宰相さんちの犬はちょっと大きい─契約編─

すみよし

文字の大きさ
29 / 30

29 呼び出し

しおりを挟む
 北の宮をどうにかしなければならないのは、リヒトも分かっている。東の宮に何度も諭されたからだ。北の宮あっての帝国だと。

 それでも、リヒトは納得している訳ではない。

 穏やかな時代を知る東の宮にとっては、北の宮は重んじるべきものなのだろうが、生まれてこの方、先々帝の苛政と現宰相の専横しか知らぬリヒトにとっては、北の宮など腐敗の象徴でしかない。

 そんなところへ、なぜ、カイルやヨシュア、さらには宮を辞したシファをやる?

 ──あそこは酷いところだ。

 北の宮からすれば外国の脅威に晒され続ける東の方が酷いというだろうが、リヒトは絶対に東の方がいい。

 同じ帝国の者同士なのに、あれは敵でこいつは味方で、と思っていたらそいつに背後から斬り付けられる、そんなところへ呼ばれることを「名誉」などと言って自分を誘ってくる奴らの気が知れない。

 いや、なぜ彼らが自分を誘うかは分かっている。だからリヒトは、カイルの背に言う。

「俺は行かない」
「ええ。私も帰りません」

 小揺るぎもせぬ穏やかなカイルの応えに、リヒトは精一杯口の端を釣り上げる。自分が今どんな顔をしているかなんて、リヒトは考えたくない。

「はいはいそーですか。じゃ、お互いせめて長生きしましょうや」

 カイルにとって東が今も帰る場所だと言うのなら、リヒトはずっと東で生きようと思う。

 ※

 帰ったリヒトは東の宮のところに飛び込む。

「宮様! カイルの兄バカが酷いです!」
「何だ、知らなかったかお前」
「いや知ってましたけど! せめて何がひどかったか聞いて下さいよ」

 リヒトは騒ぐが、東の宮は剣の手入れに忙しい。

「お前、何しにシファについて行ったんだ」
「あー、それは片付きました。取り敢えず宮様、今から宰相蹴っ飛ばしにいきません?」
「蹴っ飛ばして済むなら、とうにカイルがやっておるだろう」

 うるさい奴めと言いながら、宮は剣を矯めつ眇めつする。

「で? 蹴っ飛ばしたいということは、お前も北に行く気になったか?」
「や、宰相蹴っ飛ばしていいなら行きますけど、でも、蹴っ飛ばしたら俺、東には帰れないんでしょう?」
「そうだ」
「だから俺は北には行きませんけど、でも、何でですか? 宮様だって以前は『乗り込む』とか仰ってたのに」
「今上のお許しがない」
「えー。そんなのずーっと無理でしょう。宰相補佐の殿下のお父上ですよ? 補佐の殿下だってお覚悟は決めてらっしゃるとはいえ、実際そうなったらどうなることか」

