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14 それが犬であるかどうかは重要ではない
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まずい。
なんの許可もなく黙って女性に近づき、布をかぶせる。どう考えても不審者である。
しかも相手は西の宮が寄宿させている、元女官である。場合によっては手が後ろに回りかねない。
「あの」
シファはシファで固まっていたらしい。
「これは」
ヨシュアの被せた日覆いの布をぎこちなく手で押さえるシファに、ヨシュアは慌てる。
「あつ……、暑そうだったので」
不審者のいわれだけは避けたい。ヨシュアは慌てて弁明する。
「急に失礼しました。寝起きで寝ぼけて、どうも、申し訳ない……」
ろくな言い訳も思いつかず、ヨシュアの言葉はしりすぼみになる。
「あの、お気遣いありがとうございます……?」
シファの方も面食らったままのようである。
まずい。
先程とは別の意味でヨシュアは思う。
──そんな困った顔のまま、見上げないで欲しい。
自分でもバカだと思うが、もう、これは不可抗力だ。
かわいい。美人がかわいい。とてつもなくかわいい。どういうことだ。
今絶対口元がだらしなく緩んでいる自覚のあるヨシュアは、片手で顔を覆い、シファからつい目をそらす。
するとヨシュアの目に入ってくる白いもふもふ。
でかい獣がやっぱりいる。ヨシュアは現実に返った。いや、これが現実? 砂漠にいるはずのない狼っぽいのが四頭もかわいらしく揃っておすわりしているのが?
もう訳がわからない。
ヨシュアは夢なら覚めてくれ、いや、シファのところだけ覚めてくれるな、などと勝手なことを思う。
「あの、すみません、私の犬が急に走り出してしまって、あなたを起こしてしまいました」
幸いシファは夢でないらしい。すまなさそうに言うのに、ヨシュアは慌てて返事をする。
「いえ、大丈夫です」
勢い込んでヨシュアは答えたものの、やはり引っかかる。
「……犬、ですか?」
「はい、私の犬です」
「あなたの、犬」
「はい、私の」
「犬」
「……犬です」
犬かどうかを聞くヨシュアの問いをわざと取り違えて、誰の犬かについての答えを返して済まそうとして失敗したシファは、気まずそうに目をそらす。それでも犬だと言うのをシファは譲らない。
ヨシュアの与えた布を肩口でやんわりと握り、気まずげに目を伏せるシファが、ヨシュアからどう見えるか。
「お、おとなしい犬ですね」
もう犬でもなんでもいいと思ったヨシュアが譲る。
浮かれたヨシュアにとっては、白いもふもふが犬か狼かその他かということより、目の前の娘と少しでも長く話しを続けることの方が重要なのだった。
※
シファは混乱していた。混乱の中でも、これは犬だと通さねば、と言うことは頭にあった。果たしてヨシュアは譲ってくれたが、さてこれからどうしよう?
そしてシファはまた混乱する。どうしよう? だなんて、何故それを私は考えてなかったのだろう。
でもせっかく相手の時間をもらっているのだから、ここにきた理由を話さなければ。
話をしなければ、と思い、シファはどこから話せば良いかまたわからなくなる。順を追って言うしかないかしら。
「あの」
あなたを砂漠で見かけて、危険だと思いました。もしよろしければ、この犬たちを番犬として使ってもらえませんか?
そう言ったら相手はどう思うだろう?
不審に思わないだろうか?
シファなら不審に思う。何か裏があるとしか思えない。理由は何かと聞くだろう。
理由。それもちゃんと言わなければならない。
理由はあなたを守りたいと思ったから。そう言えばいい。
シファはヨシュアを見て、話をしようとした。しかし、ヨシュアと目があった瞬間、理由を述べる自分を想像して、シファはかたまる。
西の宮には普通に言えたその言葉が、いざ本人を前にすると、別の色合いを帯びてくるような気がした。
あなたを守りたい、なんて、これではまるで─…、
そして西の宮の問いが蘇る。
──シファはなぜあの商隊の青年を守りたいと思うたのか?
