25 / 30
25 契約解除
しおりを挟む
「今年限りで契約を解除する」
それはシファではなく、ましてやヨシュアではなく、西の宮から宣言された。
ヨシュアを襲う刺客があまりに多く、シロたちが姿を見せずにヨシュアを守ることが難しくなってきた。シファの精霊との契約は秘すべきと考える西の宮の判断である。
「宰相に知られては面倒なことになりそうでな」
ヨシュアを餌に北の宮の刺客を狩り集め、情報をとった西の宮はそう説明する。
ヨシュアは人に見られても良い護衛を付けることになった。 西の宮が護衛の推薦もしてくれるという。
ただし、急にヨシュアの周りに西の宮にゆかりの者が付いても不審を呼ぶため、ヨシュアの異動に合わせて護衛を増やすことになった。
契約解除の話し合いはヨシュアと西の宮で行われ、西の宮に全権を委譲したシファは姿を現さなかった。
ここまで避けられるか、とヨシュアは辛い。西の宮にそれとなく尋ねてみるが、はぐらかされた。結局シファには会えず、グズグズと諦めきれないヨシュアは、西の宮からの帰り、あの防砂林に寄ってみた。
何かあればすぐに砂漠に逃げ込めるように準備して、ヨシュアは寝転ぶ。
商人だったヨシュアは今は官吏であるが、宿で寝るより砂漠で寝る方が安全だ。変わらないそれに自分の生まれを呪えば良いのだろうが、そうできないヨシュアだ。
彼女にとって全く利害のない、つまりはどうでもよい存在であったから逆に彼女の興味を引いたのだ。初めから官吏であったなら、ヨシュアはシファの気を引くことは出来なかっただろう。
あの時ここにこうして寝転んで、などとやっているうち、ヨシュアはまどろみかけて、ふと目を覚ます。目の前に白い毛の塊。
「シロ」
あの時は四頭に囲まれて、ついに自分の悪運も尽きたかと思ったものだ。今日はシロしかいない。
呼びかけると頬を寄せてくれる。長い毛が心地よい。
「お前ともお別れか」
撫でながら呟くヨシュアの目に長い黒髪が映る。
顔を上げればシファがいた。
「すみません、また起こしてしまいました」
気まずげにいうシファはシロ、と小さく叱る。が、シロは不思議そうな顔をしてシファを見たあと、ヨシュアにじゃれつく。
「いえ、謝られることではありません」
なぜ、交渉の場にこなかったのか。契約解除の場に現れなかったシファをヨシュアは責めるつもりはなかった。
しかし、何を話すべきかと、ヨシュアは言葉を探してしまう。
もしまた失言をしてしまったら彼女はヨシュアに手痛いことを言い捨てて、踵を返してしまうだろう。
いつものヨシュアの口八丁も、全く役に立ちそうにない。シロをかまいながらも、ヨシュアはシファを気にしてしまう。
沈黙に耐えかねたのか、珍しくシファの方から口を開いた。
「お一人で歩くのは危険です」
それにヨシュアは、嬉しくなる。シファが気まずい思いをしているのなら、少しは気にかけてくれてはいるのだろう。
「砂漠なら一人でも大丈夫です。宮では勝手がわかりませんが」
言ってヨシュアは荷物の中から一枚の日覆いを取り出す。
「これを」
それはあの日覆いだ。しばらく前、ヨシュアはそれを馴染みの工房に預けていた。
「染め直しました。今までのお礼には足りませんが、あなたに差し上げたいのです」
綺麗に畳まれた日覆いを、ヨシュアは差し出す。
「それはお返ししました」
シファは、受け取らない。左腕を握るシファの右手には力が入って白くなってさえいる。
明らかな拒否。
それにヨシュアは笑っていう。
「そうですね、しかし私は使える物を捨てられる性分ではないし、自分が使わない物を手元に置いておく性分でもない。元が商人ですからね、売るか交換するかしてしまいます。しかし、これは、この日覆いだけは、あなた以外の手にあるのはどうにも嫌なのです」
ヨシュアはシファにパサリと日覆いを被せる。
「あの時は失礼しました。夢だと思い込んでいたもので。まあ、夢とさしてかわらなかったかもしらない」
※
日覆いを被せられたシファはヨシュアを見上げる。砂漠を行かなくなったヨシュアの肌は以前より白くなった。官吏として苦労しているせいか、以前より引き締まった顔になっている。
西の地で出会って随分たった。変わらない方がおかしい。
ヨシュアは変わった。では私は?
