宰相さんちの犬はちょっと大きい─契約編─

すみよし

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「何もせんのではなかったのか?」

 東の宮が、ニヤニヤと見やるのにカイルが言う。

「何もいたしておりませんが?」

 隣で黙々と槍を磨くカイルは東の宮を見もしない。東の宮もそれを気にせず話し続ける。

「ふーん、しかし、お前も気が長いな。確かに、あいつは小知恵は回るが、まだ、海のものとも山のものとも知れんぞ?」

「私ではありません。あなた様がお取り立てになり、西の宮様がお認めになったのだからそれで十分だ、と」

 興味を持ったのはあくまで今上帝で、自分は主人に従うだけだ、とカイルは言う。

 しかし、その主人にヨシュアのことを教えたのはお前だろう、とは、東の宮も口にしない。

「そうか。取り立てた東の宮サマとしては西におる間はともかく、その先は出来ればお前にあいつの助けになってやって欲しいんだが?」

「私は何もいたしません。それどころではないですし。全く、戦に出ている方がよほど気楽です」

「だからと言って一国の君主を滅ぼしてくるのはお前くらいだ」

「それこそ私は何もいたしておりませんが? 大暴れなさるあなた様方の後片付けだけで精一杯だったのですが?」

 諸事情から帝国軍を動かせず、わずかな近衛だけを連れて乗り込むしかなかったカイルは、相手国の士官たちを唆して君主を討たせるつもりだった。しかし、当たり前のように着いてきた東の宮とその配下に乱入され、散々に引っ掻き回された。

 それならば、と当初の計画を葬り去り、東の宮の剛勇をして相手国の新たな君主と不可侵条約を取り付けたカイルである。

 収まるところに収まったとほっとした帰途、カイル達は襲撃を受ける。第三国の横槍を東の宮の配下が退け、カイルが結界に閉じ込めた。さて、この始末をどうするか、と思案していた話から、例えばヨシュアならどう収めるだろう、という話になり、宮の話になり、つまりは流石のカイルもここの所しんどい、という話であった。

 しんどい理由ははっきりしている。即位当初は協力的であった宰相が、再び専横の兆しを見せてきたのである。近衛はともかく、軍は宰相の支配下にある。

「俺たちが乗り込んでやってもいいぞ?」

 口の端を釣り上げる東の宮と同じ顔をして、精鋭部隊である東の宮の配下たちも頷く。

「それは最終手段で。功ある方ですので穏やかになさりたいご意向です」

「まあ、それに越したことはないがなあ。あのジジイがああも宮に執着するとはセオも思わなかっただろう」

 志半ばで倒れた亡き先帝の愛称を口にして、東の宮は珍しく沈んだ声で言う。

 それにカイルが言う。

「いえ、今にして思えば、元々そういう方であったのかもしれません。私どもにはともかく、皇后さまはじめ女人方には辛く当たっていたこともあったようですから」

「そうだったのか。シファも辛い目をしたな」

「シファは宰相殿の甥御から気を持たれていたので、そこから宰相殿の弱味を握って脅していたようです」

「……頼もしいことだな」

「ええまあ。それで私共が気付く前に嫌がらせが止んだようです。皇后さまも陛下にご相談なさらず、女官らにも口止めなさっていたのでシファも私に何も申さず……。気付けなかった私の手落ちでございます」

「まあ、仕方がない。あの皇后は弱みなど見せたがらなかったからな。それで、あの皇后やシファが宮を辞したから、宰相は本性を現したと?」

「それは少しはあるでしょうが、まあ、申し上げたくはございませんが、お年を召して我慢が効かなくなっておられるような気がいたします」

「年寄りは意固地になるものだが、宰相ともなると諌める者もおらんわなあ。それで苦労したのは宰相自身であったろうに。歳はとりたくないものだ」

 俺も先を考えておかねばならん、と東の宮は呟く。

「ともかく宮を落ち着けてくれ。いつでも乗り込む準備はしておくが」

「それは本当に最終手段で。その前に目の前のコレ、お任せしても?」

「そうだな、全員寝かせておいて、迎えが来たら返してやる。それくらいなら手間ではない」

「お願いします」

「よし引き受けた。とは言え、多少は遊ばせてもらおう」

「結構ですが、程々にお願いします」

 カイルが結界を解くと、捕らえられていた兵士らは夢から覚めたようにハッとしてあたりを見回す。そうして獰猛な笑みを浮かべた東の宮を見つけ、絶望する。

 東の宮の詠唱に、兵士たちは一斉に逃げ出す。時すでに遅く彼らの行く手は闇に包まれた。

 それを見ながらカイルの意識も暗く沈んでいく。縹の闇の加護に任せて、カイルは何日かぶりの眠りにありついた。

 はずだったのを、近衛の一人に阻まれる。

「いやいやカイルさまお待ちを!」
「何ですか。置いていって適当に帰って下さい解散」
「置いていってって、ここでおやすみになってはっ、ああ、縹、睨まないで!」

 カイルの邪魔をするなと言いたげな闇の精霊に怯えつつ、近衛がカイルを揺さぶる。

「しかし眠いです」
「いや、しかし、ではなく! 縹の加護も万全ではないのですから、帰りがけの東の宮さまに見つかったら、また東にお連れされますよ⁉︎」
「それは絶対嫌です絶対」
「ですよね⁉︎ 絶対って二回もおっしゃるんですから嫌ですよね! とりあえず宿まで引き上げましょう!」
「はい……」

 万全ではない加護と言われて落ち込んだ様子の縹をなだめて、カイルは重い足取りで帰途に着く。

 こんな風にカイルを無理矢理にでも連れ帰ってくれる者たちもいる。それでも宮での新帝の立場がまだまだ不安定な中、カイルも宮では動きにくい。

 宰相の息のかからぬ者が欲しい。

 ある時そう漏らしたカイルに西の宮が、「ヨシュアを使うのはどうかな。手始めに西から始めて各地で功績を挙げたなら、ゆくゆくは宮に迎えれば良い」などと吹き込んだことをヨシュアは知らない。
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