シファは上気した顔をどうにか隠したくて、俯いてしまった。
なんの許可もなく黙って女性に近づき、布をかぶせる。どう考えても不審者である。
しかも相手は西の宮が寄宿させている、元女官である。場合によっては手が後ろに回りかねない。
「あの」
シファはシファで固まっていたらしい。
「これは」
ヨシュアの被せた日覆いの布をぎこちなく手で押さえるシファに、ヨシュアは慌てる。
「あつ……、暑そうだったので」
不審者のいわれだけは避けたい。ヨシュアは慌てて弁明する。
「急に失礼しました。寝起きで寝ぼけて、どうも、申し訳ない……」
ろくな言い訳も思いつかず、ヨシュアの言葉はしりすぼみになる。
「あの、お気遣いありがとうございます……?」
シファの方も面食らったままのようである。
まずい。
先程とは別の意味でヨシュアは思う。
──そんな困った顔のまま、見上げないで欲しい。
自分でもバカだと思うが、もう、これは不可抗力だ。
かわいい。美人がかわいい。とてつもなくかわいい。どういうことだ。
今絶対口元がだらしなく緩んでいる自覚のあるヨシュアは、片手で顔を覆い、シファからつい目をそらす。
するとヨシュアの目に入ってくる白いもふもふ。
でかい獣がやっぱりいる。ヨシュアは現実に返った。いや、これが現実? 砂漠にいるはずのない狼っぽいのが四頭もかわいらしく揃っておすわりしているのが?
もう訳がわからない。
ヨシュアは夢なら覚めてくれ、いや、シファのところだけ覚めてくれるな、などと勝手なことを思う。
「あの、すみません、私の犬が急に走り出してしまって、あなたを起こしてしまいました」
幸いシファは夢でないらしい。すまなさそうに言うのに、ヨシュアは慌てて返事をする。
「いえ、大丈夫です」
勢い込んでヨシュアは答えたものの、やはり引っかかる。
「……犬、ですか?」
「はい、私の犬です」
「あなたの、犬」
「はい、私の」
「犬」
「……犬です」
犬かどうかを聞くヨシュアの問いをわざと取り違えて、誰の犬かについての答えを返して済まそうとして失敗したシファは、気まずそうに目をそらす。それでも犬だと言うのをシファは譲らない。
ヨシュアの与えた布を肩口でやんわりと握り、気まずげに目を伏せるシファが、ヨシュアからどう見えるか。
「お、おとなしい犬ですね」
もう犬でもなんでもいいと思ったヨシュアが譲る。
浮かれたヨシュアにとっては、白いもふもふが犬か狼かその他かということより、目の前の娘と少しでも長く話しを続けることの方が重要なのだった。
※
シファは混乱していた。混乱の中でも、これは犬だと通さねば、と言うことは頭にあった。果たしてヨシュアは譲ってくれたが、さてこれからどうしよう?
そしてシファはまた混乱する。どうしよう? だなんて、何故それを私は考えてなかったのだろう。
でもせっかく相手の時間をもらっているのだから、ここにきた理由を話さなければ。
話をしなければ、と思い、シファはどこから話せば良いかまたわからなくなる。順を追って言うしかないかしら。
「あの」
あなたを砂漠で見かけて、危険だと思いました。もしよろしければ、この犬たちを番犬として使ってもらえませんか?
そう言ったら相手はどう思うだろう?
不審に思わないだろうか?
シファなら不審に思う。何か裏があるとしか思えない。理由は何かと聞くだろう。
理由。それもちゃんと言わなければならない。
理由はあなたを守りたいと思ったから。そう言えばいい。
シファはヨシュアを見て、話をしようとした。しかし、ヨシュアと目があった瞬間、理由を述べる自分を想像して、シファはかたまる。
西の宮には普通に言えたその言葉が、いざ本人を前にすると、別の色合いを帯びてくるような気がした。
あなたを守りたい、なんて、これではまるで─…、
そして西の宮の問いが蘇る。
──シファはなぜあの商隊の青年を守りたいと思うたのか?
シファは上気した顔をどうにか隠したくて、俯いてしまった。
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