被せられた日覆いは、初めにもらった時よりも鮮やかな色に染め上げられ、よりなれてやわらかになり、今シファを優しく覆う。
肩にかかるそれにそっと触れてみる。しばらく忘れていた馴染んだ布の感覚は、シファを安心させた。
最初の時もそうだったが、これだけ自分に近づけさせてさらに接触させるなど、自分は随分とヨシュアに気を許してしまっているらしい。
シファは思う。ヨシュアの身の周りがこれほど騒がしくなければ、あるいはヨシュアがせめて「普通の官吏」だったら、その先もあるかもしれない。
けれど。
トン、とシファは強くヨシュアの胸を押す。不意打ちにヨシュアがたたらを踏み自分から離れたのを見ると、シファは結界の外の気配を探り定めて一気に攻撃を仕掛けた。
それはシファではなく、ましてやヨシュアではなく、西の宮から宣言された。
ヨシュアを襲う刺客があまりに多く、シロたちが姿を見せずにヨシュアを守ることが難しくなってきた。シファの精霊との契約は秘すべきと考える西の宮の判断である。
「宰相に知られては面倒なことになりそうでな」
ヨシュアを餌に北の宮の刺客を狩り集め、情報をとった西の宮はそう説明する。
ヨシュアは人に見られても良い護衛を付けることになった。 西の宮が護衛の推薦もしてくれるという。
ただし、急にヨシュアの周りに西の宮にゆかりの者が付いても不審を呼ぶため、ヨシュアの異動に合わせて護衛を増やすことになった。
契約解除の話し合いはヨシュアと西の宮で行われ、西の宮に全権を委譲したシファは姿を現さなかった。
ここまで避けられるか、とヨシュアは辛い。西の宮にそれとなく尋ねてみるが、はぐらかされた。結局シファには会えず、グズグズと諦めきれないヨシュアは、西の宮からの帰り、あの防砂林に寄ってみた。
何かあればすぐに砂漠に逃げ込めるように準備して、ヨシュアは寝転ぶ。
商人だったヨシュアは今は官吏であるが、宿で寝るより砂漠で寝る方が安全だ。変わらないそれに自分の生まれを呪えば良いのだろうが、そうできないヨシュアだ。
彼女にとって全く利害のない、つまりはどうでもよい存在であったから逆に彼女の興味を引いたのだ。初めから官吏であったなら、ヨシュアはシファの気を引くことは出来なかっただろう。
あの時ここにこうして寝転んで、などとやっているうち、ヨシュアはまどろみかけて、ふと目を覚ます。目の前に白い毛の塊。
「シロ」
あの時は四頭に囲まれて、ついに自分の悪運も尽きたかと思ったものだ。今日はシロしかいない。
呼びかけると頬を寄せてくれる。長い毛が心地よい。
「お前ともお別れか」
撫でながら呟くヨシュアの目に長い黒髪が映る。
顔を上げればシファがいた。
「すみません、また起こしてしまいました」
気まずげにいうシファはシロ、と小さく叱る。が、シロは不思議そうな顔をしてシファを見たあと、ヨシュアにじゃれつく。
「いえ、謝られることではありません」
なぜ、交渉の場にこなかったのか。契約解除の場に現れなかったシファをヨシュアは責めるつもりはなかった。
しかし、何を話すべきかと、ヨシュアは言葉を探してしまう。
もしまた失言をしてしまったら彼女はヨシュアに手痛いことを言い捨てて、踵を返してしまうだろう。
いつものヨシュアの口八丁も、全く役に立ちそうにない。シロをかまいながらも、ヨシュアはシファを気にしてしまう。
沈黙に耐えかねたのか、珍しくシファの方から口を開いた。
「お一人で歩くのは危険です」
それにヨシュアは、嬉しくなる。シファが気まずい思いをしているのなら、少しは気にかけてくれてはいるのだろう。
「砂漠なら一人でも大丈夫です。宮では勝手がわかりませんが」
言ってヨシュアは荷物の中から一枚の日覆いを取り出す。
「これを」
それはあの日覆いだ。しばらく前、ヨシュアはそれを馴染みの工房に預けていた。
「染め直しました。今までのお礼には足りませんが、あなたに差し上げたいのです」
綺麗に畳まれた日覆いを、ヨシュアは差し出す。
「それはお返ししました」
シファは、受け取らない。左腕を握るシファの右手には力が入って白くなってさえいる。
明らかな拒否。
それにヨシュアは笑っていう。
「そうですね、しかし私は使える物を捨てられる性分ではないし、自分が使わない物を手元に置いておく性分でもない。元が商人ですからね、売るか交換するかしてしまいます。しかし、これは、この日覆いだけは、あなた以外の手にあるのはどうにも嫌なのです」
ヨシュアはシファにパサリと日覆いを被せる。
「あの時は失礼しました。夢だと思い込んでいたもので。まあ、夢とさしてかわらなかったかもしらない」
※
日覆いを被せられたシファはヨシュアを見上げる。砂漠を行かなくなったヨシュアの肌は以前より白くなった。官吏として苦労しているせいか、以前より引き締まった顔になっている。
西の地で出会って随分たった。変わらない方がおかしい。
ヨシュアは変わった。では私は?
被せられた日覆いは、初めにもらった時よりも鮮やかな色に染め上げられ、よりなれてやわらかになり、今シファを優しく覆う。
肩にかかるそれにそっと触れてみる。しばらく忘れていた馴染んだ布の感覚は、シファを安心させた。
最初の時もそうだったが、これだけ自分に近づけさせてさらに接触させるなど、自分は随分とヨシュアに気を許してしまっているらしい。
シファは思う。ヨシュアの身の周りがこれほど騒がしくなければ、あるいはヨシュアがせめて「普通の官吏」だったら、その先もあるかもしれない。
けれど。
トン、とシファは強くヨシュアの胸を押す。不意打ちにヨシュアがたたらを踏み自分から離れたのを見ると、シファは結界の外の気配を探り定めて一気に攻撃を仕掛けた。
0
あなたにおすすめの小説
私の作るおにぎりが、騎士団の士気を異常に上げています(犯人は副団長)
星乃和花
恋愛
おにぎりを配っただけで、騎士団の士気が異常値になりました。
団長は警戒、監察部は呪術検査、国まで動きかけるのに――副団長だけが平然と断言。
副団長「彼女のご飯は軍事物資です」
私「えっ重い」
胃袋で落ちた策略家副団長の“最適化溺愛”に巻き込まれ、気づけば専属補給係(=婚約)寸前!?
ほのぼの爆笑&甘々の騎士団ラブコメです。
(月水金21:00更新ー本編16話+後日談6話)
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る
水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。
婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。
だが――
「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」
そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。
しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。
『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』
さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。
かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。
そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。
そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。
そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。
アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。
ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる