く壮一はというと、ぺこりと目礼だけ返すので精いっぱいだった。

(怖ぇーけど、
 モンスターたちは俺に敵意はなさそうだな。
 なんか、親しい者というか、
 同族を見る目だ……言葉は通じるから、
 俺も見慣れれば仲良くなれるんだろうか)

 解放されている大扉をくぐり、大食堂に入室する。

 大の名を冠することだけあって天井は高く、収容人数はおおよそ千人を越える広さがあった。ずらっと並べられた机は均等に置かれていたが、飲食する客たちは怪物ばかりだ。がやがやとした声が飛び交い、上空には熱気が渦巻いていた。

 二人同様、来たばかりの魔物たちは列を作っていた。おのおの、札かけされたメニュー表から好きな料理を選び、調理場の受付係りに伝えている。

「混んでるね」
「うん、並ぼうね」

 ネムエルは自由人だが、ルールは守るタイプらしい。
 壮一とネムエルは列の最後尾に加わった。

「あれ、ネムの助。
 物臭なお前が食堂に来るとは珍しいな。
 いつも出前なのに……っで、注文は?」

 やがて順番からくると、眼帯の女コックが朗らかに声をかけてきた。

 見かけはフライパンを持った中東風の女だが、髪の毛だけが違った。生きた蛇が身をひねらせ、感情のない目線を送ってくる。

「トマホーク・ステーキ」

「はいよ。そっちは?」

「えっ、とま? とま……?
 あっ、俺ですか。
 じゃあ……俺も、ネムエルと同じのでお願いします」

 意表を突いた料理名に動揺しながらも、壮一は急いでメニュー表の貼り札を眺めた。場に圧倒されていたのもあるが、特に食指を動かすような品が思い浮かばず、無難な注文で収めた。

 係りの給仕に番号札を渡される。

 注文の料理ができ上がり次第、配膳台に取りに行くセルフ式だ。

「結構、混雑してるんだ」
「お昼時だからね」

 二人は空きテーブルを探すためにフロアを見渡したが、空席は少なかった。

 完全にケモノの形をして犬食いする者もいれば、枝葉を振り乱しながら言語を操る植物や、どろどろとした粘液を吐き出す泥の怪物もいる。

 常人ならば漂う異質な空気にあてられ、発狂してもおかしくない光景だが、壮一は意外なほど自分が平静を保っていることに気付いた。

 マクラ型のモンスターとして産まれてから、早二週間。

 魂そのものが、魔性に染まりつつあるのかもしれない。

「以前は少なかったけど、
 観光しにくる人間さんが増えてるんだ」

「ふーん……どれが人間なのか、
 いまいち俺にはわからないな」

「私にはわかるよ。
 一応、人間さんは変装のほかに不感知の魔法も使って来てるみたい。
 正体をあざむくためにね。
 簡単に身バレしたら、
 さっきみたいに大変なことになっちゃうよ」

「そっかぁ」

 先ほどの騒動を思いだし、壮一はうなずいた。

 どことなく<ロストアイ>には雰囲気はあるが、魔物の巣窟そうくつに足を運ぶ異世界人のチャレンジ精神は信じがたい。

 争いごとが苦手な壮一は、できれば人間に来てほしくないと思った。きっと、この場の魔物たちもそう思っているだろう。

「ネムの助ー、できたぞー」

 雑談をしているうちに、料理が完成したようだ。

 献立は謎肉の骨付きステーキ(三百グラム)、ゼブラ色のサラダ、フランスパンらしきもの。料理の乗ったトレイを持ち、空席を求めながら二人がさまようと、周囲の魔族たちが意図を察したのか、席を立った。

「へへっ、ネムエル様。
 ワイの席をよかったら、どうぞお使いください」

「ありがとう」

 のそりとした三メートルを越す牛頭の怪物が慇懃に腰を曲げた。額に小粒の汗を浮かべながらも媚びきった微笑を浮かべ、手を横にして促してくる。

 普通ならば、ネムエルのような小娘に対してする態度ではない。

(やっぱ、この娘は魔王なんだなぁー。
 外見だけだと、まったくそうは見えないけど)

