金髪巨乳妹の胸の谷間に手を突っ込むことで地球を救う話

七色春日

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-14-『夕食だからといって休まらない』

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「お兄ちゃん。なんか知らない間に私にチューしたらしいじゃん?」

 我が家のリビングで俺がコーヒーをすすっていると、背後から追及が飛んできた。

 ロンサム撃破から、三日が経過した昼のことである。

 学校の創立記念日という、都合のいい祝日を楽しんでいるところでの冷や水。

 ひとまず、俺は聞こえなかったふりをすることにした。
 テーブルに広げた新聞の一面には『悲劇! 空気配管破裂により大王イカショック死!』と書かれている。

 実際は俺が始末したわけではあるが、きちんと裏工作が済まされていて安心した。

 が、同時にうすら寒い感情も渦巻いた。

 JGGという怪しげな組織の権力は、世論すら操作するレベルのようだ。

 民放では、水族館側の管理体制について問う向きもあったが、あくまでも不慮の事故として扱われている。

 大手建築会社と施工業者は堂々とテレビに顔を出し、配管の正しく組み立てていたし、公の耐久度試験もそつなくこなした。

 不良品の混入も疑われたが、社内試験の様子までも放映したのだ。

 責任回避に隙はない。

 結局、原因は大王イカのストレスによる衝突の繰り返しによる配管の損傷、つまりは自殺ということになってしまった。

 水族館側も今後の教訓にするとの声明を出し、謎の多い大王イカの飼育はやはり難しいとのコメントが研究者たちからもたらされた。

「ちょっと無視しないでよ」

「……言いがかりだ」

「ふぅん? 蒼井先輩が教えてくれたよ。ツイッターで。ほら、スマホでやり取りしてるんだ」

「いつの間に友達になったんだよ……しかも先輩のアイコン、骸骨仮面装着時じゃねえか」

 正体を隠す気がねえ。

 案外、自己顕示欲高いのか。

「っで、どうなの?」
「したけど、人命救助のためだ。必死だった。ノーカウントだ」
「ふーん……ま、いいけど。やった。ファーストキス、もらっちゃった」

 しゅっと桃色の唇を左から右へ指でなぞり、クーナはるんるん気分で台所へ消えた。

 昼飯の準備をする気なのだろう。

 俺は順調にシスコンへの道を辿っている気がして、自分が恐ろしくなった。

 ――みゃう。
「みゃう」

 一郎丸が先に鳴き、続けてミーナが声真似をした。

 のそっと、両手に一郎丸を抱えてのソファーの影から現れた。


 俺は驚きながらも微笑み、首をかしげた。

「にいちゃん。あのクソデブよりあたしを愛すべき」
「うーん……にいちゃんはミーナのことは大好きだよ」

 俺の二番目の妹は実にラブリーだし、子供のように甘えてくるので俺も受け入れやすい。

 喉元に手をやると目を細めて猫のようにごろごろとうなる。

 ミーナは猫の身体模写が好きなのだ。

 クーナのように色っぽい何か――邪悪なものを感じさせない。

「あいつはだめ。脳みそまでデブってるもん」

「一応、ミーナの実姉でもあるから、悪口はいけないぞ」

「だって最近のにいちゃん、緋村家の脂肪分とばっかり遊んでる」

 すねる言葉は的を射ていたかもしれない。

 脂肪分ではなく、構ってやる比率の話だ。

 平等に扱っているつもりでも手間のかかる方に意識が向いてしまうものだ。

 俺は相好を崩して両手を膝の上に乗せた。

「わかった。ミーナのしたい遊びをしようか。オセロでもゲームでもなんでもいってみなさい」
「でぃーぷきす」
「そうか、でぃーぷきすか。よし、にいちゃん張り切っちゃうぞ。久しぶりに楽しく遊ぼうな」
「うん」

 ふふ、まだまだ子供だな。
 でぃーぷきすなんて子供っぽい遊びがしたいなんて。

「馬鹿」

 スコォン、と快音が鳴った。

 痛む頭に手をあてながら後ろを向くとフライパンを持ったクーナが仁王立ちしていた。

 おいおい、南部鉄のフライパンだぞ。

「みぃーを甘やかすのはいいけど、なんでも受け入れちゃだめだよ」
「にいちゃん、ホルスタインのいうことになんて無視して。いじわるババアなの」

 俺にすがりついてくるミーナ。
 潤んだ涙目はどうしようもないほど庇護欲にかきたてられる。
 小さな背中をポンポンっと叩きつつ、弁護する。

「クーナ、子供の言うことにあまり目くじらを立てるな」

「全然可愛いげないからね。もう中学生だし、兄妹愛を利用した確信犯だからね」

「そろそろ昼飯にしよう。腹が減ってるから怒りっぽくなるんだ」

「いいけど……みぃー、お姉ちゃんは監視の目を緩めませんからね」

「……ふぁっきんデブ」

 バチバチと火花を散らして剣呑な視線が交錯する。
 それぞれの守護霊であるネコとイヌの威嚇の姿が見えるようだ。
 気迫のぶつかり合いは数秒で終わった。空腹のためだ。

