【R-18】異世界でお姫さまと眠れ-チートマクラに人外転生-

七色春日

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-26-『試練の地下下水道』

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 気絶していた壮一は、落ちる水滴の音で目を覚ました。
 ぽちゃん、ぽちゃんと水音が聞こえる。音はよく響き、こもっていた。

 反響しているのだ。
 背中から、ねちゃりとした不快な感触。
 ここは慣れたベッドではない。

「……あれ、俺は……」

「起きましたか」

「あっ」

 赤々とした松明を片手に持つ女騎士、リシャーラは壮一を見下ろしながら、疲れたようにため息をついた。
 ややあって、腰に片手を当てる。

「わたくしを出口まで案内しなさい。
 そうすれば、生かして差し上げましょう」

「はあ」

(……なるほど、
 俺が斬り殺されなかった理由がわかったぞ。
 しかし、どこだよ、ここ。
 俺も出口なんて知らないぞ)

 現在地は真っ暗闇のトンネル。

 外壁はネズミ色の煉瓦れんがだ。両側にある通路は細く、中央には水道が通っている。すえた腐臭からして、下水道なのだろう。

 水が流れているので、恐らく現在も使用されている。

「どうなのですか?」

「はい。
 案内します。
 殺さないでください」

「よろしい」

 リシャーラは「ふぅ」と安堵のため息を吐いた。
 見れば顔はすすで汚れ、鎧は所々ヘドロがくっついていた。
 どうやら壮一が気絶している間、あちこちを歩き回ったらしい。
 そして途方に暮れたところで、壮一に頼ることにしたのだ。

(……まあ、
 適当に水の流れを追って……上流を目指してみるか)

 当座の方針を定めると、壮一は思念の腕をだした。
 ひょこひょこと歩きだす。
 リシャーラもその後ろに続く。

「ところで、
 あなたの声は聞き覚えがありますわ。
 姿こそ雑魚モンスターですが、
 朝に話した<ロストアイ>の支配人ですわね」

「……」

「そう、警戒せずともよろしいですわ。
 ただ少し、退屈しのぎの会話がしたいだけですから」

(……なんだろ。
 何か探りたいのかな。
 メタルサイクロプスを殺した奴とは、話したくないんだけどな)

 リシャーラを嫌いながらも、壮一は部下の死に責任を感じていた。
 もはや手遅れであるが、強引にとめておけばよかったとも思う。

「俺は……あなたとは話したくありません」

「あの娘が本物の魔王なのですね」

 壮一は口を開こうとした。
 否定するためだ。しかし、開きかけた口から誤魔化しの言葉はでていかなかった。リシャーラの声には確信の響きがあった。下手な嘘は通じないだろう。

「そうですか……あの娘が」

 憎悪がむきだしになると壮一が思った。違った。リシャーラは考えこむようように沈黙した。何を考えているのか、わからない。

 二人で古ぼけた吊り橋を渡った。

 整備用の通路として造られたものだが、著しく劣化があった。ロープは断線している箇所もあり、床板の一部は欠けていた。
 壁にも水位を測る印があったが、剥がれ落ちて機能していない。
 長年、誰も立ち入っていないことが窺える。

「あなた、本当に道を知ってるんですの?」

 鉄格子の行き止まりに三回突き当たったところで、リシャーラが疑念を口にだした。会話をしないと決めていた壮一も、これには応えるしかなかった。

「あまり来ない場所なんで……それに俺、
 つい最近、生まれた魔物なので……」

「役立たず、ということですね」

(こっ、この女っ!
 黙って聞いてれば馬鹿にしやがって……
 こうなったら、メタルサイクロプスの仇討ちをしてやろうか。
 でも、俺のスキルが効かないんだよな……)

「休憩をしましょう。
 どうも、この地下水道は広大のようですわ。
 わからないのなら、地図を作りながら進めばよいのです」

 理路整然とした|言(げん)には従うしかない。
 壮一はぺたんと床に座りこんだ。すると、なぜかリシャーラが怪訝な顔つきに変化した。どういうことかと壮一は首をかしげたが、理由が判明するのは早かった。

「あなた、
 よくこんなドロドロに汚れた場所で座れますわね」

「はあ……まあ俺、
 魔法で身体を綺麗にできるんで。ほら」

 スキル『自浄作用』を実演してみせる。
 清浄なる光が輝き、マクラの肌から綺麗さっぱり汚れが消失した。分子レベルでも通用しているのか、悪臭すらも残らない。

「……なるほど。
 では、ここに来なさい」

 床に指を差された。
 なんだろうと思いながらも、壮一がその位置に近寄ると、頭蓋にハンマーが落とされたような衝撃が加えられた。へぶぅっ、と醜いうめき声が漏れる。落下してきたのはリシャーラの|臀部(でんぶ)だった。

「これでよし、と」

「よし……じゃねーよぉ!
 マジでふざけんなよ!
 いくら俺が普段は温厚で気のいい素敵な男だからって、
 この扱いには怒るぞっ!」

「うるさいですわね。
 黙ってわたくしのクッションになる栄誉をたまわりなさい」

(な、なんたる高飛車……!
 こんな屈辱は初めてだ。絶対に許さねえ。
 でも、お尻のぷりんとした感触がスカート越しに伝わってきて……
 なんか、まんざらでもないような気が……
 やめろぉっ!
 いったいどうしたんだ壮一っ!
 憎いはずの女なのに……悔しい。
 悔しいけど、身体が悦んじゃうよぉおおお!)

 壮一の快楽堕ちしている間。
 リシャーラは水筒を傾け、水を飲みながら歩いた道のりを紙に描いていた。在野を放浪し、修行を積んだときに得た知恵でもある。

「ふぅ……さて、参りますか」

 小休憩を終え、二人は歩みを再開した。
 壁に目印をつけながらの探索である。途中で肉食性のピラニア型モンスターに出くわすこともあったが、リシャーラはなんなく突破した。

 それから、三時間が経過した。

「また……行き止まり。
 おかしいですわ。マップが成立しない。
 目印もつけたはずなのに……!」

 複数のパターンの目印をつけ、マップを作りながら進んだのにも関わらず、地下水路は二人を迷わせた。直線に進んでも、後方に付けた目印があったりしたので、空間がねじれているとしか考えられなかった。

「……幻術の類ですか。
 参りましたわね。でも、どこかに綻びがあるはず」

 リシャーラは手を腰にやり、『浄夜刀』を抜き身にした。
 煉瓦の壁を前にして、試しばかりに斜め一閃。
 ガキィンと耳障りな音が鳴った。刀は弾かれた。壁には小さな傷が残っただけだった。破壊は難しい。

「くっ……!」

 地団駄じたんだを踏む。

 それでも突破口を探すため、リシャーラは毅然として迷宮内を歩き回った。何か、ヒントを探そうとしたのだろう。そのまま時間だけが虚しく過ぎていき、六時間ほど経つと、水筒の水はなくなった。食糧なども持ってきていない。

「少々、この場に居てくれませんか?」

「えっ?」

「所用に行ってまいります」

 トイレだと察して、壮一はうずくまった。
 暗がりに歩いていくリシャーラは気丈にふるまっているが、アリ地獄の巣に招かれた気分に陥っているのだろう。時間経過とともに、顔色が悪くなっているのが手に取るようにわかった。

(俺は魔物だから、
 あの人より耐久力あるだろうけど……いつまでもここにいるのはなぁ)

 ネムエルの魔法ならば、存在そのものが異空間ということも考えられる。
 助けも来ない。放っておかれたとは思いたくないが、外部と接触する手段も見当たらない。

「なんか、あるかな」

 壮一は頼みの綱の【睡眠魔法】のステータスを呼びだした。


 名前:魔王さまのマクラ
 等級:伝説級
 分類:寝具系モンスター
 レベル:14
 能力:【睡眠魔法】
 保有スキル
『自我覚醒』『急速乾燥』『保温効果』『思念操作』『人魔の術』『安眠念波』『自己再生』『熟睡念波』『詰め物チェンジ』『服装チェンジ(限定環境)』『ドリームキャッチャー』『安眠結界』


「うーん……あんまり、
 よさげなのはなさそう。
 最近、ネムエルと添い寝してないからなぁ」

 レベルアップをサボりすぎたことを悔いる。
 ホテル業に精をだしていたこともあるし、未だに一緒に寝ることが嬉し恥ずかしく、積極的に誘えないこともあった。
 肉体関係を結んだ今でも、初恋気分である。

「ソーイチさん」

「ん?」

「ここですよ。ここ」 
 
 頭上の壁から、聞き覚えのある声。
 ボッと青白い火が灯った。
 霊魂型のモンスター、ボガードだ。
 ふよふよと降下してきて、壮一と目線を合わした。

「いやぁー……災難でしたね」

「ああ、助けてくれ」

「そーしたいところですが、
 ソーイチさんは霊体になって壁抜けとかできますか?」

「できるわけねえだろ」

「じゃあ無理ですね」

「簡単にあきらめんなよ」

 はっはっは、とボガードは笑った。
 ひとしきり笑い終えると、ズィッと壮一に顔を近づけた。

「小粋な冗談はさておき、ソーイチさん。
 隙を見てあの『浄夜刀』を奪えませんかね?
 このままあなた方を助けても、
 アレがあるとまた彼女、暴れるでしょう?
 我々、魔の者にとって脅威すぎるんですよ」

「無理だろ。
 触っただけで俺、死んじゃうらしいじゃん」

「鞘を持ってれば平気ですよ。
 破邪のチカラは刀身にしかありません。
 愛と勇気と根性で乗り切りましょう」

「うーん」

 敵の必殺武器を奪い取れ、わかる話だ。
 あれさえなければ、リシャーラも魔王退治を諦めるかもしれない。ネムエルの身の安全を確保できるなら、身命を懸ける価値はある。

 決断に迫られた壮一は、気を引き締めて首肯した。

「やるわ、俺。
 そんでネムエルにドエロいお礼をもらうンだわ」

「薄汚い欲望がだだ漏れですが、
 さすが、ソーイチさんですね。
 では、おれっちの分け身で道案内をします」

 ボガードは微生物のごとく分裂した。
 火の玉が二つ、宙に浮かぶ。
 分け身は本体と違い、表情などはなかった。

「うん?
 帰る方法は知ってるの?」

「ええ、
 それにソーイチさんを手助けする妙案がございます。
 当方にドンと任せておいてください」

 調子のいいボガードは、こそこそと耳打ちしてきた。
 壮一は話を聞くにつれ、嫌そうな表情に変わったが、最後は案を受け入れるように肩を落とすのだった。

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