【R-18】異世界でお姫さまと眠れ-チートマクラに人外転生-

七色春日

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-25-『タテヅナ式決闘大会』

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 ネムエルはぷくっと頬を膨らませていた。
 メタルサイクロプスの扮装ふんそうが気にいらないのだ。むさ苦しい怪物男が自分と名乗っているので当たり前だが、一方で大広間に集まった見物客の方は顔を上気させ、興奮していた。

 何しろ、|隠匿(いんとく)していた魔王が表舞台に現れたのだ。
 しかもバトルが見られるとなれば、|一見(いっけん)の価値はある。

 もてなし側の壮一は、ひとまずおかんむりのネムエルのフォロー役を買って出たが、マクラ状態なのでギュウウウウッッッと力強く抱きしめられ、圧壊の一歩手前になっていた。

「ね、ネムエル……
 おっ、俺、つぶれて死んじゃうから……っ!」

「あれはひどいよ。
 私、あんな感じじゃないもん」

「あ、安全のためだからさ。
 ほんとのネムエルは可愛いよ!
 世界で一番、可愛いよっ!」

 豪力によって顔面を変形させられている壮一の語彙力は、小学生並に乏しかったが、必死さが通じたのか、ネムエルの腕力は徐々に弱まっていった。

「ガハハハッ!
 哀れな敗者にはキッスをくれてやろう!
 この愛らしいネムエル様からの|寵愛(ちょうあい)を受けるがいい」

「ぎゃあああああああああああ!」

 勝負が終わると、礼服を着た青年をメタルサイクロプスが持ち上げ、熱烈なキスを乱打した。顔面を唾液だらけにされた青年はガのマユのような白濁した姿となり、ドサッと地に伏した。
 
 白目を剥き、気絶している。

 あまりのご乱行に、しんと場内が静まった。

 次の挑戦者となる壮年の男は、仕切りテープの前で膝をガクガクと震わせていた。

 泣き顏になり、面白半分で催し物に参加したことを後悔していた。

 メタルサイクロプスはベロンと舌を舐めずりし、のそりと相手を見やった。

「どうした?
 俺の武を恐れているのか?
 ふふふっ……そうおびえずともよい。
 手心を加えてやろう」

(いや……お前の気色悪さが原因だよ。
 ていうか、ここまでやれだなんて俺は言ってないよ。
 なんでそんなサービス精神を発揮してるんだよ)

 イベント段階では乗る気だった壮一も、ストップをかけようか迷った。

 宿泊客に勇者気分を味合せる気軽な娯楽のつもりが、未曾有みぞうの恐怖を与えてしまっている。

「ヤオ・チョウ!」

 壮一が躊躇している間に、審判役の小鬼が扇を振るった。

 またしても勝負が始まったが、メタルサイクロプスの勝利は揺るぎなかった。

 黒く筋骨隆々の肉体は飾りではなく、次から次へと挑戦者をなぎ倒していく。

 まったくの無双状態だが、一種の爽快感はあったようで、消えていた観衆からの拍手が戻ってきた。

「順調じゃねーか」

「シフルちゃん」

 会計作業に追われていたシフルは、薄い笑みを浮かべて近寄ってきた。

 横に並び、タテヅナ式の決闘を眺める。

「どうなることかと思ったけど、うまくいきそうだな」

「あの恰好は完全にスベッてますけどね」

「いや、あいつのことじゃなくてだな。
 ホテル業の方だよ。
 ここの住人は少し窮屈になるだろうが、
 収入ができた方があたしは助かる」

「それは、素直によかったですよ」

「そんなにお金なかったの?」

 ネムエルが心配そうに会話に入った。シフルは<ロストアイ>の台所事情を話したことを一瞬だけ悔いたが、にこやかな表情に戻った。

「まー……ネムは気にしなくていいぞ。
 何があっても、問題はあたしが解決するからな」

「うん」

 麗しい主従関係――姉妹関係にほっこりしながら、壮一はネムエルの腕をすり抜けた。

 それとなく、メタルサイクロプスに『安眠念波』をかけるためだ。

 たまにはピンチを演出しようとする腹だったが、壮一の思惑は機会を失った。

 細工せずとも、メタルサイクロプスは苦境に面していたからだ。

「くおっ」

「しっかりとお立ちなさい。
 これしきのことで敗れるなど、許しませんわ」

 女騎士――リシャーラが妖しいほど輝く刀を片手に対峙していた。

 冷たい双眸からは、煮えたぎるような怒りを感じさせる。

 メタルサイクロプスは肩から血を流し、苦しそうに歯噛みしていた。

「おいおい、武器は禁止じゃないのか」
「これも、演出なのでしょうか?」

 観客が騒ぎだした。
 これまでは勝負は流血沙汰などなく、メタルサイクロプスの方も客に怪我をさせないように注意していた。あくまでエンターテインメントだったからだ。しかし、これは明らかな戦闘となっている。

(あっ、ああああ、あの女!
 いや、とりあえず、事態を収めないと!
 『熟睡念波』!)

 慌てた壮一は睡眠系の上級スキルを発動させた。
 不可視のチカラが波動となって飛んでいく。

〝リシャーラ=ルーフがレジストしました〟

「なっ」

 ぶつけようとしたチカラが弾け、霧散した。
 リシャーラは見向きもしなかった。
 誰にでも通じていた技が跳ね返され、壮一は言葉を失った。
 が、次の手を用いるのも早かった。
 真横に振りかえり、シフルに緊急事態だと目配せする。すぐに彼女はうなずいた。給仕していた魔物たちも、臨戦態勢に入った。

「わたくし、
 リシャーラ=ルーフは六年前に起った惨劇、
 <アルツマールの踏み嵐>で故郷と愛する家族を失いました。
 皆さま、これは正当なる復讐です。
 わたくしには、トルメニア王国から認可された魔王を殺す資格も頂いております」

 よく通る声での宣言は、場を鎮めるには充分な効果を発揮していた。

 高々と掲げられた深紅のスカーフには、剣を咥えた獅子の紋章が描かれていた。

 観客たちは事情を理解し、同情するような目線をリシャーラに送りだした。なかにはあからさまに応援する声も上がり始める。

 暴漢は、正義の執行者へと姿を変えた。

 控えていた魔軍の者たちも、空気を察して割り込むことが難しくなった。

「ガハハハッ!
 この鋼の肉体を傷つけるとは、なかなかの名剣よ。
 魔王の俺にはちょうどいいハンデだ。かかってくるがいい!」

 メタルサイクロプスは負傷しながらも、陽気な声を張り上げた。
 自分は平気だという風に、狼狽ろうばいしていた審判役の小鬼にほほえみかける。コトを荒立てる気がなく、本当の正体を明かすこともなく、健気にもイベントを遂行するつもりらしい。

(まずい。
 どうする……強引にとめるか?
 しかし、客がなんて言うか……ここで魔界側に庇ったら、
 仲が悪くなるだけじゃないか)

 魔界と人間界の確執を甘くみていた。
 リシャーラを泊めたのは失敗だった。
 営業利益ばかりを考え、対応策をおろそかにしたのが原因だ。

「では、参りますわよ」
「来るがよいっ!」

 甲冑を着ていても、リシャーラの動きに乱れはなかった。
 羽根のごとき身軽さでメタルサイクロプスに急接近し、高速の剣が振るった。次々に血煙が舞った。屈強な肉体が切り刻まれていく。

 無論、メタルサイクロプスも黙ってやられはしなかった。
 攻撃を食らいながらも、重量感のある剛腕を振り回して反撃を試みた。

 だが。

「何っ……!」

 リシャーラの顔面を捉えた豪拳からは、確かに空気を震わすほどの衝突音がした。誰もが鼻骨、もしくは頭蓋骨を粉砕したと疑わない爆音だった。

 けれど、リシャーラの顔には傷一つなかった。
 平然としながら、美しい光沢をたたえる『浄夜刀』の柄を握った。
 そのまま、横一閃。

「あっ」

 その場の全員が、表情を固めた。
 斬り捨てられた太い首が、空中で回転する。
 驚愕の表情を残したまま、ごとりと床に転がった。
 頭を失った胴体から、血柱が立ち昇った。
 婦人の一人が額に手を当て、へたり込んだ。ほとんどの者が事態を消化できず、唖然としたまま動くことができない。

 リシャーラだけが、平静に刀を鞘に戻していた。

「討伐完了、ですわね」

「『悪い子は!』」

 突然、発せられたその大声は――チカラを秘めていた。
 呪文の詠唱だと、魔法の知らない者でも肌身でわかった。魔力の渦が発生し、大広間を暴風が吹きぬけた。配膳台の上のグラスが風圧で転がり落ち、分厚いカーテンがめくれ上がった。

 観客たちが悲鳴を上げる。
 壮一は振り向かずとも、その声の持ち主を知っていた。

 ネムエルだ。
 両目を限界まで吊り上げ、あどけない顔をゆがめ、憎悪の形相で呪文を唱えている。

「『お仕置き部屋にご招待!』」

「やべえっ!
 てめえらみんなを逃がせ! 落ちるぞ!」

 何かを察知したシフルの警告が飛んだ。
 ガイコツ兵たちは心得たとばかりに、両手を広げて観客を部屋の隅へと押し込んでいた。

「『デジョンド・ホール!』」

「なっ!」

 突き出された小さな手の先。
 リシャーラの足先に、漆黒の闇がうまれた。
 それは円状に広がる異空間への扉だった。足を取られかけたものの、リシャーラは持ち前の機敏さを生かし、大きく跳躍した。

「うっ!
 こ、この魔法は……!」

 漆黒の闇は、ただ面積を増やすだけではなかった。
 目的の獲物が逃げたと悟ると、どす黒い触腕を伸ばし、素早くリシャーラの肉体をからめとった。
 腕の数は無数だ。
 その拘束力もまた、尋常ではない。

「わっ、わたくしの能力でも防げない……
 まっ、まさか、あの娘……っ!」

 リシャーラは最後まで抵抗を忘れなかった。
 自分の身が墜落していく最中でも、なんとか暗黒の魔法から逃れようとした。
 その手が、魔法円の縁に佇むマヌケな魔物をつかみ取った。
 わらをもつかむ気持ちである。

「へっ、なんで。
 えええっ、俺もぉおおおおおおおお!?」

 その愚かな魔物は、壮一だった。
 二人は闇にのみこまれ、忽然こつぜんと姿を消したのだった。

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