20 / 30
20 人手不足につき
しおりを挟む
「何もせんのではなかったのか?」
東の宮が、ニヤニヤと見やるのにカイルが言う。
「何もいたしておりませんが?」
隣で黙々と槍を磨くカイルは東の宮を見もしない。東の宮もそれを気にせず話し続ける。
「ふーん、しかし、お前も気が長いな。確かに、あいつは小知恵は回るが、まだ、海のものとも山のものとも知れんぞ?」
「私ではありません。あなた様がお取り立てになり、西の宮様がお認めになったのだからそれで十分だ、と」
興味を持ったのはあくまで今上帝で、自分は主人に従うだけだ、とカイルは言う。
しかし、その主人にヨシュアのことを教えたのはお前だろう、とは、東の宮も口にしない。
「そうか。取り立てた東の宮サマとしては西におる間はともかく、その先は出来ればお前にあいつの助けになってやって欲しいんだが?」
「私は何もいたしません。それどころではないですし。全く、戦に出ている方がよほど気楽です」
「だからと言って一国の君主を滅ぼしてくるのはお前くらいだ」
「それこそ私は何もいたしておりませんが? 大暴れなさるあなた様方の後片付けだけで精一杯だったのですが?」
諸事情から帝国軍を動かせず、わずかな近衛だけを連れて乗り込むしかなかったカイルは、相手国の士官たちを唆して君主を討たせるつもりだった。しかし、当たり前のように着いてきた東の宮とその配下に乱入され、散々に引っ掻き回された。
それならば、と当初の計画を葬り去り、東の宮の剛勇をして相手国の新たな君主と不可侵条約を取り付けたカイルである。
収まるところに収まったとほっとした帰途、カイル達は襲撃を受ける。第三国の横槍を東の宮の配下が退け、カイルが結界に閉じ込めた。さて、この始末をどうするか、と思案していた話から、例えばヨシュアならどう収めるだろう、という話になり、宮の話になり、つまりは流石のカイルもここの所しんどい、という話であった。
しんどい理由ははっきりしている。即位当初は協力的であった宰相が、再び専横の兆しを見せてきたのである。近衛はともかく、軍は宰相の支配下にある。
「俺たちが乗り込んでやってもいいぞ?」
口の端を釣り上げる東の宮と同じ顔をして、精鋭部隊である東の宮の配下たちも頷く。
「それは最終手段で。功ある方ですので穏やかになさりたいご意向です」
「まあ、それに越したことはないがなあ。あのジジイがああも宮に執着するとはセオも思わなかっただろう」
志半ばで倒れた亡き先帝の愛称を口にして、東の宮は珍しく沈んだ声で言う。
それにカイルが言う。
「いえ、今にして思えば、元々そういう方であったのかもしれません。私どもにはともかく、皇后さまはじめ女人方には辛く当たっていたこともあったようですから」
「そうだったのか。シファも辛い目をしたな」
「シファは宰相殿の甥御から気を持たれていたので、そこから宰相殿の弱味を握って脅していたようです」
「……頼もしいことだな」
「ええまあ。それで私共が気付く前に嫌がらせが止んだようです。皇后さまも陛下にご相談なさらず、女官らにも口止めなさっていたのでシファも私に何も申さず……。気付けなかった私の手落ちでございます」
「まあ、仕方がない。あの皇后は弱みなど見せたがらなかったからな。それで、あの皇后やシファが宮を辞したから、宰相は本性を現したと?」
「それは少しはあるでしょうが、まあ、申し上げたくはございませんが、お年を召して我慢が効かなくなっておられるような気がいたします」
「年寄りは意固地になるものだが、宰相ともなると諌める者もおらんわなあ。それで苦労したのは宰相自身であったろうに。歳はとりたくないものだ」
俺も先を考えておかねばならん、と東の宮は呟く。
「ともかく宮を落ち着けてくれ。いつでも乗り込む準備はしておくが」
「それは本当に最終手段で。その前に目の前のコレ、お任せしても?」
「そうだな、全員寝かせておいて、迎えが来たら返してやる。それくらいなら手間ではない」
「お願いします」
「よし引き受けた。とは言え、多少は遊ばせてもらおう」
「結構ですが、程々にお願いします」
カイルが結界を解くと、捕らえられていた兵士らは夢から覚めたようにハッとしてあたりを見回す。そうして獰猛な笑みを浮かべた東の宮を見つけ、絶望する。
東の宮の詠唱に、兵士たちは一斉に逃げ出す。時すでに遅く彼らの行く手は闇に包まれた。
それを見ながらカイルの意識も暗く沈んでいく。縹の闇の加護に任せて、カイルは何日かぶりの眠りにありついた。
はずだったのを、近衛の一人に阻まれる。
「いやいやカイルさまお待ちを!」
