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番外編
ex_相互理解ってこういうこと?
しおりを挟むふと、イヤな匂いがして、あたしはオーブンのほうを見た。
えっ、ちょっと待って?
うそうそうそ、こんなことある?
めちゃくちゃヤなかんじの煙もっくもく出てるんですけど!
「わーっ!?」
ギリアロと一緒に中央区の新居に引っ越してきて三日目、ちょうどお昼前の時間。
昨日までは新居の整理とか、周辺地区をうろうろしたりとかに全部費やしてたからね。ほとんど外食。で、今日からようやく普通の生活ってことで、あたしも初キッチンで、いそいそランチを作ってたわけ。
お城のお部屋の、ミニキッチンよりもはるかに広いキッチンで、あたしもちょっと凝ったものでも作ろっかなって鼻歌まじりでウキウキしてたんだけどね。
目の前の煙見て、そんな気分、全部どっかにとんでっちゃった。
「わーっ、ヤバ! やっちゃったかも!!」
焦げ茶色のめちゃくちゃ可愛いレトロなオーブンから、ぷす、ぷす、ぷすってものすごーくイヤーな煙が立ちこめている。
ってか、うそでしょ!?
わわ、スープ作るのに夢中で、オーブンから意識が離れてたから気がつかなかったよ!
えっ、さっきパイ生地入れたばっかじゃんね!
焦げるの早くない? 早すぎない?? って、あたしはあわててスイッチ止めて、オーブンの蓋を開けた。
瞬間、広がる煙!
「ごほっ、ごほっ!!」
「チセ、どーした……って、なんだこりゃ!?」
「わああ、ギリアロ……っ! やっちゃった……!」
ばたばたと隣の部屋から駆けつけたギリアロが、キッチンにたちこめる煙にギョッとしている。
わあああ、心配させてごめんって!
黒っぽい煙とかヤな予感しかしないよね。これ、火災報知器ついてたら絶対反応してたよね。
なんかオーブンからパチパチっていう音も止まらないし、ちょっと怖い。
焦ってオーブンから一歩、二歩と後ろにひくと、ギリアロが駆けつけてガバッて抱き寄せてくれる。
ひゃっ。
ちょ、わ、ギ、ギリアロってば、いきなりすぎないかなあ!?
普段ものぐさでのんびりしてるくせに、たまーにこうやって男らしいとこ見せられちゃうと、ドキドキしちゃうよ?
「……」
で、ギリアロはずーっとオーブンを睨みつけたまま。
奥の部屋で晶精機器いじってたのか、作業着のままでね。ちょっとオイルくさい。それが色っぽく感じちゃうのって、恋愛フィルターのせいかなあ?
腕がガッシリしてて、実はたくましいところとか、すごーくかっこいいと思います! 結婚しても全然慣れません!
「――――落ち着いたみてぇだな」
「あ」
って、ドキドキしてたら、オーブンに警戒するの忘れてた……。
さっきまでパチパチ言ってたけど、もう何の音もしない。完全に、無音。
煙は換気扇が頑張って吸ってくれてるけれど……窓! 窓も開けたほうがいいよね!? すっごい煙臭いもん。
「はぁー……」
爆発とかしなくてよかったー、ってほっとした瞬間、ギリアロにぎゅーって抱きしめられちゃった。
「わ、わ、ギリアロ……?」
「なんもなくてよかった」
おんなじこと、考えてくれたっぽい。
「うん……」
そのうえ、苦しいくらい抱きしめてくれてるよね。
ギリアロってばあたしの肩口に顔を埋めたまま、しばらくずーっと動かない。
すっごく心配してくれたみたいで、ほっとするような、よけいにドキドキしちゃうような。
「あたしは大丈夫だよ?」
「ん」
わかってるよとぶっきらぼうに答えながら、彼はようやく身体を離した。
あ。満足してくれたっぽい。
で、ふたりしてオーブンの方へ視線を向けた。
「めずらしいな。……使い方、わからなかったか?」
「え? ううん。お城にあったのと一緒だったから、同じように使ってみたんだけど」
こちらの世界のオーブンは、当然晶精エネルギーを使っている。とはいえ、向こうの世界の電子レンジと言うほど変わらないんだよね。
温度設定をして、予熱して、時間を決める。すっごくシンプル。……なんだけどねえ。
「ううーん……さっきスイッチ入れたばっかなんだけどさ。火が強すぎたっぽい……」
って言いながら、いやいや、この設定間違えるはずないよね、とも思うわけで。
なにがどうなってこうなっちゃったのか、さっぱりわからない。
いくらなんでもこんなミス普通やんないでしょ!? って失敗だもん。悔しいというか自分にガッカリしちゃう。
はああああ、っておっきくため息ついちゃったら、ギリアロってば手袋ぬいで、あたしの頭ぐりぐりしてくれた。
で、キッチンに置いてたミトンを手にとって、あたしのかわりに中の料理を取りだした。
「あー……」
「こりゃあ見事だな……」
すごーい黒い。
見事に表面だけ真っ黒になった……ミートパイ。
あああ……せっかくパイ生地から頑張ってつくったのに。
今まで見てきたギリアロの好きな食べ物のラインナップから、これは絶対外さないでしょ!? って、予想して、勢いだけで作ったんだよね。
パイってちょっと面倒じゃん?
でも、好きな人のためなら、よゆーで頑張れちゃうでしょ?
せっかく広いキッチンだし、道具も揃えてもらったし、あたしも結構ノリノリでさ、美味しくなるようにって丁寧に作ったのに……。
「はぁ……」
こんなんなっちゃって、ガッカリだよ。
中はちゃんと火を通してるから、表面の黒焦げを剥がしたら食べられなくもないと思うけどさ。台無し。映えない。
焦げてイヤーな匂いも染みついちゃってるし、もう大失敗だ。
こんなあからさまな失敗なんてやったことないからさ、もうテンションだだ下がり。
この惨劇がギリアロに見られたってのもけっこうダメージおっきくて、あたしはもういっかいおっきくため息をついた。
「大失敗だよ……」
「仕方ねえだろ。ほら。表面剥がしたら、食えっだろ」
「そうだけどさ」
ギリアロったら、雑だよー!
全然わかってくんないね。
パイはね……あのパイ生地をサクッとするのにロマンがあるんじゃん!
こうじゃ……こんなはずじゃ、なかったんだって!
理想の完成型がちゃんと伝わらないの、めちゃくちゃ悔しい。
絶対喜んでもらえたはずだったのに、この反応……いや、慰めてくれようってのはわかるんだよ?
「気にするなって――ほら。俺も作業止めっからよ。メシだメシ」
「はぁーい……」
この料理はもうリカバリできない。それはわかってる。
もういっかいダメ押しのため息をついてから、あたしはスープをよそって、食卓に並べる。
その間もギリアロは、問題のオーブンに触れながら、あちこち様子を確認してた。
「こりゃあ、故障だな」
「えっ!? うそ!? ご、ごめんっ!」
えええーっ!? そんなマズい使い方したかな!?
もともと中古の家だから、オーブンもそれなりに年季の入ったものではあったんだけど、壊しちゃった!? それは大変申し訳ない……。
転居してきてから初料理でオーブン壊すとか、あたしどれだけダメなの……。
うっきうきでごはん作ってたはずなのに、気分はどん底。
せっかくふたりで暮らし、居心地のいい空間を――って思ってたのに、早速失敗してしまった……。なんてだめな妻なんだ、って、らしくもなくホント泣きたい気分になっちゃった。
でも、失敗しちゃったものはもうどうしようもない。
あたしたちは、ちょっと見た目が悪いミートパイの中味だけを、バゲットに乗せて食べることにしたんだ。
ギリアロは美味い美味いって喜んでくれたけど、そうじゃないんだ。
そうじゃ、ないんだよーっ……!
応援ありがとうございます!
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