 東の宮は知らず手を止めていた。

「そう、見えるか?」

 僅かに沈んだ宮の声は、リヒトをたじろがせた。

「えー、あー、そりゃ、俺はよく分からんですが殿下も閣下も親子としての情はあるみたいですし?」

「ふん」

 宮は再び剣の手入れを始める。

「カイルだって補佐の殿下寄りだし。……あ、そっか! 殿下を唆せばいいのか!」
「よせ。お前本気でカイルにやられたいか」

 ようやく東の宮は顔を上げ、リヒトを睨み据える。

 宰相補佐はカイルの兄弟子である。カイルが今上に仕えると決めたのは先帝の遺言だけでなく、この補佐の説得も大きい。

 宰相の首は刎ねない、と決めているのは今上だが、その判断には、兄弟子を重んじるカイルの迷いも大きく影響しているだろう。

「あー、やっぱそうですかねー。……なんかイチイチ面倒ですね。
 俺やっぱ、家族とかいらないですよ」

 東の宮から視線をそらし、リヒトはボソリと、しかし吐き捨てるように言う。東の宮はそんなリヒトに言って聞かせる。

「お前がそれでいいならそれでいい。だが、そうしたいなら、そうでない奴もいるということは覚えておけ」

 ムッとした顔を隠しもせず、しかし、ようやくリヒトは黙る。それを見る東の宮は内心ため息を吐く。

 ──こいつはカイルとシファのことになると途端に子どもに返る。

 そもそもリヒトは、カイルを北の宮に留めさせた今上や宰相補佐が気に入らないのだ。

東西の宮我らが乗り込むのは最終手段だ。だからヨシュアを送り込む」

 それはそうですけれど、とまだ不満げなリヒトに東の宮は言う。

「落ち着けリヒト。シファがヨシュアと添わぬならそれで良い。あれはどこでも一人で生きて行ける」
「でも、それじゃヨシュアさんが」
「シファが守らねばたち行かんような奴をカイルが北に欲しがるか?」
「え? そりゃ要らんでしょう。……え? ってことは?」
「今は確かに危ないが、北の宮に入ったら宰相補佐が動くと言う話だ」

 後はヨシュア自身で何とでもするだろう。

「シファに関しては、西の宮と俺が面白がってるだけだ。主にカイルを」
「主にカイルを」
「そうだ、見ていて飽きんぞ。ああ、前にもちょっと言ってやったら鍛錬場を破壊したし」

「ちょっ、あれ、あのですね、そりゃあそこは元々壊す予定でしたけど! 職人たちへの仕事の割り振りとか予算とかいろいろありましてですね、って何でかあの場にいなかった俺が官吏さんたちからの苦情承ったんですけど⁉︎ そういうのやめて下さいよ!」
「棟梁に俺から詫びを入れたから済んだだろ? 俺や西の宮が揶揄わずに誰があいつをからかってやるんだ?」
「いや、まあ、そりゃそうですけど、……いや違いますって」

「違っててもそうだろ。とにかくシファに関しては、完全にシファ次第だ。そもそも、あの小生意気な娘に無理強いが効くものか」

「あ。そっか」

 旧友たちの自由を至上とするリヒトの機嫌は途端に持ち直す。

「そりゃそっすね」

 へらりと笑うリヒトを見やって東の宮は言う。

「……お前はなかなか阿呆だな」
「あれ、ご存知なかったですか宮様」
「いや、改めて確認しただけだ」

 この従僕は、単純だ。故に扱いやすく、しかし、扱いを一つ間違うとひどく頑なになってしまって目を離した隙に危険に飛び込もうとする。それが大抵他人の為であるのが、東の宮がリヒトを北に行かせない理由だ。

「お前は阿呆でヨシュアはド阿呆だな」
「あれ、ヨシュアさんはド阿呆ですか?」
「欲しいならあらゆる手を尽くすのは商人の本領発揮だろうが、しかしなあ」

 どいつもこいつも、と言いながら東の宮は手入れしていた剣をリヒトに押し付ける。

「仕上げておけ」
「はあ、どちらへ行かれるんで?」

 剣を預かりながらリヒトが聞くと、東の宮がうんざりした顔をする。

「珍しく西の宮が来いと言う」

 あちらから呼ぶときは、大抵ろくな用事でない。それを知るリヒトは元気よく言う。

「俺はしっかり剣磨いてまーす」
「せいぜい励め。帰ったらそれでお前と試合だ」

 リヒトはなまくらとすり替えようか、いや、柄頭で殴られるのも嫌だし、と迷うのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の作るおにぎりが、騎士団の士気を異常に上げています(犯人は副団長)

星乃和花
恋愛
おにぎりを配っただけで、騎士団の士気が異常値になりました。 団長は警戒、監察部は呪術検査、国まで動きかけるのに――副団長だけが平然と断言。 副団長「彼女のご飯は軍事物資です」 私「えっ重い」 胃袋で落ちた策略家副団長の“最適化溺愛”に巻き込まれ、気づけば専属補給係(=婚約)寸前!? ほのぼの爆笑&甘々の騎士団ラブコメです。 (月水金21:00更新ー本編16話+後日談6話)

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。が、その結果こうして幸せになれたのかもしれない。

四季
恋愛
王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。

五人姉妹の上から四番目でいつも空気だった私は少々出遅れていましたが……? ~ハッピーエンドへ走りたい~

四季
恋愛
五人姉妹の上から四番目でいつも空気だった私は少々出遅れていましたが……?

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

処理中です...