「何ですか。置いていって適当に帰って下さい解散」
「置いていってって、ここでおやすみになってはっ、ああ、縹、睨まないで!」
カイルの邪魔をするなと言いたげな闇の精霊に怯えつつ、近衛がカイルを揺さぶる。
「しかし眠いです」
「いや、しかし、ではなく! 縹の加護も万全ではないのですから、帰りがけの東の宮さまに見つかったら、また東にお連れされますよ⁉︎」
「それは絶対嫌です絶対」
「ですよね⁉︎ 絶対って二回もおっしゃるんですから嫌ですよね! とりあえず宿まで引き上げましょう!」
「はい……」
万全ではない加護と言われて落ち込んだ様子の縹をなだめて、カイルは重い足取りで帰途に着く。
こんな風にカイルを無理矢理にでも連れ帰ってくれる者たちもいる。それでも宮での新帝の立場がまだまだ不安定な中、カイルも宮では動きにくい。
宰相の息のかからぬ者が欲しい。
ある時そう漏らしたカイルに西の宮が、「ヨシュアを使うのはどうかな。手始めに西から始めて各地で功績を挙げたなら、ゆくゆくは宮に迎えれば良い」などと吹き込んだことをヨシュアは知らない。
東の宮が、ニヤニヤと見やるのにカイルが言う。
「何もいたしておりませんが?」
隣で黙々と槍を磨くカイルは東の宮を見もしない。東の宮もそれを気にせず話し続ける。
「ふーん、しかし、お前も気が長いな。確かに、あいつは小知恵は回るが、まだ、海のものとも山のものとも知れんぞ?」
「私ではありません。あなた様がお取り立てになり、西の宮様がお認めになったのだからそれで十分だ、と」
興味を持ったのはあくまで今上帝で、自分は主人に従うだけだ、とカイルは言う。
しかし、その主人にヨシュアのことを教えたのはお前だろう、とは、東の宮も口にしない。
「そうか。取り立てた東の宮サマとしては西におる間はともかく、その先は出来ればお前にあいつの助けになってやって欲しいんだが?」
「私は何もいたしません。それどころではないですし。全く、戦に出ている方がよほど気楽です」
「だからと言って一国の君主を滅ぼしてくるのはお前くらいだ」
「それこそ私は何もいたしておりませんが? 大暴れなさるあなた様方の後片付けだけで精一杯だったのですが?」
諸事情から帝国軍を動かせず、わずかな近衛だけを連れて乗り込むしかなかったカイルは、相手国の士官たちを唆して君主を討たせるつもりだった。しかし、当たり前のように着いてきた東の宮とその配下に乱入され、散々に引っ掻き回された。
それならば、と当初の計画を葬り去り、東の宮の剛勇をして相手国の新たな君主と不可侵条約を取り付けたカイルである。
収まるところに収まったとほっとした帰途、カイル達は襲撃を受ける。第三国の横槍を東の宮の配下が退け、カイルが結界に閉じ込めた。さて、この始末をどうするか、と思案していた話から、例えばヨシュアならどう収めるだろう、という話になり、宮の話になり、つまりは流石のカイルもここの所しんどい、という話であった。
しんどい理由ははっきりしている。即位当初は協力的であった宰相が、再び専横の兆しを見せてきたのである。近衛はともかく、軍は宰相の支配下にある。
「俺たちが乗り込んでやってもいいぞ?」
口の端を釣り上げる東の宮と同じ顔をして、精鋭部隊である東の宮の配下たちも頷く。
「それは最終手段で。功ある方ですので穏やかになさりたいご意向です」
「まあ、それに越したことはないがなあ。あのジジイがああも宮に執着するとはセオも思わなかっただろう」
志半ばで倒れた亡き先帝の愛称を口にして、東の宮は珍しく沈んだ声で言う。
それにカイルが言う。
「いえ、今にして思えば、元々そういう方であったのかもしれません。私どもにはともかく、皇后さまはじめ女人方には辛く当たっていたこともあったようですから」
「そうだったのか。シファも辛い目をしたな」
「シファは宰相殿の甥御から気を持たれていたので、そこから宰相殿の弱味を握って脅していたようです」
「……頼もしいことだな」
「ええまあ。それで私共が気付く前に嫌がらせが止んだようです。皇后さまも陛下にご相談なさらず、女官らにも口止めなさっていたのでシファも私に何も申さず……。気付けなかった私の手落ちでございます」
「まあ、仕方がない。あの皇后は弱みなど見せたがらなかったからな。それで、あの皇后やシファが宮を辞したから、宰相は本性を現したと?」
「それは少しはあるでしょうが、まあ、申し上げたくはございませんが、お年を召して我慢が効かなくなっておられるような気がいたします」
「年寄りは意固地になるものだが、宰相ともなると諌める者もおらんわなあ。それで苦労したのは宰相自身であったろうに。歳はとりたくないものだ」
俺も先を考えておかねばならん、と東の宮は呟く。
「ともかく宮を落ち着けてくれ。いつでも乗り込む準備はしておくが」
「それは本当に最終手段で。その前に目の前のコレ、お任せしても?」
「そうだな、全員寝かせておいて、迎えが来たら返してやる。それくらいなら手間ではない」
「お願いします」
「よし引き受けた。とは言え、多少は遊ばせてもらおう」
「結構ですが、程々にお願いします」
カイルが結界を解くと、捕らえられていた兵士らは夢から覚めたようにハッとしてあたりを見回す。そうして獰猛な笑みを浮かべた東の宮を見つけ、絶望する。
東の宮の詠唱に、兵士たちは一斉に逃げ出す。時すでに遅く彼らの行く手は闇に包まれた。
それを見ながらカイルの意識も暗く沈んでいく。縹の闇の加護に任せて、カイルは何日かぶりの眠りにありついた。
はずだったのを、近衛の一人に阻まれる。
「いやいやカイルさまお待ちを!」
「何ですか。置いていって適当に帰って下さい解散」
「置いていってって、ここでおやすみになってはっ、ああ、縹、睨まないで!」
カイルの邪魔をするなと言いたげな闇の精霊に怯えつつ、近衛がカイルを揺さぶる。
「しかし眠いです」
「いや、しかし、ではなく! 縹の加護も万全ではないのですから、帰りがけの東の宮さまに見つかったら、また東にお連れされますよ⁉︎」
「それは絶対嫌です絶対」
「ですよね⁉︎ 絶対って二回もおっしゃるんですから嫌ですよね! とりあえず宿まで引き上げましょう!」
「はい……」
万全ではない加護と言われて落ち込んだ様子の縹をなだめて、カイルは重い足取りで帰途に着く。
こんな風にカイルを無理矢理にでも連れ帰ってくれる者たちもいる。それでも宮での新帝の立場がまだまだ不安定な中、カイルも宮では動きにくい。
宰相の息のかからぬ者が欲しい。
ある時そう漏らしたカイルに西の宮が、「ヨシュアを使うのはどうかな。手始めに西から始めて各地で功績を挙げたなら、ゆくゆくは宮に迎えれば良い」などと吹き込んだことをヨシュアは知らない。
0
あなたにおすすめの小説
私の作るおにぎりが、騎士団の士気を異常に上げています(犯人は副団長)
星乃和花
恋愛
おにぎりを配っただけで、騎士団の士気が異常値になりました。
団長は警戒、監察部は呪術検査、国まで動きかけるのに――副団長だけが平然と断言。
副団長「彼女のご飯は軍事物資です」
私「えっ重い」
胃袋で落ちた策略家副団長の“最適化溺愛”に巻き込まれ、気づけば専属補給係(=婚約)寸前!?
ほのぼの爆笑&甘々の騎士団ラブコメです。
(月水金21:00更新ー本編16話+後日談6話)
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る
水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。
婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。
だが――
「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」
そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。
しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。
『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』
さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。
かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。
そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。
そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。
そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。
アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。
ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる