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第五章 変化
02 鬼の居ぬ間に(宰相邸にて)
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宰相邸にて。
一人、二人、三人。
数を数えるのは他にできることもないのと、自身を落ち着けるためと、である。
第四王子は、宰相邸の番犬二頭が目の前で咥えては投げ咥えては投げする刺客の数を数えていた。
「三人か……」
呟く第四王子に世話係が言う。
「ザイ様が居られない時は格段に減ります。あれは我が閣下へ挨拶に参った者でしょう」
「そうなのか」
ザイがいる時は一度に十人を優に超えると言う。世話係としては「狙いは王子ではないから安心して欲しい」と言う意味でのあえての暴露であるが、王子にとっては聞いても要らん情報である。が。
──この屋敷にやってくる刺客の大半は、ザイの首が目的なのか。
確かに、と第四王子は考える。ザイが討ち取られることがあれば、帝国にとって大きな痛手となるだろう。
先の戦でザイの挙げた戦功は凄まじかった。皇帝の下、存分に力奮うザイを、第四王子はその目で見た。
そのザイに亡命を阻止され、第四王子はザイを腹立たしく思っていた。余計なことをしたと言い上げてやりたかったが、陣でのザイは何やら恐ろしくて、どうしても近づきたくなかった。
ところが、帝国で再び見たザイは、戦場のザイと全く重ならない。宰相邸でのザイは両親の後ろで人の良い笑顔を浮かべいて、何なら、いっそ頼りなさそうだった。
──コレがあの王妃の相手?
第四王子は、ザイを見下した。戦争が終わった今、帝国でのザイは、成り上がりの父親の威光にすがるしかないのだろうと。
結局、それは様々に誤解であったと知ったが。
宰相邸で過ごすうち、第四王子は不思議に思い始める。
──なぜ、あんなにザイを見下していたのだろう?
いや、ザイだけではない。なぜ、自分はあれほどこの世の全てを憎んで蔑んでいたのか?
いや、元々は自分の方が見下されていたのだ、と第四王子は思い出す。
いつだったろうか、自分が王宮で低く見られていると気付いたのは。
気付いて狼狽えて、しかし、第四王子にはどうしようも無い。
だから、こちらから周りを見下した。私の方こそ、貴様らなど取るに足りぬ、必要としないのだと。
それは虚しい抵抗で、余計に事態を悪化させた。王子という身分に縛られて、第四王子は次第に息もできなくなる。
遂に、亡命を企てた。父王から見捨てられる前に、自分から捨ててやろうとした。宰相に言われた通り、先に捨てたのは自分だ。失敗したが。
さらに、第二王子の甘言に惑わされた。兄の気まぐれの優しさに縋った。煽られるままに王妃をみっともなく追い、挙句帝国で人質暮らしだ。
愚かなことに、それでも、まだ、兄を信じたい気持ちが自分にはある。第三王子の訃報に触れてもだ。父王の対処を聞かされても。
それが危険なことだと、第四王子は理解している。分かっていながら振り切れない。
八方塞がりの中、第四王子はふと思う。
──ザイと話をしてみたい。
何を話すか?
分からない。
だが、話してみたい。
なぜ?
わからない。
自問自答は頼りならず、仕方なく、第四王子はザイに会って以来モヤモヤと抱えていたものを遂に認め、吐き出すことにした。
──ザイに謝らなければならない。
第四王子が謝ったところで、ザイには何の救いにもならない。下手をすれば王族に謝られるなど、ザイにとっては面倒事に他ならないだろう。
それでも、第四王子はザイに謝りたかった。
一度申し出た所、宰相にはあっさり流された。ならば宰相夫人に、と考えた第四王子であるが、彼女もきっと宰相同様に自分をあしらうだろう。
だから、第四王子は宰相夫妻不在の今、世話係にザイとの面会を申し入れたのである。
一人、二人、三人。
数を数えるのは他にできることもないのと、自身を落ち着けるためと、である。
第四王子は、宰相邸の番犬二頭が目の前で咥えては投げ咥えては投げする刺客の数を数えていた。
「三人か……」
呟く第四王子に世話係が言う。
「ザイ様が居られない時は格段に減ります。あれは我が閣下へ挨拶に参った者でしょう」
「そうなのか」
ザイがいる時は一度に十人を優に超えると言う。世話係としては「狙いは王子ではないから安心して欲しい」と言う意味でのあえての暴露であるが、王子にとっては聞いても要らん情報である。が。
──この屋敷にやってくる刺客の大半は、ザイの首が目的なのか。
確かに、と第四王子は考える。ザイが討ち取られることがあれば、帝国にとって大きな痛手となるだろう。
先の戦でザイの挙げた戦功は凄まじかった。皇帝の下、存分に力奮うザイを、第四王子はその目で見た。
そのザイに亡命を阻止され、第四王子はザイを腹立たしく思っていた。余計なことをしたと言い上げてやりたかったが、陣でのザイは何やら恐ろしくて、どうしても近づきたくなかった。
ところが、帝国で再び見たザイは、戦場のザイと全く重ならない。宰相邸でのザイは両親の後ろで人の良い笑顔を浮かべいて、何なら、いっそ頼りなさそうだった。
──コレがあの王妃の相手?
第四王子は、ザイを見下した。戦争が終わった今、帝国でのザイは、成り上がりの父親の威光にすがるしかないのだろうと。
結局、それは様々に誤解であったと知ったが。
宰相邸で過ごすうち、第四王子は不思議に思い始める。
──なぜ、あんなにザイを見下していたのだろう?
いや、ザイだけではない。なぜ、自分はあれほどこの世の全てを憎んで蔑んでいたのか?
いや、元々は自分の方が見下されていたのだ、と第四王子は思い出す。
いつだったろうか、自分が王宮で低く見られていると気付いたのは。
気付いて狼狽えて、しかし、第四王子にはどうしようも無い。
だから、こちらから周りを見下した。私の方こそ、貴様らなど取るに足りぬ、必要としないのだと。
それは虚しい抵抗で、余計に事態を悪化させた。王子という身分に縛られて、第四王子は次第に息もできなくなる。
遂に、亡命を企てた。父王から見捨てられる前に、自分から捨ててやろうとした。宰相に言われた通り、先に捨てたのは自分だ。失敗したが。
さらに、第二王子の甘言に惑わされた。兄の気まぐれの優しさに縋った。煽られるままに王妃をみっともなく追い、挙句帝国で人質暮らしだ。
愚かなことに、それでも、まだ、兄を信じたい気持ちが自分にはある。第三王子の訃報に触れてもだ。父王の対処を聞かされても。
それが危険なことだと、第四王子は理解している。分かっていながら振り切れない。
八方塞がりの中、第四王子はふと思う。
──ザイと話をしてみたい。
何を話すか?
分からない。
だが、話してみたい。
なぜ?
わからない。
自問自答は頼りならず、仕方なく、第四王子はザイに会って以来モヤモヤと抱えていたものを遂に認め、吐き出すことにした。
──ザイに謝らなければならない。
第四王子が謝ったところで、ザイには何の救いにもならない。下手をすれば王族に謝られるなど、ザイにとっては面倒事に他ならないだろう。
それでも、第四王子はザイに謝りたかった。
一度申し出た所、宰相にはあっさり流された。ならば宰相夫人に、と考えた第四王子であるが、彼女もきっと宰相同様に自分をあしらうだろう。
だから、第四王子は宰相夫妻不在の今、世話係にザイとの面会を申し入れたのである。
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