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-27-『リシャーラ=ルーフ』
しおりを挟むきっかけは七歳の頃だった。
農村の鍛冶職人の長女として生を受けたリシャーラは、父親のくれる優しさの裏側を見つけた。自分に向ける瞳の奥にはいつも薄い影がつきまとっていて、それは一種のあきらめだと察したのだ。
だから、それとなく母親に失望の理由を尋ねた。
原因は単純で、どこにでもある話だった。
父親は何よりも、自分の技術を受け継いでくれる男子がほしかったのだ。
「私、やってみるよ」
幼さゆえの無謀さが、リシャーラを鍛冶場に向かわせた。
炉は灼熱の炎が燃え盛り、熱風の吐息を吹いていた。ひるまずに見よう見まねで造りかけの鋼材を手にし、ハンマーで打ちつけた。
焼き入れの技術など知らず、その才にも恵まれなかったが、素手で煮える鉄を触ったにも関わらず、リシャーラの手の平には火傷ひとつ残らなかった。
父親は仰天し、母親は泣き叫びながらリシャーラを抱きしめた。
そこから、世界が変わった。
神から与えられたギフトを得た者は、国家に寄与されなければならない。
それがリシャーラの母国の法であり、従うことは民の義務であった。
「きっと、
おいしい物も食べられるし、
お貴族さまのように贅沢な暮らしができるわ」
顏も見たことのない貴族の養子に預けられる日、母は気を張って送りだそうとした。五歳の妹は涙ぐみ、お姉ちゃん行かないでと繰り返していた。家族と離れることは身を切られるようにつらかった。
鎧を着た兵隊に背中を押され、馬車に詰められたあとも、リシャーラは覗き窓から故郷の村をずっと見ていた。
「君には、寄宿舎に入ってもらう」
リシャーラを義父は、事務的にそう述べた。
義父は誠実な人柄だったが、子を為せない妻の面目を保つため、新しい娘を受け入れる気はなかった。
お互いに、国家に与えられた義務を果たすためだけの関係だ。
リシャーラは愛されなくともよいと思った。
こちらも愛さなくていいのだと、安心できたから。
二日後に騎士養成学校の特待生として入学した。
専門の講師がそれぞれの分野に付き、剣術だけでなく格闘術や乗馬術、礼儀作法に至るまで徹底的に仕込まれた。
リシャーラの『絶対耐性』は、常人が二の足を踏む修行を可能にした。卓越した技術の習得を助けた。抜きんでた実力の持ち主として、周囲の注目を集めさせた。
「楽勝ですわね」
選ばれし者として、尊敬されるのは気分がよかった。
同年代の学友と机を並べ、競う合うのは楽しかったし、月日とともに望郷の念は薄れていった。
だから、忘れていたのかもしれない。
当時は魔王バクスイが猛威を奮っていた時代であり。
平和というものは、武力で護られた都市圏でしか成立しないことに。
「飴色山脈は、
リシャーラさんの生まれ故郷の近くでしたっけ?」
「はい。
魔鉱脈の発掘が大変盛んなところでして、
みなさんがお召しになっている貴金属の産地でもありますの」
茶会の席。
リシャーラは両手を組み、社交的にほほえんだ。
辺境出身であるが、泥臭さを抜くために教養を積み上げた。街貴族の娘などに馬鹿にされるつもりはなかった。
「そうですか……でしたら、大丈夫でしょうか」
「と、申しますと?」
「いえ……近頃、『踏み嵐』が流行っているでしょう。
飴色山脈の付近で発生しているらしくて……」
すまなさそうに令嬢はうつむいた。
『踏み嵐』とは、無数の魔物による大進行を差す。
それは突発的に起こり、一夜にして消え去る事象だった。土地を占領することもなく、組織だったものでもなく、どの国家も対応に苦慮していた。
「よろしければ……詳しいことを、
お聞かせ願えませんか?」
動悸がしていた。
胸の奥がひんやりと冷たくなった。
まさか、そんなはずはないと考えていた。
号外となった新聞紙を取り寄せ、内容を読んだときには居ても立ってもいられなくなった。
十四歳の春だった。
早馬に乗って、懐かしき故郷に戻った。
そして辿り着いたとき、リシャーラはがく然とした。
村を囲っていた木柵や麦畑は踏み荒らされ、人々の暮らしを支えていた家々は無残に瓦解し、大地には人間の死体が打ち捨てられていた。
馬上を降りた。
大勢の人の遺体を踏みつけないためだ。
けれども、そこからは地についていないような心地だった。
気が付くと――目指していた我が家の玄関の前に立っていた。
石積みのこじんまりとした家は損傷していたが、窓ガラスが割れているだけだった。希望が胸にふくらませた。震える手でドアノブを開き、両親と妹の名を呼んだ。返答はなく、室内は静かだった。
リビングのテーブルには、食べかけのパンが置いてあった。
家具の配置は変わっていなかった。何かと争った形跡はない。
家族はうまく逃げてくれたのだろうと、リシャーラは考えた。
「探さなくては……」
家を出ようとして足先を変えた。
しかし、不思議なことに身体が動かなかった。鼻先が異臭を捉えたからだ。それは過去に嗅いだ覚えのある焼ける鉄の臭いだった。
自分の運命を変えた鍛冶場に足を踏み入れた。
炭がくすぶる炉の傍に、折り重なった人間が三人いた。
両親と妹だった。血まみれになり、事切れていた。
「……」
父親は手前に倒れていた。
最後まで、後ろの家族を護ろうとしたのだろう。手の平の皮膚に食い込むほど力強く剣を握っていた。
「……私が」
居ればよかっただろうか――王都でちやほやされ、いちいち手紙を返すのも億劫だと思っていた。
自分が養子に行ったことで両親には褒賞金が入ったし、家族に貢献したつもりにもなっていた。
ああ、なんのための、神から授けられた特別なチカラなのか。
大事な人たちでさえ、護れなかった。
こんなチカラさえなければ、家族と一緒に死ねたというのに。
「おおっ、生き残りがいるぜ。
珍しいことによ」
「まだガキだが、ベッピンじゃねーか。
高く売れるぜ」
粗野な声が横に聞こえた。
自失しているうちに、入ってきた盗賊だった。獣皮を頭に被り、手には火事場泥棒して得ただろう金品を手に持っている。下卑な視線が、リシャーラの肉体を隅々まで舐め回した。
リシャーラは虚ろな頭を上げ、二人に向けて薄くほほえんだ。
「おっ、命乞いか?
まあ、まずは俺の一物を舐め――」
長身の男の方に、一息で距離を詰めた。
細剣を抜刀し、首を跳ね落とした。初めての殺人だというのに、まったく罪悪感は湧かなかった。ゴミを正しくゴミ箱に入れたような、すっきりとした感覚さえある。
「てめっ!」
血相を変えた小男が短剣を投げた。
リシャーラの喉元を目がけたそれは、目論見通りの射線を走った。
惜しまれるのは刃物など、リシャーラには通じないことだ。喉にぶつかりはしたが、カキンと跳ね返され、短剣は地に落ちた。
「うふふっ」
「うあっ!?」
下方から、跳ね上げるように剣を振るった。
小男の両腕が寸断された。断面から鮮血が噴きだし、どさっと後ろに倒れる。リシャーラは即座に小男の胸を踏みつけた。
「あなた方には、恥というものはないのですか?
不幸な者から更に奪おうなど、許されないことですわよ」
「うっ……くそぉおっ……
あの野郎……簡単な仕事じゃなかったかよ」
小男は微かうめきは、リシャーラの興味を引いた。
この場にいない誰かを憎むような発言だった。
まだ『踏み嵐』が起ってから数日だ。
通常なら野盗でも、魔物の残存を恐れて近づかない。
「誰に頼まれて泥棒などしているのです?
どうせ、あなたは死ぬのですから、
最期は人のために善行をなさい。
それが、天国に行ける道ですわよ」
ぎょろり、と小男の目玉が動いた。
憎しみがこもっていたが、やがてあきらたようにふぅと吐息をつかれた。
「魔王の手先とか……
言ってたっけなぁ……
予定日を教えてくれて……
フード……被ってて……よく……」
話しの途中で小男は気を失った。
リシャーラはつま先で小男の頬を蹴ってみたが、目覚めることはなかった。失血によるショック死だった。
「魔王の手先、ですか……
やはり、わたくしが生まれてきた意味は……」
今まで、明確に生きる目的などなかった。
チート能力は、人生に花を添えるだけのモノだと思っていた。
これからは違う。
何もかも変えてみせる。
「……仇は討ちますわ」
家族を埋葬する際、もう物言わぬ妹から魔石のペンダントを借りた。
それは地元で産出された控えめな飾り物だった。子供ための護符としても扱われていた代物だ。
もう帰るところはなく、辿り着く先は一つしかない。
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