 この場にある明確な格差をひしひしと感じながら、壮一もトレイをテーブル置いた。マクラの身では椅子に座っては食べずらいので、自身も天板に座りこむ。

 そのままフォークを手に取り、血のように赤いソースのかかったステーキを食らおうとしたところで、壮一は手を止めた。

「あっ、俺、食えねえや」

「食欲ないの?」

「っていうか、
 俺ってそもそもマクラだし……
 食う気が起きないというか……意識としては、うまそうとか思うんだけど」

 口に含み、噛み砕き、ゼリー状にした食物を胃袋に入れる。そんな行動が取る気が起きないのだ。

 腹も空いておらず、食物を口の中に入れる気も起きなかった。

「人型形態になればいいと思うけど」

「ああ、あれかぁ」

 ネムエルの言うとおり『人魔の術』を使えば、食事は可能かもしれない。

 けれども、あれを使ったせいで理性を失った。
 多用するのは気兼ねする。

「食べないと、冷めちゃうよ」

「そうだね……でも、あんま食欲がなくてさ。
 よかったら、俺のも食べる?」

「いいの?」

 ネムエルは目をキラーンとさせた。

 可愛いなぁ、と思いながらも壮一はトレイを横に押し、ネムエルの前に差し出した。

 少女は上機嫌になり、ナイフで塊肉を刻み、口へ運んでいく。

 手や袖口をべたべたにしながらも顎を盛大に動かし、もっちもっちと食事をする仕草はほほえましい。

「おいしい?」

「うん。
 特にこのバフォメットのお乳からしぼったバターソースがね、
 とってもコクがあっておいしいの。
 たくさんの香草が練り込んであって、風味豊かだし」

 解説しながらも、サクッとTボーンステーキの骨が噛み切られたが、壮一は見なかったことにした。脊椎骨が不食部位であるのは人間界の常識にすぎない。尖った八重歯の咬筋こうきん力はサメよりも強そうだ。

「へっ……へえ。
 まあ、そんなにおいしいなら、
 人間たちが危険を冒して食べにくるのも納得できるね」

「そうだね。
 メディは料理が人間さんにも大人気で、私はうれしいよ」

 コックの名はメディ。
 頭の隅にある記憶のコルクボードにピンを打ちながら、おやと壮一は思った。

「ネムエルは人間のことが好きなの?」

「どうかな……シフルも皆も嫌がってるけど、
 できるなら仲良くできればいいと思う。
 りょーど争いとかで、
 殺し合いするのよくないから。
 パパもそれで、死んじゃったから」

 幾ばくかトーンの落ちた声だった。

 表情に影が差し、ステーキを持つ手も停止している。

 壮一はデリケートな話題に触れてしまったと後悔し、務めて明るく振る舞った。

「あのさ、ネムエル。
 俺にもわかってきたよ。
 あそこの人たちは人間だよね。
 多分、ツアー客かな?」

「えっ……うん。なんでわかったの?」

 テーブルに座る一団に目線を向けながら、ひそひそとささやいた。

「だって、職族はバラバラなのに全員がフォークとナイフを持って、
 食事の作法も規則正しい。
 あれでバレないと思ってるのが、面白くない?」

「ふふ、そうだね」

 くすりと、小さく笑う。
 おいしい食事が舌をなめらかにした。ネムエルとの会話は弾み、壮一は様々なことを知ることができた。

 魔界と人間界の対立の歴史。
 正式な空位となっている魔王の座。
 魔物たちの悲願である魔族の復興……など。

「でね、シフルはいつも『予算がない』って言ってるの。
 本当はお城も直したいらしいんだけどね」

「ボロボロの部屋も多かったから、
 金欠なんだろうね」

「だから、私もあんまりお小遣い貰えなくて、
 仕方なく使わなくなった武具とか魔導具を売ってるんだけど、
 そうすると、もっと怒られちゃう」

「ははは……おっと、ネムエル。
 頬がべたべただな」

 壮一は怪腕を伸ばして、ネムエルの頬にくっついたソースを指先ですくった。

 自らの身体にこすりつけると、キラキラとした光が発生する。そして、汚れは淡い光とともに消失した。

 スキル『自浄作用』の効果だ。

 おのれの身はハンカチ代わりにはなりそうだ。

「わーっ、凄いね。マクラさん」

「ああ、なんでも綺麗にできそうだ。
 てかこれなら俺も、風呂いらずだな」

 冗談めかして言うと、ネムエルは素の表情になっていた。

(やべっ!
 女の子には不潔な話だった。
 嫌われちゃうよぉおおおおお!)

「あっ、その……うそうそ、冗談だって!
 ちゃんと風呂に入るよ!
 ほら、俺ってかなりの綺麗好きだからさ!」

 慌てて取り繕うと、ネムエルはふるふると顏を横に振った。

「ううん。
 私、その……マクラさんってさ、
 洗濯されるものだと思ってた」

「……」

 ぐうの音も出ないほど正しい扱いではあった。

 洗濯機の中で回転する我が身を想像し、壮一は暗澹あんたんたる気分に陥るのだった。
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