宰相さんちの犬はちょっと大きい─契約編─

すみよし

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25 契約解除

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「今年限りで契約を解除する」

 それはシファではなく、ましてやヨシュアではなく、西の宮から宣言された。

 ヨシュアを襲う刺客があまりに多く、シロたちが姿を見せずにヨシュアを守ることが難しくなってきた。シファの精霊との契約は秘すべきと考える西の宮の判断である。

「宰相に知られては面倒なことになりそうでな」

 ヨシュアを餌に北の宮の刺客を狩り集め、情報をとった西の宮はそう説明する。

 ヨシュアは人に見られても良い護衛を付けることになった。 西の宮が護衛の推薦もしてくれるという。

 ただし、急にヨシュアの周りに西の宮にゆかりの者が付いても不審を呼ぶため、ヨシュアの異動に合わせて護衛を増やすことになった。

 契約解除の話し合いはヨシュアと西の宮で行われ、西の宮に全権を委譲したシファは姿を現さなかった。

 ここまで避けられるか、とヨシュアは辛い。西の宮にそれとなく尋ねてみるが、はぐらかされた。結局シファには会えず、グズグズと諦めきれないヨシュアは、西の宮からの帰り、あの防砂林に寄ってみた。

 何かあればすぐに砂漠に逃げ込めるように準備して、ヨシュアは寝転ぶ。

 商人だったヨシュアは今は官吏であるが、宿で寝るより砂漠で寝る方が安全だ。変わらないそれに自分の生まれを呪えば良いのだろうが、そうできないヨシュアだ。

 彼女にとって全く利害のない、つまりはどうでもよい存在であったから逆に彼女の興味を引いたのだ。初めから官吏であったなら、ヨシュアはシファの気を引くことは出来なかっただろう。

 
 あの時ここにこうして寝転んで、などとやっているうち、ヨシュアはまどろみかけて、ふと目を覚ます。目の前に白い毛の塊。

「シロ」

 あの時は四頭に囲まれて、ついに自分の悪運も尽きたかと思ったものだ。今日はシロしかいない。

 呼びかけると頬を寄せてくれる。長い毛が心地よい。

「お前ともお別れか」

 撫でながら呟くヨシュアの目に長い黒髪が映る。

 顔を上げればシファがいた。

「すみません、また起こしてしまいました」

 気まずげにいうシファはシロ、と小さく叱る。が、シロは不思議そうな顔をしてシファを見たあと、ヨシュアにじゃれつく。

「いえ、謝られることではありません」

 なぜ、交渉の場にこなかったのか。契約解除の場に現れなかったシファをヨシュアは責めるつもりはなかった。

 しかし、何を話すべきかと、ヨシュアは言葉を探してしまう。

 もしまた失言をしてしまったら彼女はヨシュアに手痛いことを言い捨てて、踵を返してしまうだろう。

 いつものヨシュアの口八丁も、全く役に立ちそうにない。シロをかまいながらも、ヨシュアはシファを気にしてしまう。

 沈黙に耐えかねたのか、珍しくシファの方から口を開いた。

「お一人で歩くのは危険です」

 それにヨシュアは、嬉しくなる。シファが気まずい思いをしているのなら、少しは気にかけてくれてはいるのだろう。

「砂漠なら一人でも大丈夫です。宮では勝手がわかりませんが」

 言ってヨシュアは荷物の中から一枚の日覆いを取り出す。

 「これを」

 それはあの日覆いだ。しばらく前、ヨシュアはそれを馴染みの工房に預けていた。

「染め直しました。今までのお礼には足りませんが、あなたに差し上げたいのです」

 綺麗に畳まれた日覆いを、ヨシュアは差し出す。

「それはお返ししました」

 シファは、受け取らない。左腕を握るシファの右手には力が入って白くなってさえいる。

 明らかな拒否。
 それにヨシュアは笑っていう。

「そうですね、しかし私は使える物を捨てられる性分ではないし、自分が使わない物を手元に置いておく性分でもない。元が商人ですからね、売るか交換するかしてしまいます。しかし、これは、この日覆いだけは、あなた以外の手にあるのはどうにも嫌なのです」

 ヨシュアはシファにパサリと日覆いを被せる。

「あの時は失礼しました。夢だと思い込んでいたもので。まあ、夢とさしてかわらなかったかもしらない」

 ※

 日覆いを被せられたシファはヨシュアを見上げる。砂漠を行かなくなったヨシュアの肌は以前より白くなった。官吏として苦労しているせいか、以前より引き締まった顔になっている。

 西の地で出会って随分たった。変わらない方がおかしい。

 ヨシュアは変わった。では私は?

 被せられた日覆いは、初めにもらった時よりも鮮やかな色に染め上げられ、よりなれてやわらかになり、今シファを優しく覆う。

 肩にかかるそれにそっと触れてみる。しばらく忘れていた馴染んだ布の感覚は、シファを安心させた。

 最初の時もそうだったが、これだけ自分に近づけさせてさらに接触させるなど、自分は随分とヨシュアに気を許してしまっているらしい。

 シファは思う。ヨシュアの身の周りがこれほど騒がしくなければ、あるいはヨシュアがせめて「普通の官吏」だったら、その先もあるかもしれない。

 けれど。

 トン、とシファは強くヨシュアの胸を押す。不意打ちにヨシュアがたたらを踏み自分から離れたのを見ると、シファは結界の外の気配を探り定めて一気に攻撃を仕掛けた。
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