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本編

ep13_2

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 で、その夜。
 お部屋に帰ってきて、いつものようにお夜食作って、お酒出したところでさあ。
 なんだかずーっと、ギリアロさん考え込んでるの。

「…………ほんとうに、大丈夫なのかよ」
「?」
「飛行機」
「あ」

 あー……。うん。心配されてたんだね。うん、そうだよね。
 ずっとずっと避けてきてたもん。なんでって思うよね。

「ギリアロさん、やさしー」
「茶化すな。……無理するなよ」
「無理はしてないって。いつかは吹っ切らなきゃって思ってたし」
「吹っ切る?」

 この日はグラスに白ワインついで、ギリアロさんの前に置く。でも、ギリアロさんてばそれに手をつけるつもりないみたい。

 酔うつもりはない。
 そう言われているような気がした。

「…………ギリアロさんにとっては、たいしたことない話。かも、だけど」

 ギリアロさんの話もね? あたし、ちょっとだけ聞いた。
 護衛のひとたちにいろいろ相談したくて、恋バナしてた流れで。

〈灰の死神〉なんて呼ばれてたのも気になってたからね。……そしたら、昔、すごく有名な戦闘機ヒコーキ乗りの傭兵だったんだって。ギリアロさん、地上でも強かったけどさ。空ならもっと、だって。
 だれもが知ってる話だからって教えてもらったんだ。

 戦争で戦って、殺しあいをして、すっごくすっごく苦労して、いまようやく、ちょっとだけ落ち着いた暮らしをしているひと。そんなひとに比べたら、あたしなんか平和すぎて、笑われちゃうかもしれないけど。


「あたしのお父さんね、飛行機乗りパイロットだったの」
「!」
「旅客機ね? 国と国をつなぐ大きな飛行機にのって、たくさんの人を運ぶの。そうやって、あたしの国と、世界を飛び回ってた」

 やば。
 ちょっと話しはじめただけで声が震える。
 お酒、のんでいいかな? ……いいよね。

「あたしのお父さん、めちゃくちゃかっこよくて。お母さん、あたしが小学生――11のときにびょーきで、……いなくなっちゃったから。そのときから、男手ひとつであたしを育ててくれた」
「そうなのか……」
「うん。自慢のお父さん。てか、同級生にもめちゃくちゃ自慢してたし、あたしファザコンの自信あって。同世代の男子とか、ぜんぜん目に入らないくらい」
「ああ」

 ファザコンとか同級生とか、意味わかるかな。
 でも、いい。出てくる言葉、全部そのまま。

「掃除も料理も苦手なひとだけど、家にいるときはめちゃくちゃお父さんしてくれてさ。デートも、いっぱいしたよ? けっこうチャラいところあってね、流行はやりとかも詳しくて……遊び心もあって、ちょっとずるくてね? かっこよかった」
「……」
「でも、去年。……うん。ちょうど1年前ね?」

 今でもまだ、ずっとずっと、心の奥に残り続けている。
 その日はお父さん、自宅に帰ってくる日でさ。時間もわかってたから、あたし晩ごはん、下ごしらえしながら待ってた。
 そこで鳴った、お父さんの仕事先からの電話。

 アメリカ-日本の直行便。夕方、成田着。
 お父さんが電話かけてくるにはまだ早くて。登録はしてたけど、その番号からかかってきたことも初めてだった。
 なんだろうって不思議に思って、あたし、何気なくその電話とった。


「お父さん、死んじゃった。……飛行機のなかで。突然、心臓止まったって」

 もちろん副機長がいるからフライト自体は事なきをえた。それでも、そのニュースはちょっと世間を騒がせた。

「原因不明の突然死。ちゃんと健康診断だって受けてたし、お父さん、タバコも吸わないし、お酒だってそんなにのまなかった。でもね、みんな……世間は、お父さんと、お父さんの会社を責めた」

 精神的な悩みがあったのでは。
 疾患や、強い薬の服用を隠しているのでは。
 過労状態で、無理に働いていたのでは。

 ぜんぶ推測。でも、もしものことがあったらってみんなお父さんを責めた。もういないのに。あたしの家族は、誰もいないのに。

「あたし、お父さんのこと大好きだった。パイロットで、かっこいいんだって。この歳になっても、みんなに自慢してた。
 ――写メも、まだあるよ。スマホ、こっちじゃ電源つかないけど。でもそれも、もう、ずっと見てない……。大好きなお父さんなのに。お父さんのこと、もう、誰にも……っ」

 ぽたり。
 テーブルに涙が落ちる。

「飛行機のこと、嫌いになりたくない。お父さんが大好きだったお仕事なの。かっこよくって……あたしも、大好きなのに……どうしても……」

 飛行機を見るたびに、思いだしてしまう。
 お父さんが死んでからの、数ヶ月の記憶。死を受け入れるので精一杯だったのに、だれもあたしを放っておいてくれなかった。

 たったひとり残されたあたしに、世間のひとは、興味本位で――ずかずか、土足で心のなかに入りこむ。
 お父さん残念だったね、っていいながら、当時のことを聞きたがる。
 大学生のくせに、マンションとちょっとだけまとまった遺産が手元にはいって、お金持ちだからと茶化される。
 せめて飛行機が大丈夫でよかったねって慰められる。よくないよ! お父さんが無事じゃなかった、なにひとつ、よくない。

「あたし、飛行機の思い出と一緒に、お父さんのこと嫌いになりたくない」

 こんなの、誰にも話したことなかった。
 話して、その相手にお父さんの記憶を踏みにじられたくもなかった。

 地獄のような数ヶ月を耐えて、抜け殻のように過ごしたけど、やっぱりそれじゃだめだって思って。
 ヘラヘラ笑って、傷口ぜんぶ見ないふりして、思い出さないようにしてた。
 あたしは器用だからそれができた。

 そしたら今度は、まるで自分が、お父さんのこと忘れたがってるような薄情な人間に思えた。

 時間が傷を癒やしてくれるまで、全部、受け入れることを諦めた。
 別に飛行機が怖いとかじゃない。
 ただ、思い出と向きあうのが怖かった。

 それだけだ。ギリアロさんの記憶に比べれば、ほんとうにちっぽけで、弱い自分で――、

「――っ」
「わかった」

 ギリアロさんが立ち上がる。
 ぎゅって唇ひきむすんで、あたしのうしろに回り込んで。

「わかった。わかったよ、――チセ」

 抱きしめてくれる。ぜんぶ、ぜんぶ、あたしの思い出ごと。
 大丈夫、とかじゃない。あたしに簡単に乗り越えろとか、忘れろとか、無責任にそういうんじゃなくて。ただ――――、

「うっ……、うあ、うああああ……」
「ん。泣け。――泣け泣け」
「ああああ……ん。お父さ……お父さん……っ」

 あたしに、――あたしの心に、寄り添ってくれるんだ。
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