 三人で食卓が囲う。

 今回クーナが用意したのは熱々のコロッケの山だった。

 中身はまちまちで、定番の男爵イモは当然のことながら、とろけるようなカニクリームをきちんと押さえ、海鮮シチューや牛肉カレーといった舌を喜ばせる具もセンスが光っている。

 変わり種では、マグロの切り身を入れた肉じゃがなどもサクサクの衣に包まれている。

 どれも揚げたてのほかほかで、手作りなのが食感の新鮮さでわかる。

 口に入れてみると、やはり文句なしにうまい。

「みぃー、よかったらこれ食べて。お姉ちゃんのとっておき」

 菜箸で丸いコロッケを摘んでミーナの皿へと運んだ。

 ほほえましい姉妹のやり取りかと思いきや、ミーナは露骨に警戒して箸をつけようとはせず、取り繕った笑顔の姉を疑わしそうに睨んでいる。

 ふっ、とクーナは表情に影を落とした。

 口許をわななかせてうつむく。

「お姉ちゃんを信用してないんだね。昔はあんなに仲良かったのに」

「てめえが陰であたしのほっぺをつねったりしなきゃな仲良かったよ」

「おいおいクーナ、俺の見てないとこで何をやってるんだ」

「そうだね。いいお姉ちゃんじゃなかったね……でも、そろそろ仲直りしたいの。それはそのための第一歩なの」

 うまい――巧妙に逃げ道を塞いだ。

 歩み寄りの姿勢を見せられているので、ミーナもここまでいわれて譲歩しなければ意固地な娘としてのレッテルが貼られる。

「お兄ちゃんを巡っての取り合いも終わりにしたいの……私たちは姉妹だし、お兄ちゃんを半分こづつにすればいいと思うの」

「……てめえが独占するんだろうが」

「だから、私は提案するよ。私がお兄ちゃんの右半身で、みぃーが左半身。分割しよ」
「本当に?」
「えっ?」

 態度を軟化されたミーナだったがその提案が二人で締結された場合、俺は二つに分離して死ぬのだが。

「変なの仕込んでないだろな?」
「お姉ちゃんを信じないの? だったらもういいよ」

 ぷんぷんして腕組み。

 そっぽを向く。

 はぁーっとため息をついたミーナは、ついに観念したのか皿の上の謎コロッケを箸で抱え、口に入れた。

 ごりゅ、と硬いものを噛む咀嚼音がはっきり伝わった。

 すぐに苦悶の表情に染まる。

 それでも吐き出さずに顎を無理やり動かして噛み潰し、ごくっと飲み込んだ。

 額に汗の玉を浮かべ、うっすらとした涙が一条ほど頬を落ちる。

 げえ、と舌を出す。

「おい乳牛、なんだこれは………」

「宇宙イカ」

「こんの……クソブスが」

「お姉ちゃんも食べてるものだから嫌がらせじゃないよ。おいしいでしょ。んー? お姉ちゃんの愛が伝わったかな」
「やろう……」

 自らの体質を逆手に取っての戦法だが、そういえば宇宙のタンパク質とかわけのわからないの摂らなくてもミーナは平気なのだろうか。

 もしかして体が弱い原因は――いや、なんでも悪い方向に考えるべきではない。

「クーナ。相手が嫌がってたらそのつもりがなくても嫌がらせになるからな。大王イカのコロッケは自分で食べなさい」
「結構イケるよ。お兄ちゃんも食べてよ」
「……わかったよ」

