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-26-『試練の地下下水道』
しおりを挟む気絶していた壮一は、落ちる水滴の音で目を覚ました。
ぽちゃん、ぽちゃんと水音が聞こえる。音はよく響き、こもっていた。
反響しているのだ。
背中から、ねちゃりとした不快な感触。
ここは慣れたベッドではない。
「……あれ、俺は……」
「起きましたか」
「あっ」
赤々とした松明を片手に持つ女騎士、リシャーラは壮一を見下ろしながら、疲れたようにため息をついた。
ややあって、腰に片手を当てる。
「わたくしを出口まで案内しなさい。
そうすれば、生かして差し上げましょう」
「はあ」
(……なるほど、
俺が斬り殺されなかった理由がわかったぞ。
しかし、どこだよ、ここ。
俺も出口なんて知らないぞ)
現在地は真っ暗闇のトンネル。
外壁はネズミ色の煉瓦だ。両側にある通路は細く、中央には水道が通っている。すえた腐臭からして、下水道なのだろう。
水が流れているので、恐らく現在も使用されている。
「どうなのですか?」
「はい。
案内します。
殺さないでください」
「よろしい」
リシャーラは「ふぅ」と安堵のため息を吐いた。
見れば顔はすすで汚れ、鎧は所々ヘドロがくっついていた。
どうやら壮一が気絶している間、あちこちを歩き回ったらしい。
そして途方に暮れたところで、壮一に頼ることにしたのだ。
(……まあ、
適当に水の流れを追って……上流を目指してみるか)
当座の方針を定めると、壮一は思念の腕をだした。
ひょこひょこと歩きだす。
リシャーラもその後ろに続く。
「ところで、
あなたの声は聞き覚えがありますわ。
姿こそ雑魚モンスターですが、
朝に話した<ロストアイ>の支配人ですわね」
「……」
「そう、警戒せずともよろしいですわ。
ただ少し、退屈しのぎの会話がしたいだけですから」
(……なんだろ。
何か探りたいのかな。
メタルサイクロプスを殺した奴とは、話したくないんだけどな)
リシャーラを嫌いながらも、壮一は部下の死に責任を感じていた。
もはや手遅れであるが、強引にとめておけばよかったとも思う。
「俺は……あなたとは話したくありません」
「あの娘が本物の魔王なのですね」
壮一は口を開こうとした。
否定するためだ。しかし、開きかけた口から誤魔化しの言葉はでていかなかった。リシャーラの声には確信の響きがあった。下手な嘘は通じないだろう。
「そうですか……あの娘が」
憎悪がむきだしになると壮一が思った。違った。リシャーラは考えこむようように沈黙した。何を考えているのか、わからない。
二人で古ぼけた吊り橋を渡った。
整備用の通路として造られたものだが、著しく劣化があった。ロープは断線している箇所もあり、床板の一部は欠けていた。
壁にも水位を測る印があったが、剥がれ落ちて機能していない。
長年、誰も立ち入っていないことが窺える。
「あなた、本当に道を知ってるんですの?」
鉄格子の行き止まりに三回突き当たったところで、リシャーラが疑念を口にだした。会話をしないと決めていた壮一も、これには応えるしかなかった。
「あまり来ない場所なんで……それに俺、
つい最近、生まれた魔物なので……」
「役立たず、ということですね」
(こっ、この女っ!
黙って聞いてれば馬鹿にしやがって……
こうなったら、メタルサイクロプスの仇討ちをしてやろうか。
でも、俺のスキルが効かないんだよな……)
「休憩をしましょう。
どうも、この地下水道は広大のようですわ。
わからないのなら、地図を作りながら進めばよいのです」
理路整然とした|言(げん)には従うしかない。
壮一はぺたんと床に座りこんだ。すると、なぜかリシャーラが怪訝な顔つきに変化した。どういうことかと壮一は首をかしげたが、理由が判明するのは早かった。
「あなた、
よくこんなドロドロに汚れた場所で座れますわね」
「はあ……まあ俺、
魔法で身体を綺麗にできるんで。ほら」
スキル『自浄作用』を実演してみせる。
清浄なる光が輝き、マクラの肌から綺麗さっぱり汚れが消失した。分子レベルでも通用しているのか、悪臭すらも残らない。
「……なるほど。
では、ここに来なさい」
床に指を差された。
なんだろうと思いながらも、壮一がその位置に近寄ると、頭蓋にハンマーが落とされたような衝撃が加えられた。へぶぅっ、と醜いうめき声が漏れる。落下してきたのはリシャーラの|臀部(でんぶ)だった。
「これでよし、と」
「よし……じゃねーよぉ!
マジでふざけんなよ!
いくら俺が普段は温厚で気のいい素敵な男だからって、
この扱いには怒るぞっ!」
「うるさいですわね。
黙ってわたくしのクッションになる栄誉をたまわりなさい」
(な、なんたる高飛車……!
こんな屈辱は初めてだ。絶対に許さねえ。
でも、お尻のぷりんとした感触がスカート越しに伝わってきて……
なんか、まんざらでもないような気が……
やめろぉっ!
いったいどうしたんだ壮一っ!
憎いはずの女なのに……悔しい。
悔しいけど、身体が悦んじゃうよぉおおお!)
壮一の快楽堕ちしている間。
リシャーラは水筒を傾け、水を飲みながら歩いた道のりを紙に描いていた。在野を放浪し、修行を積んだときに得た知恵でもある。
「ふぅ……さて、参りますか」
小休憩を終え、二人は歩みを再開した。
壁に目印をつけながらの探索である。途中で肉食性のピラニア型モンスターに出くわすこともあったが、リシャーラはなんなく突破した。
それから、三時間が経過した。
「また……行き止まり。
おかしいですわ。マップが成立しない。
目印もつけたはずなのに……!」
複数のパターンの目印をつけ、マップを作りながら進んだのにも関わらず、地下水路は二人を迷わせた。直線に進んでも、後方に付けた目印があったりしたので、空間がねじれているとしか考えられなかった。
「……幻術の類ですか。
参りましたわね。でも、どこかに綻びがあるはず」
リシャーラは手を腰にやり、『浄夜刀』を抜き身にした。
煉瓦の壁を前にして、試しばかりに斜め一閃。
ガキィンと耳障りな音が鳴った。刀は弾かれた。壁には小さな傷が残っただけだった。破壊は難しい。
「くっ……!」
地団駄を踏む。
それでも突破口を探すため、リシャーラは毅然として迷宮内を歩き回った。何か、ヒントを探そうとしたのだろう。そのまま時間だけが虚しく過ぎていき、六時間ほど経つと、水筒の水はなくなった。食糧なども持ってきていない。
「少々、この場に居てくれませんか?」
「えっ?」
「所用に行ってまいります」
トイレだと察して、壮一はうずくまった。
暗がりに歩いていくリシャーラは気丈にふるまっているが、アリ地獄の巣に招かれた気分に陥っているのだろう。時間経過とともに、顔色が悪くなっているのが手に取るようにわかった。
(俺は魔物だから、
あの人より耐久力あるだろうけど……いつまでもここにいるのはなぁ)
ネムエルの魔法ならば、存在そのものが異空間ということも考えられる。
助けも来ない。放っておかれたとは思いたくないが、外部と接触する手段も見当たらない。
「なんか、あるかな」
壮一は頼みの綱の【睡眠魔法】のステータスを呼びだした。
名前:魔王さまのマクラ
等級:伝説級
分類:寝具系モンスター
レベル:14
能力:【睡眠魔法】
保有スキル
『自我覚醒』『急速乾燥』『保温効果』『思念操作』『人魔の術』『安眠念波』『自己再生』『熟睡念波』『詰め物チェンジ』『服装チェンジ(限定環境)』『ドリームキャッチャー』『安眠結界』
「うーん……あんまり、
よさげなのはなさそう。
最近、ネムエルと添い寝してないからなぁ」
レベルアップをサボりすぎたことを悔いる。
ホテル業に精をだしていたこともあるし、未だに一緒に寝ることが嬉し恥ずかしく、積極的に誘えないこともあった。
肉体関係を結んだ今でも、初恋気分である。
「ソーイチさん」
「ん?」
「ここですよ。ここ」
頭上の壁から、聞き覚えのある声。
ボッと青白い火が灯った。
霊魂型のモンスター、ボガードだ。
ふよふよと降下してきて、壮一と目線を合わした。
「いやぁー……災難でしたね」
「ああ、助けてくれ」
「そーしたいところですが、
ソーイチさんは霊体になって壁抜けとかできますか?」
「できるわけねえだろ」
「じゃあ無理ですね」
「簡単にあきらめんなよ」
はっはっは、とボガードは笑った。
ひとしきり笑い終えると、ズィッと壮一に顔を近づけた。
「小粋な冗談はさておき、ソーイチさん。
隙を見てあの『浄夜刀』を奪えませんかね?
このままあなた方を助けても、
アレがあるとまた彼女、暴れるでしょう?
我々、魔の者にとって脅威すぎるんですよ」
「無理だろ。
触っただけで俺、死んじゃうらしいじゃん」
「鞘を持ってれば平気ですよ。
破邪のチカラは刀身にしかありません。
愛と勇気と根性で乗り切りましょう」
「うーん」
敵の必殺武器を奪い取れ、わかる話だ。
あれさえなければ、リシャーラも魔王退治を諦めるかもしれない。ネムエルの身の安全を確保できるなら、身命を懸ける価値はある。
決断に迫られた壮一は、気を引き締めて首肯した。
「やるわ、俺。
そんでネムエルにドエロいお礼をもらうンだわ」
「薄汚い欲望がだだ漏れですが、
さすが、ソーイチさんですね。
では、おれっちの分け身で道案内をします」
ボガードは微生物のごとく分裂した。
火の玉が二つ、宙に浮かぶ。
分け身は本体と違い、表情などはなかった。
「うん?
帰る方法は知ってるの?」
「ええ、
それにソーイチさんを手助けする妙案がございます。
当方にドンと任せておいてください」
調子のいいボガードは、こそこそと耳打ちしてきた。
壮一は話を聞くにつれ、嫌そうな表情に変わったが、最後は案を受け入れるように肩を落とすのだった。
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