 拒否してもよかったが、それだとゲテモノを一人で食わせてるみたいで可哀相ではある。

 一緒に食って慰めになるかどうかはわからないが、ロンサムの残骸をコロッケにしたものを食してみる。

 外はカリカリで中はふんわりしており、丁寧にぬめりも取られている。

 細かく刻んだイカはいい塩加減。チーズが挟まれてなかなか調和している。

 イカリングのコロッケ版だが、若干の咬筋力がいることを除けばうまい……か。

「にいちゃん。無理しちゃだめ」

「うん……普通のイカ、かな。食えなくはない」

「お兄ちゃん、口移ししてあげよっか。もっとおいしくなるよ」

 冗談をはぐらかしながら昼飯を進めていると、クーナが何かを思い出したかのように両手を打ち鳴らしたから。

 ごそごそとチェック柄のミニスカートの下――下着の中に手を突っ込み、紙封筒を出して差し出してくる。

「お兄ちゃん、海王マリンパークの温水プールのチケット渡すの忘れてた。はい」

「それ以前にどこから出した」

 受け取るとやけに生温かい。

 気にしないようにして中身を確認すると、高層ウォータースライダーや回転プールがプリントアウトされたチケットが四枚と五千円分の食事券が入っていた。

 これは学生には地味にうれしいご褒美だ。

「お兄ちゃんと、私と、みぃーと、一郎丸で四人分だね」

「ペットは入場不可だろ……一枚あまるな」

 本音は先輩を誘いたい。

 この前のデートは台なしになってしまったし、お詫びの意味を込めて誘うのはどうだろうか。

 あのあと、クーナを病院に連れていき精密検査を受けさせたので、先輩をろくにフォローできなかったのが悔やまれる。

 俺はスマホを取り出してメールを打った。
 当たり障りなく、デートをやり直したい旨を伝える。

 文面を何度も打ち直したがやがて納得いくできとなった。

 打ち終わると緊張が抜けて疲労が押し寄せてきた。お茶を飲んで一息入れる。

 そのままスマホに目を落としていると、すぐに着信があった。

 メールではなく直接やり取りが望みとは。

『ひっ、緋村か』

「はい。この間は申し訳ありませんでした……先輩?」

 やけに声が上擦っていて、荒れた呼吸音が聞こえてくる。

 なんだろう。

『じっ、実は……と、唐突なのだが』
「ええ」
『わっ、私は、お、お、おっ』
「はい」
『お前のことを愛してしまったっ!』
「え、あ、はい」

 大声での言葉の理解できず、生返事を戻す。
 ――俺を愛してしまった?
 先輩が? どうして? 
 急降下した好感度がVターンしたのはなぜだ。

 何が起こったらこんなに急角度で曲がるんだ。

 クロスポイントに何が起こったのか知るべきではないだろうか。

 いや、落ちつけ鉄次。

 お前はゴットに愛されしたたぐいまれなハンサムボーイ。

 美少女からの告白は日常の一コマとして許容すべきだ。
 乙女の熱い想いを疑ってはならない。
 しかし――これを素直に信じるのもどうなのか。
 どうしても違和感はぬぐえない。

 先輩の声の調子はいつもとは歴然と違う。焦りがあり、苦し紛れで放ったような粗雑さだ感じられる。
 そう、いうならば――ロマンスがない。

『というわけで私と交際してもらおう。私のことが好きなのだろう?』
「え、あ……まあ」
『では次のデートは明日だ』
「普通に学校あるんですけど」
『では明日、海王マリンパークの掲示板の前で待つ』

 矢継ぎ早に告げられ、まるで決闘のような捨て台詞で通信が切られる。
 強引な展開についていけず、スマホを持った手をだらりと垂らした。

「お兄ちゃん?」
「ああ……先輩に告白された」
「えっ、ついにやったの?」
「やったってなんだよ」

 クーナはさっと目を背けた。座りながらも机の上を指でねじる。
 ちらちらと俺を窺い、言いにくそうに忠告してきた。

「弱味を握ったんでしょ。やめなよ。そういうことするの」
「してねーよ」
「にいちゃん。だめだよ」

 ぎゅっと俺の袖口を握って制止するミーナは悲しそうだった。
 待て。家族にあらぬ嫌疑をかけられる俺の方が悲しい。

「ミーナまで……俺は正式に蒼井月香先輩その人に告白されたんだ。俺の魅力についに陥落したんだよ」

 宣言すると二人は急に無表情になってお互いに目線をかわしてうなずき合い、がっぷりと円陣を組んだ。
 そして、俺に向き直ると申し合わせたように唱和した。

「邪魔をして」
「やる」
「そんな幸せは」
「許さない」
「たとえ誰が相手でも」
「地獄へ落とす」

 二人の妹たちの連携は予想以上にかみ合っていた。

 俺は自らの血縁と対峙しなければならないとわかり、膝を震わせた。

 恐怖ではなく、武者震いであることを願った。

 恋路というのはかくも苦しく険しい道なのだろうか。
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